能登半島沖で発見された不審な2隻の船は、日本海を北上して姿をくらませた。
海上保安庁と海上自衛隊によって、まる一昼夜続いた追跡は、これらの船が日本の防空識別圏を出たところで打ち切られた。
2隻は日本の漁船を装い、多数のアンテナを備えていた。漁をしていた様子はなく、軍艦なみの高速で逃げた。
日本海側ではかつて、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の工作船が漂着したことがある。北朝鮮によって日本人が拉致されたとみられる事件も近くで起きた。
どこの船で、だれが乗り組み、何をしていたのか。それを明らかにするには、停船を命じ、立ち入り調査をする必要がある。違法行為は見過ごしにできない。その点で、結果的に相手を捕そくできなかったことは、遺憾な出来事というほかはない。
考えなければならないのは、だからといって、海上自衛隊への海上警備行動発令を指示した小渕恵三首相の判断を手放しで是認していいか、ということだ。
海上の治安維持は、第一義的に海上保安庁が担う。自衛隊が海上警備行動を実施できるのは、人命や財産の保護、治安の維持のために「特別の必要がある場合」だけである。自衛隊法をはじめとする現行法体系が基本的に、自衛隊の任務を専守防衛に厳しく限定しているからだ。
海上警備行動の発令は、自衛隊の歴史になかったことである。自衛隊の艦艇が警告射撃を実施したのも初めてだった。
「特別の必要がある場合」と判断した具体的な理由は何なのか。決断の重さを考えれば、「国の安全の確保に対する意思を明示するうえで重要だった」という、首相の抽象的な説明では十分とはいえない。
今回、際立ったのは、不審船の発見当初から自衛隊を積極的に活用しようとした政府のこれまでにない姿勢だ。
対策室の設置や度重なる関係閣僚会議の開催も異例の手際のよさだった。追跡にあたった海上保安庁の巡視船艇も、46年ぶりの威嚇射撃を辞さなかった。海保では対応できないとなると、即座に海上警備行動発令の手続きがとられた。
背景には、不審船を送り込んだ疑いが濃い北朝鮮に対して決然たる態度を示すとともに、小渕内閣の危機管理能力を内外に誇示する政治的な狙いがうかがえる。
それ以上に首相には、自衛隊が乗り出すことが、「日米防衛協力のための指針」のための態勢の整備につながるという考えがあったのかもしれない。
船舶検査は、衆院で審議中の指針関連法案の柱の一つだ。検査の実効性をより高めるには、正当防衛や緊急避難に当たらない場合でも、自衛隊の武器使用を認めるべきだという主張が与党内にはある。
追跡の過程では、不審船を航行不能にするために、かじを破壊すべきかどうかが議論になった。法的に認められないとして断念したものの、野呂田芳成防衛庁長官は早速、武器使用のあり方を見直す意向を示した。浮足立った対応は慎むべきだ。
交戦の危険が高まるのを避けて、政府が追跡を断念したのは妥当な判断だった。
逃走劇の衝撃と北朝鮮への反発に突き動かされて、海の治安についての基本を見失ってはなるまい。
大事なのは、海保の警備、情報収集能力の強化である。自衛隊にできるだけ依存せずにすむ態勢を整えるべきだ。
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