最終更新時刻: 99/04/23 07:00

社説2 科学の理解は用語から

 科学技術においても、情報公開や研究者の説明責任が重要になっている。社会に与える影響がますます大きくなり、研究開発への投資も拡大する中で、社会の理解や了解の得られない研究は難しくなっている。クローン羊「ドリー」の誕生直後に、各国が人間への応用を禁じたことは、社会と科学技術の新しい関係を如実に示している。

 社会に対する説明に当たって重要なのは用語である。日本初の脳死による臓器移植の際、脳死と臨床的脳死という言葉が区別して使われた。社会は2種類の脳死があると誤解しかねない。例えば、救急医による脳死判定と、判定委員会による判定といった表現を使う方が適切であったかもしれない。

 かつて高温超電導がブームになった。この研究は現在も精力的に進められており、応用の可能性も見え始めている。問題は高温超電導という言葉にある。普通の人に高温といえば、少なくともセ氏百度以上を指すように思われる。しかし、この場合の実体はセ氏マイナス二百数十度であった。それまでの超電導と比較して高温という表現が使われた。

 原子力の分野でも高レベル放射性廃棄物処分という用語が使われる。普通は放射能の高い廃棄物を捨てるという意味だと考える。ところが高レベル放射性廃棄物は、使用済み燃料を再処理して出る廃棄物を意味し、放射能が高くてもそれ以外のものは該当しない。処分も、実際は隔離貯蔵するという概念に近く、捨てるというイメージからは遠い。

 社会の中で使われる言葉が専門用語に取り入れられ、それが一般的なイメージとかけ離れた形で使われることが多い。これは、科学技術に対する誤解の原因になる。言葉という意味でもう一つの問題はカタカナのはんらんである。適当な訳が無いことはわかる。しかし、これは科学技術を縁遠いものと感じさせる。さらにローマ字の略語になると、もはや普通の人には通じない。

 幕末から明治にかけて、西欧技術の導入に際して、当時の人は大変な工夫をして言葉を選んだ。神経、化学、引力などは当時の造語であった。現在の関係者も、せめて当時程度の努力をすべきだろう。

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