作品名:『Twin』(2) 製作 : 97/05/03(12KB) 作者 : あきよ 氏 形態 : 長編区切(恋愛) Twin 2 月曜日になっても、あたしの気分は晴れなかった。具体的に何がどうなの かは分からないけれど、とにかく香月君・・・じゃなかった香月さんの事が 気になって仕方なかったのだ。 色々な意味で凄く印象的な人間だった。髪の毛はショートカット、声はち ょっとハスキー。そんでもって一人称が「僕」と来たものだ。止めに全く同 じ外見の(双子だから当たり前か)男子が側にいたから、男の子にしか思え ないもの。 その上、笑い上戸のような明るい笑いかたをしたかと思えば、人を馬鹿に するような冷笑癖も持っているらしい。何から何まで不可解なミステリアス な存在だった。 「あ、おはよう。相田さん。」 廊下でばったり想い人にあった。 「お、おはよう、陽司君・・・」 あたしの(特定人物に対する)上がり症も未だに治っていない。この会話 を横で聞いていた美代ちゃんがさっそく目を輝かせてうずうずと質問を投げ たがっている。 「な、なによぉ」 「ふっふっふ・・・ふ〜えこちゃん。進展したようですね〜?」 「ど、どこが? 何にも変わっていないじゃない」 「『陽司君』だってぇ〜!! ま、ともあれ、あたしが土曜日、急に用事を 思い出したのが二人を結び付けたのね!」 そりゃ、思い出したんじゃなくて、思い付いたんでしょうが・・・ 第一、あたしが彼の事を名前で呼ぶようになったのは、双子の姉妹がいる から混同しないようにと考えた末の結果である。幾ら、異性あっても、二人 を目の前にして「中小見君」「中小見さん」とか、どちらかだけ名字で呼ぶ 方が不自然なんだもの。 放課後の部活動タイム。今日は課題はケーキを作る事になっている。お菓 子関係となると美代ちゃんの独擅場になるのだった。 更にお結びを50個。これは今日、試合のある庭球部からの注文である。 料理部の予算は少ないので、こうしたバイトじみた事をやってお金を儲けな いと、私達が作る品々の材料費すら危うくなる事だってあるのだ。 部室に行くと、それはもう、嬉しそうに卵白を泡立てている美代ちゃんが いた。可愛らしい声で歌を口ずさんでいる。廊下から通りすがりの男子生徒 達が感嘆の声をあげては、美代ちゃんの姿に見とれているようだ。 「ねぇねぇ笛ちゃん。生クリームが余りそうなんだけど、パッキンして冷蔵 庫にとっておいた方がいいかしら?」 「え? りょ、料理の事はあたしなんかよりも・・・そう、陽司君」 あたしが助け船を求めると、彼は直ぐにやってきた。そして何やら色々な 専門用語を並び立てて、美代ちゃんにアドバイスを与えるのだった。 (・・・何だか羨ましい光景だなぁ) 好きな人と、好きな事について、話す事が出来る。 あたしだって上手になって陽司君と料理の話をばんばん出来るようになる んだから。 「でも・・・僕だったら、生クリームを食パンに塗りたくって食べるのが好 きだなぁ」 その時、あたしは自分の目を疑った。 (ない・・・ほくろが、なかった?) つまり今、あたしの目の前にいるのは陽司君ではなくて香月さん・・・ 彼女は唖然とするあたしに対して、くすりと笑った。その笑いかたは確か に香月さんのものだった。 食料の配給(お結びの事ね)が終わり下校を告げるチャイムが軽やかに鳴 り響いた。勿論、うちの部活とて最終下校を過ぎてまで校内に残っているわ けにもいかず、慌ただしく後片付けを終え昇降口から飛び出した。 校門を出たところで、あたしと香月さんは一組のペアとなって同じ道を歩 いていく事になった。本当ならば一緒に帰る筈の美代ちゃんが例によって用 事を思い出して、さっさと帰ってしてしまったのだ。 そりゃ、横を歩くのが陽司君だったら、どんなに感謝した事か・・・ 「よく、僕が陽司じゃないって分かったね」 「見分けかた教えてもらったもの」 「太股の付け根のホクロの事?」 「瞼の上のホクロよ!!」 思わずあたしは声を張り上げてしまった。大体、そんなトコロなんてあた しが判別出来る訳がないじゃないのよ。 「いつの間に入れ替わったのよ?」 「お昼休み。陽司はいつも正門の外のコンビニでパンを買うの。そこの裏の 公衆便所で互いの服を交換するんだ」 悪びれもせず香月さんはけろっと言った。彼女の雰囲気から察するにスリ ルを楽しんでいるかのような節を感じる。 「今日が始めてじゃないんでしょ? よく、今までばれなかったわね」 「・・・ちょっとそこの公園によろうよ。僕、相田さんと少し話してみたい んだ。同志としても興味があるし」 彼女は腕を絡ませて、公園の中へとあたしを引きずっていった。 春とは言え日が暮れるとちょっと寒くなる。あたしは香月さんの買ってき たホットコーヒーをすすりながら、横に座る彼女を盗み見ていた。 「言っておくけど、僕からやらせてって言ったんじゃないよ。言い出したの は陽司なんだ。そりゃ、最初は僕も乗り気じゃなかったけど、繰り返してい るうちに、まあ、面白いし、それに他人の殻に包まれていれば、学校もまた 違った風景に見えるんだなぁって思ってさ」 「でも、入れ替わっている間、香月さんは自分の学校どうしているの? し ょっちゅう早退する訳にもいかないでしょ」 「・・・僕、学校行っていないんだ。だから今、職務質問されたら『プー』 って答えるしかないの」 「中卒?」 「正確に言うと・・・高校中退」 「どうして? 勿体無いじゃないの。折角入ったのに・・・」 彼女は質問に答えようとはしなかった。物理的には僅か30センチの距離 が、一瞬にして何光年も引き裂かれたような気がした。その隙間を咲き遅れ た桜の花びらがひらひらと舞い下りてきた。それを彼女は器用に捉えて、少 しの間だけじっと見つめてから、口の中に放り込んだ。やっぱり変わってい る人だ。 「陽司の事・・・好きなんでしょ?」 いきなりの奇襲攻撃にあたしは体を震わせた。そりゃ、土曜日のあたしの 様子を見ていれば、彼女に理解する事は簡単だったかもしれない。この質問 をぶつけてきたのが他の人だったなら、笑って誤魔化すなり出来たのだが、 相手が香月さんではそうもいかなかった。 「そうよ・・・悪い?」 別に喧嘩を吹っかけるつもりでは無いけど、なんとなく彼女の口調に挑戦 的な意志を感じたので、余計な言葉を付け加えてしまったのだ。 「ううん。誰かが誰かを好きになるのって自由だよ。だから相田さんが陽司 の事を好きになるのだって自由。そして、僕も、陽司が好きなんだ」 それだけ言って香月さんはあっという間に走り去ってしまった。あたしは 呼び止める事も出来ず、彼女の残した言葉の意味を吟味していた。 公園に入る前に「同志」と言った理由が分かった。でも、この場合の同志 は見方をかえると「敵」になる。いわば、彼女の告白はあたしの胸元に突き つけられた宣戦布告に等しかったのだった。 翌日。教室の入り口で見慣れた男子を見出した。 「相田さん、ちょっといい?」 陽司君の言葉にあたしは否応もない。鞄だけを机の上に置いて、私達は教 室を出た。陽司君が誘ったのは家庭科室である。つまり私達の部活の活動場 所。一般の生徒では授業以外に入室禁止となっているけれど、料理部員であ る私達は職員室から手続き無しで鍵を借りる事が出来る。 「実は香月の事なんだけど・・・」 うん。そんな予感はしていた。あの後、あたしも、陽司君に電話をかけよ うか散々悩んで結局プッシュホンの最後のボタンを押す事が出来なかった。 色々な事が一気に襲ってきたようで、頭の整理がなかなかにつかなかったけ ど、一つだけ分かった事があったのだ。 (恋する気持ちを・・・簡単に誰かに教えちゃいけない) ある意味、香月さんの想い人が、血肉を分けた双子の男性だったと言う事 が、心のどこかで密かな勝利を叫んでいたのかも知れない。香月さんの想い は許されざる恋だから。あたしにしてみれば不戦勝のようなものだ。 「昨日、香月の様子が変だったんだ。家に帰ってきてからずっと黙ったまま で、『誰とも話したくない』なんて言ってさ、厨房に篭りっぱなしだったん だ。もう、知っていると思うけど、昨日の午後、僕と香月は入れ替わってい たんだけど・・・それから何か、学校であったのかなぁと思って」 「分からないわ」 あたしは初めて彼に嘘をついた。少なくとも明確な意思を持って故意に嘘 をついたのは初めての事だった。 「それより、あたしも聞きたいと思っていたの。何故、陽司君と香月さんが 入れ替わっちゃたりする必要があるの!? 昨日の部活の最中に気がついた んだけど、あたし、心臓が止まるかと思ったわ」 「それは・・・香月が学校に行ってみたいって言うから」 「だったら、なんで香月さんは高校中退なんかしたのよ。それに入れ替えよ うって言い出したのは陽司君の方だって・・・」 慌てて口を止めたけど既に遅かった。 気まずい雰囲気が流れていた。そういえば、昨日、香月さんと話したとき もこんな空気が流れていたような・・・ 「・・・香月は、どこまで話したの?」 「そ、それは・・・言えないわよぉ」 苦しい。この重い空気にあたしは窒息するんじゃないかと本気で思い始め ていた。空気が悪いんじゃない。緊張の余り、あたしの呼吸器官が正しく動 かなくなっているのだ。 今ここで香月さんの気持ちを暴露できたらどんなに楽になることか!! 彼はどういう反応を示すだろう。陽司君が『あいつはブラコンなんだよ』 と笑って言って、あたしも同調して香月さんの気持ちを微笑ましく思う事が 出来るのかもしれない。 でも、それは出来なかった。 彼女の秘めた想いを明らかにする事は、気持ちを踏み躙る事なのだ。 ひょっとすると香月さんはあたしを真に敵視して告白したのではないかも 知れない。誰にも、想いを寄せる当の相手にも言う事が出来ず、たまたま想 いを寄せる対象が同じあたしにだけ告白する事によって、心身の負担を軽く したかったのかも知れないのだ。 しかし、陽司君の口から出た言葉はあたしの予想を遥かに超えていた。 「香月にとって僕が大事な存在であるように、僕にとってもまた香月が大事 な存在なんだ。相田さんが香月を傷つけるならば、それは僕を傷つけた事と 同じ。そして・・・そして僕は香月を守ってやらなければならないんだ」 そこまで言って陽司君は何度も深呼吸を繰り返した。その顔には後悔の表 情が多分に浮かんでいたけど、僅かに微笑んでいた。 自嘲じゃない。どちらかといえば自身の秘密を明かした事による開放感の ようにも見えた。 「でも・・・兄妹(姉弟?)じゃない! そんなの間違っているわ」 「常識から外れている事は僕だって分かっているよ。勿論、香月もね。でも 僕たちは一つだったんだ。たまたまこの社会に生まれた来たときに、分けら れてしまっただけで、本当は一つなんだもの。だから二つに引き裂かれた一 つが一つに戻ろうとするのは、お互いを好きになり、欲するのは自然な回帰 願望なんだと思うけど・・・」 「あ、あたしは・・・難しい事はよく分からないけど、少なくとも理解を示 す人よりも、そうでない人の方が遥かに多いわ。確かに陽司君と香月さんの 間には、双子と言う他の人にはない、ええと、深い関係、とか絆みたいなモ ノがあるかも知れないわよ。でも、でも・・・例えば、どんなに好きあって いても、結婚だって認められないんだし、それに、その、子供だって作れな いんだし・・・」 その時、あたしの言葉をかき消すようにチャイムが鳴り響いた。朝のホー ムルームの始まる5分前の合図である。隣りの職員室にも人の気配がある。 職員会議が終わって戻ってくる頃合いだった。陽司君もそれに気付いたよう で力無く笑い 「教室、戻ろっか」 とだけ言って、先に部屋の外へと消えていってしまった。一人取り残された あたしは暫くその場に立ち尽くしていた。 授業中も休み時間も、そして部活動の最中も双子の事を考えていた。 単純に言えば、あたしには理解できない世界である。勿論、あたし自身が ほんの一年ほど前まで体育会系の人間だったせいもあるかも知れないけれど 恋愛に対する感覚というのは至極ノーマルなイメージしか抱いていなかった のだ。雑誌やTVなどで普通でない、つまり異常な恋愛が存在する事は知っ ていても、自分の周囲にそのような感覚を持ち合わせる人間はいなかったし また、理解を示す人間もいなかったと思う。 あたしには年の離れた兄貴がいる。結構粗雑ではあるが、あたしに対して は優しかった、と言うよりも甘かった気がする。あたしだって兄貴の事は大 好きだったけど、それは極々普通の兄妹愛なんだ。だから、決して恋愛等と いう感情ではないと思う。 机の向こう側で野菜を切っていた美代ちゃんが、あたしの手が止まってい る事に気がついたのか、いつもどおりの笑顔で聞いてきた。 「なんだか、今日は、ずっと上の空だね?」 「そ、そうかなぁ。はは・・・」 そして彼女は、首を傾げたまま自分の作業を再開した。とんとんとん、と 包丁の音がリズミカルにあたしの鼓膜を叩いている。その単調な繰り返しに 再びあたしも、自分の思考へと戻っていってしまった。 そういえば美代ちゃんには一つ下の弟がいる。仁志(ヒトシ)君といって 背が高く、姉と弟と言うよりも兄と妹と言った風情だった。美代ちゃんの家 に遊びに行った際、何度か仁志君と会った事がある。姉弟間のやり取りはウ チと大差ない雰囲気だった。 (美代ちゃんには・・・分かるかなぁ?) 彼女には色々な面でお世話になっている。美代ちゃんは恋愛未経験の筈だ けど、ひょっとしたら何か、あたしが迷い込んでいる疑問の数々を解決して くれるかも知れない。ううん、解決の糸口になるようなアドバイスでもくれ ればいいんじゃないかって思い始めた。 「ねえ、美代ちゃん」 「なぁに?」 「美代ちゃん家の仁志君って、どんな風に思う? た、例えばの話なんだけ ど、その・・・美代ちゃんから見てなんだけど」 包丁を動かす手が止まり、彼女は可愛らしく腕組みをした。 「そうねぇ。可愛い・・・かしら。ほら、あたしはどちらかといえば言動が 幼いトコロあるでしょ。で、仁志君はぶっきらぼうだし。あたしが何か言っ たりする度に、怒ったような返事をするんだけど、あれはどう見ても照れ隠 しだし・・・」 やっぱり姉は姉である。なんだかんだ言っても押さえるところはしっかり と握っているんだな。まあ、あたしも、兄貴が嫌がったりすると、却っても っと嫌がるようにいじめちゃえなんて思ったりするから・・・ 「笛ちゃん、そっちの準備は終わった?」 「え? ・・・あ、ああ、ごめん。もう、ちょっと待って」 そういってあたしは急いで手元のボールを掴み、挽肉をかき混ぜ始めた。 ちなみに今日の献立はハンバーグである。先輩が珍しい香辛料を手に入れた というので、試してみる事になったのだが、あたしの手元からは植物性のき つい香りが漂ってきている。美味しいモノが出来上がるかどうかは、甚だ疑 問の大きいところだった。 「今日の帰りに家においでよ。色々と話したい事あるし」 美代ちゃんの申し出は渡りに船だった。あたしは二つ返事で承諾すると、 気持ちを改めて目の前の肉塊相手に格闘を繰り返すのだった。