Vol.1
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ワンダーアティナ号
平成7年 三石にて
「競馬場の裏側」
色んな決まりのある競馬場の内部。
パドックに出るまでの、長い時間にしなければならないことが色々あるんだな。
馬体重の測定や、鞍の用意、馬の体調を維持させるための工夫などなど。
パドックでお目当ての馬が出てくるのを待っているときは「早く出てこないかなぁ・・・」と思うものだけどお世話する人にとっては、なかなかお暇は時間はないようだった。
アティナちゃんもきれいにお化粧するかのごとく至れり尽くせりお世話してもらっていた。
レースに出走する各々の馬たちはそれぞれの厩舎で出番を待っていた。
普通に訪れる競馬場の喧騒とは程遠い、静かで、のどかな空間だった。
「オグリキャップ」
その後、何度か競馬場にもトレセンにも通わせてもらっていた。
そんなある日、トレセンに行くと「見たい馬見せてあげるよ」と厩務員さんが言うので「オグリキャップなんて見れないですよねぇ。」と遠慮のかけらもなく言ってみた。(笑)
すると、「うーん、今は難しいかなぁ」と言いながらも聞いてもらえることになった。(JCが終わった後で、ピリピリ状態の頃だった)
M厩務員さんの口添えが良かったのか、幸運なことにオグリに会わせてもらえることになった。
新聞などで伝えられていたような険悪な様子もなく、オグリもまったく元気そうだった。
「噛むから気をつけてね」と言われていたのだけど、撫でても大人しくしていたので気を許して話を聞いていたら誰かに引っ張られる感じがしたので振り向いて見ると・・・。
オグリが私のコートのボタンを噛んだまま離さないのだった。(^-^;
『私のボタンを食いちぎってしまったために、大変なことになったら困る・・・』と思い、必死でオグリの口に手を突っ込みボタンを離すように指を噛ませたのだった。。。油断大敵!
その場を離れることになり、オグリの前に私一人きりになった時があった。
「今度は頑張ってね」と額を撫でながら言ってみると、「うん!」と返事をするかのようにこっくりと頷いたのだった。
感動と感激の嵐の私は、その後皆にそのことを語ったのだ。(笑)
ま、聞く人の反応は人それぞれだったけど・・・。
「現役引退」
多くの人に、夢と感動を与えるG1ホースなら引退も華々しいものがある。血のドラマが新しい感動を作っていくという大仕事が待っている。
人知れず引退していく馬たちの方が数なら断然なんだけど、ひっそりと競馬場を去り第2の馬生を送っていく。
我がアティナちゃんは、幸せなことに生まれ育った牧場に帰り母馬として第2の馬生を送ることになった。
条件馬ゆえに、たくさんのレースをこなしてきたアティナ。
お疲れさまでした。という思いと、もう競馬場では見れないという寂しい気持ちと、無事に引退できて良かったなという思いでいたことを今でも憶えている。
「ふるさと」
夏の休みには北海道に行くことになっていた私に、一口馬主のセリに一緒に行こうという誘いがあり、便乗することになった。ただし、時間が限られているのでアティナのふるさとへは寄れるかどうかというところだった。もちろん、牧場の人の都合もあることだし・・・。と半ばあきらめていた。
「競走馬のふるさと案内所」で調べてみるものの、なかなか見つからずあきらめムードになっていた。
どうにか探し当てて、牧場に電話をしてみると・・・。
「あのぉ、そちらにワンダーアティナという馬が・・・」
「いるよぉ、アティナ。」
「明日見に行かせてもらいたいんですけど、ご都合は・・・」
「あ、いいよ。どっから来たの?」などどきさくな女の人の声は続き
「山の中だから、かなり遠いけど道沿いにくればいつかは辿り着くから」
・・・確かに地図を見てても遠そうだ。と思いつつも心は躍り、その日は深夜まで飲んでいた。(笑)
次の日、はやる気持ちを押さえつつアティナのふるさとへと車は走っていったのだった。
牧場の人の言ったとおり、恐ろしく長い時間かかって牧場に到着。
「どれが、アティナかわかるかい?」と気さくな奥さんが出迎えてくれ、感動のご対面となったのでした。
が、何故か全身傷だらけのアティナちゃん。
どうも、輸送中に暴れたらしい。。。ま、元気でなによりでした。
| ATHENA colection |
| 「ローズS」ゼッケン 自ずと知れたことではありますが ローズSはエリザベス女王杯の前哨戦です。 我がアティナちゃんは1200〜1600mの短距離の差し馬では あったのですが、ここは出してみようということになったようで・・・。 もちろん本チャンには出れるはずもないんだけどね。 あの頃は、(今もかなぁ?(^ ^ )ゞ)ゼッケンに名前がつくのは 重賞競走だけだったのです。 それで、本当は馬主さんとかが大事に保存しておくものなんだけど 「ワンダー」って馬もたくさんいたし彼女が出世頭ではなかったので いらなかったみたいで・・・。 そこで、厩務員さんが私の為に確保してくれて もらったと言う訳です。 ・・・結果は9着だったのだけど 気合入ったよね〜。 (^-^)ニコ 岡君が乗ってたんだけど、ゼッケンに芝生がついてて汗もついてて感慨もひとしおでした。 |
| 「ワールド・スーパー・ジョッキーズ・シリーズ」ゼッケン WSJSは暮れの阪神競馬場で行われます。 世界のトップジョッキーが競い合う土曜日と日曜日の2日間でポイント獲得制のレースで1日3レースあるのかな? その中の1600mの(マイル戦)ゴールデンサドルトロフィー(多分)に彼女が推薦で出走した時のものです。 ちなみに鞍上はアメリカの「パット・デイ」という騎手でした。 これも、結果は・・・・。(苦笑) そんな感じで両方とも私の元にあるわけです。 |
| 父 | スポーツキー 中 |
| 母 | グリーハスター 中 (母の父マラケート) |
| 所属厩舎 | 領家(栗東・現役時) |
| 馬主 | 山本 信行 |
| 生産者名 | 木下 孝男(三石) |
| 初出走 | 平成1年7月16日 小倉・牝馬限定新馬戦 芝1000m 原田騎手騎乗 |
| 勝利 | (初勝利) 平成1年12月2日 阪神・未勝利戦 芝1400m 故岡騎手騎乗 (この後、骨折にて休養) |
| 平成2年7月28日 小倉・若戸特別 芝1200m 武豊騎手騎乗 |
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| 平成3年10月6日 京都・500万下 芝1400m 故岡騎手騎乗 |
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| 通算戦績 | 約33戦 3勝・2着6回・3着3回 |
怪鳥さんのページで血統表に「ワンダーアティナ」を入れていただきました。
参考に御覧ください。⇒「世界のお母さん」
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