作品名:『Twin』(1)
  製作  : 97/05/03(14KB)
  作者  : あきよ 氏
  形態  : 長編区切(恋愛)

   Twin 1



 中小見陽司(ナカオミヨウジ)くんは、あたしの所属する料理部唯一の男
子部員である。
 少々低めの背丈の持ち主で、163センチのあたしと然程視線が変わらな
かったりする。さらさらの髪の毛が女子部員達の羨望の的であったが、本人
は「女の子っぽくて嫌だなぁ」とぼやいている。どちらかといえば肉付きも
少ない方だし、肌も白い方である。学ランを来ている学校ではともかくも、
私腹姿では女の子に間違えられる事も一度や二度じゃ無い筈だろう。
 だったら料理部なんて女生徒の花園に入ってこなければいいのにと思う。
 無論、男子のくせに料理部なんて入ってくるくらいだから、入部テストで
披露された腕前は鮮やかなものだった。後で聞いた話だが、中小見くんの家
は定食屋さんを営んでいるので、子供の頃から手伝わされていたお陰で、家
事に精通してしまったらしい。
「僕、家業を継ぐつもりだから・・・今のうちにいろんな料理を作っておき
たいんだ。高校出たら調理の専門学校に行って、早く自分のメニューを並べ
てさ・・・」
 将来の夢を語る中小見くんは輝いていた。
 そして、そんな彼があたしは好きだった。

 あたしの名前は相田笛子(アイダフエコ)。この前2年生になったばかり
の高校生である。料理部なんて入っているのだが、とても柄じゃい。何故な
ら中学時代までは柔道部になんか入っていたのだから、この手だって相手の
襟首や胸座を掴む事はあっても、おたまやフライ返しを持つ事なんて皆無に
等しかったんだから。
 まあ、柔道を止めた理由と言うのは良くある話で、練習中の事故で左手の
手首をおかしくしちゃったのよね。別に、柔道が出来なくなった訳じゃない
けど、以前のように勝てなくなってしまったので、なんだか面白くなくなっ
ちゃったんだ。
 目標を失っていた所へ、藤川美代(フジカワミヨ)ちゃんが声を誘ってく
れたのである。最初は抵抗を感じていたのだが、今までがさつだった分を取
り戻してみようかと言う気分になってきて今に至る訳なのだ。
「笛ちゃん、笛ちゃん。今日の放課後にさ・・・行かない?」
 料理部の活動は平日だけなので、土曜日の午後は時間を持て余す。する事
がなければ長年の習性でジョギングなりする処だが、最近は美代ちゃんに付
き合って、買い物に行く事が増えてきた。
「いいけど・・・あたし、お小遣い日前だからお金ないよ」
「だ〜いじょうぶ、大丈夫!」
 美代ちゃんはブレザーの内ポケットから封筒を取出した。その中からは燦
然と輝く漱石様が姿を現したのだった。
「昨日、田舎のじいちゃんが送ってくれたのだ。これで何か美味しいものお
ごってあげる」
 あたしは尻尾を激しく振る犬のように美代ちゃんに抱き着いた。

 美代ちゃんは可愛らしい女の子である。彼女からは色々な事を教えてもら
ったもんだ。服装にアクセサリーに手芸に、そして料理。なんて言うのかな
あ、言い方変かも知れないけど、一生懸命女の子しているって感じなのだ。
 彼女に欠けている点と言ったら、恋愛感覚だろう。その可愛らしい容姿と
誰にも好かれる性格から、交際を希望される事もあるそうだが、決まって
「あたし、あなたに興味ないんです」
と鈴の音のような声で、どぎつい返答をするのだった。内容的には明確で正
確なのだから問題はない筈だけど、友達のあたしでも面と向かってこんな事
言われたらショックだよなぁ。
 美代ちゃんは、特に想いを寄せている異性がいる訳でもないし、ましてや
女の子が好きって訳でもないだろうから、現在のところは本当に異性に興味
が無いに違いない。
 そんな美代ちゃんのお買い物コースは、いかにもって感じのお店ばかりだ
った。小物屋さんとか、アクセサリーショップ、ぬいぐるみ屋さんに、クッ
キーハウス。どれもこれも甘ったるしい雰囲気が充満している場所ばかりな
のだ。最初の頃は背中がムズムズして仕方が無かったけど、半年以上も付き
合わされている内に、あたしも慣らされていたようである。
「あれぇ? 笛ちゃん、あそこの人・・・」
 一通りお店を歩き回った後に入った喫茶店(これまた可愛らしい店だが)
で窓ガラスの向こう側を見ていた美代ちゃんが、地下街のホールを見て言っ
た。あたしが彼女の視線を辿っていくと、その先には見覚えのある人間が大
きな紙袋を持って歩いているのだった。
「中小見くんだよ・・・よしっ! 笛ちゃん、行って声かけてくれば」
「な、な、な。何いってんのよ。そんな事出来るわけないじゃない」
「なんで?」
「・・・恥ずかしいじゃない」
 そりゃあ、あたしだって声をかけたいのは山々なのだ。しかし、美代ちゃ
んみたいに天真爛漫ではないので、彼を目の前にするとあがってしまい、思
った通りの言葉が出なくなってしまうのだ。
「好きならば頑張っちゃえばいいのにぃ」
と、美代ちゃんはくりくりした瞳であたしを凝視する。
(うっ・・・この表情には弱いのよね・・・)
 そんなやり取りをしていたら、横のガラスがこつんと音を立てた。あたし
達が振り向くと、中小見くんが立っていたのだ。
「やっほぉ」
と手を振る美代ちゃんはジェスチャアで、こっちへおいでよと誘っている。
(ちょ、ちょっと待てい。あたしは心の準備ってものが・・・)
 気が付いたときには、あたしの横に中小見君が座っていた。彼が持ってい
た紙袋は美代ちゃんの横に鎮座ましまっている。恐らくは美代ちゃんが荷物
を受け取って、あたしの隣りにしか座らせないようにしたに違いない。
「すっごい荷物だね」
「うん。家の買い物に出されたんだけど・・・こんなに買うならば自転車で
くれば良かったと、後悔しているよ」
「じゃあ、手伝ってあげようか? 皆で運べば楽でしょ」
(え?)
「でも、女の子に荷物を持たせるなんて・・・」
「大丈夫! 困ったときはお互い様でしょう?」
 美代ちゃんはのんびりとした口調で、中小見君を納得させてしまった。そ
して彼が注文する間に、ぱちりとウィンクを放った。
(あたしに頑張れとでも言っているの?)
 自身の恋愛は興味ないくせに、人の事となると首を突っ込むんだから、困
ったモノである。とは言え、あたしは彼女に内心感謝していた。だって彼の
荷物を運ぶという事は、彼の家にまで付いていくという事じゃない。そう考
えるだけで胸の動悸が高まっていくようだった。
「二人も買い物?」
 中小見君はあたしに問い掛けた。何で、あたしに・・・と思ったら、美代
ちゃんがパフェ相手にうっとりと格闘しているのだったから、話す相手があ
たししかいない、それだけだった。
「う〜ん。そんなものかしら」
「仲良いんだね」
「そ、そうかしら。あははは」
 笛子のばか。なんで、笑って誤魔化すような事を言うのよぉ。

 暫く3人で座談した後、喫茶店を後にした。これから中小見くんの家に向
かう為、彼が先頭に立って歩き出したのだが、その矢先にあたしのすぐ横を
歩いていた美代ちゃんが、素っ頓狂な声をあげた。
「いっけな〜い! 今日の夕方に用事があったんだ。ごめん、中小見くん、
笛ちゃん。悪いけど、先に帰らせて貰うね。んじゃ、また来週〜」
 有無をも言わせぬ間に、彼女は駅の雑踏の中に消えてしまった。つい数秒
前まで美代ちゃんのいた場所には、中小見君の荷物の一部が置かれている。
「ありゃりゃ・・・なんだ、それなら最初っから手伝うなんて言わなきゃ良
いのに」
 そして中小見君はあたしの方へ振り向くと
「やっぱり僕一人で持って帰るよ。・・・相田さん一人に手伝って貰うのも
なんだしさ」
 そ、それって、あたしは用なしって事? いや、それ以前にこの二人っき
りと言う状況を誰か何とかして欲しい。あたしには一分と耐えられないんじ
ゃないだろうか?
 その時、あたしの脳裏を美代ちゃんの言葉が横切った。
『頑張っちゃえ』
 来年になればあたし達は受験生である。そして彼は調理関係の専門学校に
行くつもりだが、あたしは大学への進学を希望している。つまり自由に中小
見君と会える時間はあと一年しかないのだった。
 瞬時のうちにこれだけ考えるとあたしは、足元の美代ちゃんの分担する荷
物をひょいと持ち上げて、中小見君を促した。
「こ、ここまで来て放り出す事は出来ないわよ。それにあたし、今日は暇だ
から手伝ってあげる」
 中小見君はしばしの間立ち尽くしていたが、行こっかと再び歩き出した。

 食堂「なかおみ」は駅の反対側、臨海公園の入り口近くにあった。こじん
まりとしているが整ったお店である。中小見君の説明によると、平日は臨海
公園の漁港の人達が、休日になると臨海公園にやってきた家族連れなどが主
な客層らしい。昨年からは某大学の合宿所が近くに出来たため、そちらの方
々も時折現れるそうだ。
 入り口の戸を開けようとした中小見君は舌打ちした。
「開いてない・・・しょうがない、裏から入ろう」
 言われるがままに横の路地を通って、お店の裏側にある勝手口の利用する
事になった。何足もの靴が雑然と並んでいる様は、いかにもお店の勝手口と
言う雰囲気を漂わせていた。彼はその靴達を足でどけると、あたしの入り込
むスペースを作ってくれた。
「ちょっと、いや、ちょっとどころじゃなくて狭いけど・・・」
「ううん。そんなことないよ。あたしの家だって似たようなもんだし」
 自慢じゃないがあたしの家は借家である。気まぐれな地主が数十年前に建
てた賃貸用にちっちゃな木造平屋の家だった。まあ、大抵はあたしん家より
も大きいものなのだ。・・・本当に、自慢にならないわよね。
 上がってすぐそこがダイニングになっている。食堂を営んでいるのだから
台所はお店のものを共有しているのだろう。しかし冷蔵庫だけは別にしてあ
るようで、食卓の奥にちんまりと置いてあった。
「そっちの袋、かして」
 中小見君は冷蔵庫の前に袋を一つ置くと、残りを全て持って食堂の奥の扉
の向こう側に出ていってしまった。方角から考えて店内に降りていったのだ
ろう。あたしは彼の姿が見えなくなると同時にどっと力が抜けた。
 緊張が緩んだのだろう。ふらふらと背後の壁に寄りかかって呼吸を繰り返
した。まるでお酒を飲んだとき(オイ)のような感覚があたしの全身を支配
する。
(す、すごい・・・)
 こんな感覚があるなんて知らなかった。好きな異性の家に上がり込んだだ
けで、こんなにもなっちゃうなんて。多分、今のあたしの顔って思いっきり
赤くなっているんだろうな。幸か不幸か、この部屋に鏡がなかったので確認
するまでは至らなかったが、顔の表面を覆う熱が一々確認せずとも目にみえ
るように理解できたのだった。

 その時、あたしのすぐ横から小さな笑い声が聞こえてきた。まるで鼻にか
けるような嫌悪のスパイスが充分に含まれているような・・・
「誰?」
 あたしは周囲をぐるりと見回した。よくよく考えてみれば、他人の家に上
がり込んでいるあたしが「誰?」なんて聞くのも不自然なものである。しか
し今はそんな矛盾には気付かず、声の主を捜し求めるだけだった。
「こっちだよ」
 冷蔵庫の横に急な階段がある。5、6段昇った処にしゃがむ人影を見つけ
た。薄暗くてよく見えないが髪型といい、体型といい、そして声といい中小
見君そのものであった。あたしはほっと息を付いた。
 中小見君はゆっくりと立ち上がり、階段を降りてあたしの前に立った。そ
してあたしの目を興味深く覗き込むと、にやにやと笑った。
「な、なによぉ・・・あたしの顔に何かついてるの?」
 好きな人に見つめられるって凄くくすぐったい。何やら背筋がぞくぞくし
てくる。ちょっとでも気を抜いたら、その場に座り込んでしまいそうな感覚
だった。
「目・・・綺麗だね。強そうで弱い意志が見えるよ」
 変。何か変だ。
 少なくとも中小見君はこのような態度を見せた事がないのだ。男子にも女
子にも誰に対しても丁寧な態度を崩す事は滅多にないのだから。
(どうみても中小見君だけど・・・中小見君じゃない!?)
 無意識のうちにあたしの体は後退しようとしていた。しかし直ぐ後ろは壁
だったので自分で背中を押し付けるだけだった。
「ふふ・・・恋している目だね」
「な、中小見君!! 変よ、どうしちゃったの!?」
「相田さん、どうかしたの?」
 その時、戸の向こう側から中小見君が顔を出した。あたしの声が店内にも
届いたのだろう。その心配そうな表情は、紛れもなくあたしの知っている中
小見君だった。

 あたしはもう一度、目の前に立つ中小見君を見た。彼は表情を浮かべたま
ま相変わらずあたしの顔を覗き込んでいる。つまり今のあたしの視界の中に
は中小見君が二人存在していたのだった。
 一卵性双生児。そんな単語がぽつりと浮かんできた。
 成る程、双子ならば顔も声も同じというのも肯ける。つまり、あたしの知
っているのは戸の向こう側で怪訝そうな顔を浮かべている中小見君であって
、目前でにやにやとしている中小見君ではないのだ。どちらが兄でどちらが
弟かは分からないけれど、性格だけは正反対のようだった。
「なんだ、香月(カヅキ)。帰っていたんならば、買い物手伝ってくれたっ
ていいじゃないか」
「いや、僕は陽司が買い物から帰ってくる15分くらい前に帰ったばかりだ
よ。ああ、それと父さんは組合の会合で遅くなるって」
「そっかぁ・・・じゃあ、今日は僕と香月で店を開けるしかないね」
「うん。とりあえず、火だけ入れておいてよ。そしてら僕が先に料理を仕込
んでおくからさ」
 同じ声色が交錯するのを目の当たりにしたのは初めての事だった。全く同
じように行動したら、中小見君の親御さんでも見分けが付かなくなるんじゃ
ないだろうか。
 香月と言われた中小見君はあたしの事など最初からいなかったかのように
離れていってしまい、傍らに置いてあったエプロンを着用するとそこいらの
ゴミをてきぱきと片づけ始めた。
 あたしは無人島に抛っぽり出されたような心境だった。頼みの綱の中小見
君は相変わらず食堂の方で何かごそごそとやっていて、目の前には危ない中
小見君だけがいるのだから、何か、こう、針の筵の上に座るとでも言うのか
しら・・・

 ふと、思い出したように香月が振り向いて言った。一瞬、何を言われるの
かと思い、反射的に後ずさりそうになったが、彼の表情は先程までとは対照
的に柔らかく穏やかになっていたので、どうにか、あたしも笑い顔を作り上
げる事が出来たのだった。
「僕は香月。見ての通り、陽司とは双子なんだ」
「あ、始めまして。なか・・・じゃなかった陽司君と同じ部活の相田笛子っ
て言います。よろしく、香月君」
 その瞬間、彼は吹き出した。あたしは何かおかしな事でも言ったの? そ
んなあたしを尻目に彼はお腹を抱えてまで笑っていた。これは最早、笑うと
言うレベルのものではなくて、爆笑と言った方が正確なのかも知れない。
「なんだよ、やけにそっちは賑やかだなぁ」
 作業が終わったのかやっと中小見君がダイニングの方に上がってきたのだ
った。彼は濡れた両手をタオルで拭きながら、苦しそうに笑っている香月を
見て何となく事態を察したらしい。そのまま湿ったタオルで香月の頭をひっ
ぱたくと、あたしの方へ頭を下げた。
「ごめんね、相田さん。こいつ、笑い上戸だから・・・気を悪くしないで」
「う、ううん。そんな事ないけど」
「もう、夕方だし、僕はこれからお店を開けなきゃいけないから・・・駅前
まで送るよ。香月、僕が帰ってくるまで店を頼むね」
 香月は分かったと二度肯いていた。あたしは何か香月君に言おうとしたが、
軽く背中を押されて勝手口の外に追いやられてしまった。そして中小見君に
促されるまま彼の家を後にした。

 駅までの道のりは近いようで遠く感じられた。好きな人と肩を並べて歩く
と言う絶妙のシチュエーションだと言うのにも関わらず、あたしの頭の中に
は不可解な香月君の事だけが浮かび上がってくる。瞼を閉じるとにやにやと
笑う香月君の顔がはっきりと思い出されるのだった。
(嫌な奴・・・)
 中小見君と同じ姿形をしていながら、あんなにも嫌な印象を受けるなんて
不思議な感じだった。あの人を馬鹿にしたような笑いかたは天性のものなの
だろうか?
「やっぱり気分悪くしちゃったでしょ?」
「・・・驚いたの。あたし、双子って始めてみた訳じゃないけど、見分けが
付かないくらい似ているなんて・・・あたし、どう振る舞ったら良いのか分
からなくなっちゃた」
 中小見君は少し考えた後、自分の顔を指差した。
「一応、見分ける方法あるんだよ。左目の瞼の上にホクロがあるでしょ」
 彼の人差し指の先には確かに、小さな黒い点が存在していた。但し、瞼の
上にあるから、中小見君が目を閉じている時じゃないと判別が出来ない。つ
まりは、彼が眠っている時くらいしか見分けられないって事になる。
(そんな時ってあるの? 第一、そんな時って・・・一体どんな時よ!?)
 う。思わず邪な想像をしてしまった。馬鹿なあたし。
「でもね、相田さん。もっと根本的な見分けかたがあるんだよ。誰でも一目
で分かるような違いがね」
「お、教えて!」
 思わず、力が入ってしまう。
「もっと暑くなって薄着になれば分かるよ。幾ら似ていると言っても男女の
差くらいは、しっかり付いているんだし」
 男女の・・・差。男女の差? 男女!?
「って事は、香月君って、女の・・・子!?」
 よく間違えられるんだよねと中小見君は頭を掻いた。