作品名:『Twin』(11) 製作 : 97/12/24(16KB) 作者 : あきよ 氏 形態 : 長編区切(恋愛) Twin11 木造の、お世辞にも綺麗とは言えない古びた木造の旅館だった。ひょっと すると半世紀くらいは経過しているような、そんな風格をもっている。玄関 の前はきちんと掃除されているものの、横の軒下には大きなクモの巣がいく つも張り巡らされている。若い人はまず寄りつかないだろう。 「深山館」 それが旅館の名前である。板っきれに墨汁で書かれたその文字はすでに擦 れていて先に名前を聞いていなければ解読することは出来なかったに違いな い。 「ちょ、ちょっと。本当にここなの、香月?」 「そだよ。見てくれはちょっち悪いけど、温泉はスゴクいいんだ。さ、さ、 早く入ろう」 何やらお化けでも出そうな感じにびびるあたしだったが、今更引き返すわ けにもいかないので、渋々、香月の後ろについて玄関をくぐった。 玄関の中は土間だった。いや、写真とかで見たことはあっても実物を見る のは初めてなので、新鮮な感じがした。その土間には一人の若い、三十歳に は届いていないと思われる男性が出迎えてくれた。 「いらっしゃ〜い。あ、中小見さんじゃないか。久しぶりだね」 「こんにちわ。お世話になります」 どうも、この二人は初対面ではないらしい。二三言、会話を交わした後、 香月はあたしの袖を掴んで男性に紹介した。 「友達の笛子」 「ど、どうも。お世話になります」 しかし、彼はあたしへの挨拶もそこそこに再び香月のほうへ向き直った。 「あれ? 一人で来るって言っていなかったっけ」 「・・・たまには、友達と旅行したくなるの。笛子、こちらは深山荘の藤村 さん。何かあったら、この人を呼べばいいから」 「どうも、藤村です。料理から掃除、洗濯、なんでもやっています」 「雑用係・・・」ぽそりと香月が冷笑を浮かべて呟く。 「と、とにかく、困ったこととかあったら遠慮なく言ってくださいね」 香月の一言で慌てふためく藤村さんは、思ったより若いのかもしれない。 台帳に何やら書き込んだ後、彼はあたし達の荷物を持って部屋へ案内するべ く歩き始めた。 廊下は板張りで足を動かすたびにぎしぎしと嫌な音をたてる。階段も同様 でしかも人が歩くと沈み込むような感覚が伝わってきて、今にも崩れるんじ ゃないかと冷や冷やした。あたし達が案内されたのは和室もまたきちんと掃 除されてはいるものの古さが滲み出るのは隠しようがない。床の間に置かれ た日本人形が不気味さをいっそう盛り立てていた。 香月は部屋を見渡して肩を竦めてみせた。 「相変わらずだなぁ、ここは」 「ね、ねぇ、香月。ここ・・・出る?」 「出るって、何が」 「だ、だから、お化けとか幽霊とか」 「あは。笛子ったらそんな事気にするんだ。そういうのとは縁がないと思っ ていたけど、やっぱり笛子はオンナノコなんだね」 「そういう香月は恐くないの?」 「別に・・・ボクん家もぼろいから余り気にならないなぁ」 そりゃ古いだけだったらあたしの家も負けてはいない。いや、こんな事で 争っても空しいだけなのだが。なんか、ここは古いとかって次元じゃなくて 空気が違うと言うか、とにかく不安になるのだ。 「だ〜いじょうぶっ」 そしてあたしを軽く抱き締めて、ハスキーボイスで耳元に囁く。 「ボクがついてるよ」 「!」 こんな時に、陽司くんモードになるなぁ! ・・・ドキドキが止まらなくなるじゃないの。 押し入れの中に二組の浴衣がきちんと折りたたんで置いてある。香月は一 つをぽんとあたしの方に投げた。 「さてと。お風呂入ろうか」 「え、もう? まだ夕食も食べていないわよ」 「夕食食べた後じゃ意味がないのよ。ほら、さっさと浴衣に着替える」 どんな意味があるのかは教えてくれなかったが、あたしは香月に従いもぞ もぞとGパンのベルトに手をかけた。しかし、それ以上、あたしの手は動か ず、何故だかあたしの視線は香月に集中していた。 (そういや・・・前にもこんな事があったなぁ) それは深夜に突然、ウチに現れて結局泊まっていった時のことである。同 じように目の前で着替える香月に目を奪われてしまったのだ。そりゃ、あた しよりはプロポーションはいいけど、特筆するほど素晴らしい訳じゃない。 いや、同性の着替えシーンをまじまじと眺めているあたしの方がおかしい のだろうか。 ふと香月が振り向く。あたしの視線を感じたのか、それとも背後で着替え ている筈のあたしが物音一つ立てなかったのを不審に思ったのか。視線が交 錯するや、香月はゆっくりと羽織りかけていた浴衣で胸元を隠した。 「な、なぁに。じっと見ちゃって・・・」 「ご、ごめんなさいっ」 「あれ? 前にもこんな事あったよね。そう、ボクが笛子の家に泊めてもら った時だ。あの時も笛子はボクの・・・裸を食い入るように見ていたよな」 「ちょ、ちょっとぉ。人聞きが悪いわね。第一、裸じゃなかったわよ」 「・・・ま、重ねる気持ちは分からなくもないけどさ」 「え?」 それ以上、香月は何も言わず着替えを再開した。 (重ねるって・・・何に?) ひょっとして香月は、自分を陽司くんと重ねて見られていると思ったのだ ろうか。あたしは、そう思われた事を完全に否定する事はできない。陽司く んと瓜二つの香月を重ねていることは今に始まったことじゃないのだ。 でも今のは違う。見とれていたのは事実だけど、ここに来てからは頭の中 から陽司くんの存在は消えていたのだ。あたしの興味は目の前にいる香月だ けに注がれている。 (・・・はて。じゃあ、なんでだろう?) またもや手の止まったあたしの態度に焦れた香月が言った。 「遅いぞ、笛子っ」 表情は怒っていると言うよりも、一刻も早く温泉に行きたいのか落ち着き なく瞳をきょろきょろと動かしている。 「ご、ごめ〜ん」 考えながら着替えているものだから、遅いのも当たり前だった。考える時 間なんて後で幾らでもあるだろうから、今は深く考えずに行動する事に決め た。だって、この温泉旅行は香月を立ち直らせるよう、少しでもきっかけが 掴めればと思って参加したけど、それだけで終わってしまうのはやっぱり勿 体無い。今のところは香月との関係も大分、良くなっているのでここらで一 息つくくらいは許されると思う。 (にしてもなぁ・・・) とっくの昔に着替え終わった彼女は手拭い片手に、あたしの周りをうろう ろと徘徊していた。ふと足を止めてあたしの前にしゃがみこむと、にやりと 笑った。 この表情、嫌な前兆。 「は〜や〜く〜、し〜な〜い〜と、ボクが脱がしちゃうよ」 「そ、それだけは、やめてっ」 「そう? じゃ、早く。ね。は〜や〜く〜」 まるで歌っているかのように音程を合わせて香月は急がせる。あ、でも。 急かすって事は、ちょっとだけワガママ言ってるんだ。ワガママって事はイ コール甘えてきている事だったよね。 うんうん。いい按配だぞ。 建物の裏手から小道を五分ほど歩いた所に小さな茶室くらいの離れがあっ た。その向こう側からは真っ白な水蒸気が盛んに吹き上げている。 「ここだよ」 香月は建物の戸を開けようと手を伸ばした。が、開かない。何度も試すが 戸はびくともしなかった。 「おっかしいなぁ。ここには鍵ないんだけど」 「あたしが代わろうか?」 恐らくは(いや、絶対)香月よりも力の強いあたしである。見事に、ずる ずると戸は開いていった。どうやら大量の湿気で板戸の動きが鈍くなってい たらしい。 「へぇ〜。笛子って凄い力持ちなんだ・・・」 そんな事で感心されても余り嬉しくないんだけどね。あたしは苦笑しつつ 香月の後に続いて建物の中に入っていった。 こればっかりはしようがない。今でこそ料理部なんてオンナノコっぽい事 やっているけど、ほんの半年前までは人間を放り投げ、押さえつけていたの だから。お陰で体は健康そのものでそれはそれで良いのだが、時折、こんな 自分が恨めしくなったりする事がある。 中は二畳ほどの脱衣スペースだった。下は石が敷き詰められていて、その 上によく学校の昇降口にある板の台(?)みたいなものが置いてある。一方 の壁には棚があって十人分くらいの衣類はおくことが出来そうだ。 ここまでは良いのだが・・・ 「な、何、アレ?」 あたしは白い壁に蠢く物体を見て金縛りに遭ったように動きが止まった。 それはヤモリだった。確か漢字で「家守」と書いた記憶がある。文字どおり 家を守ってくれる人畜無害な小動物なのだが、あたしはこの手の生き物が苦 手だった。 ヤモリはあたしの声に驚いたのかするすると天井の方へ登っていってしま った。その先には大きなクモの巣が傘のように広がっていた。 「か、香月〜。上からクモ、落ちてこないかなぁ・・・」 自分でも情けない事を言っているのが分かる。でも、服を脱いだ後で肩と か背中とかに落ちてきたらと思うと気が気でならない。しかし香月が平然と しているので、あたしは出来るだけ頭上の事を忘れるように努めた。だって ここで慌てふためいたら、また香月に何言われるか分かったものじゃない。 だがしかし。やっぱり気になるものは気になるのだ。見るまいと思ってい ても矢張り頭上の気配に神経が集中してしまうのだ。 あたしのすぐ隣で服を脱いでいた香月は、ヤモリやクモなど全く眼中にな い様子である。そこまで堂々としている姿に思わず頼ってしまいそうだ。 「羨ましいなぁ、笛子が」 「え?」 「だってオンナノコしてるじゃん」 そう言って頭上の敵に脅えるあたしを放って、さっさと湯船の方へと消え ていってしまった。 天然の岩風呂である。広さは学校の教室の半分くらいだろうか。天然の産 物だけあって、ところどころで湾曲している。隅のほうで注がれる水は温度 調節の為だろう。この温泉の宣伝文句や効果の程は知らないけれど、程よい 硫黄の香りがあたしの心を穏やかなものにした。 香月は一番奥にいた。岩に寄りかかり、心持ち顎を持ち上げて満足そうな 表情を浮かべていた。余りにも気持ちよさそうな表情をしているので声をか けるのに抵抗を感じたくらいだった。 「横、いい?」 「どうぞ」 恐る恐るゆっくりと足を差し込んでみる。成る程、温泉と言うだけあって 結構、熱い。しかしながら夏とは言え、山の夜は結構、冷え込むのだからち ょうど良いのかもしれない。足から腰、そして胸。徐々に体を沈めていくと じわりと大地のエネルギーが染み込んできた。底に座り、足を伸ばして、全 身の力を抜くと、余りの気持ちよさに顔の筋肉が緩んでくる。 しばしの間を置いて、隣の香月があたしの肩をつっついた。香月は少し俯 きかげんで表情は湯煙の中でぼやけていた。 「ねぇ、笛子。どうしたら、笛子みたいなオンナノコになれるんだろう」 「あたしみたい?」 「さっきさ・・・脱衣所でクモとか凄く怖がっていたでしょ。ボクはそうい うの全然平気なんだけど、ますます女らしくなくなっちゃうじゃないかなっ て。笛子を見ていると何か、こう・・・」 段々と小さくなる声は、湯水の音で掻き消されていく。香月は自分の言い たいことをうまくまとめる事が出来ないのか、口を小さく開閉しているだけ だった。 クモが恐いと言うのは、極普通の反応かもしれない。でも、逆にクモが全 然平気だと言うオンナノコだって少数派ではあっても決して絶対数は少なく ないと思う。好きだって奴は・・・殆どいないだろう。 だから今更、香月が悩んだりするような事じゃないと思う。寧ろ、彼女の 言おうとしている真意は別のところにあるのだ。 次に続く言葉を探ろうとした矢先に、香月が顔を上げた。打って変わって 明るい表情だった。 「ボクは、ほら、この通りの性格と外見だからさ。笛子を見ていると『オン ナノコしていていいなぁ』な〜んて思ったりしちゃうんだよなぁ」 「あ、あたしが〜? どこが?」 「やっぱり陽司に対する態度とかかな。見ているこっちが抱き締めたくなっ ちゃうくらい可愛かったりして、時々ドキッとするんだ」 同性から、抱き締めたくなるほど可愛いだなんて言葉を聞くとは思わなか った。そういう感覚自体は、あたしも美代ちゃんに似たような雰囲気を感じ たりするけれど、言われる対象が自分ってのは、嬉しいけれど、でも、違和 感のほうが上回ってしまい、素直に喜ぶ事が出来ない。 「そんな風に見えるかしら・・・そりゃ、あたしは自分なりに一生懸命のつ もりだけど、それが必ず良い結果を出しているとも限らないし」 「良い結果は出てるじゃん。陽司は明らかに笛子を好きだよ」 「嘘?」 「嘘じゃないさ。一応、陽司も、ボクに気を遣ってか余りそういう事は話さ ないけれど、でも、自然に分かっちゃうんだよね。双子だし」 意外と言えば意外だった。 だって、香月は以前、あたしに対して『陽司をとらないで』と言ったので ある。そして陽司くんもまた、香月を守るように二人の事は放っておいて欲 しいような事を言ったものだ。その事から考えると恐ろしいくらいの進歩で ある。何が二人を変えたのか分からないけれど、 陽司くんもあたしを好きらしいと言う事と、それを親切に教えてくれる香月 さんの変化に、あたしは浮かれてしまいそうだった。 「香月・・・変わったね」 「人の気持ちを無視してずかずかと入り込んできた誰かさんのお節介のおか げでしょ。もっともボクも十分にお節介しているから人の事を言えないか」 それが誰かさんがあたしの事を指していると気付くまでにちょっと時間が かかってしまった。鈍いなぁと言いたげな表情で香月は吹き出した。 「でも、不思議なんだよね。ボクはあんな事があってから、誰かとこんなに 笑った事ってなかったんだ。陽司といてもそれは他人よりマシと言うだけで あって、時として陽司の優しさがかえって惨めに思えてきたりして、それは それで辛かったりした時もあるし。 笛子にしたって、最初は凄く苦手だったんだ。ううん、苦手どころか嫌い だったかも知れないや。だってボクと陽司の仲を裂こうとするし、人の部屋 でキスはしてるし。あんときゃ叩き出してやろうかと思ったけど・・・」 (根に持ってるな) しかし口には出さずあたしも笑顔で彼女の言葉に耳を傾けた。 「陽司がね、真っ赤になって嬉しそうな顔しているから・・・なんだかボク の怒りのやり場がなくなっちゃってさ。いや、ホント、困っちゃったよ」 「あのねぇ・・・困ったのはこっちの方よ。だって、香月の話っていつだっ て唐突で衝撃的であたしには知らない世界なんだもの。でも、避けてとおれ ないから、何とか良いアイデアが浮かばないか色々と悩んだりしてさ」 「そう、それ。ボクと話している時の笛子ったら困ったような顔しているん だけど中々逃げないでしょ。別に、笛子がどうなろうが知ったこっちゃない って思っていたんだけどさぁ、さすがに、ほら、ボクだって良心のかけらく らいはあるから、少しは悪いかなと思って、ちょっと後悔したりして」 香月の言う事も理解できる。前に、美代ちゃんが『自分の好きな人を取ら れそうになったら、自分自身が努力するよりも、恋敵を蹴落とすほうを選ぶ 事が多い』と言っていた。そしてそれは、大抵良い結果には結びつかないそ うだ。彼女の説明では、一度、恋人とか関係づけられると、恋に対して自分 を磨く事を忘れがちになるんだって。 多分、あたしも陽司くんと付き合っていて、別に陽司くんの事を好きだと モーションかけてくる女の子がいたら、相手に何やら言ってしまうか、もし くは陽司くんを疑ってしまうかもしれない。それは自分への自身のなさだろ うか。 「実はね、陽司に告白したオンナノコは笛子だけじゃないんだよ」 「自分だって言いたいんでしょ」 「いや、まぁ、それは置いておいて。ボク以外の、話。笛子と同じ制服の娘 もいれば違う学校の制服・・・ボクがいた学校の制服の女の子もいたよ。知 っているだけでは四人くらいかな。でもね、陽司はみんな愛想笑いだけして しっかり断っているんだ。陽司って普段にこにこしているから、愛想つくる 時って実は内心ですっごく不快だったりするんだよ」 「うそっ」 「ホントだよ。ほら、陽司ってあの通り、男の子にしては身長も小さくて色 白で筋肉もついてないでしょ。双子のボクって比較対象がいる事以上に、子 供のころから女の子っぽいとか可愛いとか言われているから、結構気にして いて、でも、あの通りの大人しい性格だから、怒ったりしない分、内側に溜 め込んじゃっているんだ」 まぁ、確かに男に生まれて『可愛い』等と言う評価で喜ぶのは、おかしく はないにしても決して多数派でないだろう。女が『逞しい』と言われたって 怒るのと同じように。 ただ、女って言うのは陽司くんのようなタイプの男子がいれば可愛いとか 言ってしまったりする生き物である。勿論、悪気があって言うのではないの だが、いや、それだけに始末に終えなくもない。言う側の立場からすれば誉 め言葉のつもりだとしても、言われる側はそれを誉め言葉と受け取るとは限 らないのだから。 「もっと、はっきり言っちゃうと、陽司は女の子が嫌いなんだよ」 「・・・」 クラスの中でも、部活動でも周囲の女子は、ある意味彼をマスコット扱い している部分がある。今の陽司くんは、適当に受け流している事が多く、最 近では彼をからかったりする人間も殆どいない。彼はいつだって微笑んでい るけれど、実はものすごく不快な表情をしているのかもしれない。 あたしはと言うと・・・実は最初は全然、眼中になかった。 たまたま料理部なんて同じトコロで、同じ一年生として、同じグループに なる事が多かっただけである。彼を知った頃のあたし、つまり入学したての 頃は、自分自身がオンナノコっぽく変身するべく、胸座をつかんでいた手で 包丁やおたまを握って努力する事で頭がいっぱいだったから、他人の事を省 みている余裕などなかった。自分よりも料理のうまい男子を目の前にして、 彼の外見や言動などよりも、純粋にその技術に感心し真似しようとしていた のだった。 陽司くんを好きになったのは高校生活に慣れて、少しだけ周りを見る余裕 が出来た頃である。最初は陽司くんそのものじゃなくて、彼のもつ料理の腕 前だった。でも、それだけならば『料理の上手な男子』で終わっていた。 彼は一度だけ夢を教えてくれた。定食屋を、家業を継ぐという夢である。 誇らしげに語る彼の態度が、すごく大きな存在に見えた。単に料理が上手い だけじゃない。目的に向かって努力し進んでいるのが、同じ年とは思えなか った。それ以来、あたしの彼を見る目が変わっていったのである。 「まぁ・・・陽司が笛子をどう思っているかなんて、これ以上はボクが言う こっちゃないよね。そういうのは本人同士で確かめ合うのが一番なんだし」 「う、うん」 あたしは香月の言葉に感謝しつつも戸惑っていた。今までの彼女は口を開 くたびにあたしを振り回してきたのだ。それが、まるであたしを応援するか のような言動である。これには首を傾げざるを得ない。 その表情、態度からも嘘偽りはない。でも、それだけに今までのアレは何 だったのかと、言いたくもなってくる。まして、あたしと香月は恋敵なのだ から。 しかし、あたしは香月に対する疑惑を振り払うことにした。彼女の真意は ともかくも、かつてない友好的な関係を壊したくなかったからだ。 この温泉旅行の間だけかも知れない。 いつもの日常に戻れば、香月もまたいつもの香月に戻るかも知れない。 それでも、あたしは目の前の彼女を、香月を信じたくなっていた。 続く