平成 11年 (1999) 4月26日[月] 先勝

主張 実施の先送りは許されない

同時に必要なのは安全網整備
【ペイオフ】
 「とらの子」の蓄えをどう守ればよいのか−。二年後のペイオフ解禁をにらんで、預金者が動き出した。安全な運用先を求めて預金の預け替えなどが増えている。過度に広がれば、金融不安の再燃につながりかねない。預金者の動揺を和らげる手立てを早めに整えておく必要があろう。

 預金保険制度では、金融機関が破たんした場合に、預金者を保護する二つの仕組みが用意されている。

 一つが、預金者一人につき元本一千万円までの預金の払い戻しを保証する「ペイオフ」だ。二つ目は、破たん金融機関との合併などで事業を引き継ぐ金融機関に資金援助する制度で、預金は全額保護される。過去の金融破たんでは、資金援助方式を採用し、ペイオフが適用されたケースはない。

 さらに、金融不安が高まった平成八年に預金保険法を改正、ペイオフに伴う混乱を避けるため五年間に限り実施を凍結した。現在は特例措置で、預金のほか保険対象外の金融債などの金融商品まで青天井で保護される。

 特例措置が切れるのが十三年三月末だ。特別公的管理(一時国有化)やブリッジバンク(つなぎ銀行)による破たん処理もなくなり、四月以降はペイオフか資金援助の選択になる。

《つなぎ銀行制度の継続を》

 「金融破たん=ペイオフ」の連想からだろう。預入額が一千万円を超え、期間の長い大口定期預金の残高が激減し、金融債などの伸び悩みも目立つ。このまま二年後を迎えれば、不振銀行からの預金流出が広がり、再び金融不安をあおる危険がつきまとう。

 しかし、自民党内などでくすぶり続けるペイオフ延期論は、いかにも短絡に過ぎる。賛同できない。

 金融機関は、ペイオフの解禁時期を見据えて体質改善を進めている。市場規律に根ざしたビッグバン(金融システム改革)も、政府が総額六十兆円の公的資金を用意し、「バブルの清算」と金融機関の再編成を促す金融再生もゴールは、十三年三月末だ。

 ここでタガを外せば、緊張の糸は一気に緩む。金融機関の経営戦略の見直しやリストラなど改革の流れに水をさす。銀行経営者のモラルハザード(倫理観の欠如)を助長しかねず、預金者の自己責任も育たない。市場の失望を招き、対外的な信頼を失う。

 柳沢伯夫金融再生委員長は「ペイオフがあるから預金が集まらないというのは本末転倒だ」という。当を得た論理だ。二年後を区切りに、非効率な分野から撤退し、経営資源を得意分野に集中させる「強い銀行」への転換を急ぎ、信用力をつけることが最大の預金者保護になるのは間違いない。

 一方で、ペイオフ時代に対応した体制の整備も不十分だ。ペイオフの認知度はまだ低く、誤解も多い。個人預金の大半は一千万円以下だし、一千万円を超える元本や利息も、破たん銀行の清算後に残った財産を配分して一定割合は戻る。正確な内容を周知徹底させ預金者の動揺を抑えるべきだ。

 預金保険制度の充実した米国でも、ごく小規模の破たん処理にしかペイオフを適用していない。預金者の複数口座を「名寄せ」し、預金額を計算する手間がかかるため、ほとんどは受け皿銀行が預金を引き継いできた。

 預金など間接金融資産が中心の日本では、ペイオフの事務処理コストは膨大になる。少なくともブリッジバンク制度は十三年四月以降も残し、破たんの状況に応じて社会的、経済的コストを最小限に食い止められるような処理方法の多様化が不可欠である。

《郵貯改革は喫緊の課題》

 そもそも金融機関の経営実態が不透明なままだと、預金者の自己責任を問えない。銀行経営の規律や情報開示を徹底させる金融サービス法の制定は、ペイオフ解禁の前提だろう。

 ペイオフ制度の問題点も多い。保険金の一時払いは二十万円だけだ。一千万超の預金分の払い戻し(概算払い)までに一、二年かかるという。これでは家賃や公共料金の自動引き落としなど決済機能にも支障をきたす。

 米国のように銀行が閉鎖されれば、直ちに保険金を小切手で郵送し、混乱を回避すべきではないか。

 金融審議会(蔵相の諮問機関)は、預金保険制度の見直し作業に入った。保険の対象になる金融商品の範囲や保証額の水準が焦点だが、安易な拡大は保険料の引き上げにつながり、ツケは預金者に回る。大きな副作用を伴うだけに、慎重な論議を求めたい。

 まだある。郵便貯金の存在だ。残高は約二百五十兆円。国の信用を背景に個人金融資産全体の二割が集中する実態は、健全な金融の姿にほど遠い。ペイオフ解禁を前に経営形態や金利設定など再検討を急ぐ必要がある。

 もちろん金融新時代への備えは、法やルールだけではない。最も大事なのは、金融機関と利用者の自立と自律であることを忘れてはならない。