作品名:『Twin』(14)
  製作  : 97/12/27(17KB)
  作者  : あきよ  氏
  形態  : 長編区切(恋愛)


   Twin14



 寝苦しい夜だった。夕食時のテレビの天気予報では熱帯夜と言っていたの
を薄らぼんやりと思い出す。部屋の二個所の窓は全開で、潮の香りが海風に
乗って部屋を満たしていた。
 額の汗を拭おうとしたとき、髪の毛がばさばさにくっついている事に気が
ついた。想像以上に、潮風にあたっているらしい。このままでは朝起きた時
に髪の毛が爆発している事は、間違いなかった。
 ごろごろと転がるように布団からドアのほうへと移動する。髪の毛までと
はいかなくとも、顔を洗うだけで随分違うだろうと思って動き出した。しか
し、ドアまでの移動の間に広がる古びた畳の冷たい感触に満足してしまい、
頬を押し付けるように畳の上に突っ伏した。
(いかんなぁ・・・これじゃ芋虫みたいじゃない)
 実際問題として、あたしに体力がなかった訳ではない。多少の環境の変化
ならば全く異常と感じる事のない、頑強な体なのだ。そのあたしが鈍重な動
きをしていたのは体力よりも、気力、つまり精神状態の悪化なのだった。
 原因は中小見家の双子の事だった。
 美代ちゃんの家を出るまでは、それほど気にならなかったのだが、帰り道
に一人で色々と考えているうちに段々と暗くなってきてしまったのだ。夕食
後、部屋に一人でこもってからは益々、あの二人の事が脳裏に浮かび上がっ
てくる。何度ともなく頭を振って、一時的でもいいから忘れようと努めてみ
たが駄目だった。
(それにしても、香月と陽司くんはこれから先、どうするのかなぁ・・・)
 この街から引っ越してしまうなんて漫画みたいな事は幾らなんでもないだ
ろうけど、あれだけ関わりあった人間と会えないと言うのは凄く寂しいもの
だった。向こうがあたしを拒否した以上、今までのように気軽に会ったり、
電話をしたりする事は憚れた。

 陽司と香月の双子は、陽と陰、太陽と月等と対照的なものに喩えられ、本
人たちも自身をそのように評価していた。もともと一つの生命体が神様の気
まぐれで二つに引き裂かれた二人である。この二人は恐ろしいほど類似して
いる外見を持ちながら、同時に極端な程相反する内面を持っていた。
 最初は名前の通りの性格だと思っていた。
 実際、あたしに対する陽司くんの態度は、学校の中でも外でも非常に親切
で優しかった。あの優しさにあてられたら例えあたしじゃなくとも恋の予感
を期待するオンナノコは少なくないと思う。
(それに比べて香月は・・・嫌なヤツだったなぁ)
 思わず顔がほころぶ。が、畳に押し付けられている一方の頬は妙な形に歪
んだだけだった。それでも香月の様々な行動を思い出すと、顔がにやついて
仕方がない。
 たった数ヶ月でこれほど評価の変わった人間は香月が始めてである。もう
何と説明したらいいのか分からないくらい複雑なオンナノコだった。
 同時に『付き合ってみないと分からない人間』としても香月が始めてだっ
た。香月本人を含め、他人の評価だけで彼女を判断していたら、とても大き
な間違いをしていたと思う。確かに最初はあたしもそれなりの色眼鏡で彼女
を見ていた。だが、色々と付き合っていくうちに彼女の評価は急上昇してい
ったのである。話だって面白いし、行動だってまた然り。多少、人を小馬鹿
にしたような部分もあるけれど、慣れてしまえばどうって事はない。ほんの
わずかな時間を共有したあたしだって、香月のそれを個性を認める事が出来
たのだから。
(噛めば噛むほど味が出るって感じだったなぁ)
 ってこれじゃ香月がするめいかみたいじゃないか。でも、実際、そうなん
だから・・・逆に陽司くんは人当たりが良くて優しくて、初対面から非の打
ち所のない男の子だった。あたしは素直にそれを評価し、引かれていったの
だが、今にして思うと敵も多いんじゃないかと思う。だって、あたしは陽司
くんについて深く考えなかったけど、人によっては彼の態度って気に障らな
くもない。
 昔、中学の柔道部の後輩で、彼みたいな男の子がいたのを思い出す。その
男の子はどんな時でも礼儀正しく笑顔を絶やさなかった。あたしとは丁度体
格的な相性が良くて、しょっちゅう彼と稽古をしていたのだ。実力はあたし
の方が遥かに上で、彼は一日に何回も畳に叩き付けられていたのだった。
「相田センパイって強いですね〜」
 痛みに顔を顰めつつもあたしを賞賛する。単順に考えれば誉められるのは
嬉しい。だが、この時のあたしは彼に怒りをぶつけたのだった。
「あんたねぇ・・・投げられたんだから少しは悔しがりなさいよっ。そんな
んだからいつまで経っても試合に出してもらえないんだからね」
 武道と言う特殊な環境下だから彼の優しさが許せなかった。当時はそう思
っていた。しかし今にして思えば、あたしは彼の柔道に打ち込む姿勢に対し
てではなくて、いつだってにこにこと笑っている彼の態度に怒っていたので
はないだろうか。
 だって、そうじゃない? 男なんだからなんて事は言わない。でも、あた
しを含め他の部員がまじめに稽古している時に一人だけ笑っているってやっ
ぱり変だもの。趣味でやっているのならば許されるけど、一応は皆、勝利の
二文字を目指して汗を流していたのだから。
 結局、彼は態度を変える事がなかった。いや、ひょっとするとあたしは先
に中学校を卒業してしまったのだから、今は違うのかもしれない。でも、多
分変わっていないだろうな。彼の笑顔と優しさは、無意識にやっているのか
故意にやっているのか、それは処世術の一つだったのかもしれない。
 笑顔は一つの武器である。相手が笑顔を浮かべていれば、取り敢えずは友
好的な人間と感じるのだ。笑顔を見て敵対心を彷彿させる人間は、よほど屈
折した奴だろう。
 彼は柔道部に入る時に強くなりたいと言っていた。体格的にはちびと言っ
ていいくらいの小さな男の子である。筋肉がついていた訳でもないし、外見
は大人しさをそのまま具体化したような男の子だったのだ。
 弱いからこそ強くなりたい。同時に出来るだけ敵を作らない様にと笑顔を
浮かべていたのかもしれないと想像するのは、あたしの考え過ぎだろうか?

 そして、陽司くんもまた笑顔を絶やさぬ男子だ。同じ学校に入学し、同じ
クラスになってから半年あまりが経過しているが、彼が怒ったところを見た
ものはいない。入学当初はその可愛らしい容姿を冷やかすつまらない連中が
いた。しかし、彼は怒らなかった。笑顔を浮かべてしれっと無視するのであ
る。そういう時は、大抵、周囲の人間が止めさせていた。
 あたしはずっと陽司くんをいい人とだけ思っていた。彼の周囲が庇うのも
それは彼の人徳であるとまで考えていたくらいだ。でも、今にして思えば、
全てが計算の上での行動だったのではないだろうか。
 温泉の中で香月は、陽司くんが内側に溜め込む性質だと言っていた。つま
り怒りの感情を表に出さない様に自制しているのである。もしも、あたしが
見てきた陽司くんが全て自分をコントロールした結果の陽司くんだとするな
らば、それは恐るべき自制心の固まりだった。
(まさか・・・ね・・・幾らなんでも)
 考え過ぎと思いたい。例えば、陽司くんをそのように評価した香月が偽り
の言葉を並び立てたのかもしれない。香月の言葉がなければ、あたしがそん
な風に考える筈がない・・・ない筈だ。
(少なくともあたしの知っている陽司くんはとても優しくて料理が上手くて
妹思いで、とてもいい人だったじゃない・・・)
 そう言い聞かせてみるが、逆にある単語がひっかかった。
 妹思い。そう、彼の香月に対する態度は少々行き過ぎの印象を一度ならず
受けた。香月の悲惨な体験を考えれば、普通以上に妹を気遣うのは当然だろ
う。だがしかし、よくよく状況を整理してみると陽司くんのそれは過保護の
域に達してしまっているような気がする。
 例えばあたしの知っている香月が、無口で人見知りで、顔も上げられない
ようなオンナノコだったら理解できなくもない。だが、香月は抵抗を示しつ
つも、ちゃんとあたしと話をする事が出来たじゃないか。いや、寧ろ、話し
掛けてきたのは香月の方なのである。相手をあたしと限定するにしても、陽
司くんが心配するほど彼女は兄に依存してはいない。
 香月があたしに対して「ボクから陽司をとらないで」と言ってきたのは一
時的な危機感に過ぎない。あの時は香月さんの存在を知って、まだ日が浅く
お互いを知らなかったので、陽司くんの気持ちの対象が他人に移る事に耐え
られなかったのだ。でも、あたし達は会う毎にお互いを知り、認めていった
のだ。
 箱根の一件は・・・アレはあたしが結果を急ぎすぎたのかも知れない。そ
の直前までの香月はとても友好的で、まるで何年もつきあっている親友のよ
うな自然さで話す事が出来たのだから。
 香月は順調に立ち直りつつある。恐らくは陽司くんが知らないくらいに。
 だから、昼間の彼はあたしに絶縁状とも言える宣言をしたのだ。彼は香月
がまだ傷ついたままの少女だと信じている。そうでなければ、あそこまで過
保護になるものか。香月を知っているものならば、家族ならば尚更、途中で
失敗したものの、他人とコミュニケーションが取れるようになった事を評価
するべきなのだ。
 でなければ、香月は一生、眠り姫のままだ。
 果たして、あたしの考えが正しいかどうかは、自分自身でもよく分からな
い。たまたま香月とうまくいっていただけなのかもしれない。あたしの勘違
いだったのかも知れない。
 だが、一つだけあたしは自信を持って言える。
 前向きにいかなきゃ駄目だ、と。

 窓のそとで自転車のブレーキの音がした。時計をみると3時過ぎ。朝刊が
届くにはいささか早すぎる。あたしは畳から起き上がり、膝をこすりながら
窓際へと移動した。
「!」
 門の前の街灯に照らし出された人影が一つ。小さく髪の短い、遠目では性
別の判断が難しい・・・そんな人物は二人しか知らなかった。
(香月?)
 何故そう思ったかと言うと、陽司くんはあたしの家に来た事もないし、夜
中に出歩いたりする筈がないからだ。時間も場所も関係なく行動するのは香
月に決まっている。
(な、なんで・・・こんな時間に、こんなトコロまで・・・!?)
 考えるより先に体が動いた。あたしは部屋を飛び出し、足音を立てぬ様そ
っと階段を駆け降りて、サンダルを履いた。幸いにもドアは静かに開き、両
親に気付かれる事はなかった。再びドアが閉じられた後、早足で木製の門扉
の前に移動した。
「かづきっ」
 人影はあたしの姿に驚いていたようだった。ゆっくりと上がるその顔は紛
れもなく香月だった。彼女は躊躇しつつも、やがて意を決してあたしの方へ
歩み寄ってきた。
「なんだ・・・起きてたんだ」
「た、たまたまよ」
 どうしたの?
 元気だった?
 旅行の時は、ゴメンネ。
 言いたい事が沢山あったけど、それらは全て喉の手前で止まっていた。
(また、下手な事をいったら逃げられるかも知れない)
 同じ失敗は繰り返したくなかった。
 香月とあたしは約一メートルの距離がある。一歩踏み出せば触れる事の出
来る距離だが、あいにくと門扉がしっかりと閉じられてあたし達の接触を拒
んでいた。もし、この時、あたし達の間に何も存在しなければ、あたしは即
座に香月を捕まえていたかもしれない。もう、二度と逃げられない様に。
 街灯の下にうっすらと浮かび上がる香月は、まるで幻のようだった。一挙
一動が静かなので、本当に目の前にいるのが香月なのか、夢をみているので
はないかと自分の目を疑いたくなったくらいだ。
「笛子・・・陽司と喧嘩でもしたの?」
「え?」
「寝る前に陽司が言ったんだ。もう、相田さんの事は心配しなくていいよっ
て。まるで別れたか喧嘩したかのような言い方だったから・・・」
「心配・・・してくれたんだ」
「し、心配だなんてっ、してないよっ! ただ・・・」
 香月は一歩足を踏み出した。光源が後ろに移動したので、彼女の顔面は影
を落として、表情を読むのが難しかった。
「う、うまく言えないけど・・・最初はザマァミロって思ったんだよ。でも
時間が経つにつれて笛子がかわいそうなんて思っちゃってさ。なんで陽司じ
ゃなくて笛子だったのかよく分からないけど、気になったら眠れなくなっち
ゃって、それで・・・」
「それで、ここまで、自転車で来たの?」
 こくん。と香月は小さく頷いた。電柱に見た事のないカラフルなマウンテ
ンバイクが立てかけられている。でも、こんな自転車は中小見家でみた覚え
がないような・・・
「コンビニにおいてあった」
 そ、それは、おいてあったんじゃないくて、止めてあったんだようっ。

 あたしは香月を部屋にあげる事にした。
 いくら熱帯夜と言っても、夜風にあたり続けるのはよくない。第一、こん
な深夜じゃお巡りさんに見つかった時に、色々と聞かれるに違いない。近所
への手前もあるので、両親がよく寝入っているのを確認してから、香月を呼
んだ。
 香月は素直についてきた。何か一言、言うかなぁと思っていたけど。部屋
の襖をきっちりと閉めて話し声が漏れない様にする。朝になって親が起き出
した時の事までは頭が回らなかった。
「その・・・元気だった?」
 あたしは部屋の中央にちょこんと座る香月に話し掛けた。もう、逃げられ
る心配はない。今、香月はあたしの結界の中にいるのだ。だから相手の挙動
を待つまでもなく、迷いを捨てて気楽になって話をする事に決めた。それに
香月もどう話を切り出していいか迷っているようなので、あたしの方から手
を差し伸べたほうが良い事を、経験上、知っていた。
「元気も何も・・・一昨日まで一緒にいたじゃないか」
 ちょこっと香月は頬を膨らませてみせる。怒らせちゃったかな。でも、香
月はすぐに表情をなおして話しつづけた。
「まぁ、陽司から聞いていると思うけど・・・あまり元気じゃなかったよ。
と言うか落ち込んでいたって方がただしいのかな」
「あたし、余計な事しちゃったかな?」
 香月は小さく頭を振った。
「あの時、笛子が何を考えていたのか、何を言おうとしていたのかは、大体
分かっていたの。それを余計な事って思っていたら、笛子がする事がうざっ
たかったら、一緒に旅行なんて行ったりしないよ。ボクは、その、笛子とだ
ったら一緒に行きたいって思ったから」
「香月・・・」
 なんだか耳のあたりが熱くなってきた。まぁ、要は照れちゃった訳だ。旅
行後半の香月の冷淡な態度も、たまたまあたし達の感情が運悪くすれ違っち
ゃっただけに違いない。
 香月も照れくさいのかほっぺたを掻いていた。しばしの沈黙の後、彼女は
顔をあげてあたしの顔をまっすぐ、正面から見つめてきた。その瞳には純粋
な意志の力が篭っていた。
「ボクは笛子の存在が嬉しかったんだ。いつも前向きに励ましてくれる笛子
が好きだった。その都度、ボクは、反発していたけど、本当は嬉しくてしよ
うがなかったんだ。ただ・・・」
「ただ?」
「ちょっと恐かったんだ」
 恐いって・・・あたしが? そんなに強く詰め寄った記憶はないけれど、
あの時は陽司くんの事で夢中だったから、いまいち自信がなかった。
「違う、違う」香月は苦笑した。
「ボク自身が、だよ。アレ以来、ボクは自分なりに立ち直る様に、努力して
いたし自分でも結構、回復していたと思う。勿論、自分の力だけじゃなくて
何も言わずに見守ってくれていた親父と、積極的にボクに優しくしてくれた
陽司の協力があってこそ、だけどね。
 そこへ笛子が突然、現れてきたんだ。キミの言っている事はもっともだと
ちゃあんと理解できていたんだ。理性はね。ただ、感情が・・・と言うより
も、自分で立ち直る為にボクはこういうひねた性格になっちゃったもんだか
ら素直に笛子の言う事を聞くのもなんだかシャクだったし。
 あれれ、話がまたずれた。
 えっとね、恐かったっていうのは自分が変わる事なんだよ」

 香月は元来、ボーイッシュな外見と、世話好きと言う家庭的な雰囲気を持
ちあわせた少女だった。しかし、例の事件を境に、他人との交流を拒むよう
になった。同時に、他人との交流の必要性を認めなくなった為、他人に対す
る思いやり、気配り、心遣いと言った面も殆ど消え去ってしまったのだ。
 学校の辞めた後も何人かの友人は、香月を気遣って時折様子を見にきたり
していたのだが、会ったところで下手な話題は香月の感情を逆なでするだけ
であり、冷たく笑われた級友達も半月と経たずに誰も来なくなった。
 これを心配したのは父親でなく、陽司くんである。放っておけという父親
の制止を振り切って、陽司くんは妹に手を差し伸べた。香月はあっさりとそ
の手を握り返したのだった。もとより、仲のいい二人である上に、双子であ
る。互いの感情は即座に伝わり、香月の心の傷も少しは癒えたかに見えたの
だった。
「でも、それは間違いだったんだよね。だって陽司とばっかり仲良く出来た
ってしょうがないじゃん。全然、とは言わないけど・・・意味がないよ」
「そ、それは・・・いつ頃から、そう思っていたの?」
「んっと〜。笛子と会うよりも一ヶ月以上前くらいかなぁ」
「そんな前から、そこまで考えていたの!?」
「そだよ」あっさりと香月は答えた。
 だとすると、あたしが香月と出会ってからの苦悩の日々は一体、何だった
のだろうか。あれこれと考え、手を尽くし、気を遣ってきたのも、ひとえに
香月の考えをそういう風にもって行く為だったのに。
「ただね・・・理性としては分かっているんだけど、やっぱり感情のほうが
考えについて来ないんだよね。こんなボクでも、女としての弱さが残ってい
るような」
 そりゃ、全くないほうがどうかしている。逆に、香月の必要以上に強気な
オトコノコっぽさと、時折見せる硝子細工のような脆さに、無理を感じたの
である。だからこそ心配で、彼女を立ち直らせてあげたかったのだ。
「陽司くんの事があったのは認める。確かに最初は香月を、陽司くんと付き
合う為の障害としてみていたと思うし、その打算で物事を考えていたのも事
実だわ。それは素直に謝りたい」
「うん・・・まぁ、それは、もういいんだけどね。目的はどうであれ、笛子
はボクを助けてくれたんだし」
「助けた・・・?」
「だって、ボクが笛子んトコに押し掛けてもちゃんと相手してくれたじゃな
いか。ボクが嫌そうな顔作っても、一緒に箱根にいってくれたし。なんと言
っても笛子の強気なまでの前向きな態度にあてられるとさ、ボクも、こう、
負けるもんかって・・・喧嘩じゃないんだけどね。でも、お陰で元気が出た
んだし。やっぱり凄く感謝してるんだよ、笛子には」
 その時の香月の表情はオンナノコだった。まさにこぼれるような笑顔、こ
の笑顔をみて興味を示さない奴は男じゃない。香月はちゃんとオンナノコの
表情が出来るんだ。
 恐らく、完全復活まではまだまだ時間がかかるだろう。でも、彼女の様子
を見る限りでは、心配は無用のようだった。
(にしても、美代ちゃんと言い、香月と言い、どうしてあたしの周囲のオン
ナノコは可愛い奴ばっかりなんだろうなぁ・・・)
 ちょっとばかりの嫉妬心を感じた。

 夜も遅いからと、香月は帰り支度を始めた。時計を見ると四時半。こりゃ
昼寝で一日をすごすしかなさそうである。既に太陽が相模湾の端っこに頭を
出しており、近所の鶏がけたたましい声をあげていた。
「香月もちゃんと睡眠とんなよ」
「へ? 何いってんだよ。ボクはこの後、市場に買い出しに行かなきゃいけ
ないんだ。それから仕込みやって、寝るのは九時くらいかな」
 そしてお昼からは店の手伝いが待っているに違いない。そんなんで身体を
壊さないかが心配だった。
「大丈夫だって。夜遊びしている時はこんなもんだし」
「よ、夜遊び!?」
「うん。あれ、言っていなかったっけ。ボクは市内の繁華街のお店に出入り
しているって事・・・」
「き、聞いてないわよっ」
「ほら、前に電車で一緒になったじゃないか。あの時は丁度、遊んでいて駅
前にいたんだけど、たまたま笛子を見掛けたんで追っかけたんだよ」
 そういえば。そんな事もあったような。そう、あの時の香月はものすごく
派手な格好、サングラスなんかもしていたような記憶がある。
 香月は『借りてきた』自転車にひょいと跨ると、何度かペダルを空回りさ
せた。そして、あたしの方へ向き直る。
「笛子。陽司と仲直りして。ボクの事は気にしなくていいからさ。もう、ち
ゃんと笛子の事は認めているんだし。さっさとくっつかないとボクがとっち
ゃうよ」
 あたしが反論する間もなく、香月はゼロヨンのように道路を走り出してい
った。その後ろ姿は堂々としていて、もはや人の目など気にせず突っ走る勢
いがあった。
(お節介め・・・)
 苦笑しつつ、あたしは全然違う事を考えていた。



 続く