◆第二のふるさと(吉祥寺編)
![]() 見事なまでの欅の樹のアーチが 続いていました。 ![]() たまには桜も純粋に楽しみたいものです。 |
人にはふるさとがある。 ふるさとと言っても、必ずしも生まれ故郷とはかぎらない。 人が懐かしいと思うのは、思い出ゆえと言っても過言ではない。 ふるさとを思うと、親の顔が浮かんだり、幼少の頃の小さな冒険だったり、ランドセルを背負っての学校生活だったりする。 もし、何の思い出もないとするなら、懐かしむ気持が湧き起こることもないのだ。 言い換えれば、実際生まれ育った場所でなくても、懐かしむ気持があるなら、ふるさとになり得るのだ。 それが第二のふるさと、第三のふるさとと呼ばれるのであろう。 かくいう私にも第二のふるさと、第三、第四まである。 私にとっての第二のふるさとは、東京の武蔵野市吉祥寺である。 ここでは学生時代を過ごした。 実家から通学できないため、下宿生活を余儀なくされた。 私は田舎生まれ、田舎育ちだったため、初めての都会とのふれあいである。 それでも23区と違い、所々に武蔵野の雑木林の面影を見ることができた。 大学には欅並木があった。 聞けば武蔵野市の指定天然記念物だという。 見事なまでの欅並木が300mほど続いている。 その並木道を歩くと、小鳥のさえずりが聞え、木々の間からは柔らかな陽光がそそぐ。歩いているだけで落ち着いた気分にさせられる。 同じように私が気に入っている場所に井の頭公園がある。 私の下宿場所が公園から歩いて10分ほどの所にあったため、毎日のように公園までジョッギングしていた。 早朝6時頃、公園に行くと散歩している人や、太極拳をしている一団もいる。 私もそのような人々に混じり、体操の真似事などをしていた。 公園の中央には大きな井の頭池があるが、それに掛かっている橋の中央に立って池を見下ろすと、1mあまりの大きな鯉がうごめいているのが見える。 餌をあげると周辺から鯉が群がってくる。 凄まじいばかりの数だ。 そればかりか、鯉にあげた餌を目当てに鴨も押し寄せてきて、まさに戦場のようなにぎやかさだ。 私がこの公園で最も気にいっているのは春の桜である。 井の頭池の周辺には数百本の染井吉野や山桜が植えられていて、満開ともなると池の周りが桜色に染まり、実に見事である。 そして花びらが散った後には、今度は葉桜で緑一色に染まる。 その光景はいつまで見ていても決して飽きることはない。 今年久しぶりに公園に行ってみた。 だが、そこには学生時代を過ごした当時の面影はなかった。 満開の桜の下は花見客に占領されていた。 ゴミは散らかし放題で、カラオケのマイクに向かって声を張り上げている姿があった。日頃のうっぷんを晴らしたい気持が解らぬではないが、静かに桜を楽しむことがあってもいいのではないか。 自分の庭をけがされた思いがして気分が悪くなった。 公園から駅の方に向かって歩くと、昔なかった店ができていた。 若者向けのファッションの店が増えている。 その光景を見ていると、私が知っている街と違う異形の世界に紛れ込んだかのような錯覚に陥った。 吉祥寺駅の表側に周ると、まっすぐにサンロードが続いている。 このサンロードというのは代表的なアーケード商店街である。 私は田舎から出てきた当時、このサンロードを通るのが怖かった。 アーケード内の眩しい光が私の行く手を遮った。 私は何故か恐れ、アーケードの隅っこを恐る恐る歩いた。 田舎の自然の太陽光と違う、光の渦に都会を感じたからだ。 私はこの街で通算7年間を過ごした。 決して短くない期間だが、過ぎてみれば、一瞬の出来事のような気がする。 その頃、サンロードの中を足を引き摺りながら、行き来していたサンドイッチマンのおじさんは今、どうしているのだろうか。 また、私が毎日のように食事に通っていた定食屋は今でもあるのであろうか。 その当時の何気ないことが気になる。 それも、ふるさとである証拠なのであろう。 99/11/10 |