国立大学協会が、大学入試での得点や順位を、受験生本人の求めに応じて開示する方針を決めた。
大学ごとに方法などを詰めた上で、原則的に2001年度から各国立大で実施される見通しだ。
情報公開への時代の流れの中で、さらに「個人情報の本人開示」にまで歩を進めたものである。評価したい。
入試の成績は学校が握って、当の受験生には合否だけが通知される。それが、あたかも当然のように受け入れられてきた。
しかし受験生は、自分が入試で何点だったのか、どんな評価をされたのかを、事後であっても知りたいと考えるのが、むしろ当たり前のことだ。入試の一番の当事者は受験生である。
現状に疑問を感じた元横浜市立大学生の三木由希子さんは、自分の入試得点や答案用紙の開示を求め、4年前から裁判で争っている。動機は「自分の情報だから、知りたい」という思いだ。
特に大学入試センター試験の成績は、それを踏まえて2次試験に出願するのに、本人は知らされないまま自己採点に頼るほかない。「判断の前提さえはっきりしないのは、おかしい」と考えたという。
今回の国大協の方針を三木さんは「未来へ向けての大きな前進。この数年で、社会状況がここまで変化してきたんですね」と歓迎する。
現実に、入試成績の開示がなされても受験生への直接的なメリットは少ない。
不合格だった人には、翌年の大学選択のために有益だが、合格者にはこんごの勉強の励みといった意味合いだろう。
今回の国大協方針も、肝心のセンター試験結果を開示する時期は2次の出願前とすることを「喫緊の課題」としながらも、結論は先送りしている。
一方で、開示による間接的な効果は決して小さくない。
大学側はこれまで開示を拒む理由として「大学間の序列が明らかになる」「大学の自由な評価、判断の余地を狭める」などの点を挙げてきた。
だが序列化はとっくになされている。それを是正するのは、日本の大学制度全体の改革によるべきであろう。
評価が各大学の自由な教育理念に沿って行われるのはよいが、恣意(しい)的では困る。「採点者も採点される」ことにより公正を担保しようとの考え方は、今後、入試制度が改革されても重要だろう。
福井大学では、昨年春の入試からいち早く入試成績の開示を始めた。これまでにトラブルはないという。むしろ開示に踏み切ったことで、教官たちは採点に際して改めて身を引き締め、入試への信頼感も高まっていると話す。
この点で今回の国大協の方針が入試の答案自体は開示しない、と決めたのは画竜点睛(がりょうてんせい)を欠く。答案も開示して初めて、真の入試の透明化がはかられるはずだ。
こうした点を見据えつつなお、今回の国大協の「一歩前進」の意義は大きい。
自分についての情報をまず知り、もしも間違っていれば訂正や削除を求める。入試成績の開示は、患者へのカルテ開示などとも通じ合う、時代の要請である。
この方針の実施について、国大協は主体的な取り組みを各大学にゆだねている。その意義を踏まえた上で、各大学が開示制度を発展させていくよう期待したい。
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