作品名:『Twin』(13)
  製作  : 97/12/27(17KB)
  作者  : あきよ  氏
  形態  : 長編区切(恋愛)


   Twin13



 温泉旅行から帰ってきた翌日、あたしは学校近くの公園にいた。
 お盆の真っ最中だけに帰省中と思われるお客さんで溢れかえっている。人
の流れは駅側の入り口から、公園裏手にあるお寺に太い線を作っていた。大
半は墓参りだろう。園内でうろついているのは墓参りを済ませた家族連れが
殆どだ。
 見渡すと単独で園内にいるのはあたし一人だった。
 この広い空間の中でそれぞれが家族や友人、恋人と言った小空間を形成し
ている。まるで、大宇宙の中の銀河であり、独り者のあたしは差し詰め、準
星と言ったところだろうか。

「あいださ〜ん」
 海側の入り口から小走りによってくる人影が一つ。陽司くんである。この
炎天下の中、全力で走ってきたのだろう。額には大粒の汗がびっしりと浮か
んでいる。呼吸を整える為、入り口手前でスピードを落としたようだった。
「はぁはぁ・・・ごめん、遅くなって」
「いいの。それより、無理しちゃ駄目だよ」
 と、あたしはハンカチを取り出して、彼の額を頬を伝う汗を拭い取ってあ
げた。陽司くんは目を丸くして立ち尽くしている。
(ちょっと、やり過ぎだったかなぁ・・・こういう時ってハイってハンカチ
を差し出すだけの方が無難かしら)

 最初は驚いていた陽司くんも、顔を少しばかり赤くしながら、あたしが汗
を拭くに任せていた。もっとも、口元が何か言いたげに忙しなく動いている
のだから、やっぱり照れくさいと言うか恥ずかしかったに違いない。
「はい、終わったよ」
「う、うん・・・ありがと」
 周囲から笑い声が聞こえる。冷やかしの声じゃないかと、あたしは緊張し
た。しかし、その会話の内容が聞こえると、ほっと胸を撫で下ろした。
「陽司くん。今の・・・聞こえた?」
「な、なにが?」
「とぼけちゃって〜。可愛いカップルって言ってたんだよぉ」
 陽司くんはますます赤くなった。



 あたしが彼を呼び出したのは、香月との温泉旅行の報告である。彼が香月
の身内である事と、あたしと陽司くんとそして香月の複雑な関係を知ってい
て、かつ当事者の一人であるからに他ならない。
 話をするべく近くにあったベンチに腰掛ける。すぐ横には大きな銀杏の木
があって、程よく影を落としていた。陽司くんは一息つく間もなく、いきな
り核心に触れてきた。
「香月とは・・・喧嘩しなかった?」
「い、いきなり・・・何で・・・」
「やっぱり、そうなんだ」
 先程までとは変わって、彼の表情は暗くなった。
「実は、昨日、帰ってくるなり部屋に閉じこもって出てこないんだよ。何か
辛い事があったんじゃないかって・・・あ、勿論、相田さんが苛めたりだと
かしたなんて思ってもいないし、そんな事を出来る人じゃないって知ってる
けどさ・・・」
「そんな・・・」

 確かに一昨日の夜に喧嘩(?)してからの香月さんはどこか様子がおかし
かった。一言でいえば、よそよそしいのである。香月に遅れて部屋に戻ると
彼女はさっさと布団の中に潜り込んでいた。彼女の所在を確認したあたしは
少し安心して、自分も布団に入り込んだのである。
 夜が明けた後も、あたしたちの間に会話は殆どなかった。食事の時も、朝
風呂の時も、帰りの電車の中でも彼女は沈黙を守り続けたのである。かと言
って決して彼女はあたしを無視していたのではない。あたしが何か話し掛け
たり聞いたりするときは、うんとかううんくらいは応えるのだ。しかし、自
分からあたしに話し掛けてくる事はなかった・・・
 陽司くんには包み隠さず全てを話した。色々なところを一緒に見てまわっ
た事。足を痛めた彼女をおぶって旅館まで行った事。何度も温泉に入った事
から、その時に仲違いした事まで、思い出せる限り全てを話した。

 彼は熱心に聞いていた。時折、笑ったり、苦々しい表情を浮かべたりと、
忙しそうだった。それでも、香月の事を本当に心配しているのは、よく分か
った。そして、あたしが全てを話し終わった途端に、腕組みをして考え始め
てしまった。
(思考が終わった時、陽司くんはどうするのだろうか?)
 結果論からいけば、誉められるとは思っていない。あたしは、香月を傷つ
けたけれど、それは彼女の固執によるところが大きいと思っている。少なく
とも間違った事は言っていない筈だから、あたしの言葉を辛く感じても、い
つかは理解してくれるんじゃないかと期待しているのだ。
(もう、ちょっとうまく言えたらなぁ・・・)
 こればっかりは悪いけど仕方のない事だと思っている。たかだか高校一年
生の話術では、難しいのだろう。まして、話の内容が、普通の高校生が経験
するような事じゃないのだから。
(いかん、いかん・・・開き直っちゃってるような・・・)
 暫くして彼は腕組みをといた。そして大きなため息を一つ。
「相田さん。僕は・・・やっぱり香月の側にいるよ。だから、相田さんとこ
んなふうに外であったりとか・・・その、僕を特別視しないで欲しい。学校
や部活は仕方がないとしても、僕たちは会わない方がいいと思う」
「ちょ、ちょっと待ってよ。何よ、それ」

 もう一度、ため息を一つ。
「まだ、分からないの? 相田さんは香月を傷つけちゃったんだよ。僕は・
・・僕は、君が、嫌いじゃない・・・と言うか好きだったけど、その結果ア
イツが傷つくのは許せないんだ」
「おかしいよわっ。そんなの、絶対に、おかしい。幾ら仲が良くたって、双
子だからって何でそこまでしなくちゃいけない訳?
 ううん、仮にあたしの事はどうだっていいわよ・・・
 確かに香月は被害者だわ。あたしだって、同性として、友人として同情す
る。でも、被害者だからって何でも逃げてまわっていたら何も解決しないじ
ゃない。今の、香月にとって必要なのは、保護よりも自立よ。自立を見守る
為の保護ならいいわ。でも、陽司くんが言っているのは、単なる甘やかしで
あって、そんなんじゃいつまでたっても香月はあのままよ」
 温厚な陽司くんも、さすがに顔面を蒼白にして眦を震わせていた。
 間違いなく怒っている。彼の性格からして、怒鳴ったり殴ったりはしない
と思うけれど、いや、香月が言ったように内側に溜め込む分、その怒りの大
きさが伺えた。
 でも、あたしは引かなかった。全身に緊張が走る。まるで、これから取っ
組み合いの喧嘩でもするかのような感覚だった。
 嫌だ。
 今、あたしの横に座っているのは大好きな陽司くんなのだ。
 何故、彼とこんな事を言い合わなくてはならないのだろう。



 思ったよりも簡単に恋は終わりを告げた。半分は、いや大半はあたしのせ
いである。善悪は置いておくとしても、結果としてあたしと彼に接点は見つ
からなくなってしまったのだ。
「僕は・・・帰るよ」
 力なく立ち上がった陽司くんは、あたしにさよならを告げた。
 いくら恋愛に鈍かったあたしでも、この言葉が今日この日の待ち合わせの
事だけではない事を意味しているのは、容易に理解できた。
 再び、あたしは一人取り残されてしまった。
(あっけなかったなぁ・・・)
 不思議と涙は出なかった。香月と陽司の二人に拒否されて、どうしようも
なく悲しいはずなのに。なのに、今のあたしは言いたい事をいった後だから
か、寧ろ気分はスッキリしていたのだった。
 ゆっくりと立ち上がって、背伸びをする。背丈が変化する間だけ、木漏れ
日があたしの右目を直撃した。思わず眩しさに目を閉じるが、次の瞬間、背
丈は戻っていて、視界には夏の太陽を遮る銀杏の木が入っていた。
(結局、あたしの、してきた事は、なんだったのだろう?)
 自問する。
 しかし、それなりにショックを受けた直後だからか、考えがまとまる事は
なかった。まるで日射病にかかったように、ふらふらとあたしは陽司くんが
帰っていった道と正反対の方角へ、つまり駅の方角へと歩き出した。

(にしても・・・これから、香月はどうするのかなぁ・・・?)
 この調子じゃ、陽司くんと入れ替わって来ていた学校へも現れないかもし
れなかった。いや、会ったところで、彼女はあたしと殆ど口をきく事もなさ
そうだった。定食屋の手伝いは続けるだろうけど、無口になっているかも知
れない。

 お節介が過ぎたのだろうか。

 でも、先にお節介をしてきたのは香月だと思う。あたしをからかうように
陽司くんの真似をして登場したあの日が、つい昨日の事のようだった。彼女
が人間不信ならば、あたしなんか放っておけばいいのだ。香月を知ってしま
ったから、あたしも彼女を放っておく事が出来なかったのだ。

 あたしと香月は不幸な出会いだったのだろうか。

 決してそうは思わない。彼女を知る事で得るものは多かった筈だ。何と言
っても、彼女といるのは大変だけど楽しかったから。普通じゃ何年かかって
も知る事が出来ないような事を、たった2ヶ月余りの短い間に凝縮されてい
たのだ。残念な結果ではあったけど、あたしも少しは成長したんじゃないか
と思う。いや、成長したと思いたい。

「ふぅ・・・」
 腕時計を見ると午後2時。話が長くなるだろうと思って早めに家を出てき
たのだが、随分と時間が余ってしまった。普段ならば駅地下街のショッピン
グセンターに寄って時間を潰すのだが、そういう気分にもなれなかった。
「あれ、笛ちゃん? 笛ちゃんじゃないっ。ひっさしぶり〜」
 振り向いたその先には、丁度地下街からエスカレーターで登ってきた美代
ちゃんの姿があった。



 美代ちゃんはあたしの前に立つなり「ウチにおいでよ」と誘ってきた。一
瞬の躊躇の後、あたしは頷いた。多分、あたしの表情がいつもと違ったのだ
ろう。いつもならば、元気におしゃべりを始める彼女が、黙って、しかも子
供を連れて歩く母親のように、あたしの手を握って歩き出したのだった。
(やっぱり、美代ちゃんは分かってしまうのかなぁ)
 ・・・あたしだったら、とても美代ちゃんのように振る舞う事は出来ない
と思う。恐らくは、大袈裟なまでに、どうしたのって連発するに違いない。
(・・・!?)
 そんな事をされたら、今のあたしは益々機嫌が悪くなるだろう。なるほど
、美代ちゃんは、相手の様子を見てその時に最適な行動を先回りしていたの
だ。それが無意識なものか意図的なものかは分からないけれど。
「ねぇ、美代ちゃん・・・」
 彼女は足をとめて、くるりとその場で回れ右をした。
「なぁに」
「あたしって・・・変な顔してる?」
「はぁ?」

 美代ちゃんの家は静かだった。一昨日泊まった深山荘を思い出す。
「ご家族はいないの?」
「うん。昨日から、仙台のおばあちゃんのトコロへ行っちゃった。帰ってく
るのは・・・う〜ん、いつも一週間くらい滞在してるから、帰ってくるのは
来週かな」
「じゃ、じゃあ、なんで美代ちゃんは残っているの?」
「だって、あたしはお稽古があるもん」
 そうなのだ。美代ちゃんは日本舞踊を習っている。恥ずかしいからと言っ
て一度も見せてくれた事はないけど、幼少時から続けているせいか、それと
も素質があったのか、かなりの腕前らしい。
「先生がね、お盆の間は暇だからタダで稽古つけてやるって言うから。だか
ら昼間はお稽古に行って、夜は笛ちゃん呼んで遊ぼうと思っていたの。
 なのに・・・笛ちゃん、昨日電話したら温泉旅行なんて行ってるから、も
うっ、寂しかったんだぞぉ」
 ほんのちょっとだけ恨めしそうな表情を作ってあたしをじっと見る。しか
し、次の瞬間、小さな舌をぺろっと出し微笑んだ。冗談だよ、ごめんねの合
図である。いや、多分冗談なんだろうと思っていたけど、美代ちゃんの恨め
しい表情は心臓に悪い。何せ、全く後ろめたい事がなくても、なんだかとて
つもなく悪い事をしているような気分になるのだから。
「そ、その・・・美代ちゃんの彼氏は? 呼んであげれば喜ぶと思うよ」
 その瞬間、彼女は絵の具で塗ったように真っ赤っかになった。
「な、な、な、何てこと言うのよ、笛ちゃんは〜。恥ずかしくってそんな事
出来る訳ないじゃない。男の人と家で二人っきりなんて、あ〜、もうっ、や
だやだやだ。恥ずかしくって死んじゃうよぉ」
 ・・・この辺のズレが彼女の魅力の一つなのかも知れない。



 最初は美代ちゃんの彼氏の話だった。夏休み中に何回会っただとか、どこ
へ遊びに行っただとか、まぁ男女問わず交わされるような内容だった。夏休
みに入る前は破局寸前までいってしまったけど、その後、無事に仲直りする
事が出来て今では、真夏の太陽よりも暑っ苦しいらしい。
 それにしても、こんなにも可愛い美代ちゃんを振ろうとするなんて、彼氏
は彼女のどこが不満だったのだろうか。恐る恐る聞いてみると、美代ちゃん
はあっけらかんと、自分が幼いのが嫌だったのと教えてくれた。
 確かに美代ちゃんは可愛いと言う言葉がぴったりくるオンナノコで、幼い
と言われるとそうかもしれない。容姿だけじゃなくて言葉づかいとか・・・
学校じゃそんな美代ちゃんだから可愛いと評判なのだが。
 ふと、その相手の男の子に興味が湧いた。
「美代ちゃんの彼って・・・どんな人?」
「え、え〜っと。普通の人だよ。ちょっと恐いけど」
「こ、こわい!?」
「うん。どちらかと言えば無表情で、いっつも、こう、眉が釣り上がってる
の。あと、煙草はバカスカ吸ってるし」
 どこが普通なんだ。

「ちょ、ちょっと待ってよ。それってヤバイ人なんじゃないの?」
「ヤバイ人だなんて、酷いよ、笛ちゃん。怒るぞ。でも、まぁ、笛ちゃんが
心配してくれているのは分かってるから・・・あたしに対しては優しいよ、
うん。何も言わなくたって、あたしの思っている事を理解してくれてるし」
 美代ちゃんは背後の本棚から一つの小さなアルバムを取り出した。察する
に彼氏との写真はすべてこのアルバムに収められているようだ。
 絶句。
 彼女の話である程度は覚悟していたけれど、想像以上にすごい男だった。
 まず、ツーショットの写真。城址公園のお堀と桜並木が背景にあるので今
年の春先に撮ったものだろうか。と言う事は高校入学の前後だ。美代ちゃん
は花柄のワンピースに薄いカーディガンを羽織っている。頭にはリボン。正
に少女趣味全開だ。そして、彼氏は黒の革ジャンに同色の革ズボン。髪の毛
は肩より下に伸びており、天然とは誰も認めない色に染められていた。
 このシャッターを切ったのは誰だか、恐らくは通行人に頼んだと思うけれ
ど、ファインダーを覗いた人間は爆笑を堪えていたに違いない。
「どぉ? カッコイイでしょう、うふふ」
「あ、あはは。カ、カッコイイ、ね。あはあはは・・・」



 サングラス。煙草。ピアス。アルバムのページを捲る度に彼氏のアイテム
が増えていた。つい最近、今年の夏ともなると薄着になるので、その装備が
はっきりと分かる。腰にぶら下がっている黒い金属製の物体は特殊警棒だそ
うだ。他にもベルトには折畳み式ナイフが収められている。東京のど真ん中
ならばともかく、こんな田舎町では職務質問されかねない風体である。
(おいおい・・・これって犯罪者じゃないのかい?)
 口に出すのは憚れたので声には出さなかったが。
 彼氏が一段と凄みを増すように、美代ちゃんもまた、ある時期を境に変化
があった。丁度、夏直前から姿格好が大人っぽくなっているのだ。少女趣味
は鳴りを潜め、代わりに暗い色を基調としたシンプルな服装になっている。
「これって・・・ひょっとして、彼氏の趣味?」
「うん、そだよ。似合ってるかなぁ」
 可愛らしい美代ちゃんしか知らないあたしでも、なかなか大人っぽく見え
るのが不思議だった。強いて言うならばふわふわロングの髪の毛くらいだろ
うか。こればっかりはオトナの髪じゃない。
「ああ、その事なんだけど、今度、バッサリ切っちゃおうかなって」

「な、なんでぇ〜!? なんで、そこまでするのよ」
「なんでって・・・もっと、あの人に気に入られたいから、かなぁ」
 人間は、相手に気に入られたいが為にそこまで出来るのだろうか。
 あたしだって、恋愛対象の陽司くんに気に入られようとそれなりに努力を
したけれど、髪を切るだとかファッションを変えるなんて次元には辿り着い
ていない。と言うよりも今のあたしでは到達不可能な世界だった。
 美代ちゃんのような感覚って果たして普通なのだろうか。
「そう聞かれると普通かもしれないし、普通じゃないかもしれない、としか
答えられないよ。だって世の中にはあたしみたいに相手の好みに合わせて着
飾るオンナノコもいれば、そういう外見なんてまったく気にしない人達だっ
ているんだし。それはもう、カップルの個性としか言いようがないもん」
 そりゃ、そうだけど・・・

「あたしに言わせれば、笛ちゃんは見ていてじれったいよ。恋愛ってジェッ
トコースターなんだから、所々に散らばるチャンスを絶対に逃しちゃいけな
いんだから。あたしは、笛ちゃんと中小見くんは良いカップルになる素質が
あると思うけど、その機会を生かしきれていないと言うか・・・」
「そ、そんな風に見えてたの? あたしは寧ろ、順調に距離が近付いていた
ような気がするし、実際、き、き、き、キスだって凄く自然だったし」
 言った直後に慌てて口元を押さえたけど、手後れだった。美代ちゃんの表
情がもーふぃんぐ処理のように笑い顔に歪んでいく。
「そっかぁ。笛ちゃん、キスしてたんだぁ、うふふ」
「聞こえない、聞こえない」
 あたしは口元を押さえていた手をスライドさせて両耳をふさぐ。
「えへん。では、笛ちゃん。ファーストキスの味はどうだった?」
「その質問にはパ〜ス」



 色々と話し込んでいるうちに窓の外はすっかり暗くなっていた。美代ちゃ
んはしきりに泊まっていく様に勧めてくれたのだが、夏休みとはいえ温泉旅
行の直後だけに、泊まり歩くのは気が引けたので、後ろ髪を引かれつつも帰
る事にした。
 地味だが広い玄関である。いつもはふさふさの長い毛を持つ上品な犬が寝
そべっているのだが、家族が一緒に仙台へ連れていったらしく、ドッグフー
ドの盛られる皿も綺麗なままだ。
(ホントに一人なんだなぁ・・・う〜ん)
 流石に美代ちゃんがちょっとかわいそうになってきた。彼女はさっさとサ
ンダルを履いて、あたしが靴の紐を結ぶのを待っている。その手はしっかり
とドアノブを握っているのだが、それがドアを開ける為のものでなく、絶対
に開けない意思表示のようにすら見えてきた。

「あ、あのね。もし、よかったら、だけど・・・ウチに泊りにこない?」
 そうすれば美代ちゃんも寂しい夜を送らなくて済む。我ながら名案と思っ
たのも束の間、彼女はあっさりと首を振ったのである。
「ううん・・・笛ちゃん家に行ったら、この家、誰もいなくなっちゃうから
心配だもん。気持ちだけ受け取っておくね。アリガト」
 こういうトコロはしっかりしていると感心しつつ、あたしはそっと美代ち
ゃんを抱き締めた。
「ゴメンネ」
「や、やだなぁ。まるで笛ちゃんが悪い事しているみたいじゃないの〜」
 美代ちゃんは苦笑しつつあたしの肩をぽんぽんと叩いた。
「あたしは寧ろ、笛ちゃんの方が心配だよ。中小見くんと香月さんの事を、
どう決着つけるか・・・」
「だ、だめだよ。もう、二人ともあたしを拒絶しちゃったもの」
「かばものっ」
 笑いが消えた。思わずあたしも笑顔が止まる。
「いい? 恋愛に限った話じゃないけれど、自分が終わりと思ったら本当に
終わっちゃうんだよ。逆に自分が終わっていないと諦めなければ、時間がか
かっても良い結果になるかもしれないんだから、たかだか相手に拒否された
くらいで、あっさりと完結させちゃ駄目なのっ」

 返す言葉もない。
 一昨日の香月と今日の陽司くんの拒絶で、全てが終わりと考えていた。
 もう、自分の力ではどうにもならない、と。
 これ以上のアクションは無駄だ、と。
「だって・・・だって、あたしは、もう、無理だよ・・・」
「そうだね、笛ちゃんがそんな調子じゃ、まず無理だよ」
「う・・・」
「でも、このまま何もしないでいたら、笛ちゃんは今後学校であの二人と顔
をあわせられなくなるよ。恋愛の事はおいておくとしてもね。それが、あた
しは友達として心配なの・・・」
 あたしと香月と陽司くんは、これだけ深く関わりあってしまった分だけ、
これからは普通に話す事も辛くなるような気がした。仮にあたしが気にしな
くても、陽司くんは内心はともかくちゃんと答えてくれるかもしれない。
 だけど香月は・・・あたしだけでなく、他人全てを拒絶するだろう。学校
にだって来る筈がない。陽司くんだけを自分の存在意義として,再び己を心
の奥深くへと隠してしまう気がした。

 あたしは考えるのをやめた。いや、正確には彼らの事を考えるのは後回し
にしたのだ。今は目の前の美代ちゃんを安心させる事が大事だった。
「ん。大丈夫だよっ。あたしは前向きに生きているんだからさ。だから、美
代ちゃんは気にしないで。ほら、あたしって打たれ強いし、さ」
 と、精一杯の笑い顔をみせる。無論、美代ちゃんだってそれが作った表情
である事くらいは分かっているけど、彼女もまた安心したように微笑んだ。
「気を付けて、ね・・・」
「ん」
 ゆっくりと手を振る美代ちゃんを背に、あたしは駅の方角へ歩き出した。



 続く