当時、私は神奈川県 横浜市 港北区に住んでいました。
検診の翌日、保険所に来る様、保健婦に薦められました。
その時は、まだ半信半疑でした・・・「まさか、そんな事」・・・
「どうせ役所は何でも型通りに当てはめようとするから・・」
心の中で精いっぱい抵抗していました。「そんな事は無い」

翌日、言われた通り保健所の一室へと向かいました。  
そこでは、同じぐらいの月齢のお子さんが2、3人と、その
お母さん達が、それぞれ保健婦や主治医や療育士などと
話をしていました。不安が胸を締め付けます。       
「あら、T君よく来たわね」検診の時に障害の疑いを指摘 
して下さった医師がにこやかに迎えてくてました。「どう?」

それは、決して押し付けることなく、ただ子供の症状を丁寧に
確かめるように、慎重に診て下さいました。           
「やっぱり、眼振があるわね。ちょっと待ってて」         
医師は療育士を呼んで、息子にマッサージの様な事をやり
始めました。「ほら、お母さん見て。ここをこうすると、ほら、
眼振が止まるでしょう」・・・まるで魔法の様でした。      
肋骨の三本めの脇にある窪み。そこを指で押さえるだけで
息子の眼振はピタ、と止まるのです。ただ、感心して見ていました。
「これ、(療育士に)教えてもらって、毎日最低5回やって欲しい
んだけど、お母さん出来ます?」                  
「はい」と言う答えしか、私の頭にはありませんでした。
私の手に、魔法の力を少しだけ、分けて頂く様な気持ちでした。
これが、私と息子の療育生活の始まりでした。

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