Vol.1


ワンダーアティナ号
平成7年 三石にて

「競馬を始めたころ」

私が、初めて競馬場に行くようになったのはもうずっと昔のことになります。
まだ京都競馬場も古くて
阪神競馬場も古くて…
今はじめて競馬場に行った人が感じる感想とは全く異質のものでしたね。
何しろ、トイレの数が男用と女用では断然に男用の方が多かったですもんね。
本当に「競馬=ギャンブル」のイメージそのままの古きよき(笑)競馬場がそこには存在していました。
はじめて見た競馬は
感動というよりは「あら?もうゴールしたの?」って感じでしたね。
ただ、馬がキレイなのと足音の大きさに見入ってしまってました。

武豊騎手のことを周りにいた人々が「たけとよ」と呼んでいたのを憶えています。
そんな時代でしたね(笑)

そんな頃の名馬たちは
オグリキャップ世代でした。
オグリのことは、又の機会にお話できると思います
(^-^)ニコ


「出会い」

その馬との出会いは古きよき阪神競馬場でした。(笑)
ずっと、この馬を追いつづけていきたい!っていう馬を探したかったんですよね。そこで、白羽の矢が当たった二頭のうちの一頭でした。
3歳牝馬でした。
「ワンダーアティナ」と言う名前の馬です。
この馬との出会いが私の競馬人生の全てと言っても過言ではないくらいです。
それが、また実際のレースは阪急茶屋で「蕎麦」を食べていた為に競馬場内のTVで見たんですけどね
(^^)
しかも、彼女は2着でした。もちろん、馬券は当たりましたけどね(^-^)
それが、出会いでした。

「骨折」

ずっと追いつづけていると
彼女はなかなか2着がお好きなようで、勝ち上がれずに未勝利のままでした。

その後、知らない間に彼女は骨折していたことが判明しました。
馬の骨折というものはその性質上命取りになることがありますが、幸いなことに彼女の場合は軽い骨折ですみました。
約5ヶ月の休養を経て無事戦列復帰を果たすことが出来るようになりました。

気さくな厩務員さん

アティナの動向を知るのには、週刊誌を読むくらいでは殆ど不可能だということがわかりかけてきました。
何しろ彼女はオープンクラスの馬でもなく、有名な馬でもないので、出走しない限りは全く情報が手に入らない訳です。
そこで…
馬宛てに1通のファンレターを送りました。
応援しています、ガンバって!くらいのものだったとは思いますが…
すると、どこで調べたのか担当の厩務員さんから電話が…
\(◎o◎)/

この厩務員さんは、とても気さくな人で
「そんなにアティナが好きなら見に来るかい?」と…。
もう、願ったり叶ったり〜〜〜♪
という感じで「い、行きます
(^−^)」ということになりました。

「トレセン入場まで…」

今なら栗東に行くのなら迷わずに車で行くことにするはずだけど、その頃の感覚では「栗東=遠い」ところというイメージが強く、前泊することに…。
妹とその友達と3人で、気さくなM厩務員さんの設定してくれた通りに、栗東へ。
O(^-^)oワクワク!
いたれり尽くせりの接待を受けて恐縮しながら、次の日のご対面を夢見て眠りにつきました。

翌朝、はやる気持ちを押さえるものの、なんだかソワソワ…妙に緊張してトレセンへ…。
トレセンは前に調教を観に行ったことがあったので初めてではなかったのですが、調教を観に行くのとは全然気分も違うものです。
しかも…。
何しろトレセンに入るというのが非常に厄介なんです。

まず、いくつかある門のところに警察上がりのような怖〜い警備員さんが2,3人常駐していて身元確認からかなりしつこくやられます。
そして、何処の厩舎の○○さんに会いに行くという用件を伝え、警備の人がその確認の為に電話で連絡を取ります。
それで、その面会相手の人の了承が取れるとようやく中に入れてもらえるんですが、ここで、バッジをつけるように指示され、また、相手のサインを書いてもらってくるように面会状みたいなものも渡されます。
この作業にゆうに10分はかかります。
同乗の車で入ったりする時はもう少し簡素化されるんですけどね。
(^_^;)

こうやって、ようやく中に入れてもらえるともう、目に見るものがすべて新鮮で新鮮で・・迎えに来てくれた車に乗りたくないくらい感動したのを覚えてます。


厩舎はイロハ順に東西に並んでて、南北は数字で表されています。
その頃は103くらいの厩舎が栗東トレセンにはあったと思います。
その中の1つ領家厩舎が目指す厩舎です。

「心に刻む出会い」

重厚な横開きのドアを開けると、そこには夢にまで見た愛しのアティナの姿が…。
声にならない想いが込み上げてきて、ただただ、もう感動。

「撫ででいいよ!」というMさんの声に背中を押されて近寄ってみた。
馬は初めての人間に警戒心を抱くので、初めは手の甲を鼻に近づけてにおいを嗅がせてご挨拶を。
(^-^)ニコ
さすが、手入れが行き届いているので、顔も首筋もベルベットのような感触だった。
彼女の大きく澄んだ瞳の中に自分の姿を見つけた時、物言わぬこの大きな馬と心が通じたような暖かい気持ちになった。

この出会いから、ワンダーアティナは、私にとって好きな馬の一頭ではなく、かけがえのない馬になった。




「どこへでも…」

感動の対面から想いはつのる一方で…。
厩務員さんも本当に親切で 頻繁に近況報
告などをしてくれるので 足繁く競馬場に、トレセンにと 通うことになった。
不思議なもので、馬券は二の次になり スタートからゴールまでずっと 「無事で!」と祈ってる自分がいた。 スタート前まではメンコを被ってて 枠入りの時にはずすところからもわかるほど
アティナはちょっと怖がりな馬だった。 何しろどんなに不利だとわかってても 大外を走るしかなかったもので…。(^_^;)

そんなある日、私は上高地に旅行に行くことに なった。 が、ここで問題が…。
ちょうどその日にアティナは中京で レースに出走することになっていた!!!

もちろん旅行に行かないわけにはいかず どうしようっかなぁ…と悩んだ挙げ句
私は中京競馬場経由の松本駅で合流するという 暴挙に出た。 ちょっと顰蹙は買ったけど、それはちゃんと ごめんなさいをして…。(爆)

結果は勝馬から1馬身差の3着だった。
でも、勝馬はこの後活躍したメインキャスターで 2着もカツノジョオーだったので 私はひじょうに満足な気分で 松本へと向かったのでした。

名古屋駅からJRに乗って 途中2回も事故で止まった為に松本についたのは 予定より2時間遅れで…。 飲まず食わずで駅で待っててくれた友達の顔は 鬼のようだったけどね。(^_^;)


「記念すべき3勝目!」

それから、アティナは秋にかけて殆ど中1週くらいの頻度で
レースに使われていた。
・・・そんな10月6日京都競馬場で彼女の記念すべき3勝を
はじめてライブで見ることができた。(^−^)ニコ
1400M芝コース良馬場・・・もう今日こそ勝つだろうと思ってはいたけれど
11頭立ての11枠。
短距離の追い込み馬ゆえに取りこぼしの危険はあったけれど
その日は、スタートしてから早々と前にとりつき
5番手でレースできた。
4コーナーを廻ると測ったように抜け出してそのままゴール。
2着にはかなり粘られてヒヤヒヤしたけれど
その分感慨もひとしおだった。

人を掻き分け、掻き分けウイナーズサークル辿り着くと
そこには誇らしげなアティナの姿が・・・。(笑)
「ふふん・・・ほら、勝ったでしょう?」とその目は語っているように
見えたのは私だけだったのだろうか?(爆)

ただ、1勝してくれるだけでこんなにも
嬉しいのだと言うこと。
その1勝がいかに大変なことの連続の結果、もたらされたものだということが
本当に胸に染みた。

多くの有名なオープン馬では味わえない思いを
教えてくれたアティナに感謝!!!でした。



「競馬場潜入」

感動の3勝目の後のアティナは
やっぱり、使いずめの疲労がたたったようで
あまり、好成績は残せなかった。
けれど、私の前には新たなるニンジンがぶら下がっていたのだった。

それは、「競馬場潜入計画!」(爆)

M厩務員さんの発案で(?)競馬場の開催日に
競馬場(関係者以外立ち入り禁止地域)に入れてくれるというのだった。
これは、もうまたしても「是非、是非〜」ということで決行されたのだった。

M厩務員さんとアティナの出走する日に
前もってたずねていくということで、打ち合わせ済みではあったけれど
何しろ怖い警備員さんの群れを目の当たりにすると
ひるんでしまう自分がいた。(爆)
メンバーは妹とその友達の3人。

ちゃんと根回しができていたようで
思ったよりすんなりと第一喚問は突破できた。

「 w(゚o゚)w オオー!これが中なのね?」
「建物ばっかり・・・」
など各々の感想を口に出しながら目的の厩舎へ・・・。

客席からは見えない色々なものにいちいち感心しながら
M厩務員さん発見。
「おぉ!来たか?うどん食いに行こう」ということで食堂に行った。
やっぱり、皆競馬関係者の人で多少の違和感を感じつつも
見るもの全てが物珍しかった。

何より珍しい光景だったのが、いつもいるスタンドを眺めた時。
・・・大きい!なーんて思ったものだった。
この角度からスタンドを眺めることってないんだなぁ・・・などと
妙なことに驚いた。




ATHENA colection
「ローズS」ゼッケン
自ずと知れたことではありますが ローズSはエリザベス女王杯の前哨戦です。
我がアティナちゃんは1200〜1600mの短距離の差し馬では あったのですが、ここは出してみようということになったようで・・・。
もちろん本チャンには出れるはずもないんだけどね。
あの頃は、(今もかなぁ?(^ ^ )ゞ)ゼッケンに名前がつくのは 重賞競走だけだったのです。
それで、本当は馬主さんとかが大事に保存しておくものなんだけど 「ワンダー」って馬もたくさんいたし彼女が出世頭ではなかったので いらなかったみたいで・・・。
そこで、厩務員さんが私の為に確保してくれて もらったと言う訳です。
・・・結果は9着だったのだけど 気合入ったよね〜。
(^-^)ニコ
岡君が乗ってたんだけど、ゼッケンに芝生がついてて汗もついてて感慨もひとしおでした。

「ワールド・スーパー・ジョッキーズ・シリーズ」ゼッケン
WSJSは暮れの阪神競馬場で行われます。

世界のトップジョッキーが競い合う土曜日と日曜日の2日間でポイント獲得制のレースで1日3レースあるのかな?
その中の1600mの(マイル戦)ゴールデンサドルトロフィー(多分)に彼女が推薦で出走した時のものです。
ちなみに鞍上はアメリカの「パット・デイ」という騎手でした。
これも、結果は・・・・。(苦笑) そんな感じで両方とも私の元にあるわけです。


ワンダーアティナ号 昭和62年4月24日生
スポーツキー 中
グリーハスター 中
(母の父マラケート)
所属厩舎 領家(栗東・現役時)
馬主 山本 信行
生産者名 木下 孝男(三石)
初出走 平成1年7月16日
小倉・牝馬限定新馬戦 芝1000m
原田騎手騎乗
勝利 (初勝利)
平成1年12月2日
阪神・未勝利戦 芝1400m
故岡騎手騎乗
(この後、骨折にて休養)
平成2年7月28日
小倉・若戸特別 芝1200m
武豊騎手騎乗
平成3年10月6日
京都・500万下 芝1400m
故岡騎手騎乗
通算戦績 約33戦 3勝・2着6回・3着3回
怪鳥さんのページで血統表に「ワンダーアティナ」を入れていただきました。
参考に御覧ください。⇒「世界のお母さん」

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