蝶のいない風景は自然ではない
  
- 私たちの住む東京を
         国蝶オオムラサキの飛ぶ街に -
 6月9日、午後2時過ぎに降り出した雨は、めずらしく雷鳴を伴い、我が家の猫、モジャヒゲン・ハルクは、階段の下で小さくなっていた。その雨も3時前にはあがり、雲の切れ間からあかるい陽の光がさしてきた。梅雨入りの近いことを思わせる。

 梅雨空の切れ間から陽のさすこのようなときは、井の頭や深大寺、北野や大澤のキリスト教大学構内や天文台などの雑木林の中では食べ物・食草を求めて、数多くの昆虫が活発な活動を始めるときでもある。

 1957年秋、国蝶に指定されたオオムラサキもそんな昆虫たちの仲間である。オオムラサキは、高地や寒い地方では7月上旬から中旬、あたたかい所では6月中旬から下旬に、年一回発生し、北海道、本州、四国、九州に分布する。幼虫はエノキなどを食草とし、ゴマダラチョウの幼虫とよく似ていて、実に愛きょうのある顔をしている。冬は木からおりてきて、下にたまった枯葉の裏などにしがみつきながら越冬する。下草を刈ったり枯葉をきれいに掃除してしまったら、彼らの種族が絶滅してしまうのははっきりしている。成虫は、人家近くの雑木林に多く棲息し、こずえの上高くを飛び、自らの占有領域に入ってきた蝶や、時には小鳥までも追飛する情熱の持ち主であり、採集のとき網の中にスズメが入ったかと思わせる強い力を持っている。

 玉川上水に水が流れ、井の頭の池はすみ、神田川の流れは清く、井の頭公園駅下にアシの原が広がり、ヨシキリの声がたえなかった頃、オオムラサキの飛ぶ風景は、どこでもみられた。

 その自然は、今はもうどこにも残っていないように思われる。でも、最近、玉川上水や、それにつらなる三鷹市の保存樹林の間を歩いてみると、少しずつ蝶の姿や小鳥の声がふえているように感ずる。雨の降ったあと少し水を留める上水は、今、最後の力をふりしぼって、今からでもおそくはない、黙々として、体を張って、自然の破壊から再生を訴えている。その訴えに応えなければ、人間は自らの生存する条件をも失うことになるのではないか・・・・・。

 行政の緑化に対する考え方も少し変えてもらい、「蝶のいない風景は自然ではない」を合言葉に私たちの住む東京を、国蝶オオムラサキの飛ぶ街にしたいものだ。

   高 谷 真 理(三鷹市民交流・第4号より)