作品名:『Twin』(1) 製作 : 97/05/05(12KB) 作者 : あきよ 氏 形態 : 長編区切(恋愛) Twin 3 藤川家は学校から歩いて30分くらいの住宅街の端にある。白塗りの塀が 延々と続き、門の向こう側にはあたしの家の何倍もの大きさのおうちが立っ ていた。あたしの感覚からすると、これは、もう、お屋敷である。 月に2、3度は遊びに来ているのだが、どうしても緊張しちゃうんだ。 「いらっしゃい」 玄関の前で美代ちゃんの弟の仁志君とばったり会った。彼は品の良い中型 犬の毛並みを揃えている最中で、辺りには抜けた毛の塊が幾つも転がってい た。あたしは彼に小さく挨拶をすると彼女に続いて玄関のドアをくぐった。 広い吹き抜けの玄関から上がり、階段を上って一番手前の部屋、つまり美 代ちゃんの部屋に通された。彼女はベッドの上の手近なクッションを2つ取 って床の上に置いた。ブレザーの上着をたたんでから、美代ちゃんは台所に 降りていってしまった。 「ふう・・・」 あたしも同じように上着を脱いで鞄の上に乗せた。美代ちゃんが戻ってく るまでの間、室内をぐるりと見渡して、彼女のコレクションである縫いぐる みの数々を鑑賞する事にした。 「おっまたっせ〜。紅茶でいいよね?」 「うん、ありがと」 美代ちゃんはポットとカップの乗った盆を床の上に置くと、そのままクッ ションの上にちょこんと座った。既にポットからは微かなハーブの芳香が漂 い始めていて、室内の空気を和らげている。 「で、話って・・・?」 「ネタは笛ちゃんの方が持っているんじゃない」 う。一本取られたような気がする。やっぱり彼女はあたしが悩んでいる事 に気がついていたんだ。もっとも、あたしも隠し事を出来ない性格なので、 ちょっとでも秘密を抱え込もうものならば、忽ち看破されてしまう。 「まあ、原因はアレでしょ。中小見君。図星でしょう? 昨日、一緒に帰っ てから何かあったんじゃないかなぁって思ったの」 「うん・・・」 まず、あたしは双子の香月さんの存在だけを話した。でも、彼女が陽司君 と入れ替わってウチの学校に顔を出していると言う事や、秘めた恋について は一切省略しておいた。 「・・・でもさぁ。そのそっくりな女の子がいるだけで、何故、笛ちゃんが 悩むわけ? 別に双子だろうが三つ子だろうが、笛ちゃんが好きなのは中小 見君なんだから、どうでもいいんじゃないかしら。その・・・香月さんって 人が男性だったりしたら、困っちゃう事あるかも知れないけどさ」 最後の部分に関してはちょこっと笑いながら彼女は核心に迫る問いかけを ぶつけてきた。 暫くの沈黙の後、あたしは観念した。美代ちゃんに打ち明けた以上、下手 に中途半端な説明は却って薮蛇なのだから・・・ こうして、あたしは子細全てを語る事になった。話しの間中、美代ちゃん は時折肯きながらも(珍しく)真剣な表情で聞き耳を傾けてくれた。そして 今朝の陽司君との会話内容を吐き出し終えると、あたしは何故か知らないけ れど目頭が熱くなって涙が溢れ出していた。 (なんで・・・なんで、泣いてんだろ、あたし・・・) あたしの頭をふわっと触れる感触。少しだけ顔を上げると、美代ちゃんが 右手を伸ばして、あたしの頭を撫でていたのだった。 「大変だね、笛ちゃん・・・」 「う・・・うん・・・」 「さぁ、お茶飲んで。少し落ち着くと思うよ」 声を出す事が出来なかったので返事をする代わりに辛うじて肯くと、美代 ちゃんが差し出したティーカップを受け取って、口元に持っていった。他人 の秘密を明かしてしまった事については今も猶、後悔しているけれど、話し た相手が美代ちゃんであった事には、非常に感謝していたのだ。 「それにしても、双子の両想いかぁ・・・難しいわよね」 あたしは彼女の分析らしき独り言を黙って聞いていた。寧ろ、美代ちゃん の方も、あたしが喋らなくても良いように、窓の向こうの夕陽に顔を向けて いるのだった。 「恋愛ってさ。立場も身分も関係無く発生するんだよ。例え、それが血縁関 係のある兄弟姉妹の間柄であっても、恋しちゃう時は止まらなかったりする んだよね」 最近では少なくなったが、大昔の人達は自分の親や子供、兄弟姉妹と結婚 する事は決して不思議じゃなかった時代もあったのだ。例えば古代のエジプ トなんて自分の母親と結婚するなんて記録も残っている。 近親間の婚姻が認められなくなったのは人間の子孫に悪影響を残すという 医学的見解に基づくものである。後は宗教的な理由なんかもあるだろう。 考えてみれば赤の他人よりも親兄弟の方が一緒にいる時間が長いのだから 『禁忌』と言う言葉さえなければ、より恋愛感情が発生する確率だってずっ とあがるかも知れない。俗に言う、何とかコンプレックスと言う言葉で葬り 去られている感情の数々だって一種の恋愛と言えなくもないのだ。 いつの間にかあたしは勝手に話を進める美代ちゃんから視線を離せなくな っていた。周囲からは恋愛オンチなどと言われたりする美代ちゃんこそが、 実は一番恋愛に関して精通しているのではないかと思い始めていた。 「双子の回帰願望って言うのも理解できなくはないわよね」 例えば、恐ろしい例えではあるが・・・自分の腕が切り落とされたとして 何がなんでもくっつけようと思う筈だ。一種の回帰願望だ。 父親よりも母親が子供を溺愛するのは、自分がお腹を痛めて血肉を分けた 分身だからって言う話もある。これまた一種の回帰願望と言えなくもない。 更に中小見家の双子の場合は性別こそ違えど外見上は殆ど見分けがつかな い位、正に『うりふたつ』と言う言葉がよく似合ったりするものだから、目 の前に存在するもう一人の自分に対して、何か特別な感情を抱いたとしても 不思議ではない。自分と同じ、つまり自分自身と錯覚する事で、無条件に安 心感を得られるかも知れない。何もかも知っているお互いの間だからこそ成 立する感情を、他人同士ならば長い年月を重ねて漸く手中にするものを、彼 等は生まれながらにして、いや、この世に生まれてくる前から持っていたの だ。 「一番不可解なのは、香月さんの行動だよね。お互いが好きあっているとか までは理解出来たとしても、中小見君と入れ替わって学校に顔を出すなんて ・・・何でそんな事するんだろ?」 その日は結局、美代ちゃんの家で夕食まで御馳走になってしまった。彼女 の家を出るときには辺りは真っ暗で、あたしは駅の方角へと歩き出した。 (少しは楽になったのかしら・・・?) 肝心の部分についての答えは見つからなかったけど、美代ちゃんが話を聞 いてくれただけでも、嬉しかった。こんな事、他の人に相談できる訳がない し、あたし一人で抱え込むには重過ぎる荷物だったのだから。 それを考えると美代ちゃんには感謝するしかなかった。こういう時だから こそ、友達の存在の有難さがしみじみと分かるような気がした。 (明日、ちゃんとお礼言わなくっちゃね) 今夜は気持ちよく眠れそう。そんな事を考えながら、あたしは駅に辿り着 いた。駅前の時計台が8時の時報を告げていた。制服の姿こそ少なくなった けど、まだまだ多くの会社員達が家路へ向かう足を忙しげに動かしている。 一番空いていそうな左端の改札を潜り抜けて、あたしの家の方角へ向かう電 車のホームへと歩いていった。 「相田さん?」 革のジャンパーにカットジーンズ、原色を混ぜ合わせたような帽子と言う 派手な格好だったけど、あたしが見間違える筈もない人物だった。まるで海 苔のような大きめのサングラスの下から現れたのは、悪戯っぽい笑いを浮か べた香月さんだったのである。 「どうしたの、こんな時間に」 「・・・と、友達のところに寄っていたのよ。そういう香月さんだって、こ んな時間に、そんな派手な格好で何やってるのよ」 「べっつにぃ」 まただ。にやにやと薄ら笑いを浮かべながら逸らかす。その態度に、少し だけ腹が立ったけど、あたしは何も言わずホームに滑り込んできた折り返し の昇り電車に乗り込もうとした。その瞬間、あたしの体は僅かに前方へと押 された。振り替えると香月さんまで一緒に乗ってきたのだった。 「僕も、この電車に乗るんだよ。どうやら相田さんは僕が苦手みたいだけど 一人で電車に乗っているのも退屈なんだし、嫌な顔なんかしないで一緒に行 こうよ」 何という尊大! 何という我侭! 恐るべきマイペースの嵐にあたしの感情は激しく掻き混ぜられていた。何 か文句の一つでも言ってやろうかと思ったけど、何となく彼女の相手をする 事に抵抗を感じたので、さっさと直ぐ横にあるボックス席に座る事にした。 しかし彼女は殆ど同時にあたしの側に座っていた。半ば予想していた事態 だったけど、その行動原理が全く読めなかった。 「・・・席なら他にもあるじゃないの。向かいだって、他のボックス席だっ て。わざわざ、あたしの横に座んなくたっても」 「僕は、相田さんの側がいいんだ」 一瞬、ドキッとした。 だって、格好こそ派手だけど、顔も声も、あたしの大好きな中小見君が喋 ったような気がしたんだもの。慌てて面を伏せた。だって、反射的にあたし の顔面が真っ赤になっているのかも知れないじゃない。そんなところを香月 さんに見られたら・・・また、何を言われるか分かったものではなかった。 ホームに発車の合図を示すベルが鳴った。間髪入れずに響く車掌の笛の音 と共に、ごろごろとドアが閉まった。鈍い振動とともに窓の外の景色が後方 へ滑り出す。 ふと、右腕に妙な感触を覚えた。その方角へ恐る恐る視線を転じると、何 と香月さんがあたしの右腕を抱え込むようにしていたのだ。おまけに彼女の 頭はあたしの肩の上に乗せられている。 思わずあたしは大声をあげそうになった。だって・・・だって、あたしに は香月さんにこんなことされる心当たりなんて全くないんだし。それに、彼 女はライバルなんじゃないのよっ! しかし、そこで別の考えに気がついた。誰がどう見ても、香月さんの行為 は好意(シャレではない)の現れである。と言う事は、彼女はあたしの事を プラス方向に認めてくれたのだろうか。ひょっとすると陽司君との仲を認め てくれてたりなんかして・・・ そう考えると、未だ持って不可解な彼女の事も、何となく悪くないような 気もしないではなかった。 「・・・やっぱり、陽司は相田さんみたいに、柔らかくて綺麗な女の子の方 がいいのかな?」 「や、や、や・・・柔らかくって綺麗!? あたしが!?」 自慢じゃないがそんなことを言われたのは生まれて始めてである。何しろ 一年ばかり前までは熱血柔道少女だったんだから、瘤や痣など日常茶飯事だ ったし、腕だって足だって筋肉の方が遥かに多いんだし・・・ 「そうだよ。僕は陽司に似ちゃったのか男みたいな体つきで・・・胸だって 全然ないし、体だって相田さんみたいに柔らかくないんだ。まあ、性格もこ の通りだから、バランスが良いといえばそうなのかも知れないけど」 「だ、大丈夫よ。香月さんだって、ちゃんと成長するって!! あたしだっ て運動やめてから少しだけ脂肪が付いてきたけど、昔はそれこそごつごつし てたんだからね。その内、ばんっきゅっぼ〜んな体型になるかもよ」 な、何言っているんだろう、あたし。凄く馬鹿な、と言うか恥ずかしい事 を言っているような気がした。ちょっとだけ背伸びをして近くに他の乗客が いないかどうかを確かめちゃったりなんかする。そして同じ車両に誰も乗っ ていない事を確認して、ほっと胸を撫で下ろした。 「でも、そんな風にはなりたくないなぁ・・・羨ましいけど、女みたいにな んかなりたくないんだ。寧ろ僕は男に、そう、陽司と同じようになりたい」 何故と言う問いかけの言葉が喉で詰まった。香月さんの表情は物凄く複雑 なそれだった。それが何を物語っているのかあたしには見当もつかない。本 人以外には知る事のない事情でもあるのかもしれなかった。 そっと香月さんから視線を外して、窓の外を見やった。手前の黒々とした 塊は海岸線に並ぶ松の並木だろうか。その向こう側には時折光る漁船の灯か りがぽつぽつと浮かんでいた。遥か上空には光り輝く白色の円形。 (そっか・・・今日は満月だったんだ) 昼間は雲が覆っていた空も、夕方にはすっかり晴れ上がっていたので、雲 一つ無い夜空を拝む事が出来る。それどころかいつもよりもはっきりと、月 の模様までもが見えたのだ。 「なんで月が輝くか知ってる?」 ぽつりと独り言のように香月さんが言った。あたしは懸命に記憶の坩堝を 探ってみた。何となく理科の授業で習ったような気がする。 「確か・・・太陽の光が反射しているだっけ?」 「そう。月は太陽によってのみ、その姿を現す事が出来るんだ。本当は只の 岩の塊に過ぎないから、太陽がなければ人間は月の存在すら知らなかったか も知れない。だって、宇宙は真っ暗闇だもの。だのに、あんな風に綺麗にコ ーディネーションしてしまうんだから、太陽って凄いよね」 ・・・そう言えば今更ながら気がついたけど、中小見家の双子の名前の由 来は太陽と月の様だ。だからと言って由来のように二人の性格などが異なる わけでもないのだけれど・・・ 「僕は月。陽司は太陽。僕は陽司がいなければ、その存在を周囲に知らしめ る事が出来ない。陽司がいるからこそ、僕はこうやって人から認められて、 生きていく事が出来るんだ」 「・・・香月さんは香月さんよ。双子である以前に一人の人間だわ。一人の 人間が、自分以外の誰かを存在理由になんか出来ないのよ」 「違うよ、相田さん。僕は・・・僕は一人の人間である以前に双子なんだ。 正確に言うともう一人の自分がいて、初めて一人の人間として成立するんだ よ。僕も、陽司もお互いがいなければ、それはもう、人間の形をした肉の塊 に過ぎないものなんだ」 『肉の塊』と言う部分を聞いて、あたしは部活動で捏ね繰り回していた挽 肉の事を思い浮かべてしまった。確かにあれは、元々は動物だったのだ。そ して動物としての存在理由を失って、他の動物の胃を満たすために、食料と しての存在理由のみを持って、殺され引き裂かれ、無造作に店頭に並んでい たのだ。そう考えて、あたしはちょっと気分が悪くなった。 だってそうじゃない!? 自分のすぐ隣りに座っているのが、人間のカタチをした肉塊だなんて、気 味が悪い。まるで魂の抜けた死体のようだもの。そんなのを横に座らせてお いて平然とする人間なんていないわ。 「太陽が・・・陽司がいなくなったら、僕は死んじゃう。肉体的には生きて いてもそれは物質として存在しているだけで、人間としての生命に終わりを 告げる、精神的に死を迎える時なんだ」 「そんな・・・後ろ向きな考え方はやめてよ」 あたしは声のヴォリュームをあげた。 「香月さんにどんな事情があるか知らないけれど、そんな事を言うのは一生 懸命生きている人に対して失礼じゃない? はっきり言って不愉快だわ。と ても陽司君と生命を分かち合った人の台詞とは思えないわよ」 「いいの、そんな事言って? もう一人の陽司である僕と喧嘩するのは、得 策じゃないと思うけどな」 狡猾が舌なめずりをするような一言だった。その一言で全てを封じ込まれ てしまったあたしは弱かった。ただただ、両腕に力を込めて耐えているしか なかったのだ。 「ご、ごめんね。そこまで言うつもりじゃなかったんだ」 香月さんは慌てて取り繕ったけど、そして直ぐに顔を反対側に向けて、二 度とこちらを振り向く事はなかった。向こう側の窓ガラスに映し出された彼 女の表情は明らかに後悔しているようだった。