WELCOME TO TheSankeiShimbun

朝刊記事
line.gif
平成 12年 (2000) 4月13日[木] 大安

●Link 朝日新聞の社説読売新聞の社説日本経済新聞の社説
各新聞社のサーバーへリンクします。


主張 子供のやることではない

【土下座要求】
 東京都の国立市立第二小学校で卒業式の後、児童約三十人が校長に土下座を迫り、屋上の国旗を降ろさせる騒ぎが起きた。小学生がこんなことをやるとは、とても信じられない。背後の動きも含め徹底解明が待たれる。

 同校の卒業式は先月二十四日に行われた。国歌斉唱はなく、国旗は会場ではなく屋上に掲げられた。その卒業式の後、卒業生や五年生の児童が校長に「先生みんなが(国旗掲揚に)反対しているのに、なぜ揚げたのか」「式は私たちのものだ。旗を降ろせ」などと詰め寄り、国旗を降ろさせた。さらに、教員が「子供に相談しないで国旗を揚げたのは民主主義に反する」などと児童の肩をもつ発言を行うと、興奮した児童は「謝れ」「土下座しろ」と校長に迫り、校長は「つらい思いをさせて悪かった」と謝ったという。

 児童や教員のいうことは民主主義をまったくはき違えたものだ。十歳ちょっとの子供たちに、卒業式のやり方を決める権利など与えられてはいない。普通の子供がこんなことをいうわけがない。教員らが児童にそうさせていた疑いが強い。

 市教委は校長や教員、保護者から事情を聴き、今回の異常事態の原因や背景を調査してほしい。その上で、地方公務員法など法令違反があれば、厳正な処分を行うべきである。

 騒ぎが起きたとき、保護者もたくさん残っていたはずだ。一部の児童や教員の異様な行動に保護者が気づき、止めに入っていれば、ここまで事態は悪化しなかったのではないか。同校にも卒業式や入学式での国旗掲揚と国歌斉唱を求める保護者が増えているという。ただ、それが声にならず、校長を支える力になり得ていないのが現状だ。これら良識派の保護者が学校正常化に向けて、もっと声をあげてほしい。

 同校は日の丸・君が代に反対する教職員組合の組織率が高く、校長が十分なリーダーシップを発揮できない状況にある。かつて、埼玉県立所沢高校もそうだった。しかし、校長の粘り強い指導とこれを支える県教委のバックアップによって、正常な学校運営を取り戻しつつある。国立二小の校長も、こんなことにめげず、今後も正常化に向けて努力し、これを市教委が支えるべきである。

 国立市といえば、二小を含むすべての公立小中学校で卒業式や入学式での国旗掲揚・国歌斉唱が適切に行われない事態が続いていることで知られる。不名誉な記録だ。二小の騒動は他校にとっても、対岸の火事ではない。各校長の指導力も問われている。

主張 言葉に惑わされぬ論議を

【石原知事発言】
 石原慎太郎東京都知事が、陸上自衛隊でのあいさつで、将来の自衛隊の治安出動の可能性を述べ、その中で「三国人」という言葉を使ったことが政治問題となっている。

 石原知事はあいさつで「今日の東京を見ますと、不法入国した多くの三国人、外国人が非常に凶悪な犯罪を繰り返して…」と述べている。「三国人」について知事は十二日の記者会見で「外国人という意味で使ったのであり、誤解されたのであれば非常に遺憾だ」と弁明した。

 しかし、歴史的に見れば「三国人」とは戦後、日本に住んでいた朝鮮半島や台湾出身者らに対し、警戒心や反感を込めて使われていた言葉であることは間違いない。こうした言葉を口にすることは、潜在的な在日外国人に対する国民の差別意識を助長することになりかねない。石原知事もその点は率直に認めて対処すべきだ。

 ただ、こうした外国人への差別意識の問題と知事が述べた治安の問題とはまったく別のものである。

 石原知事が述べたのは「不法入国」した外国人による犯罪が増えているという事実と、将来大災害が起きたときの混乱に乗じた不法な外国人による騒擾(そうじょう)事件の可能性である。そういう場合の自衛隊の治安出動の必要性を自衛官に訴えたのだった。

 平成十一年版の警察白書によると、来日した外国人による犯罪は検挙者だけでも五千三百八十二人に上っている(平成十年)。この中で凶悪犯は二百五十一人で、その五〇%以上は不法滞在者だった。

 このことと結び付けるには飛躍があるとの考えもあるが、大災害に乗じた騒擾事件の可能性も将来的には否定はできない。

 こうした事態や可能性に対して最大限の備えをすることは、知事ら為政者にとっては当たり前のことである。外国人に対する差別意識の問題とは別に進めなければならないことだ。

 にもかかわらず、今回の石原発言以来の多くのマスコミの風潮を見ると、「三国人」発言だけを大々的に取り上げて反発をあおり、治安出動などにかかわる知事の考えや政治姿勢まで否定しようとしているように見える。

 その責任はむろん石原知事の不用意な言葉遣いにもあろう。しかし、言葉だけを論じ、国際化時代の国民の安全に関する発言まで抹殺しようというのなら、歴史認識をめぐる政治家の言葉に対する外国の批判だけを取り上げ、問題の本質を見ようとしなかったこれまでの過ちを繰り返すことになる。冷静な論議を期待したい。