◆第三のふるさと(奈良編)







奈良公園でくつろぐ鹿達
























































 【蜻蛉の滝】 
私が好きな滝の一つです。
大和は国のまほろば・・・。
私は奈良に数年間生活したことがある。
奈良は京都と並び称される、日本を代表する古都であるが、私は京都より奈良が好きである。
京都に住んだことがないのに断定するには少しはばかるが、奈良は京都に比べ、華やかさに欠けるものの、その分奥ゆかしさを感ずるのである。

奈良・・なら・・この言葉は韓国語で「国」を意味する。
その昔、朝鮮半島から多くの文化人、技術者を招いた。
帰化人の手により、日本の古代文化が形成された。それが現代文化の礎になっている。
私が奈良に住んでいた当時、近鉄奈良駅の隣の新大宮という所に住んでいた。
ここから平城京跡まで自転車で数分の距離だ。
広大な原っぱのような跡地に立つと、今から一千年以上も前にここに宮殿があったとはとても信じられない。
歴史の変遷を見る思いがした。

ところで奈良市は広大な奈良公園に囲まれている。
囲まれているという表現は、地図上は適切でないかもしれないが、それほど公園の印象は強い。東大寺や興福寺などの歴史的遺産に恵まれていることも理由の一つだが、観光客以上の数を誇る(?)鹿によるところが大である。

奈良駅前の商店街を抜けて、公園内に足を踏み入れると、どこからともなく鹿が寄ってくる。
数え切れないほどの鹿のお目当ては実は「鹿せんべい」なのだ。
この「鹿せんべい」を貰うことのために、愛想を振りまいているというわけである。
その行為が鹿の日課である。(たぶん)
鹿の顔を見た人は一様に気付くと思うが、鹿の表情には全く精悍さを感じられない。問題は鹿自身がそのことに疑問を持っていないことである。
人間同様、鹿族においても子供の教育がなされている。(たぶん)
だが、奈良公園生まれ、奈良公園育ちの鹿が親になった今、人間に「鹿せんべい」を貰うことが鹿本来の姿だと躾られているとしか思えない。
試しに東大寺の入口に立ってみるがいい。
寝そべっている鹿の姿には既に野生動物の面影はない。
一度、鹿達を集めて、「野生の鹿」のビデオでも見せてみたいものだ。
「鹿族よ、立ち上がれ!」

何か話が変な方向に行ってしまった。
このへんで修正して、話を先に進めることにしよう。

さて、奈良公園には前述したように興福寺、東大寺、そしてもう少し奥の方には春日大社がある。
緑が豊富で、訪れる人の心を和ませる。
日本に数ある公園の中でも、有数の規模を誇り、美しさでも群を抜いていると私は確信する。
さらに園内には奈良ホテルや菊水樓などの一流の宿もある。
奈良ホテルの旧館は木造建築で、皇族も宿泊された名門ホテルである。その重厚な外観、そして美しい内装にも古都奈良を偲ぶことができる。

奈良市の郊外に目を移すと豊かな自然が広がっている。
私は奈良の街にも魅力を感ずるが、郊外には殊更ひかれるものがある。
春日大社の裏手の自然林を抜けると、山間部に入る。
田原地区である。ここからお茶畑が広がる。
奈良のお茶は「大和茶」として全国に知られる。
日中は穏やかで、夜間は気温が下がる、寒暖の差が激しい気候風土が良質のお茶を産むのであろう。
お茶畑のあちらこちらに霜除けの大きな扇風機が立っている。

この田原地区を抜けるといよいよ柳生の里である。
剣豪 柳生十兵衛で知られたこの里には、今でも剣道場があり、子供達が日々、鍛練を重ねている。
柳生は静かな山間の里で、のんびり歩いていても決して飽きない。

ところで奈良県は南北に長い、縦長な地形である。
奈良市以外でも史跡名跡には事欠かない。
世界最古の木造建築といわれる法隆寺をはじめとして、万葉集でも知られる大和三山、高松塚古墳の明日香村、それ以外にも挙げたらきりがない。
それ程、歴史的遺産に恵まれている。それが奈良なのだ。

奈良市から国道24号線に沿って南下すると、15分ほどで大和郡山に着く。
大和郡山は筒井順慶が築城した郡山城を中心とする城下町である。
今でも紺屋町などに当時の面影を偲ぶことができる。
市の北の外れには紫陽花で有名な矢田寺がある。
私は季節になると時々紫陽花を観に訪れていた。
また、大和郡山は金魚の里としても知られていて、市内至る所に金魚の養殖場が点在する。品評会も行われ、しばしばマスコミにも登場するので、ご存知の方も多いであろう。

大和郡山を更に南下すると30分程で橿原に着く。ここからは万葉の世界だ。
万葉集にも記述がある畝傍山・香久山・耳成山、いわゆる大和三山を望むことができる。ここで進路を国道169号線に変える。ここから明日香村も近い。
明日香村は石舞台でも有名だが、近年発見された高松塚古墳で全国の注目を集め、休日ともなると貸し自転車に乗った観光客を多く見かけることができる。
さらにそこから先に進むと、吉野を経由し、川上村へと入る。

話がかなり端折るようだが、実は私が奈良で一番好きな場所が次に紹介する「蜻蛉(せいれい)の滝」だからである。
蜻蛉とはトンボを意味する。
第21代雄略天皇を虻から救ったという「蜻蛉(トンボ)伝説」にちなんで名づけられた滝である。落差50mと然程巨大なものではないが、常に虹を浮かびあがらせており、非常に美しい。
当時の記憶が大分薄れてきたので、正確な場所までは忘れたが、某トンネルを越えると、すぐ茶店があり、そこを右折すると駐車場がある。
そこから、5分ほど山道を登ると滝に到着する。
あまり目立たないところにあるため、観光客はまばらだが、それがかえって滝の持つ神秘さを際立たせる。
ちなみに「蜻蛉の滝」は「紀伊半島自然100選」に選定されている。
私は「蜻蛉の滝」には5〜6回は訪れている。
緑に囲まれた中、滝の音に耳を傾けると、水とともに、私の精神的垢までもが流れ去っていく気がした。

さて、再び国道24号線に戻り、南下すると奈良の南端の十津川村に入る。
この村は日本一広い村である。
ここには有名な「谷瀬の吊り橋」がある。
「谷瀬の吊り橋」は長さ2百数十メートル、高さ50メートルもある巨大な吊り橋である。その中を幅1メートルあまりという狭い渡り板を渡って行くのだ。
橋の中頃まで行くと、凄い勢いで橋が上下する。思わず足がすくむ。
ところが、こちらを嘲り笑うかのように、地元の人は自転車で渡って行くのだ。
これには正直驚いた。

十津川村を過ぎると、この道は私の「第四のふるさと」である和歌山県新宮市へと続く・・・。
99/11/15