◆12月22日付・読売社説(1)
◇尊い犠牲を原子力安全に生かせ◇
茨城県東海村の核燃料加工会社の臨界事故で被ばくした作業員が亡くなった。国内の原子力施設の事故による被ばくで犠牲者が出たのは初めてである。
死亡した作業員は、被ばく直後から重篤であり、造血と免疫機能を再生させるため末梢(まっしょう)血幹細胞移植も行われたが、回復に向かうことはなかった。
日本は、広島・長崎で原爆被災を受けた唯一の国である。一九五四年にはビキニ環礁の水爆実験に遭遇した「第五福竜丸」が被ばくし、一人が亡くなった。こうした不幸な歴史の経験は、いずれも核兵器によってもたらされたものであった。
だが、今回の被ばくは過去の不幸とは違い、平和利用の中での犠牲であることを、重く受け止めなければならない。
亡くなった作業員は、核燃料加工の工程で被ばくした。普通の人の一年間の許容放射線の約一万八千倍もの量を一度に浴びたものだ。
原因は、安全性を考慮しなかった作業工程によるもので、会社の組織全体が粗雑な管理体制だった。犠牲となった作業員は、臨界の意味も事故の恐ろしさも教育されていなかった。会社側の責任は重大であり、償おうとしても償い切れないほどの重みを持つといえよう。
原子力利用が始まった初期のころは、日本の特異な被ばく経験から放射線に対する警戒心が強く、企業でも作業現場でも放射線の安全管理には人一倍気を使った。
しかし歳月とともに、過去の被ばく体験は徐々に風化し、放射線への恐れや警戒心や安全性への配慮が、希薄になっていったのではないか。放射線は、においもなく、視覚や聴覚に訴えるものもない。日常の作業現場で放射線への警戒心が薄れていったとしても不思議ではない。
一九九五年に高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故が発生した。九七年には使用済み燃料再処理工場での火災・爆発事故が発生し、今回の臨界事故と続いた。そしてついに死亡者を出したことに、いい知れぬ焦燥感を抱かざるを得ない。
原子力エネルギーは日本にとって必要であり、そのためには官民一体となって安全性を確立しなければならない。
原子力事故への心配は、原子力発電所だけに関心が向きがちだが、今回の事故は燃料製造の途中工程で起きたものであり、サイクルを構成する原子力産業界全体として考える必要があるだろう。
今回の不幸が残した教訓の一つは、原子力防災に対する事業者の役割を確立することである。放射線測定設備の設置義務や通報義務を明確にし、事業者に原子力防災管理者を置くことが肝心だ。
今国会で制定された原子力防災法は、原子力事業所外にも被害が及ぶことを想定したものだ。万全の備えと体制の確立を急がなければならない。
「安全文化の醸成」は、口で言うのは簡単だが確立するのは難しい。法律の制定や規制の強化だけではできない。原子力への信頼確保にも、安全が大前提である。
(12月22日9:02)
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