一九八九年十一月のベルリンの壁崩壊に始まり、同年十二月の米ソ首脳会談での冷戦終結宣言を経て、九一年末のソ連邦解体に至る一連の歴史的事象の波紋の広がりと終着点を、私たちはまだ見極められないでいる。
人間性を抑圧していた共産主義体制が瓦解(がかい)し、旧ソ連圏や東欧で、国による濃淡はあれ、民主化が進んだ。これを歴史の前進とする認識に誤りはない。
問題は、この成果の一面で新たな紛争などの副産物が生じ、情報通信革命の進行に伴う新事態も重なって軍事や経済、そして政治の領域まで含めた今の世界システムの有効性が問われだしていることだ。
このことは、国際社会の課題が、単に冷戦勝利者の西側のシステムを旧東側世界に浸透させるという直線的な努力だけでは決着しないことを意味する。西側先進国、途上国を含めた世界システムの全体像を再構築するという視点が求められている。
「冷戦終結後、五百五十万人が紛争の犠牲となった」(アナン国連事務総長)。
冷戦期の東西代理戦争は姿を消したが、代わって民族や宗教上のアイデンティティーを獲得するための紛争が多発し、世界各地で新たな人道上の危機を招いている。
冷戦という国際政治の上部構造の重しが取り除かれたことで、民族主義や宗教的原理主義、地域分離運動などの水面下にもぐっていた意識が覚醒(かくせい)することになった。
国際社会はまだ、この種の紛争を解決する有効な方程式を見いだしていない。
核兵器管理の分野では、米ソ二極構造を前提にした核均衡の抑止体系にほころびが生じた。新規の核保有国・印パの登場に見られるごとく、核拡散の危惧(きぐ)が現実化したからだ。この分野でも核兵器を暴走させない枠組みの再構築が急務となった。
他方、世界化(グローバリゼーション)の波が国際社会の政治、経済、社会の各分野を洗っており、それがもたらすのは人々にとっての利益だけではない。例えば、国境を越える瞬時の大量の資金移動は一国の経済を破壊しかねない暴力性を持つ。
新たな民衆意識の覚醒、兵器技術の向上と拡散、輸送通信手段等の発達による市場の世界化などは、歴史的に旧秩序から新たな世界システムへの移行を不可避にする重要な要素となってきた。
世界の統治(ガバナンス)に果たす国家の権能を再定義すべきとの議論もある。
性急な“脱国家症候群”に属する論も少なくないが、背景には、急速な情報通信革命が世界市場や人々の社会活動に国家のコントロール不能の領域を作り出しつつあるかに見える現象がある。これも今の世界システムの有効性に疑問が出される一つの根拠となっていよう。
この世界の時代状況を踏まえた日本の課題は何か――二十一世紀・国際秩序の中で自国の安寧を確保する的確な位置取りを行うことができるか否かであり、そのためには新たな世界システムの構築作業に主体的にかかわる意思が大切である。
(11月29日8:32)