平成 11年 (1999) 7月23日[金] 仏滅

主張 遺志学び国柄守る政治を

【江藤淳氏の死】
 戦後を代表する評論家で本紙に「月に一度」を連載していた江藤淳氏が亡くなった。昨年秋、夫人を亡くして以来、一時期憔悴しておられたことは聞いていたが、これほど大きな痛みを受けておられていたとは衝撃である。

 しかし、そのことをこれ以上詮索はすまい。私たちにとって、もっと大きな衝撃は、日本という国や国柄が滅亡の危機にさらされていることに警鐘を鳴らし続けてきた明晰な知性が、忽然と去っていったことだからだ。

 江藤さんは『漱石とその時代』をはじめ、文芸評論というジャンルを通しながら、常に国の歴史や政治を考え、発言してきた。

 そして近年引かれていた人物の一人が西郷隆盛だった。著書『南洲残影』の中で、西郷がなぜ、勝ち目もない戦いに立ち上がったかについて、日本を支えてきた武士道と日本の滅びが見えたからだと解釈していた。それは江藤さんが今日の日本に抱いていた危機感に通じた。

 江藤さんは産経新聞がこのほど発行した写真集『やすくにの祈り』の中で、こう書いている。「日本人にとって一番大切なもの、日本人がおのづから親身になれるものは日本の国柄そのものです」

 「月に一度」で、日本人が営々として築いた国柄が滅んでいくことへの危機感は、明確な国家観や歴史観でなく国民への“おもねり”を優先させているような政治や政治家への批判となって表れていた。

 例えば、理念よりも親しみやすさを優先させ「太陽党」という名の政党をつくった羽田孜氏や、ペルーの人質事件で外務省にアンパンを差し入れした橋本龍太郎首相(当時)に対しては「コドモノクニを作る気か」と喝破した(平成九年一月六日)。

 「国家よりも市民」を唱えるような政治家に対しては常に厳しかった。今、江藤さんが感じた危機状況は少しも変わっていないといえる。

 二十二日に衆院を通過した国旗国歌法案は、文字通り日本の国柄を考え、学ぶにふさわしい法案である。だが実際には「議論がつくされていない」など、国民の反応をうかがうような議論しかできない政党やマスコミが多い。組織犯罪防止法案についても、国の危機をどう防ぐかではなく「善良な市民の電話が盗聴される」という的外れな議論に終始している。

 国の歴史や国柄を大切にする格調の高い政治や社会をたて直す。それが、志半ばで亡くなった江藤さんの遺志から学ぶことである。

主張 都市の盲点に備え急ごう

【地下水害】
 関東地方を襲った集中豪雨のため、東京都新宿区内で自宅ビルの地下室に大量の雨水が流れ込み、倉庫の様子を見に行った男性が水死した。先月末にも福岡市でやはり水没したビルの地下で飲食店の従業員が亡くなっている。日本列島は西から梅雨明けを迎えたが、夏本番でも夕立豪雨があり、やがて台風シーズンがくる。大雨に対する備えとともに、こうした「地下水害」を新しいタイプの都市災害として十分に注意したい。

 二十一日の大雨は東北地方まで北上した梅雨前線に向かって南から湿った暖かい空気が流れ込み、さらに日中の猛暑で上昇気流が起きて、発達した積乱雲をつくりだした。

 梅雨明け間近に多い雨のパターンだが、雷を伴った雨脚はすさまじく、東京都練馬区では午後三時からの一時間に観測史上最高の九一ミリを記録した。区役所の職員が「かつて経験したことのない豪雨だった」というから、これも異常気象の一つといえるかもしれない。

 アスファルトとコンクリートに覆われた都会では、これほどの大雨になると、雨水は地面に吸い取られず、下水道や排水口もたちまちあふれる。そして水は低いところに流れて、地下街や地下鉄、ビルの地下を襲う。福岡の豪雨ではJR博多駅周辺が冠水し、地下鉄も線路が水に漬かって、都市機能がマヒした。

 残念ながら「地下水害」に対して備えができているとは言い難い。大規模な地下街などでは防水扉を設置しているが、ビルや民家の地下など無防備なところが多く、滝のように流れ込む水によって地下空間は短時間のうちに水没してしまう。

 行政の対応も遅れている。水災害・土砂災害への対策を検討してきた河川審議会・危機管理小委員会が昨年八月、「地下水害」を「社会形態の変化に伴う新しいタイプの災害」と位置づけ、国に対応を求める報告をまとめた。これを受けて、建設、運輸、国土、消防庁が合同で「地下空間洪水対策研究会」を発足させたが、ここでは主に河川が破堤した場合を想定しており、雨水が直接、地下に流れ込むケースは考えていなかったという。

 災害は忘れたころにやってくる、とともに、思いもよらぬ形で襲ってくる。危機管理の第一は、あらゆる事態を想定して、それぞれに対策を講じることである。「地下水害」への早急な対策を求めたい。

 また、大雨のさいには地下を避け、できるだけ高いところに避難することを忘れずにおきたい。