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☆ 外国を詠む 2002年 |
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≪ 上海 ≫ 4月24日〜27日 *病み上がりの可楽にはどうかと案じられたが、 ぜったい大丈夫だから出ていらっしゃいという石川さんの強い言葉を信じ上海行きを決行 東京の石川夫妻とは上海の空港で落ち合うことにした 抱き合ふ頬に春来るエアーポート ・石川夫妻と十数年ぶりのご対面 春塵や都市の活気を垣間見る ・うわさ通り街のいたるところが工事中だった 骨董の匂ひ鄙びし暮春かな ・骨董街をそぞろ歩きした 春の夜の過去に戻りし租界の地 ・租界時代の古いホテル「和平飯店」Peace Hotel 一階のロビーとカフェをひとまわり 当時の面影がまだかなり残っていて懐かしいジャズなど聞えてきそうだった 見失ふ夫を案じて街おぼろ ・みなで河辺に立ち写真を撮ったりして上海の夜景を楽しんでいたら、ふとそばに可楽がいないことに気付き大あわて、私はもう真っ青、なぜなら可楽はお金はもちろんのこと宿所の名やアドレス、電話番号のひかえなど何にも所持しておらず到底一人では行動ができないからだ。 私はその場を動かず他の人たちに探してもらっていたら向うのほうから頼りない表情の可楽が人込みの中をヒョロヒョロと歩いて来るではないか、何のことはない、ライトアップされた建物に魅せられつい近くまで行って見とれていたのだ・・・そうだ 私の寿命はおかげで5年ぐらい縮んでしまった 春月を見上げ故国の月の歌 煌煌と明るい月を見上げながら歩いていたら急に歌いたくなって歌った 春暁や高層ビルの厳かに ・上海には以前石川邸にホームステイしていたベルギー人エリックがいて、ちょうどその頃ベルギー出張で留守になるからと自分のアパートを宿所として提供してくれた バス、トイレ、キッチン付き2ベッドルームの部屋が社会主義の国とは思えぬほど立派で驚く そこから眺めた早朝の高層ビルが光の具合で刻々と変化していくさまは幻想的だった 上海の白粥すする春の朝 ・現地でブラジル料理のお店を経営している石川さんの弟太地さんが大きな器に入った白粥と 塩漬け卵やザーサイ、豆腐のチーズなどを届けてくれたがさらっとして美味しかった 春宵や子らの曲芸惚け見る ・某ホテルに曲芸を見に連れていってもらう、客はほとんどが外国人観光客のようだった 水郷に触れむばかりの柳かな ・ここも太地さん夫婦の案内で日本の柳川によく似た周荘という水郷地帯を観光 春の夜の新天地なる街をゆく ・新天地にある太地さんの素敵なお店に招待され二人とも初めてのブラジル料理に舌鼓 思ったほどしつこくなくて口に合った お別れは北京ダックの春昼餉 ・最後の日のお昼は北京ダックをご馳走になる アヒルが丸ごと一羽出て来たのにはビックリ 七人で食べてもかなりの量、骨のところは後でスープにしてくれ、もうお腹一杯だった 惜春の宴の締めの八宝茶 ・北京ダックのあとデザートとともに供されたお茶が八宝茶、ナツメや枸杞、松の実など身体に良いものを八種類合わせてお茶にしたものだ、飲むといかにも元気になれそうで気に入った、 この昼食後我々は石川夫妻を残し一足先に上海をあとにした *というような具合で三泊四日の上海旅行は残念ながらあっという間に終わってしまった。 エリックのアパートで毎日気の治療を受けた可楽は思ったより元気に日程をこなしてくれた。 石川さん御兄弟夫婦そしてエリックには大変お世話になり有り難いと心底思っている。 皆さんの心暖まる配慮に感謝!!! 思い切って出かけて行って本当に良かった! |
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