|
☆ 外国を詠む 2001年 |
|
≪スペイン〜ポルトガル〜スペイン≫ 6月14日〜7月2日 スペインの大地を踏めば夕焼くる ・インターネットで知ったイギリスの旅行社(Insight Vacations)が主催する 「十六日間スペイン・ポルトガルツアー」に参加するためマドリッドにやって来た 驚愕のスリの話や夏の宵 ・ツアー出発前のオリエンテーションに参加。ニュージーランド人夫婦が昨日の夕方街でスリに遭った話をしてくれた。知ってはいたものの被害者から直接話を聞くともっと臨場感がある。昨日は我々も同じような場所をウロウロしていたのだ。 何処までも続く平野の夜涼かな ・さすがスペイン平野、日中は気温が高いがカラッと暑く、夜は涼しくてとても過ごし易かった グレコ描くトレドの丘は夏日中 ・エル・グレコは16世紀の人でわたしの好きな画家、トレドで亡くなった 夏帽子かざしアビラの町を見る ・アビラは16世紀の聖人テレサ修女の生誕地。私のカトリック洗礼名はアビラのテレサ 氷菓買ふそぞろ歩きのサラマンカ ・フィリピン人のサンディーやナと一緒に夕方聖堂を見に行く、聖堂のそばにはスペインで一番古いと言われているサラマンカ大学もあった、石畳が気持ちのよい落ち着いた街だ 炎天や聖堂見上ぐ人疎ら ・スペインはどの町にいっても聖堂が目立つ 夕焼くるオポルトの海の旅愁かな ・いったんスペインを出てポルトガルに来た、オポルトはポルトガルの都市ポートのこと 市電降り生ビール飲む至福かな ・オポルトの町を二人で散策 ファティマなる聖地を訪うて夏一日 日盛りの海峡臨むイエス像 ・リスボンの海辺(というのか河口というのか)に巨大なイエス像が立っている ファド唄ふ黒装束の涼やかに ・ファドは哀調あるポルトガルの民謡 サクランボ買ふて分けあふバスの中 ・小さな町で買ったサクランボの味は素晴らしかった 灼くる日やセビリヤ今日は四十度 ・街中に大きな温度計があった 短夜やカルメンの街馬車で行く ・スペインの夏の夜はなかなか暮れない、十時半頃からやっと暗くなりはじめる 短夜の指先までがフラメンコ ・さすがにセビリア、素晴らしいフラメンコだった 岩家なる民家に入れば夏涼し コルドバへ続く向日葵畑かな ・ちょうど向日葵の季節で地平線いっぱいにまで広がる黄色と緑のハーモニーに感激 コルドバの坂道くだりアイス食ぶ ・オーストラリアのフランク,ヘレン夫妻と共に木陰で一休み フランクは十九歳のとき一人でハンガリーからオーストラリアに移民 苦労して大学を卒業後労働組合運動に従事、幹部生活を続け、 リタイヤー後は余暇を旅行などで楽しんでいるのだと話してくれた オーストラリアから来ただけあってさすがに潜水が上手くプールでも一緒によく遊んだ 灼熱の庭のオレンジ盗み食ひ ・イタリア系カナダ人のジャックがアルハンブラ宮殿の庭のオレンジをこっそりもいでくれた 雲見えぬアンダルシアの夏の空 ・一人でツアーに参加のジャック 空を見あげては "可哀相に、スペインにはぜーんぜん雲が無い!"と何度も言っていた 皮膚癌の人と語らふ夏の宵 ・自分は背中を皮膚癌にやられているのだと話すジャックは冗談好きで愉快な彫刻家 手作り家具もやっているらしい コスタデルソルゆるりくつろぐ夏の旅 ・コスタデルソルは太陽の海岸の意でヨーロッパでも有名な別荘地、 ここでは我々も二日間何もせずゴロゴロして日光浴を楽しんだ 銀髪を濡らし水着のよく似合ふ ・我々のツアーにはいろいろな国からいろんな人が参加していた、ネリーという飾り気のない上品なおばぁちゃんは76歳でニュージーランドからの一人旅。この何年かインサイト・バケーション・ツアーで他の国々もまわったという、70歳を過ぎて果して私も彼女のように一人旅が出来るであろうか,自信はまったく無い、ネリーとはホテルのプールサイドで仲良く寝そべったり泳いだりした、私もああいう風に年を取りたいと思う グラナダの聖堂までの極暑かな ・とにかく暑かった! ワイナリー地下の倉庫の涼気かな ・バレンシアのワイナリーを見学、地下の貯蔵庫のものすごい広さに圧倒される テイスティングでは高級品がふんだんにサーブされた ここはフランスのシャンペンに優るとも劣らないスパークリングワインとシェリーの名産地だ 聳ゆるはサクラダ・ファミリア炎天下 ・ガウディの聖家族教会の見事さはここで言うまでもないだろう 炎日やガウディの街の大道芸 ・バルセロナにはたくさんの大道芸人がいて楽しかった ピカソ描く夏の女の愛すべき ・バルセロナのピカソ美術館にて ミロとダリ、ピカソも好きで夏の旅 ・ミロ、ダリ、ピカソをはじめ、ベラスケス、ゴヤ、グレコ、ムリーリョなど わたしの好きな画家がスペインにはたくさん 美術館出でて片蔭歩きをり ・マドリッドのプラド美術館にはツアーの前とあとに二日間通った 抱き合ひ別れを惜しむ夏一夜 ・十七日間を共に過ごしたツアーの仲間たちとマドリッドのホテルにて ≪フランス〜ベルギー〜フランス≫ 7月3日〜16日 *スペインからフランスへやってきた 夏休みで帰国中の姪のアパートを宿所に僅かな期間ではあるが二人だけのパリ暮らしを経験 パリに来てスペイン恋うる夏の夜 短夜やワインの赤を透かし見る ・可楽といったい何本のワインを飲んだであろうか ナッシォンの朝市涼し魚買ふ ・毎週水曜日と土曜日に市が立つので散歩がてらよく出かけた 夕すずむセーヌの河畔風渡る 薫風やテクテク歩くパリの街 ・パリの街はいくら歩いても疲れない、ノートルダムより姪の家まで二時間近く歩いて帰る 西日中モンマルトルよりオペラ座へ ・モンマルトルの丘を越えオペラ座までやはりテクテクと歩いた 夏野行く海辺のモン・サン・ミッシェルへ ・早朝出発のバスに乗ってモンサン・ミッシエルへ日帰り旅行 ゴッホの墓取り囲むよに麦の秋 ・セーヌ川の支流オワーズ川沿いにある町オーヴェル・シュル・オワーズは印象派の画家たちが好んで訪れた場所だそうだ。とくにゴッホは人生最後の二ヶ月をここで過ごし「オーヴェルの教会」や「麦畑」の名画を遺した。私たちが訪れた日は光の具合もさることながら偶然にも何羽かの黒い鳥が黄色い麦畑上空を飛び交っており、「麦畑」の絵そのものを見るようだった 青蔦の絡むゴッホの墓に立つ ・ビンセントとテオの兄弟は死後も仲良くこの町の墓地に葬られ静かに眠り続けている 麦秋やゴッホの描きし古教会 ・可楽はその教会の前に座り込みしばしの間スケッチ 麦の穂に隠れて用を足しにけり ・孫君とわが亭主 ワインもて喉潤せし麦日和 ・昼餉はゴッホの麦畑でバゲットサンドに安物赤ワインでご満悦 モネの池睡蓮煙る雨のなか ・ジベルニーにあるモネの家の日本庭園、睡蓮の池は当時と姿を大きく変えてはいない 我々が訪れた日は小雨模様、しかしちょうど睡蓮の時期だったので素晴らしい光景に出会えた まるでモネの絵のなかにいるような錯覚さえおぼえた 色褪せし浮世絵ならぶ夏館 ・モネはゴッホに劣らず日本の浮世絵が好きだったようだ 二階の部屋や階段の踊り場に所狭しとコレクションが並べられてあった 木隠れに見ゆるモネの家若葉雨 緑陰に憩ひ二人の画家忍ぶ ・死ぬまで貧しかったゴッホと生前から贅沢三昧貴族的な生活をしていたモネとの違い それがどのように作品に影響を与えているかということなど 亡くなった時に住んでいたそれぞれの家を訪ねてみて諮り知ることができた 石畳に細き雨降る涼しさよ ・ベルギーに行く。ブルージュは小糠雨、一年に一度の大骨董市も雨のため振るわなかったようだ 夏雨(なつさめ)やあかしろみどりの窓の枠 ・ブルージュの街はアムステルダムに似ている、家々の窓枠の色と屋根の形がステキだ 蚤の市壊れた椅子に夏陽射す ・パリに戻って二ヶ所の蚤の市を廻ったが何も買わなかった 夕立晴(ゆだちばれ)高級ワイン二本買ふ ・夕食に招待されたのでボルドーのちょっと高めのものを買う 橋の上動きとれずに花火の夜 ・パリ祭の花火見物に行ったはいいが人出があまりにも多くて橋の上で往生した スリの目を睨み返すや祭りの夜 ・狙われているような気がして何度も睨み返してやったがもしかすると人違いだったかも |
|
|