◆遠い忘れ物


あれは富士山?










竜宮城の入口

何か遠くに置き忘れているものありませんか?そう、小さい頃大人の目から見れば他愛もないことに夢中になったあの日、あのこと。
 大人になって無我夢中に探し回っても、もうそこには何もない。あれは幻だったのだろうか?でも確かに私の中では現実以上の現実なのです。
 そう、あれは小学校に入った頃のことだったでしょうか。
近所のお姉ちゃん達と遊んでいた時、夕方になって家に帰ろうと北の空を見上げたら、天にも届くほど大きな富士山がそびえたっていたのです。
実際は私の家からは富士山は見えません。でも確かに見えたのです。円錐形ですそ野が東西に広がっていて、その伸びやかな姿に感動しました。           「テレビで見たのと同じだ。」子供心にそう思いました。
「蜃気楼だ。」年上の誰かが叫びました。その子にも見えたのです。
でもそこから蜃気楼が見えるはずもありません。
それから誰一人として口を開かず、押し黙ったまま、みんな一列に並んで富士山に見入っていました。                                  
 やがてその富士山はあたかも霧が掻き消されるように、私達の視界から消えました。
気がつくとそこには、いつもの見慣れた風景が横たわっていました。
 その後その富士山は二度と私達の前に現れることはありませんでした。
 
 そう、あれは小学校の三年生頃のことだったでしょうか。 近所の河原に遊びに行った時のことです。
私は河原が好きでよく散歩するのですが、 その日はいつもより奥へ奥へと歩いて行ったため、疲れて傍らの石に腰を掛けました。
そして周りを見渡すと目の前に小さな池がありました。
池というより水溜まりといった感じでしょうか。池の周囲せいぜい10m。
でも、深さは見当が付かない程深いのです。
それでも池の底が見えるのです。
底が見えるのに見当が付かないというのも妙な話ですが、まさにその表現が相応しいほどの不思議な雰囲気を漂わしています。   
 エメラルドグリ−ンをもっと濃くしたような色でとても神秘的でした。よく目を凝らすと小魚が群れを成して泳いでいき、水草というか植物があたかも森の如く生い茂っていました。 
「これが竜宮城かも知れない。」
川に竜宮城というのもおかしな話ですが、私にはそう思えたのです。
私は宝物を探し当てた気分でした。
水の中を覗き込みながら乙姫様のこと、浦島太郎を連れて行った亀のことに思いを巡らせました。
そして想像の中で私自身が浦島太郎に完全になりきっていました。
何時の間にか私は、亀に乗って水の中を泳いでいました。
ふと気が付くとあたりは真っ暗でした。家に帰らなくてはなりません。
今日は帰って、明日もう一度来ようと思いました。
 翌日になって覚えておいた場所に行きました。
ところがそこには何もなかったのです。
「確かにここのはずだが・・・。」再び周囲を見渡して同じ場所であるとの思いを強くしましたが、私の竜宮城は消えていました。
それから幾日も幾日も探しましたが、探し当てることは出来ませんでした。
 私の竜宮城は何処に行ってしまったのでしょうか?大人に尋ねればおそらく答えは返ってくるでしょう。でも子供にとっては大人の答えが真実でなく自分が体験したことこそが真実なのです。
今でも遠く振り返るとあの日見たエメラルドグリ−ンが瞼に浮かぶのです。
 皆様も同じような体験をしていることでしょう。そうしながら大人になっていくのですから。
 遠い遠いあの頃の大切な忘れ物・・・
                                  10/29/1998