平成 11年 (1999) 11月 3日[水] 仏滅

主張 日本古来のものに誇りを

【文化の日】
 近年、考古学上の発見が相次ぎ、弥生時代以前の縄文時代にも、稲作やクリの栽培、カキの養殖などが行われていたことが明らかになってきた。以前は数千年前といわれた縄文時代は一万数千年前にもさかのぼり、世界最古の縄文土器文明が栄えていたことも分かってきた。

 先月二十九日に発売された「新しい歴史教科書をつくる会」会長、西尾幹二氏の著作「国民の歴史」(扶桑社)は、こうした最新の学問的な成果を織り込みながら、「日本の文化は中国からも西洋からも独立していた」とする新しい視点に立って書かれている。古代においても、「中国から漢字(文字)が伝わる前から、日本には言語(音)による豊かな文化があった」「奈良の都は長安に似ていなかった」など、日本から見た文化史を語っている。

 日本は中国から一方的に文化を伝えられ、その恩恵にあずかった−とする教科書的な知識を学んだ人は反発を感じるかもしれないが、新しい自由な発想で縄文人や古代日本人の文化、生活に思いをはせる手法には、ひかれるものがある。

 しかし、「西尾史観」はともかく、日本には、能や茶の湯に代表される「わび」「さび」、源氏物語などの平安文学に見られる「もののあわれ」といった独自の文化がある。外国でも、よく知られている。われわれ日本人はまず、こうした文化遺産の保存と継承に努めなければならない−という点には、だれも異存がなかろう。

 また、古事記や日本書紀などの神話は、戦後日本の歴史教科書で不当に扱われてきた。神話には客観的な事実にそぐわない記述も当然ある。しかし、神話はその国の誕生に関する物語や古代日本人の生活を伝えている。教科書が書くように、「天皇の支配を正当化するための創作」ではない。学校が教えなければ、家庭や地域教育の中で、子や孫たちに語り継いでいきたい。

 一方で、「異文化理解」が求められている。自国の文化を理解し、誇りを持ったうえで、初めて他国の文化にも理解を示すことができる。もちろん、日本の文化だけが優越しているとする偏狭な考え方は排除されるべきだ。

 きょうの「文化の日」は戦前、明治天皇の誕生日として、その遺徳をたたえる「明治節」であった。欧米列強の植民地になる危険にさらされながら、東洋で初めての近代国家を建設した「明治の精神」も、日本の文化を顧みるうえで忘れてはならないだろう。

 そうした先人の汗と労苦の結晶である日本の伝統文化を共有し、次代を担う子供たちに語り継ぐ日としたい。