作品名:『Twin』(4) 製作 : 97/05/06(16KB) 作者 : あきよ 氏 形態 : 長編区切(恋愛) Twin 4 あたしが見るに。 香月さんは極めて不安定な印象を纏っていた。彼女と陽司君が異口同音に 言っていた『双子における回帰願望』が、事実と違う事をなんとなく理解し ていた。どう見ても香月さんの方が、陽司君に寄りかかっている。 つまり依存しているのだ。 香月さんにとって陽司君が、自らを照らし出す太陽である事は間違いない だろう。そして陽司君の方も意識して彼女を照らし出してやろうとしている ような気がする。お互い負の方向へと意識を働かせながら、是正しようとも しない。必要だからこそ、彼等は負の世界へと足を突っ込んでいるのだ。 「確かに、ブラコンって訳じゃないみたいね〜」 昼休みにあたしと美代ちゃんは屋上でお弁当を広げていた。誰が気を利か せたのか屋上入り口の踊り場にはレジャーシートが幾つも備えられているの で、雨でも降らない限りは誰かしら、昼食会を開いているのだった。 風向きによっては潮風が心地よくそよいでくる。あまり長時間、そこにい ると髪の毛が痛んでしまうので、ふわふわのロングヘアーの美代ちゃん等か らは不評だが、幸いにも今日はほぼ無風である事をしめす微動だにしない風 見鶏が海の方角へと頭を向けていた。 「どっちかが甘えたりするのはよくある話だけど、もう一方の方は結構嫌が ったりするよね、普通。ウチだって仁志君は、最近、あたしの事、構ってく れないしぃ」 「そこなのよ。普通だったら、『止めろ』とか言ってもおかしくないじゃな い。でも、陽司君は黙認するどころか、自分から進んで香月さんを・・・」 「これは・・・双子の間だからって事情じゃないのかもね〜」 そういって美代ちゃんは最後に残った小さな卵焼きをあたしのお弁当に乗 せると、自分のお弁当箱の蓋を閉めた。別に彼女は卵焼きが嫌いな訳ではな い。これは彼女なりの愛情表現の一つで、誰かに優しくするときは、まるで 犬かなにかを相手にするように、食べ物を分け与える癖がある。確かに彼女 の家には飼い犬が何頭かいる。そして同じような事を犬だけでなく、弟の仁 志君にもやっているんだろうな。 「ねえ、笛ちゃん。あたし、最初は・・・笛ちゃんが中小見君の事を好きに なりかけたとき、応援してあげようって思ってたんだ。中小見君は優しいし それでいて結構しっかりしているから、笛ちゃんにとっても、そして中小見 君にとってもプラスになるだろうなって思っていたの」 「・・・」 「でもね、今は・・・こんなこと無責任に言っちゃいけないのかも知れない けど、中小見君には余り近づいちゃいけないような気がするの。何か他の人 達には理解できないような事情があるみたい。それに笛ちゃんが中小見君と 付き合う事になったとしても、中小見君の家族を無視する事は出来ないじゃ ない」 ・・・後半はあたしにも良く分かる。確かに世の中には相手の事しか見え なくて周囲の事なんかおかまいなしの人も多い。勿論、あたしには、そうい う事が出来る性質ではないから、恋人が出来た暁には相手の家族などとも上 手に付き合っていきたいと思っている。 でも、近づかない方が良いって考えには首を縦に振る気になれそうになか った。あたしが『近づかない方が良い。そっとしておいてあげよう』って納 得の出来る理由があるのならばまだしも、少なくとも今の状況で諦められる 程の想いじゃなかったのだから。 「陽司君を好きならば、いずれぶつかる障害だわ。こんな靄々した状況なん てあたしの柄じゃないもの。いっそのこと・・・」 告白してしまおうか? 何もかもぶちまけてしまった方が、すっきりする だろう。中途半端な状態だからこそ、陽司君も、そして香月さんもまた、中 途半端なままなんだ。 決して自暴自棄では・・・ない。寧ろ、今まで言えずにいた言葉を出す事 の出来るきっかけがやってきたのだと考えるべきだった。 隣りでは美代ちゃんが心配そうな顔をしていた。 「笛ちゃん、ガンバだよ」 あたしは思いっきり肯いて見せた。 その日の放課後、あたしは海沿いにある中小見家へと向かっていった。 無断で部活動を休んだ事は少し心苦しかったけど、とりあえず先輩達には 美代ちゃんが巧く言っておいてくれるからそれ以上の心配はなかった。 不思議なもので、陽司君に告白すると決めた途端、周囲の景色全てが晴れ 渡っているかのように思えてきた。ついさっきまであれこれと悩んでいた事 が嘘みたいだった。 食堂「なかおみ」は準備中の札が下がっていた。ガラス戸の向こうに人の 気配はない。ランチタイムと夕食時の間の休憩時間なのだろう。ここまで来 てそのまま引き返す気など更々なかった。 あたしは店の横の路地に進入した。途中、クモの巣が頭に引っかかりそう になったけど、そんな事にもおかまいなしに、あたしはずんずんと奥へ進ん でいった。狭い路地を抜け、勝手口の前にでる。小さな表札の横にボタンが ある。呼び鈴だろう。あたしは意を決してゆっくりと力強くそれを押した。 「はぁい」 中から出てきたのは陽司君だった。その証拠に、ほら、瞼の上のホクロだ ってあるんだから・・・ 「あ、あれ? 相田さん・・・どうしたの、急に」 「ん。ちょっと陽司君に話があって」 今までの様なあがりはなかった。次に言うべき台詞がすらすらと口から飛 び出ていくようだった。 「じゃあ、あがってよ。ちょっと部屋、散らかっているけれど・・・」 彼の薦められるがままに、あたしは玄関に上がり込んだ。陽司君の部屋は 狭く急な階段を昇ったすぐの場所だった。襖を開けると凡そ四畳半の広さを 持つ彼の部屋があらわれたのだった。ちょうど読書中だったのか、床には学 校の図書室所有を証明するシールの付いたハードカバーの本が開かれたまま だった。 あたしと陽司君は向かい合って正座する事になった。もうちょっと楽な姿 勢でも良い筈なんだけど、何故か自然にこうなってしまったのだ。 「あのね・・・」 切り出したのはあたしの方だった。あがりこそ無くなっていたけれど、こ れから告白をすると考えただけで、胸の動悸は最高潮に達しており、先に陽 司君に喋らせてしまったら、体が持たなくなってしまうんじゃないかとまで 錯覚していたのだ。 「あたし、陽司君の事が好きなの。突然やって来て、突然こんな事を言い出 すなんて変かも知れないけれど・・・でも、本当なのよ」 あまりの突然の事に、彼は暫く呆気に取られたような表情を浮かべていた けど、やがて小さく深呼吸すると笑顔を浮かべた。 「・・・ありがと。僕も、相田さんの事が好き、だと思う」 この瞬間、相田笛子と中小見陽司は両想いである事が認知された。陽司君 は照れたように頭を掻いていたけど、あたしは嬉しさの余り悲鳴を上げそう になっていた。その歓喜の爆発をなんとか押え込むと、あたしは陽司君の両 手を握った。 「う、嬉しい・・・嬉しいよ、陽司君っ。本当に、本当に・・・」 理性がなかったら、あたしは彼に抱き着いていたかもしれない。そのくら いの喜びだった。体中がじわりと熱くなってくる。それこそ、この瞬間の為 だけに生きて来たんじゃないかって錯覚するくらい・・・ 「でも、付き合ったりする事は出来ないんだ」 またも急転直下だった。 しかし、今日のあたしは一味違う。 このような台詞を言う事くらい十二分に予想していたのだ。 「それは、香月さんの事?」 寧ろ、あたしが驚きを示さないで平然としている事に、陽司君の方が戸惑 ってすらいるようだった。彼は視線をずらして肯いた。 「う・・・うん。前にも言ったと思うけれど・・・」 「陽司君と香月さんが、二人で一つ、一心同体って話でしょ? そんな事は 分かるわ。だって、陽司君達は双子なんだから。陽司君達だけが共有する感 情とかがあっても不思議じゃないものね」 「いや・・・そうなんだけど、そうじゃなくって・・・誇張でも何でもなく って、香月は僕がいないと生きていけないんだよ。だから、どんなに好きで も、誰かと付き合ったりする事はできないんだ」 まただ。前と同じく『付き合えない』の一点張りだ。 そう主張するならば理由を教えて欲しい。じゃないとアンフェアだもの。 でないと・・・あたしは告白までしちゃった以上、絶対に引き下がる事は出 来なかった。 「じゃあ、香月さんと付き合っているとでも言うわけ?」 「違う! そんなんじゃないんだよ。あいつは、香月は・・・」 その時、あたしの背後の襖が開いた。誰が居るのかは殆ど確信に近い予想 があった。振り返ったあたしの視界には、陽司君の学ランを着た、香月さん が入って来た。 「香月さん・・・」 彼女はにっこりと、そう、恐いくらいにあたしに微笑んで見せた。 「いらっしゃい、相田さん」 香月さんは遠慮なく部屋の中に入り込んで、陽司君の横に座った。自然と 陽司君の隣りに座る事の出来る彼女に、あたしは軽い嫉妬を覚えた。 「香月・・・お前、部活は?」 「ちゃんと出たさ。ただ、早退して来たけどね。そんな事よりも、陽司って 意外と口が軽いんだね。これからは気を付けなくっちゃ」 そしてまた笑う。今度は、香月特有の冷笑だった。恐らく彼女は、あたし が部活を休んだと聞いて思うところがあったのだろう。でなければこんなに も早くに帰宅するはずがなかった。香月さんに入れ替わっている日だからこ そ、あたしは部活動を休んで陽司君に会いに来たと言うのに・・・あたしの 行動は裏目に出てしまったようだ。 「・・・だって、香月。相田さんは他の人とは違うんだ。少なくとも僕に対 しては誠意を持って、その・・・接してくれたんだ。その相田さんにこれ以 上の隠し事なんて、僕には出来ない。きちんと事情を説明した上で、そして 結論を出したいんだ」 「ふぅん・・・僕の気持ちも、考えずに?」 同時に陽司君は大きく体を震わせた。二の句が継げないとは正にこの事だ ろう。彼は何か言おうと口をしきりに動かしていたが、空気の漏れる音以外 の出す事はなかった。 (陽司君が何も出来なく程、大変な秘密だと言うの・・・!?) そんな陽司君の様子を見て満足したのか、香月さんは今度はあたしの方に くるりと向き直った。そして、学食のメニューでも決めるかのような軽い口 調で言った。 「僕の事は僕自身が言うよ。確かに陽司の言うように相田さんは、他の人達 とはちょっと違う存在、そう、陽司にとっても、そして僕にとっても。にな ってしまっているようだからね」 それなりに認めてくれているのは嬉しい。しかし、あたしは嬉しいだなん て思う事が出来なかった。彼女があたしを認めているというのは、プラスの 方角の存在としてではなく、どちらかと言えば『敵』としての存在だったか らである。 何故、あたしは香月さんと争うような関係になってしまうのだろう。挑戦 的な笑いを浮かべる彼女を見て、そう思わずにはいられなかった。確かに彼 女にしてみれば、好きな人を奪う可能性のある対象としてしか映らないのか も知れない。まして香月さんとは違い、あたしは倫理的、生理学的にも、な んら問題を持たない女の子なのだから。 彼女の気持ちを無視するわけではないのだが、あたしとしてはわざわざ敵 を作ったり、争ったりするような事はしたくないのだ。いや、別にあたしに 限らず、余程好戦的な性格の持ち主でもない限り、そんな事を望むような人 はいないだろう。 そう、彼女だって同じはずだ。生い立ちや性格等、多少の違いこそあって も、根本的には同じだと思う。その基本を覆すだけの存在、香月さんはあた しをそのように認識しているのだ。どのような過程を経てそのような認識を するに至ったかは解らないけれど、何とかしてこの状況を改善できないもの か・・・ 「相田さんは、処女?」 それは余りに唐突すぎる質問だった。大体、陽司君の前でなんて事を聞い て来るのかしらと腹が立って来た。きちんと応答できたのは、陽司君の存在 よりも彼女に対する感情の方が遥かに大きかったためだろう。 「当たり前じゃないっ! あたしは今まで誰とも付き合った事だってないし 、ううん、それどころか誰かを・・・誰かを好きになった事だって・・・生 まれて初めての事なんだからぁ・・・」 最後の方は蚊が泣くような小さい声になっていった。物凄く恥ずかしくっ て、今直ぐにでもその場から離れたかった。 「別に僕はそこまで聞いていないけれど・・・」 と、ちょっと困ったような表情で香月さんは頭を掻いた。 (その仕草!! 陽司君と同じ・・・だ・・・) あたしは叫びたくなった。あたしの好きな人と同じ事はやめてって。それ がどんなに身勝手な願望であると分かっていながらも、その台詞が口から飛 び出す事を押さえる事に、非常な努力と忍耐を必要としていた。 今、あたしの目の前に並ぶ二人は、まったくの同一だった。二つにして一 つと言う言葉がこれほどぴったり合う対象も存在しないだろう。例えばホク ロの有無などの微妙な違いはあるが、逆にその差が、まるで目の錯覚を利用 して2つ並んだ絵を立体的に見せる騙し絵のように思えてきた。 「じゃあさ、相田さんは好きな人・・・ううん、身体を許せる人以外に、処 女を捧げたり奪われたりしたら、どうする?」 「じょ、じょ、冗談じゃないわよっ!! なんであたしがそんな事・・・そ もそも経験だって無いって言ってるのに、答えようがないわよ。それとも、 香月さんは答えられるとでも言うわけ!?」 最後の言葉は彼女に対する逆襲だ。無論、こんな無茶苦茶な質問に答えが 帰って来る事は全く期待していない。あたしの気持ちに衝撃が加えられたよ うに、香月さんの心にも仕返しをしてやろうと、そして彼女がどんな表情を 浮かべるか観てみたかったのだ。あたしと同じように、頬を紅潮させて怒り のスパイスを混ぜたようになっているのだろうか? 果たして。香月さんは・・・例の如く薄く笑っただけだった。 「僕には答えられるよ。だって僕、レイプされた事あるもの」 何も答えられようのない、宣言じみた告白だった。 それは今から半年前の事だった。苦労して入学試験を通った市内の高校の 生活にも漸く慣れてきた頃合いで、当時の香月はクラスの人気者だった。 香月はクラスの女子の間でちょっとした人気者だった。それは単にその容 姿故だった。『おとこのこっぽい』というそれだけで、友達から黄色い声を かけられたりなんかして、また、彼女自体もその雰囲気が嫌いという程では なかった。 今までの香月は、陽司と二人で一緒という評価に不満を持っていた。親戚 や友人達は常に双子を連想し、片一方だけを考える事は少なかったのだ。 動機はどうであれ、ここでは自分の事を中小見家の双子ではなく、中小見 香月としてみてくれる人が沢山いる。ただ、それだけで香月は嬉しかったの だ。その喜びの感情に比べれば、『かっこいい』『学ラン着て』等という多 少の下らない言われようも取るに足らないものでしかなかった。 彼女の噂が学校中に知れ渡るのはあっという間だった。休み時間になると 彼女の教室の入り口に上級生が覗き見にしに来るのも自然な光景になってい た。さすがの香月も、自分の存在が余り有名になり過ぎる事を危惧しはじめ ていたが、今更どうにかなるものでもない。心有る友人は、そのうち飽きち ゃうわよと香月を励ますのだった。 香月は家庭科部に所属していた。双子の陽司のように料理専門ではなかっ たにしろ、大好きな料理が出来る場所があるので迷いもなく入部届けを出し ていたのだった。その活動場所の一つに校庭隅の小さな菜園がある。園芸部 の協力を得て作った5メートル四方ばかりの小さな野菜畑だった。 香月は下校する前にこの菜園を見てまわる事を日課としていた。トマトや ピーマンにジャガイモ。可愛らしいパセリなども揃っている。 「へへ・・・これは、もうそろそろ食べ頃かな?」 手の平の中でピーマンを転がして観察していた。その時、後ろから声をか けられた。振り返ったその先にはどこぞの運動部のジャージを着た男子生徒 が手を振っていた。 「なっかおっみさ〜ん。ちょっとお願いがあるんだけど」 「は、はい。何ですか?」 知らない顔ではあったが、世話好きの性格が即答させていた。彼女は足元 に置いてあった鞄もそのままに、小走りに移動した。 「中小見さんって家庭科部だよね? その腕を見込んで、ここん所のほつれ を繕ってくれないかなぁ。本当ならばマネージャーに頼むんだけど、今日、 用事があるとかで帰っちゃってさ・・・」 見ると彼のジャージの肘の部分に泥に汚れた小さな穴が開いていた。これ ならば大した時間もかからないだろう。香月は二つ返事で承諾した。 「でも・・・今、道具、持っていないんですよね」 「ああ。それならばウチの部室にあるよ。すぐそこだから」 「はい」 香月は彼の案内されるままに部室棟の一角に案内された。暗い部屋ではあ ったけど、大きな曇りガラスから多量に差し込む夕陽の光が、何故だか彼女 の心を安心させた。 鈍い音を立てて、ドアが閉まった。どこにいたのか別の男子生徒立ってい た。そして先のジャージの破れた生徒が香月を羽交い締めにした。 「な!? 止めてくださいっ。これはなんの真似ですか!?」 室内は異様なまでの沈黙に包まれていた。既のこの話を聞いているであろ う、陽司君は少し顔を下に向けたまま複雑な表情を浮かべていた。 「それで、僕は・・・されちゃったの」 香月さんは、あくまでも他人事のように語っていたけれど、その手は屈辱 の余りに力が込められて白く変色していた。恐らくは、この話をする上で感 情を交えたら最後、彼女の精神が崩壊しかねないのだろう。あたしは相づち も打つ事が出来ずに、ただ聞き手に徹する事しかなかった。 「今にして思えば随分と、手の込んだやり口だったんだよね。随分と慣れた 感じが下から、絶対に初犯じゃないと思うけど、僕の学校でそんな話を聞い た事がなかったから・・・僕も油断していたんだろうね」 そこで一旦、話を切ると香月さんは立ち上がり、部屋の窓を開けた。あた しも、おそらくは陽司君も、この重苦しい部屋の空気に耐え兼ねていたから この彼女の行為は胸を安堵させた。 (香月さんの話が事実ならば・・・) あたしは香月さんの話を元に、現時点までの状況を組み立ててみた。 心身ともに傷ついた彼女は、陽司君にのみを、癒す糧とした。そして、そ の気持ちが恋愛とか双子とかという関係を超えた、人として生きる生存理由 にまで変えてしまったのだ。人の生死が関わるならば、倫理的な問題など大 した事ではないだろう。だからこそ、陽司君の前に現れたあたしの存在を敵 視するに至ったのだ。この場合、完全な敵視ではないのかも知れない。恋愛 の対象としての陽司君ではなくて、生存の理由とする陽司君を奪われる事を 恐れているのだった。 くるりと香月さんは振り向いた。逆光だからよく見えなかったけれど、あ たしに初めて見せる、女の子の笑い顔だった。 「ねぇ、相田さん。僕はあなたの事が嫌いじゃないんだ。そりゃ、男と勘違 いしたりしたって減点はあったけど、ちゃんと陽司と僕を別の人間として扱 ってくれたから・・・」 その表情にあたしは、何故だかドキッとした。失礼な言い方かも知れない けれど、こんなにコケティッシュな笑顔は見たことがなかった。男の子っぽ い等と思っていた連中に見せてやりたい。そう思わせるだけの素敵な笑顔だ ったのだ。 「でも・・・陽司を・・・僕から陽司を取るのだけは・・・」 鳴咽の混じった声に素早く反応したのは陽司君だった。香月さんはすっぽ りと彼の中に抱きしめられたのだ。 「もう、いい。もう、いいんだ、香月」 夕陽の中に浮かぶ双子のシルエット。まるでドラマか何かのワンシーンの ようだった。 誰も、壊せない。この絵は完成されている。 「あたし・・・帰るね」 辛うじてそれだけを言い残してあたしは逃げるように中小見家を辞した。