光の彼方へ(僕らはどこから来てどこへ行くのか?)<意味のない雑記>


<オフ>
ひさびさの休みをもらえました。闘いもほぼ終わりです。
映画でも観ようと思って、ボーンコレクターとアメリカンビューティーを観た。
両方とも全く面白くなかった。わけわかんねえ。
難しい映画なのか、ただ意味が無かっただけなのか、僕には分からんが金と時間を返して欲しいと思った映画だった。

バンジ―ジャンプフェスティバルと、ワークシャイのCDを買って 聞いたら超お気に入りになった。かっちょええ。
最後に寺山修司の「勇者の故郷」っていう小説を読んだら、また分けわかんなくなった。でも、不愉快な感じではなくここちいいわけわかんなさ。
それこそわけわかんねなえって?(自爆)  22.MAY

<大きなお世話>
残業時間がもう100時間を超えました。今月の予想は180時間です。
一応年間に700時間までしか残業できないって言われてるんだけど、そんなの何か意味があるのか?
どっちでもいいけど、大きなお世話だね。14.MAY

<ゴールデンウィーク>
そんな素晴らしいものがどこにあるのだろう?と思っちゃうくらい忙しい。
もちろん、明日3日からも出社。土曜日も、下手したら日曜も出社かもしんない…
でも、全然休みたいと思わないんだよね。
だって、あんな大勢の中を休んでも楽しくもなんともないじゃん。
闘いが終わったら、スペイン辺りにでも行こうか?… 1.May

<PGに必要な能力>
PGをやった人は分かるであろうが、非常に楽しい。
しかし、ちょっと進めばあまりにも融通性がないことに驚くだろう。
数学の集合論はPGの思考地層を格段に奥深くする。

<食事>
忙しくて食事もとれないということが頻繁に生じてきた。 痛感する。PGに必要な能力は、間違いなく体力だ。

<2年目>
もう2年目なのだ…。要求される仕事が遥かにきつくなってきた。
1年目をみてあまりの子供さに驚くが、間違いなく昨年の僕もああだった。


<MIRAGE>
4月1日、エイプリルフールに劇団キャラメルボックスのステージを観てきた。感動しまくった。

<SEコンサート>
31日、有休をとって渋谷ON AIR EASTでスクーデリアのコンサートを観てきた。
心斎橋クアトロ以来のコンサートだった。

31日、渋谷で今では絶滅してしまったロックンロールに出会えることが出来た。この伝説の夜を僕は一生忘れないだろう。


<フォレストガンプ>
3、4年ぶりくらいにみた。 感動して涙が出てきた 3月11日


<ロンドン>
2月11日から16日までの休みを利用してロンドンに行ってきた。
3年ぶりのロンドンはとても懐かしく、そして温かい街だった。
ちょっとは僕も成長したかな?と思いながら、将来ここで生活しようと心に誓った。2月17日


<シェエラザード> 久々に一気に読むことが出来た小説だった。本当に面白い。昭和20年、運命の船、弥勒丸は嵐の台湾海峡に沈んだ。2300人の命と、金塊と、そして多くの誇りを積んだまま…。 50年を経て、奇跡の船を引き上げようとある男が動き出す。弥勒丸を引き上げるために執念で生きてきた謎の男が…。弥勒丸とは全く関係のない3人が、弥勒丸に関わった男を動かし、あまりに誇り高く、そして哀しい物語が明らかになる。

弥勒丸の運命を明らかにすることに、自分の存在をかけた女がいる。久光律子。 15年前に別れた男、軽部順一に弥勒丸の話しを持ち掛けられ、弥勒丸の存在を調べ大手新聞社を辞める決意をする。2兆円とも言われる金塊を引き上げることだけが目的ではない。15年前、銀行での出世と引き換えに軽部に捨てられてしまった自分を取り戻すため、自分の苦しんできた15年間を取り戻すため…。

「ミッシングピース」というシルヴァシュタインの童話をご存知だろうか? 丸い円があった。しかし、丸い円は欠けてしまった。そのかけらを(piece)を探しに円は旅にでる。欠けた円は当然うまく転がれない。ゆっくり、ゆっくり旅を続ける。色々なかけらを見つけるが、どれも自分には合わない。また、旅を続ける。そして、遂に円は自分にぴったりのかけらを見つけることが出来た。本来の自分を見つけることが出来た。

うまく、そして早く転がることが出きるようになった。しかし…、何かが違う。 早く転がることで、今まで見えてた景色が見えなくなった。今まで話すことが出来た動物、植物達と話すことができなくなった。そして、円は見つけたかけらを捨てる。

律子の生き様を読んだ時、すぐにこの話しを思い出した。律子は誇り高く生きてきた。そして、同じように誇り高く台湾の海に沈んでいった彼女(弥勒丸)を引き上げようとする。それは、気高く自分を支えてきた故に、失ってしまったものを取り戻そうとしたのかもしれない。そして、律子は取り戻せそうになった軽部との愛情にひとつの結論をつける。それは、とても誇り高い最期であった。

本当に面白い小説に出会えた。こんな素敵な小説を読ませてくれた著者である浅田次郎氏に深く感謝したい。2000年1月3日


<仕事編>大学を春に無事卒業し、社会人になるという自覚溢れていた4月。(大嘘) 確か、3月末くらいからだったであろうか?新人合同研修があった。 そこで同部屋になった仲間が社会人生活にとって非常に大切な友人となった。 社会人と学生の違いってなんだろう?お金をもらっているのと、払っている違い? いや、それならお金を稼ぎながら勉強してる大学生だってたくさんいる。 よく言われた。学生と吐き違わないようにと。その理由は学生は言われてやる。しかし 社会人は自分からやらなければいけない、と。 でも、これも違うと思った。学生も自分でやらなければいけない。ただ、やらなくても なんとかなってしまう可能性は学生のほうが高いのかな?と。精神的より物理的な違いのほうが大きかったかな?だって、9時に出社しなければいけないし、6時までいないといけない。これがある意味、一番僕自身にとっての変化だったりして。(自爆)


その後、2月ほど色々な研修があった。ただ、その時の言語研修がDelphiという言語 だったのだが、配属先がDOSで、言語がCOBOLという開発環境であったために ちょっともったいなかったかな?と思う。delphiはオブジェクト指向が強い言語で、 ある意味プログラムしやすい。COBOLはアルゴリズムが分かれば非常に開発しやすい 言語だとは思うが、会社内でもCOBOL専用で開発しているグループは我々だけという 事情もあるためか、アプリコットという便利なツールが今ではほとんど開発されていなくてやはり今後がんがん発展する言語とは思えない。ただ、プログラムをやる上でDOSの 勉強とCOBOLを出来た(している)というのは非常に役に立つと思う。ほんまに基本やと思うし、Windowsはやはり不安定でその点DOSはメモリーとの闘いがあるが 非常に安定していると言える。DOSコマンドがんがん使ってるほうがプログラマーっぽいでしょ?ただ、そのかわりにマウスとか使うのがすっげえ面倒になった。WINFILMENTというソフトがあると思うんだけど、とても便利でお勧めです。エクスプローラーなんてあほらしくて使ってられなくなる。


配属されたのが6月1日だったかな?消費税申告書かつ、期末整理、青申まで出来ちゃうシステムなのではっきりいって大変。他のシステムとも連動しているためにすっごいよく使われるシステムでしょう。その大変さとかすごさが分かってきたのはつい最近なのだが…。最初の頃はグループでの研修が終わるまで全然プログラムもさせてもらえず、雑用ばかりしてた。しかも、そのプログラムが難しく、全然わかんなくて泣きそうやった。この頃は風呂の中でもソース(プログラム)を追っていました。おまけに大学の頃は全く興味もなかった簿記の勉強もしなければいけなかった。3級は100点で合格したんだけど 慣れないこともあってか3級のほうが時間かけて勉強したな〜。主に商学部で勉強する会計学とか経営学はこれからも必要な知識だと思う。まだ会計学とかは本格的に勉強をしていないのだが…。前みたいな経済観が変わってきたのはこの頃だと思います。でも、仕事をもらえなかったために、退屈が耐えられない僕としてはつらい時期でした。


夏は体調を崩していて結構つらかったかな?座禅研修の頃がピークだったと思うんだが 帰ってきてすぐに病院に行ったら39度熱があったので、研修中は40度を超えてたことでしょう。おしゃべりの僕が話すことが出来ず、食いしん坊の僕が食べる事ができないのが何よりつらかった。おまけに歯まで痛かったしね。この頃からやたらテスト(単体テスト、システムテスト)があるな〜と思ってたのですが、その意味が分かったのが大分あとになってからです。税効果会計と、キャッシュフロー計算書にまで対応してしまおうとグループ全体が動いてた時期でした。これ、考えたらすごいことなんだよね〜。期末整理をして決算書を作成するシステムというのは、ある意味で他のシステムが対応した部分は全部に対応しないといけないんですよね。キャッシュフロー計算書はもちろん決算書であるため新規でうちのグループが作りました。新人の僕に割り与えられたのはこれの帳票とかフォームとかを作る仕事。(プログラムではない)テストと共に、画面作成をやってました。そして、ようやく研修プログラムが8月中旬か、末に終わったんだけど、その頃はシステム開発の工程がST工程まで入っていたためにその後しばらくプログラムすることはなかった。でも、忙しくなってきていい感じだった。


その税効果対応とキャッシュフロー対応が終わったのが9月末でほっとしたのも束の間 すぐに新ネット対応がはじまった。しかも提供まで一月もない。これはほとんど先輩1人でやってしまっために僕はほとんどタッチしていないのですが、すごいです。@niftyとの提携を発表した途端に株価が大幅に上がったのは面白かったな。本格的に仕様書をもらい開発をし始めたのが10月の中ごろから。ちなみにこれは12月締め(つまりシステムとしては1月提供)です。ようするに10月、11月、12月と3ヶ月連続でバージョンアップしていることになる。リーダーも言ってたのだが、こんなに提供の多い年は初めてだとの事。しかも途中で1回、赤を出しているし…(バグのことです)そして11月に簿記2級の試験があったからさすがにしんどかった。12時過ぎに帰ってきて2時か3時まで勉強したのだが、その甲斐あって無事に受かった。昔、試験範囲を全部勉強しないと気が済まずに不安だったのだが、とてもそんなことは言っていられる時間もなく、全てやまをはりました。1番の仕訳はやまをはるのは無理だからあとの4問は全てやまをはり、全て完璧に当たりました。じゃなきゃ受かるはずないって。だって通して過去問を1回分もやった事なかったんだから。集中が2時間もつのか?とか2時間で終わるのか?はやったことないからわかんねえ〜って感じ。会社で申し込んだために廻りは友人とかがたくさんいたんだけど、当然忙しいのも知ってたから誰も僕が受かるとは思っていなかったらしい。 僕は試験があまりにも簡単だったために1時間くらいで出ていったら、友達たちには「ああ、ダメだったか」と思われていた。試験が終わって答え合わせして一喜一憂するのが大嫌いだから答え合わせも全くせず、試験のことも忘れていた頃、見事合格とのこと。嬉しかったね。これで帰ってきても勉強しなくていいやん〜と(爆)。しかし、それから後は12時に帰れることすらなくなってきて結局は寝る時間はあんまり変わらなかったのだが…。


この11月とか12月はおっそろしいくらいプログラムしています。1日に2本とか,3本とか修正したり、年末にファイルを整理してたら驚きました。しかも、休みすらなくなってきてしんどいな〜と思いながらも妙に充実してたと思います。自分を誉めてやりたいと(いつも誉めちゃってますが)思います。ただ22日に完了予定が最後の最後のシステムテストでちょっとした不具合を僕のトレーナー見つけたために23日も出社になったのには参りました。なにしろ、22日は終わった〜〜との開放感から5時まで飲んでたのに…。「10時出社して!」とはなんの日本語かさっぱり分かりませんでした。しかし哀しきかなサラリーマン、9時50分に家を出て自転車で会社に向かうかと思ったら自転車がない。そう言えば前日は会社からタクシーで飲み会に行ったことを思いだし、10分遅刻しながらも出社したのでありました。(爆)ようやく一息つけるかな?と思う暇もなく 1月には他のシステムの提供が控えてる今日この頃なのです。


<食事編> 僕は美味しい物を食べていれば幸せである。いや、人間とは美味しいものを食べていれば幸せな動物である。ここ、栃木に来てのカルチャーショックは味が濃い!1年いれば血圧が10上がることは間違いなしといった感じです。しかも、恐らく(美味しいとこがあったら教えてくれ!)美味しいラーメン屋がない!ほんとにやる気のないおっちゃんばかりで困るぜい。テレビずっと見てて客がきたら立ち上がるみたいな。 そんなんでうまいわきゃない!餃子が美味しいとの説もあるが、餃子は餃子。ビールと食べてこそ餃子でしょう!餃子だけではパンにバターもマーガリンも塗らないようなものでございます。(独断)それじゃあいいところがないか?と言ったら、栃木に来てそんなに色々な店を行ったわけではないんで分からないっす。だって朝は家で食べるかカロリーメイトを会社で食べるかだし、昼は社食で食べる。夜は会社近くのスープかつるや、本当に選択肢が狭いのでございます。早く帰れれば自炊という素晴らしい手段があるのですが、それもほとんどままならず。あ、あった。元気寿司という回転寿司は特筆するに値するくらいうまい。OOOボーイなどは足元にも及ばないっす。しかし、海のない栃木でうまい寿司とは…というのは気のせいということにしておきましょう。


社会人になって気分転換のためのコーヒー消費量が倍増したような気がします。ただでさえコーヒーはメインの飲み物であったにも関わらず更に量が増えました。ただ大きな、ほんまに大きな違いはブラックでほとんど飲むようになったのです。そりゃあそれだけ飲めば体が砂糖を受け付けないって感じかな?ブラックで一番美味しいのはなんといってもキリマンジェロ!これをブラックで飲んでると密かな幸せを感じてしまいます。しかし、机にずっと座ってるのってしんどいんだよね〜。で、席を立ちたいからコーヒー飲みに行く、故にコーヒー消費量が増えるというスパイラル現象でございます。まあ、煙草を吸うよりは体にはましでしょう。コーヒーって胃の働きを活発にして体に結構いいんだよ?


<ネットワーク> 2000年になるといってももちろん、21世紀になるわけではありません。ただ、1900年、特に1985年辺りから世界は本当に恐ろしいスピードで加速しています。もちろん情報革命と呼ばれるもので、恐ろしいスピードとは感覚的ではなく物理的にもそうなのです。ネットワークで情報を不快なくやり取りする段階にはまだまだいっていません。しかし、インターネットは本当に普及したなと思います。色んな数字が出てるんですが大学2年の頃からネットを利用している僕としては、ネットのない環境はちょっと考えられません。会社のPCはもちろんLANで全て繋がってるので非常に便利です。当然インターネットの拡大は様々な社会問題を産むでしょう。間違いありません。ただ、もう至極当然でしょうが、犯罪のないネットもありえないし、犯罪のない日常生活もありえない。そこに新たな人間関係も生まれるでしょうし、恋愛関係も生まれるでしょう。ネットの広がりは日常生活を便利にするだけでなく、新たな世界をも生みます。そんな時代のさなかにいる僕らは非常に幸せだと思う。情報を得るツールだけでなく、発信するツールさえ手にいれたのだから、この時代の波はそれぞれにリアルであり、とても面白い時代だなと心底思う。自分と直接関わらないとやはり心底は面白くないものね〜。いつかネットで物とかを体感できる時代さえくるかもね!