【大相撲春場所】
大相撲春場所は千秋楽で大関対決の末、武蔵丸が四度目の賜杯を手にして終わった。内容はといえば三横綱がそろって休場し、人気の新大関も初日から三連敗したあげく、けがで途中休場してしまった。武蔵丸の晴れ姿に水を差すようだが、理事長が千秋楽の土俵上で「誠に申し訳ない」と陳謝するほど盛り上がりに欠けた場所だった。今以上に力士がプロ意識に徹しないと「国技」もかすむだろう。人気はうつろいやすいものだ。
この場所ほど“不名誉記録”が続出したのも珍しい。三横綱時代としては実に四十九年ぶりの横綱不在場所、新大関の途中休場は昭和五十五年春場所以来、新入幕力士が結びの一番を務めたのは八年ぶり、横綱などの不戦敗で結びが二番格上げされたのは昭和三十三年に年六場所制になって初、一人の力士の二日連続不戦勝は昭和三年にこの制度ができてから初めて。
それもこれも四十人の幕内力士のうち五人が休場したためだが、休場者の数よりも五人全員が役力士だったのが不名誉記録をつくった原因でもある。なかでも横綱の責任は重い。三場所連続で休場の曙、不測のけがとはいえ体調も万全でなかった若乃花、貴乃花。横綱の土俵入りがないのを知ったファンから飛んだやじは大相撲に対する警鐘でなかったか。
時津風理事長は休場が度重なった理由として、急速な体重増が負担になり体の大きさに見合う体力がついていないことやけいこ不足をあげている。かねてから栄養のバランスがよく取れているチャンコよりファストフードのほうに手が伸び、糖分が多い飲料水に目がない力士や若手が増えていると指摘されてきただけに、こうもふがいない土俵が続くと大相撲が抱える問題は予想以上に深刻だと受け止めなければならないようだ。
伝統の格闘技である相撲の醍醐味は、よく鍛錬された肉体と肉体がぶつかり、激しく攻め合うところにあろう。しかし幕内力士の平均体重が一五七・六キロという“巨漢”であっても、けいこ不足でからだを絞り切らないままで土俵にあがるようでは肉弾戦を期待するほうが無理というものだろう。
協会はスター力士の人気に頼りきりになってこなかったか。徹底した健康管理、若手もついていけるような合理的なけいこ方法や相撲部屋の近代的運営などの改革を急がないと、相撲離れが現実にならないとは限らない。
心技体の充実あっての栄誉だろうが、武蔵丸は勝因に十キロの減量をあげた。スリム化は日本経済だけの課題ではなさそうだ。