生まれてくる子供の数が減少する「少子化」に一向に歯止めがかからない。
九八年の人口動態統計によると、一人の女性が一生の間に産む子供の平均数(合計特殊出生率)は1・38と、過去最低を更新した。世界的にみても最低水準だ。
少子化は、先進国に共通した現象だが、わが国では、それと並行して高齢化が世界に例を見ない速度で進行しており、既に六十五歳以上の「老年人口」が十五歳未満の「年少人口」を上回っている。
ヨーロッパの主要国でも、少子・高齢化は進んでいるが、こうした“逆転現象”はまだ起きていない。
さらに少子化が進むようなら、将来のわが国は、労働力人口が大幅に減少し、経済水準の低下すら招きかねない。また、超高齢社会の担い手がいなくなり、各種社会制度が維持できなくなるかもしれない。
社会生活の面でも、子供の数が減り、高齢者ばかりが目立つ、国全体の「過疎化」が進んで、明日への活力を失った社会になる恐れがある。
少子化対策に関する議論は多種多様で、諸外国の例をみても、これといった決め手はない。だが、女性の社会進出が進んだ現在、少なくとも働く女性が子供を産み・育てることに不安を覚えないよう、支援する制度の整備とそれをバックアップする社会的合意の形成が不可欠だろう。
育児休業制度について言えば、終身雇用が一般的なわが国では、子育てのために就業を中断することのハンデは当事者にとって深刻だ。制度はあっても、それを利用することで、それまでに積み上げた実績が無になりかねないという思いは強い。
企業の側も、一人目はいいとしても、二人目、三人目となると、忠誠度や仕事に対する態度を疑問視するのが実情だろう。
北欧やドイツでは、手厚い育児休業制度や所得保障を法制化する試みがなされているが、その成果は国によってまちまちだ。これに対し、アメリカでは、この種の制度はほとんど整備されていないが、キャリアさえあれば、以前の職場とそんなに待遇に差がなく再就職できる風土がある。
研究者によっては、制度による支援よりも、雇用の流動化を進める方が効果的だとする意見もある。
保育サービスについては、わが国は明らかに整備が立ち遅れている。乳幼児保育や延長保育、一時保育など、そのニーズが多様化しているにもかかわらず、公立保育所などでは、ほとんど対応できずにいる。
保育所経営にも、民間活力を大胆に導入すると同時に、企業内保育所の推進なども検討すべきではないか。
あるいは、年金に「子育て加算」をするというのもアイデアかも知れない。
子育てをめぐっては、重い教育負担や住宅問題など、解決すべき課題は多く、少子化対策は一筋縄ではいきそうにない。
何よりもまず、子育ては楽しいものであり、生活に「夢」を与えてくれるということを、若い世代に知ってほしい。損得ではなく、子育てには未来がかかっている。
(8月31日9:04)
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