◆第四のふるさと(新宮編)



新宮の海には黒潮が近づき、晴れた日には本当にこんな色をしているのです。
釣りに行けば、熱帯性の魚が釣れます。

























本州最南端の町 串本の橋杭岩
大島に向かって続いています。
奈良にいた当時、十津川村を通り、新宮に行ったことがある。
その時初めて黒潮の海を見た。
エメラルドグリーンを更に鮮やかに染めたような色彩に大いに感動した。
思わず歓声を上げたほどだ。
紀南地方の主要都市である新宮市は、人口3万数千名あまりの小さな地方都市だが、紀伊半島の材木を江戸に直接卸していたことで、海上交流が盛んになり、その影響からか、独自の文化を持つ。
逆を言えば、陸路があまりにも不便だということである。
奈良市からはバスで5時間、大阪や名古屋からも特急で4時間もかかる。
それに加え、この地方には雨が多い。確か近くの三重県尾鷲市が降水量日本一ではなかったかと思うが、一旦雨が降ると陸路が塞がれる。
例えば串本方面に行くとするとしよう。
海からすぐに山が続くため、陸路は一本しかない。(自分の記憶によれば
違ったかな?)
それが雨のため寸断されると通行不能になる。

また、台風も多い。
私がいた当時、ある年、台風20号、21号が続いて直撃したことがあった。
20号では私が住んでいたアパートの周りが川になった。
とある交差点の角にあった「たこ焼屋」は屋根が完全に吹き飛んでいた。
そして、その一週間後襲った21号の後に「たこ焼屋」を見に行くと跡形もなく消え去っていた。多くの家が大なり少なりの被害を受けた。
だが、これらの事実は翌日の全国紙には載らなかった。
情報においても孤立化傾向にあるのかもしれない。

話は変わるが、私は日曜日の度、釣りに出かけていた。
ある時は市内の新宮川で、またある時には三重県熊野まで足を伸ばし、
串本にも度々出かけた。
どこについても言えることは、とにかく魚が釣れるということである。
糸を垂らせば必ず釣れる。それも岸からである。
私は最近、東京湾の釣り公園で釣りをしたが、全くといって釣れなかった。海自体が違う気がする。
夜釣りも面白かった。
勝浦の宇久井の港では、秋になると太刀魚が釣れる。
ライトを照らすと灯りを求めて岸によってくる。餌はキビナゴ。
太刀魚は針に掛かってもすぐに上げてはならない。
十分に針を飲み込ませなければならない。
それには、ゆっくりと10は数える。そして一気に上げると「ガガーッ」とかなりの手応えがある。
上げてみると70〜80cmほどの大きさだ。ピカピカ輝いてとても美しい。
よく観ると歯が鋭い。噛まれたら一たまりもないだろう。
家に帰って、太刀魚を輪切りにし、ムニエルで食べてみた。
身が透き通って、淡白な味で、とても美味しい。
スーパーで買った魚ではこうはいかない。地元ならではの特権であろう。

釣りの帰りには必ず温泉に入った。
勝浦温泉は全国的に有名だが、私が最も好きな温泉は紀伊勝浦の隣駅の湯川の温泉である。
温度は低めだが肌になじみ、湯冷めもしない。
釣りで疲れた体を柔らかくほぐすことができ、200円で入れることも魅力である。

新宮を中心とする紀南地方は、とにかく気候が温暖である。
私は新宮で生活していた間、雪を見たこともない。
コートでさえ一度も身につけたことはなかった。
本州最南端である串本にはテーブルサンゴが生息する。
聞けば、テーブルサンゴが生息できる北限とのことである。
このような温暖な気候の中、どうやら私ものんびりした性格になってしまったようである。
でも風貌は「奈良の鹿」とは大分違うのであしからず。
 

※今まで三部にわたり、「ふるさと」について簡単に回想してみた。
第二のふるさと(吉祥寺編)、第三のふるさと(奈良編)、そして今回の第四のふるさと(新宮編)と紹介してきたが、何か物足りなかったと思う人が多かったのではないかと思う。
その理由を私自身分っているのだ。
全編を通じて、人が登場しなかったことがその理由である。
思い出というのは「人との思い出」といっても過言ではない。
その証拠に、大変例が悪くて恐縮するが、もし親しい人が亡くなったとしたらどうだろうか?仮に引っ越してしまったとしてもいい。
果たしてその場所に行きたいと思うだろうか?
答えは「否」である。
勿論その土地への愛着もあるだろうが、それは人に会いに行く喜びと比べようもない。
それほど人との出会いは生きていく上で大切なことなのだ。
私も吉祥寺や奈良、それに新宮、それぞれの土地で様々な人との出会いがあった。とても懐かしい。
懐かしいが故に、私はそっと自分の胸の中にしまっておきたかった。
それが敢えて人物を登場させなかった理由である。

人には誰にでも「ふるさと」がある。
中にはつらい思い出もあるだろう。苦い経験をしたこともあるだろう。
でも、全てを懐かしい思い出に変えていきたいと思うこの頃である。
99/11/17