作品名:『Twin』(10) 製作 : 97/12/24(16KB) 作者 : あきよ 氏 形態 : 長編区切(恋愛) Twin10 窓の外には緑が広がっていた。 夏の日差しを受けて萌える草木は電車のところどころをかすめ、はらはら と落ちていった。緑の切れ間には断崖を思わせる山間部の険しい景観を覗く ことができる。谷間に流れる川に沿っていくつかの温泉宿と思しき建物があ った。ペンション風の白い洋館や、時代を感じさせる木造の民宿。なかには ホテルのような建物もあるが、それは温泉宿よりも保養所と言った方が相応 しいかもしれない。 お盆と言う事もあって、ある程度の混雑を覚悟していたのだが、逆に電車 の中はがらがらで、いささか力んでいたあたしたちは拍子抜けした。 「食べる?」 向かいの座席の香月さんが封の開いたお菓子の箱を差し出してくれた。悠 然と足を組み、胸を反らせ、ものうげに手を伸ばすその態度は、いかにも与 えてやるといった印象を受けた。まぁ悪気があってやっている訳ではないと 分かっているからあたしもそれについては何も言わずお菓子を食べた。 今日の香月さんは珍しくもスカート姿だった。 いや、あたしは初めて見る姿だったから待ち合わせ場所に現れた彼女を見 たとき面食らってしまった。ただ普段のボーイッシュな彼女を知っているだ けに、白いサマードレスに麦藁帽子だなんて・・・なんて・・・詐欺に近い と言うか。その上、似合っているものだから女として嫉妬みたいな感情が湧 きあがるのを覚えてしまう。 今日に限ってこんな格好を選んだのは何故だろう。あたしは素朴にそう思 ったが口にするのは恐ろしいので、色々と想像してみることにした。 旅行なのだから普段の自分を忘れてみたい。あたしなんかはこの典型だっ た。女らしく努めようと思っているあたし(それでも地は簡単に出てしまう けれど)だが山奥の温泉に行くので久しぶりにGパンを引っ張り出して来た のである。勿論、実用面もバッチリなのだ。 ところが香月さんときたら山にいくのにサマードレス。いや、高原にでも 行くのならば問題ないと思うけど、この姿を見て温泉に行くと誰が想像でき ようか。 今は乗客もまばらだから姿格好はともかくいつのも香月さんに戻っている が、駅構内など人目につく場所での彼女の仕草は思い出すだけで吹き出しそ うになる。あたしの前に現れた彼女はしずしずと、そう、しずしずと足を滑 らせ開口一番『今日は天気がいいですね』とのたまったのだ。あたしは知っ ている。まったく同じ場所でまったく同じ天気のときに周囲のカップルに聞 こえ見よがしに『このクソ暑いのにお盛んなこって』と言ったことを。 それはさておき、車内放送が間もなく終点に到着する旨を伝えた。香月さ んは小さく深呼吸をして頬をぺちぺちと叩く。するとそこには可愛らしい高 原の少女がいた。 「いよいよ強羅ね。すっごく楽しみ」 緒戦にしてあたしはすっごく疲れた気がした。 この旅はもともと香月さんだけのものだったが、たまたま同時期にあたし も予定がなかったので半ば強引についてきたのだ。最初は困惑していた彼女 も『まぁ・・・別にいいけど・・・』と消極的に頷いたのだった。 同行を申し出るにあたり、あたし自身も迷った部分はある。お店の手伝い から開放されての気楽な一人旅を邪魔してよいのだろうかと。しかしそれで は旅行から戻ってくると同時にいつもの香月さんになるだけだった。あたし と香月さんと、そして陽司くんの関係が変わろうはずもない。 物事は動かなければ変わらない。ケース・バイ・ケースではあるが、あた しを突き動かしたのはこの言葉である。あたしの恋愛状況を改善するには何 か動かなければならないのだ。勿論、改悪になる可能性だってなくはないが 始める前からそんなことを考えていてはうまく行くものも失敗するのだ。 この事を聞いた陽司くんは何と言ってよいのか分からない様子で、目の前 にいるあたしのことよりもひたすら香月さんのことだけを心配しているのだ った。以前、香月さんが陽司くんに対して依存していると聞いていたけど、 陽司くん自身もまたそれを甘やかし過ぎのような気がしてきた。 (心配ならば陽司くんも何か彼女に対して行動すればいいのに) 彼は優しい性格だから、憐憫の感情が支配的になっているのも理解できな くはない。でも、それは他人がする事であって家族がする事じゃないような 気もするのだ。 (双子だから、なのかな?) いや、いや、それでは何の解決にもならない。中小見家の双子の間のこと を当人達以外に誰も理解できないとか言っていたら生きていける訳がないじ ゃないか。 優しいと言う事は人間のもつ良い性格の一つだが、何でもかんでも優しく すれば良い訳ではない。それは単なる甘やかしなのだ。どんな武器だって使 い方を誤ればまったく意味がないのと同じように、優しさだって使うべきと ころと使っちゃいけない場所があるに違いない。 大丈夫とあたしは軽く胸を叩いてみせたが、陽司くんは微かに笑うだけだ った・・・ 強羅駅を降りるとほんの少しだけ気温が下がった気がした。とは言え別に 長袖が必要になる程ではない。ただ、昼間はともかくも日が暮れてからは気 をつけた方がいいかもしれない。 駅前は電車の中と同様、閑散としている。観光客はまばらで皆、目的の方 角へと散らばっていってしまった。昼食にするには早いし、温泉宿にチェッ クインは夕方と聞いているので、それまでの時間をどうするか考えなければ いけなかった。 「香月さん、どうしよっか? あたし箱根って随分と久しぶりだから地理と かも疎くって・・・」 「ん〜。近くだと強羅公園とかあるけど・・・退屈かもよ。ボクはいいんだ けど、若い人なんかあまり行かないような場所だし」 「じゃあ一駅戻って彫刻の森は?」 「戻るの面倒くさいじゃん。あ、そうだ。アレ乗ってみない」 彼女が指差したのはケーブルカーである。駅でもらってきたパンフレット には早雲山の頂上まで続いていると書いてある。さらに早雲山からはロープ ウェイが芦ノ湖まで降りているのだ。 「うん」 あたし達は駅構内へと踵をかえした。幸運にもケーブルカーの発車時間ギ リギリで駆け込むことができた。車内はまたしても人が少ない。香月さんは 真っ先に車両最後尾の座席を占領してしまった。 「ふ、普通、こういうのって前方の景色をみるんじゃないの?」 「そしたら面白くないよ」 「へ?」 「この方が段々と高いところへあがっていくのが分かるじゃん。なかなかス リルがあって楽しめるよ。相田さんは真ん中の一番見晴らしのいい席にどう ぞ。そこが一番恐いから」 とにやりと笑って彼女は、違う席へ逃げようとしたあたしを無理矢理座ら せてしまった。そしてあたしの腕をしっかりと掴んで逃げられないように固 定してしまったのである。 (な、なんてことを・・・) だが、あたしはちょっと安心した。こんな悪戯っぽい行動をとるのだから 香月さんはあたしを認めてくれているんじゃないかと。例の一件以来、彼女 は知人友人が極端に減っている。意識して減らしたのかもしれない。他人を 避けている彼女があたしに対してふざけてくるのは、彼女なりに認めてくれ ていると言う証拠だしね。 ケーブルカーはゆっくりとゆっくりと上昇していった。カーと言うよりも エレベーターに近いかもしれない。最初のうちは余裕を持って景色を眺めて いたのだが、線路の先の強羅駅が米粒ほどの大きさになってしまうと流石に 恐くなってきた。なまじ一直線の線路だからいつまでたってもしっかりと見 えてしまうのである。 段々と口数が減ってきたあたしの様子を見て香月さんは嬉しそうだった。 「いやぁ、いい景色だね〜。ね、相田さん」 「あははは・・・い、いい景色だね〜」 彼女とは正反対にあたしの声色は無機質だった。 香月さんは元気だった。 体力があるはずのあたしの方が先に疲れてしまいそうな勢いであっちへこ っちへと歩き回る。何か気になるものがあれば、それが何であるか確認しな いと気が済まない。 しかも高原の少女バージョンで。 いや、本人が目の前にいなかったらあたしは爆笑していたかもしれない。 実際可愛いのだから余計に困ってしまうのだ。人目のある場所では必ずあ たしにひっついて歩く。端から見たら姉妹に見えるのだろうか。一度ならず 彼女を引き剥がすのだが、しばらくするといつの間にか元の位置を歩いてい るのだった。 (この元気があるなら普段だって、もうちょっと前向きになれるだろうに) ひょっとするとこっちの性格が本来の香月さんなのかも知れない。 だとすると普段の彼女は演じているのか偽りか。いずれにせよ長い間本来 の自分を閉じ込めているのならば無理が出るに違いない。 寧ろその時が来る方があたしには不安だった。そして、その時彼女の側に いるのが陽司くんだけだとすると、一段と深く、今度は二人とも一つの殻に 閉じこもってしまうのではないだろうか。いや、この双子の事だから二人で 一つの殻かも。 早雲山からはロープウェイに乗り、一駅一駅降りては周辺を散策した。 先ほど香月さんに、箱根は随分と久しぶりだからと言ったけど、最後に行 ったのが小学校の卒業旅行だったので約4年ぶりと言う事になる。近い場所 だけどこうしてつぶさに歩いてみると知らないところが沢山あることに気が ついた。 なる程、最初は香月さんが温泉に行くと言ったときに『古風』だとか勝手 に決め付けてしまったけど、実際に来てみれば十分に面白いのだ。温泉と言 っても別に温泉だけを楽しまなくちゃいけない決まりはない。 多分、香月さんは無意識のうちに、と言うよりもごく自然に知らないもの に対して興味を示し、それを楽しんでいるのだろう。誰だって子供のうちは そうだったに違いない。彼女が子供だと言うのではなく、子供の感覚をも持 ちあわせているその事に少しだけ尊敬してしまった。同時にいちいち理屈を ひねり出そうとする自分がなんだか面白くない気がしてきた。 「どうしたの?」 芦ノ湖湖畔のベンチで一休みしていたあたしは考えに没頭していたのか香 月さんの呼びかけにも気がつかなかったのである。 「ご、ごめん。ちょっと考え事してて」 「・・・ま、ボクだからいいけどさ。陽司といっしょの時くらいはキチンと 相手のことを気に懸けてなきゃ駄目だよ」 「ど、どういうことよ?」 「いや、その・・・次の機会にしよっ。あ、そろそろ4時だし、強羅に戻ら なきゃ。ロープウェイもケーブルカーも本数少ないから急がなきゃ」 下手な躱し方だったが、確かに1本逃すと一時間待つこともざらなので、 あたしは渋々追求は忘れて公園を後にした。 宿は強羅駅から歩いて30分ほどのところにあると言う。途中の道路は一 応、アスファルトで舗装されているが、起伏が激しく山道を歩いているよう な気分だった。あたしはスニーカーを履いていたからいいけど、香月さんは サンダルだったので結構大変そうだ。 「大丈夫? 香月さん」 「うん」 あたしの気遣いに対して彼女は微笑んで応えた。こういう雰囲気ならば高 原の少女バージョン香月も悪くない。もっともあたしの幻想はすぐに打ち砕 かれるのだった。 「バッシュに履き替えようかな」 言うが早いか彼女は鞄の中からごそごそとカラフルなバスケットシューズ を取り出したのだった。 (サマードレスにバスケットシューズ!?) 想像するまでもない。余りにの違和感に目眩を起こしそうだった。 「や、やめなよぉ。それは幾らなんでも恥ずかしいじゃない」 「・・・別に。恥ずかしいのはボクであって相田さんじゃないもの」 「いや、でも、一緒に歩いているんだし」 言った後で少し後悔した。香月さんはちらりとあたしに冷笑を向けると黙 ってバスケットシューズを鞄に戻してすたすたと歩き出してしまった。 どうしよう。謝るべきか? 確かに恥ずかしい。でも彼女の言うとおり、それはあたしの姿格好ではな いのだ。逆に他人の外見に拘ることによって、他人に負担を強いるのはやは り失礼な行為だと思う。 それにここは人気のない山道である。時折、車が通過するけれど歩いてい る人影は全くと言っていいほど見当たらなかった。そんな場所なのだから多 少おかしな格好をしていても、だれかに見られる可能性は少なく、それを咎 められる事もない。 (やっぱり謝ろう) そう思ってあたしは彼女をおいかけた。 「香月さんっ」 あたしの呼びかけに香月さんは足を止めた。あたしは彼女の前に回り込ん で大袈裟なくらいに大きく頭を下げた。 「ごめんなさいっ。あたしが言い過ぎたの。だから履き替えて」 「やだ」 「な、なんで?」 「だってボクは相田さんの言う事をもっともだと思ったから止めたんだよ。 なのに、あっという間に前言を翻されて振り回されるボクは馬鹿みたいじゃ ないかっ」 逆効果だったようだ。 しかし、このまま引き下がっては今後の行動にも大きく影響が出てくるの は間違いない。何よりも彼女の表情があたしは恐かった。恐いと言っても別 に香月さんが怒りの形相を浮かべているわけではない。普段クールな彼女が 感情を露にするのは余程の時であるとあたしは知っている。前に見たのは、 あたしが彼女から陽司くんを取り上げると思って訴えてきたときだった。 じっとあたしを見詰める彼女の瞳は綺麗だった。それだけに恐い。 お互い無言の時間が流れていく。 (何か・・・何か言わなくちゃ・・・) しかし考えれば考えるほど頭の中がごちゃごちゃするだけだった。これ以 上、彼女に靴を履き替えることを勧めても、余計意固地になるだけだろう。 かといって、このまま歩かせては彼女は疲れるばかり、ひょっとすると靴擦 れだって起こしかけているのかもしれない。 どうするか。どうすればいいか。 ぐるぐると混乱の渦が回転していく。 沈黙を破ったのは香月さんだった。文字どおり蚊の鳴くような声だった。 「・・・おぶって」 「な、なんであたしが香月さんをぶたなきゃいけないのよ!?」 「違う! 『おぶって』って言ったんだよ。ボクは足が痛いんだ。相田さん はバッシュに履き替えちゃ駄目って言う。なら相田さんがボクをおぶって行 けばいいじゃん」 「・・・!」 コレハワガママジャナイカ。いや、ワガママなんてものじゃない。ただの 傲慢だ。そんなのは解決になっていないと言い返そうとした瞬間、あたしは 口をつぐんだ。 内容はともかくも彼女のほうから手を差し伸べてくれたのだ。と言う事は 彼女は仲直りをしたいと思っている。この程度の形式や善し悪しに拘って状 況を悪化させることはないんじゃないだろうか。そもそもこうなった原因だ ってあたしが小さな事にこだわったからに過ぎないのだ。 ちらりと道を見る。でこぼことして歩き易いとは言い難い道だが、一応舗 装されているんだし、何よりも殆ど傾斜がないのだから、香月さんをおぶっ て歩いていくことくらい大した問題ではないだろう。 「いいわよ」 こうしてあたしは彼女を背中に乗せて歩くことになった。香月さんはラク チンラクチンと連呼し、すっかり機嫌も直ったようだった。 (何で、こんな事に・・・) しかし彼女のご機嫌な表情を見ると、まぁいいかとあたしまで気分が良く なってしまう。何かの本おそらくは偉人伝か何かで『他人の幸せは自分の幸 せでもある』と書いてあったけど、今のあたしは正にそんな気分だった。 「ねぇ、相田さん。さっき人目云々の話が出たけどさ、今の僕たちって人が 見たらどんな風に見えるかなぁ」 「え〜っと・・・」 香月さんはどうみても旅行者にしか見えない。そこへいくとあたしは現地 の人に見えなくもない。と言うかGパンに半袖パーカーと言う普段着に近い 格好なのだから現地の人そのものだった。 「足を痛めて困っている少女を助ける親切な地元の少女、とでも言えばいい のかしら」 親切なと言うところに力を込めてあたしは言った。 「あ、なるほど。そういう見方もあったんだなぁ。ボクはてっきり、足を痛 めて困っている美少女を助ける親切な地元のロン毛の男性、かと思って」 落としたろか・・・ そりゃ確かにあたしは平均的少女よりもごついかも知れない。まぁ柔道や っていたんだから仕方ないんだけど、それにしても男性と間違われるほど酷 くはない筈だ。いや、香月さんは本気で言っているんじゃない。いつものよ うにふざけているだけなのだ。 自分の表現に漢字が一文字くっついた事はあまり気にならなかった。だっ て今日の香月さんは美少女と言っても嘘ではないくらい可愛かったから。但 し、黙っていればと言う前提条件がつくけれど。 (多分、今の香月さんにとっては、これが普通のコミュニケーションなんだ ろうなぁ・・・) 冷笑僻もイタズラもワガママもそれは全て自然なのだ。 勿論、誰にでもやっている訳じゃないだろう。他人に対しては必要以上に 近寄ろうとしないのだから。どんな形であれ彼女があたしに対して、何かを 行動すると言う事自体が、それはあたしという存在が彼女にそういう事をし てもいい存在と認めている証拠に他ならない。 そう考えると顔が緩んでくる。だって嬉しいじゃないか。 足取りまで軽くなる。香月さん自身がそれほど重くないと言う事もあって か温泉宿までの道のりもたいしたことじゃない、いや楽しいとまで思ってし まう。自分を認めてくれている相手を、背負って歩くと言うのは悪くない。 (・・・どうせだったら陽司くんの方が) 逆だ、逆っ。あたしは女で陽司くんは男なんだ。 あたしが彼を背負って歩いたって絵になるわけがない。 ・・・そうなんだよね。時々、さらさらとした香月さんの前髪があたしの 視界に入るけど、陽司くんと全く同じなのだから妙な錯覚を起こしそうで恐 い。いや、髪だけじゃなくて顔も背丈も体格も殆ど一緒なんだよね。マジで 性別以外では外見の区別がつかないんじゃないかと思う。 「頭、大丈夫?」 「は?」 「いや、横から見てると嬉しそうだったり落ち込んでるようだったりで、ボ クはてっきり百面相の練習でもしているのかと思って」 また、だ。だが、その嫌みったらしい言葉さえも心地よく感じてしまう。 あたしは笑いをこらえながら、まるで子供をあやすように応えた。 「はい、はい」 「あ、何? その態度。なんか面白くないなぁ」 振り返らずとも背中の乗客が膨れっ面になるのがよくわかる。肩に掴まる 指の力が増している。 (なんだ。香月さんもこういう部分があるんだなぁ) 彼女の子供っぽい態度はあたしに安心感を、そしてますます余裕を持たせ る結果となった。今までは、彼女と会うことが正直言って苦手な部分があっ た。そりゃ、陽司くんをとらないでとか、レイプされたとか、同性であるあ たしに色っぽいねなんて、言われても余り嬉しくないし。でも、あたしを困 惑させてばかりの彼女だって、ちゃんと普通の年相応の部分を持ち合わせて いるのだ。 「そういえば、香月さん。前にあたしのこと名前で呼ぶって言ってたのに、 いつのまにか『相田さん』に戻っちゃってるのね」 「そ、そうだったけ?」 「同じ年なんだからさ。笛子でいいよ」 「・・・考えとく」 何を考える必要があるのか、あたしには見当もつかなかった。が、香月さ んの反応から何かしらの理由があることだけは感じ取れた。 ひょっとすると一線を引いて置こうと思っているのだろうか。名前で呼び 合うことによって、馴れ合ってしまうことを恐れているとか・・・ でも、 最近の香月さんのあたしに対する反応は、馴れ合いを恐れているように思え ない。だってこの温泉旅行だって一緒に来ているんだし、いつだって会うと きは、彼女があたしの前に前触れもなくふらりと現れるのだから。 と、その時、彼女が呟いた。 「相田さ、じゃなくって・・・笛子」 よっしゃあ! 「なぁに、香月」 向こうが呼び捨てなんだから、あたしもいいよね。また一歩、彼女の心の 中に入っていくことができた。そして香月もまたあたしの中に入ってきてく れた。嬉しいぢゃないか。 香月はするりとあたしの首に腕をまわして、しっかりと抱き締めるように 体を密着させてきた。あたしは、これを彼女が甘えてきていると思った。 「そこ」 「え?」 「そこの脇道の階段、昇るの。百段くらい」 「・・・」