作品名:『Twin』(12)
  製作  : 97/12/27(15KB)
  作者  : あきよ  氏
  形態  : 長編区切(恋愛)

   Twin12

 山中の温泉宿からの景色は、深かった。
 周囲を森で囲まれているから物理的に外界の様子が入ってこない。都会と
は違う空気が何やら景色を重く深いものに変えていた。
 昔、東京に在住の従兄弟に連れられて箱根の山中を歩いた事がある。その
時、彼は一度ならず体の不調を訴えた。不調といっても別に嘔吐感などでは
ない。体が重いだとか空気が重いだとか、どちらかといえば感覚的な異常で
あった。
 あたしも似たような感覚は感じていた。が、彼らほどそれを気にしないと
いうのは、彼らのように都会のど真ん中に住んでいるわけではなくて、自然
の中そのものに免疫がついているからかも知れない。
 それでも幼心に彼らの訴えが恐くて、両親やら学校の先生やらに聞きまわ
ったが誰一人として明確な回答をくれたものはいなかった。

「それは・・・地磁気の影響下も知れませんね」
 夕食の後片付けをしていた藤村さんが言った。ちなみに彼の作った(らし
い)料理は非常に美味しかった事を明記しておく。山菜に川魚。どれも清ら
かな香りを漂わせ、あたし達の食欲を促進したのである。ただ、サービスの
つもりか大きな鶏肉があったのは情緒にかけるというか・・・
「チジキ?」
「そう、地磁気。箱根じゃないけど、青木が原樹海の中で磁石が効かないの
は知っていますよね。あれは樹海の中の地面が磁気を帯びているからなんだ
けど、磁気って言うのは金属などだけじゃなくって、人間の身体にも影響を
及ぼしたりするって話を聞いた事があります」

「この箱根だって今でこそ人間の開発の手が入り込んでいますが、富士山や
伊豆七島などと同じ火山帯の上にあるから、磁気に限らず大地のエネルギー
の大きさは東京の比じゃないので、何かしらの影響が出ても不思議じゃない
ですね・・・って、どうしました?」
 と、藤村さんは話をとめて食卓に肘を突いてお茶をすする香月のほうを見
た。香月は嬉しそうな顔をして藤村さんを見詰めていたのだ。あたしと、当
の藤村さんの視線が集中した事に気がつくと、慌てて頭を振って無表情に急
須を傾けたのだった。
(???)
 今の表情はまるで恋人に微笑むような、そんな笑顔だった。陽司くんに対
しても見せた事があるかどうか・・・少なくともお店を手伝っている時や、
陽司くんと入れ替わって学校に来ている時、そしてあたしと会っている時に
は見られない表情である。
(ひょっとして香月は藤村さんに好きなのだろうか・・・?)
 だが、それは余りにも短絡的思考である。そもそも彼女が藤村さんを好き
ならば何も、双子でべったりとしていなくてもいい訳だし。陽司くんを失う
まいと、何もかもあたしに曝け出してきた彼女が、言わなかった存在なのだ
から、やっぱり恋愛感情はあたしの思い過ごしだろう。やがて藤村さんは、
食卓の上に新しいお湯の詰まった魔法瓶を置いて退室していった。



 部屋にはあたしと香月が無言で佇んでいる。あたしは窓縁に上体を預けて
湯飲みを両手で包むように膝の上に乗せている。心持ち、首を傾けてじっと
裏手の古びた納屋を見ていた。ふと、その納屋の影から毛むくじゃらの生き
物がこそこそと出てくる。
(犬・・・じゃないわよね)
 それは周囲を注意深く観察しながらあたしのいる窓の下、即ち厨房の方へ
と移動していく。その途中、一瞬だけ部屋の窓明かりにその姿が映し出され
た。それは狸だった。

 狸はこそこそと厨房の前に辿り着くと、ごみ箱の横に置いてある残飯に鼻
先をよせて匂いを嗅ぎまわっていた。どうやら野生動物たちも食事の時間ら
しい。ふと、狸はあたしの方を見上げたが、あたしが何もしないと分かった
のか、残飯に顔を突っ込むようにして食事を始めたのだった。
「ふぅん・・・まだ、アイツ生きていたんだ」
 その声に振り向くと、いつのまにかあたしの背後に香月が立っていた。彼
女はそのままあたしの真横にしゃがみ込んで、狸の様子を覗っていた。
「知ってるの?」
「ん。ボクが中学生の時に見つけたんだ。あの時は、この窓から見ていたあ
たしをそっちの納屋の影からちらちらと見え隠れする程度だったんだけど、
餌付けされているとは思わなかったなぁ」
 確かに、あの残飯はごみ箱の中に収められるものであって、どんぶりの中
に盛られているのは非常に不自然である。藤村さんか、それとも深山荘で働
いている他の誰かが、与えているに違いない。

 それにしても。
 あたしの意識はもはや狸ではなくて、目の前の香月さんにあった。彼女の
横顔はやはり陽司くんと重なってしまう。髪型も顔のパーツも肌の色も、あ
たしにとっては想像主の悪意とでも呪いたくなるくらいだった。
(いかんなぁ・・・あたしってば欲求不満なんだろうか?)
 目の前にいる香月を見て、別の人間に思いを馳せるのは失礼だ。分かって
いるのだが、気がつくといつも陽司くんを連想しているのだ。これは、あた
しの陽司くんに対する想いの大きさかもしれない。いや、それはそれで良い
のだが、折角、香月と仲良くなったのだから、せめて陽司くんがいない時く
らいきちんと区別してあげたい。
 そもそも、陽司くんと香月と言う双子をくっつかせない為にも、あたしは
個々を相手に交流を図ってきたのだ。なのに、そのあたしが相手を混同して
いては本末転倒じゃないか。



 しばらくの時間をおいてあたしはもう一度温泉へ行こうと香月を誘った。
彼女もそれを待っていたのか、すっくと立ち上がって軽やかに手拭いを取り、
先頭に立って歩き出した。廊下に出ると相変わらず、ぎしぎしと床が音を立
てる。最初は不気味さに震え上がったあたしだが、何往復もしているうちに
すっかり慣れてしまったのだ。
 ふと、あたし達以外に宿泊客を見掛けない事に気がついた。確かに、この
深山荘は旅館としては大きくない方だと思う。しかし、全くお客さんがいな
いと言うのも妙な話だった。
「ああ、それはね・・・」
 香月が言うには、宿泊客の大半は建物の古さと不気味さに玄関に入る事な
く引き返してしまうそうなのだ。利用客イコール固定客で新規の客は殆ど増
えないらしい。
「建て直したりしないのかしら。ご飯も美味しいし、温泉だってすっごく良
かったから、後は見てくれだけ何とかすれば、ずっとお客さんも増えると思
うけどな」
「ボクはこのままでいいと思うけどな。だって静かでいいじゃん。観光ホテ
ルみたいになったら風情も吹き飛んじゃうよ」
 成る程、香月の言う事ももっともだ。大勢の観光客が押し寄せてきたら落
ち着かないし、サービスだって機械的になってしまう。
「ウチがお店やっているからかも知れないけどさ。沢山の新しいお客さんが
来るよりも、自分の店が好きで来てくれる人が集まる、そんな雰囲気理想な
んだよね」
「香月・・・」
「とは言っても、夏なんかは馬鹿なサーファーもどきが落とす金も大きいか
ら、儲かりゃ何でもいいような気もするけどねっ」

 そう言えば、陽司くんは家業を継ぐのが夢だと言っているけれど、香月は
この先、どうするのだろう。順当に考えれば、良い相手を見つけてお嫁に行
くのだろう。今まで香月とは色々話してきたつもりだけど、それらは殆ど過
去や現在の事ばかりで、将来の話じゃないのだ。
 もしかすると香月自身、先の事はあまり考えていないのかも知れない。あ
んな事件があった後では、進路だとか将来の夢なんて遠くへ消し飛んでしま
った可能性が高い。自分自身がまず立ち直るだけで精一杯だったと思う。
 考えてみたら香月は結構、強いのかも知れない。陽司くんに依存するのは
この際置いておくとしても、もしも、あたしが同じ立場だったとしたら、ど
うなっているか皆目見当もつかないのだ。
 もっともあたしは、香月が体験した状況になっても、落ち着いて不埒な奴
等を硬い場所を選んで投げ飛ばしていただろうけど。
 裏手に回った時、毛糸玉が二つ三つ転がるように森の中へ消えていった。
「へぇ・・・アイツ仲間がいたんだ」
 それは狸の親子だった。香月は狸が隠れた茂みの方をじっと見ていたが、
すぐに行こうとあたしの背中を押した。
 意外、と言っては失礼だが、動物好きなのかも知れない。



 夜は水道の制限が設けられていて、十時以降早朝まで、温泉を薄める水道
の使用が禁止されていた。お湯はかなり熱くなっていて五分と浸かってはい
られない。岩縁に腰掛けて膝のあたりまでお湯につかり、時折、手桶でお湯
をかけるのがいいと、香月は自ら実演してくれた。
 夏とは言え、山奥の夜中なので随分と気温がおちるのだが、温泉の周辺は
豊富な地熱と水蒸気のおかげで、そこそこ快適な気温に保たれている。
「ねぇ、笛子。さっきはボクや陽司の事ばかり話していたんだから、今度は
笛子の話を聞かせてよ」
「あ、あたし? 急に言われたって大したネタもないわよぉ」
「いいから、いいから」
 香月はあたしの方へ向き直り、興味津々と瞳を輝かせた。

 別にあたしは波瀾万丈の人生を送ってきた訳でもない。小さい頃から柔道
を続けていた為か、普通の女の子よりちょっとだけ勝ち気で手が早かったか
もしれない。しかし、それらだって全くの平均からちょいと色が着いた程度
の個性であって、派手でも地味でもないと思う。
 そもそも、余り自分の過去なんて話す機会もなかったから、こういう場面
ではどのように振る舞えばいいのか困ってしまう。
「例えば、さ。小学校、中学校の時にどういう事やっていたとか。趣味でも
いいし、恋愛でも・・・って恋愛は止めたほうがいいのかな」
 苦笑しつつ香月は足元の湯をかき混ぜた。白濁した湯は小さな泡を作って
軽い破裂音をたてながら、徐々にその波紋を広げていった。

「趣味、ねぇ・・・今は・・・」
 料理である。
 より女らしくなる為に、部活動でも、家でも練習を重ねている。始めた頃
は面倒くさくて何度も、投げ出しかけた。しかし、柔道と言う目標を失って
いたあたしは、他にする事も特に見出せず、また、高校受験の最中には結構
な気晴らしにもなったので、腕前のほうはともかくも今ではすっかり生活の
一部になりつつある。なに、腕のほうは少しずつだけどちゃんと上達してい
るのだから、気長にがんばるつもりだ。
 実際、この料理を通して多くの事を経験してきた。
 柔道が出来なくなって落ち込み気味だった自分を立ち直らせてくれた。美
代ちゃんに半ば強引に入部させられたとはいえ、家以外でも活動する事が出
来るようになった。そして美代ちゃんを始めとする色々な友人が出来た。陽
司くんと仲良くなれたのだって料理部だし、陽司くんを好きになったからこ
そ、香月とも知り合い、喧嘩(?)したり、今、こうして仲良くしているの
だから。

 些細な事がきっかけで始めた事でも、自分の人生に大きな影響を及ぼす事
がある事を知った。見方を変えれば、どんな些細な事でも早かれ遅かれ、そ
れがどのような影響を及ぼすか全く想像がつかないのだから、無下に扱う事
が出来ないと言う事だ。
「あ、ごめん。オチがつまらなかったよね。どうも、こう、あたしって奴は
面白味に欠けると言うか、会話センスがいまいちと言うか・・・」
「いや、そんなことないよ。ボクにとっては十分に面白かったし。笛子の考
えって正しいと思うな。問題は、その些細な事をどう扱うか、なんだろうけ
どね」
「・・・?」
「いや、些細な事に限らずなんだけど・・・物事を考える時に、例えば善悪
に善し悪し、前向きか後ろ向きか色々と判断するでしょ。その判断を下すま
でに人それぞれの価値基準、って言ったらいいのかな、その価値観で途中の
思考を整理していって辿り着く・・・」

「ちょっと待って、香月。いきなり難しい話をしないでよ〜」
 情けない事だが香月の言っている事は分かるような分からないようなで、
あたしは慌ててしまった。時々、香月はこういう話し方をする。いや、ひょ
っとすると理解できないあたしが馬鹿なのかもしれないけれど。
 そんなあたしを見て香月は例の、唇の端をほんの少しだけ釣り上げる冷笑
を浮かべた。その瞬間、今度は彼女が慌てて頭を下げた。
「ごめんなさいっ。ボクはこういう笑い方しちゃうから・・・今のは悪気が
あってしたんじゃないんだ。ホントだよ」
「あ・・・そこまで謝られても・・・全く気にならない訳じゃないけれど、
もう、あたし、香月に苛められつづけたから慣れちゃったし」
「笛子、刺があるよ」
 いかんいかん。あたしまでつい無意識のうちに身構えてしまっていたよう
である。まぁ無理もないか。数週間前までは完全に、積極的ではなくとも敵
視されていた訳だし。実際、香月の事を見る目が変わったのだって、少なく
とも、いい人と思えるようになったのは極最近からだから。
 香月は困っているようだった。
 しきりにあたしの表情をうかがい、感情を読み取ろうと必死である。こん
な香月は始めてみるので、あたし自身も益々戸惑いつつ、彼女に対して安心
させる言葉の一つも投げかけてやる必要があった。

「おっかしいよなぁ・・・」
 香月がぼそっと呟いた。
「笛子といると自分が変わっていくみたいでさ」
「メッキ?」
 こくんと彼女を小さく頷いて、視線を夜空に向けた。まるであたしから表
情を隠すかのように。
「ボクって、女として色気の欠片もないようなヤツでしょ。なのに、笛子と
いると自分が女だって事を意識させられる・・・まるで、男から女に変わっ
ていくような、ものすごい違和感なんだ。
 だって、いつものボクならば、もっと踏ん反り返ったりして、フフンって
笑っていたり無表情だったりするのに、笛子といると自分の知らない香月が
出てくるような気がして・・・それは不安になるけど、でも、嫌じゃないん
だよなぁ。寧ろ、ほっとする時だってあるし」
「・・・それは、変わっていくんじゃないと思うわよ」
 自分の知らない偽の自分が出てくるのではなくて、本当の自分が出ている
のではないだろうか。確かにあたしは、彼女が言う『香月』しか知らない。
しかし陽司くんから聞いた話では、例の事件より前の香月はボーイッシュで
はあっても、ちゃんとした普通の明るいオンナノコだったのだ。
 香月は例の事件をきっかけに変わったと言う。
 誰にでも隔たりなく話す事の出来る明るい性格は消し飛んで、家族以外と
はロクに口も聞かなくなった。双子の陽司くんよりも男の子っぽくなったの
は、女としての自覚を捨てて忌まわしい思い出を忘れる為の手段だったのか
も知れない。演技も無意識のうちにやれば、それは地である。男役を無意識
のうちに演じていたこの女優は、あたしと言う鍵を手に入れて再び自然体に
戻ろうとしているのだ。

 香月はずるずるとお湯の中に滑るように入っていった。考えに集中しすぎ
て上体を支える事を忘れてしまったのか、その小さな頭を軽くあたしの膝に
乗せていた。
「ねぇ、香月」
「ん?」
「・・・」
 しかし、あたしは次の言葉を口にする事は出来なかった。
 香月の様子を見る限りでは、オンナノコに、恐らくは本当の自分に戻りた
いのではないだろうか。自分の変化に不安を感じても嫌ではない。それは本
当の自分が不自然でないから嫌と思わないのだ。
 同時に、例の事件以降、彼女を立ち直された殻を捨てる事は、何もかも曝
け出すに等しいので、本能的に、そして容易には認める事が出来ないのだ。
 あたしは最初、彼女に対して『過去の事でくよくよ悩むんじゃないわよ』
とでも言ってやりたかった。しかし同性として、そして彼女の苦悩ぶりをそ
れなりに見聞きしているだけに、まるで他人事のように軽く口にする事は出
来なかったのだ。
 香月はあたしに対して大分心を開いてくれていると思う。そして、彼女自
身も困惑しつつそれを認めている筈だ。
 恐らく、陽司くんを抜きにしても、彼女はあたしが嫌だったに違いない。
何せ、あたしの興味対象は陽司くんだが、香月にしてみると自分の身の回り
にやってきた侵入者だったのだから、それだけで鬱陶しかっただろう。
 しかし同時に彼女は自らの心を閉ざしてしまうと同時に寂しくなってしま
った。だから、あたしの前に突然現れたりした。ある時は無難に会話したし
またある時は喧嘩まがいの口論にまで発展したりする。それでも香月はひょ
っこりとやってきてしまうのだ。
「さっき笛子が言いかけた事だって何となく分かっちゃったよ。また、ボク
が自閉症がどうとか、依存症がどうとか、説教したいんだろ?」
「せ、説教だなんてつもりは・・・ないわよ」
「違うの?」
 口調こそ穏やかだが、香月の身体が微かに震えている事からも、一触即発
の状況である事は間違いない。つい先刻までふにゃりと柔らかかった香月の
頬も、硬化している。つられる様に彼女の頭が乗るあたしの足も緊張が走っ
た。

 しかし、このまま黙っている訳にもいかない。
 彼女はあたしの応えを待っている。慎重に言葉を選び、出来るだけ優しい
口調を作った。
「そりゃ、説教に聞こえちゃうかもしれないけど・・・そういうつもりはな
いの。あたしは・・・その、香月の力になってあげたいの」
「チカラに、なる?」
 復唱した香月の声は低かった。そして一気にトーンがあがり、同時に彼女
自身も湯船から勢いよく立ち上がったのだった。熱い飛沫が周囲の水面を叩
き、真後ろに座るあたしの肌に幾筋もの曲線を描いた。
「他人の力になる、だなんて思い上がりじゃないの。笛子に何が出来るって
言うんだ。笛子が何でもしてくれるのか。失った時間を、世界を、友達を、
純潔を取り戻してくれるのかよっ」
 彼女の白い肌から沸き立つ湯気はまるで彼女の感情を具体化したようだっ
た。指が食い入るほど両の拳は強く握られ、間接部は白さをいっそう際立た
せている。
(あたしが言った言葉はそれほど彼女を怒らすものだったのだろうか)
 この際、内容の善し悪しはどうだっていい。現実に彼女は怒ってしまって
いる。どう取り繕うかが問題なのだ。しかし、このような緊急時にフォロー
する言葉は中々見つからない。
「・・・大体、笛子は陽司が目的なんであって、ボクはそのおまけに過ぎな
いじゃないか。ボクなんかに構ってる余裕があるんなら、その他人をどうに
かするチカラでさっさと陽司をモノにすりゃいいんだ」
「違うっ。陽司くんは関係ないっ」
「嘘だね・・・だって、笛子は陽司が好きじゃないか」
 一転して冷ややかな声が響く。
「陽司とうまくやるには邪魔物であるボクを懐柔する必要があるから、だか
ら、ボクに親切顔して近づいてくるんだ。そんな打算を持った笛子のことな
んか信じられる訳ないさ」
 香月はゆっくりと振り向いた。そこにはあの冷たい笑いがあった。しかし
同時に今にも泣き出しそうな爆発寸前のオンナノコだった。
「反論できないでしょ・・・図星なんだから仕方ないよね。もっとも、ボク
も笛子が反論できないような言い方しているからズルイのは同じだけど」
 一筋、二筋と宝石が零れ落ちた。
「もう・・・ううん。やっぱりボクには関わらない方がいいよ、笛子」
 それだけ言い残して彼女は脱衣所に消えていった。