OCTOBER 18,1999

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■教員評価――見当違いの処方せん

 東京都教育庁が、公立の小、中、高校などの教員を5段階で評価し、昇給や異動に反映させる人事考課制度の導入に向けた中間報告を発表した。

 教頭、校長が、各教員の学習指導の能力や情意(意欲、態度)、実績などを見定め、教育長が相対評価をするという。

 教員の勤務評定をめぐっては、1950年代後半に教職員組合などによる反対闘争があった。現在は、評定を昇給などに連動させない慣行が一般化している。

 都教委が新しい制度を導入すれば、全国への影響も小さくないだろう。

 新制度案の基本的な考え方は、都教育長の依頼を受けた学者や校長、民間企業役員らで構成する研究会が、ことし3月に出した報告書で明らかにされている。

 いまの教育には、いじめや不登校、学級崩壊などの課題が山積し、その解決には学校の活性化と教員の意欲や資質の向上が重要だ、と指摘する。そのうえで、教員のモラール(士気)向上のため評価を給与などに反映させるべきだ、と結論づけた。

 前段の現状認識はその通りであろう。

 だが結論は見当違いではないか。

 例に挙げられた学級崩壊ひとつとっても、少子化による子どもの意識の変化、一斉型授業の行き詰まり、家庭や地域の教育力の低下など、多くの原因が重なっている。事態に直面した教師は、だれに言われるまでもなく必死に努力するはずだ。

 給与に格差をつけて、教員を駆り立てれば問題が解決するかのような発想は、実態を正しく把握したものとはいえまい。

 評価制度は、効果に疑問があるだけではない。弊害も予想される。

 3月の報告書には繰り返し、「評価のため、校長、教頭による授業観察が必要不可欠」といった表現が出てくる。そのような手法は、学校全体でのチームワークを妨げる恐れが強いのではないか。

 授業が成り立たなくなった経験を持つ教師は「管理職に評価されると、さらに助けを求めにくくなる」と語っている。

 相対評価は、教員同士の競争を生むだろう。子どもたちの変化を「待つ」といった、教育には必要な対応が軽視される懸念もある。そもそも教育の成果を測るのは、不可能ではないにしても難しい。

 にもかかわらず、評価制度が出てきた背景には、学校や教師がぬるま湯的な状態に置かれているのではないか、と多くの親や国民がみているという事情があろう。

 教師たちは、自己改革に努めてほしい。子どもたちの授業評価や、親からの批判にも、もっと耳を傾けるべきだ。

 「子ども嫌いの先生」といった笑えない冗談も聞かれる。明らかに適格性を欠く教師には、一線を退いてもらうしかない。

 とはいえ、そうした教育現場での取り組みと、上司が処遇を絡めて全教員を評価する制度の導入とは別問題である。

 国民の不満は、評価する側の教育長や校長、教頭にも向けられている。

 学校の活性化は、教員の仕事ぶりに対する観察や評価を強化することによってもたらされるわけではない。風通しのよい雰囲気をつくり、そのなかで校長や教員、親が自由かったつに本音を語り合ってこそ、生き生きとした教育は可能になる。

 都教育庁は、評価制度を来春にも導入する構えだ。拙速だと思う。

 いま、本当に求められている手立ては何か。改めて考え直すべきである。



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■四万十川――堰を開けて真の清流に

 高知県の四万十川は一般に、「本流にダムのない」最後の清流として知られている。

 しかし、それは真実ではない。

 全長196キロの真ん中よりやや上流のところに、高さ8メートルの発電用の家地川堰(いえじがわぜき)がある。15メートル未満だと、法律上はダムと呼ばないだけのことだ。

 発電用ダムではふつう、取り入れた水は何キロも先まで水路で運ばれ、電気を起こしたあと、もとの川に戻される。

 この堰では、伊与木川という別の川に放流され、海に捨てられる。その意味で「最悪のダム」という人もいる。

 堰の下流には、増水期でない限り、わずかな水しか流れない。1年のうち190日程度は毎秒1トン以下、うち90日ほどはゼロである。大きな支流が合流するまでの約20キロは、水無し川になってしまう。

 この区間では、川漁も水遊びもできない。水辺の植物にかわって陸生の植物がはびこるようになった。

 たくさんの支流があるせいで、四万十川の下流域では水量はなお豊かだ。それでも最近は、水質の悪化や漁獲高の減少が目立つ。全体の水量の3割が堰によって奪われることの影響がここにも表れている。

 堰を開けて水を戻してほしいと、中、下流の人々や漁師は訴え続けている。その声が一段と強くなってきた。

 発電用に取水する水利権は、1931年(昭和6年)に設定された。その更新期が2001年4月に迫ってきたからだ。

 こうしたなかで、高知県内水面漁業協同組合連合会が中心になって、「21世紀の四万十川を考える会」が設立された。四万十川に代表される土佐の清流をどう守り、どう復活していくか。研究者たちの助言を受けて具体策を練ろうという狙いだ。

 新しい世紀が始まる年の春、家地川堰を全面的に開放し、四万十川に本来の清流を取り戻してはどうだろうか。

 地球の温暖化防止が課題になっているとき、取水された水で発電される年間1億キロワット時の電気は、貴重なエネルギーに違いない。しかし、それよりも、清流に代表される自然の回復の方が、これからは重要な価値をもつようになると思う。

 発電量は、四国電力の総発電量の0.5%にも満たない。節電するとか、風力発電で代替するなど、工夫はあるはずだ。

 伊与木川周辺では、水の一部が農業や生活に使われている。この点についても知恵を出し合って解決策を見つけよう。

 20世紀は「川を殺した」世紀だった。ダムを造り、川の水を発電、農業、工業、生活のために使った。それは生活を便利にした一方で、山村を衰退させ、山や川を荒らすなどの弊害をもたらした。

 これからは、川のもつ多様な価値を最大限に活用するために、水無し川を減らし、流れる川を復活しなければならない。

 これ以上ダムを造らないだけでなく、既存のダムもなるべく開放していくべきだ。「川を回復する21世紀」にしたい。

 全国の心ある人たちが応援して、国民の財産である四万十川を、そのモデルにしようではないか。


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