作品名:『Twin』(5) 製作 : 97/07/24(15KB) 作者 : あきよ 氏 形態 : 長編区切(恋愛) Twin 5 あたしは柄にもなく落ち込んでいた。理由は言わずと知れたアレである。 この恋が自分の力ではどうにもならない事、思い出しては心を痛め、そし て絶望色に染まった溜息を繰り返すのだった。 「最近の笛ちゃんは、本当に溜息ばかりだね」 頭を抱え込むあたしとは反対に、美代ちゃんの態度は平然としていた。そ れも少々冷たいくらいの印象すら感じられる。いつまで経ってもうじうじし ているあたしに愛想が尽きたんだろうな。今のあたしの態度は、前向きを信 条としている美代ちゃんにとって許し難いものだろう。 『中小見くんに余り近づいちゃいけないような気がするの』 彼女の言うとおりにしていたら・・・ううん。そんな事を今更悔やんでも 始まらないのだ。 顔を上げると、隣では美代ちゃんがファッション雑誌を眺めていた。毎月 この時期に販売される流行物に重点を置いた内容だ。既に夏物の派手な、そ れでいて生地の少ない衣類が溢れかえらんばかりに紙面を埋めている。 窓から差し込む陽光でほんの少しだけ目の眩んでいたあたしの目には極彩 色の万華鏡を覗いているような錯覚を感じた。パレットは視線の先から放射 線状に広がり、次の瞬間あたしの視界を蹂躙した。視覚から侵入した混沌は あたしの五感を暴走させ、椅子に座っていながら倒れ込みそうになった。 すぐさま瞼を閉じて全ての情報を遮断し、感覚のリセットを行う。真っ暗 闇の恐怖を感じる間もなく、あたしは元通りになっていた。 「ど、どうしたの?」 美代ちゃんは目を丸くして言った。見ると同様の表情を浮かべたクラスメ イトの姿が視界に映っていた。そ、それほど大きなアクションだったのだろ うか? 取り敢えず笑って誤魔化すと、直ぐに興味を失ったかのように皆そ れぞれ元の作業に没頭し始めていた。 「ねぇ・・・運動でもしてきたら?」 既に雑誌は閉じられており、美代ちゃんは両手で顎を支えるように肘を付 けていた。 「何もかも忘れるくらい汗かいて来なよ。そうすれば何かひらめくかも知れ ないって言うじゃない」 「ん・・・でも」 あたしは躊躇っていた。確かにそのような行動を過去に行ったことがある ので、彼女の勧めを否定しているのではない。しかし、最早、肉体を駆使す ることによって思考の脱皮など出来るような状態ではないのだ。そもそも運 動している間に悩みを忘れられる事よりも、悩みによって運動すら中断させ られる可能性の方が遙かに大きそうだった。 「笛子! いいから、とっとと行って来なさい!!」 美代ちゃんの怒った顔は初めてだった。顔を真っ赤にしてこちらを睨んで いる。その後ろには無惨にも蹴倒された椅子が転がっていた。 有無をも言わせぬ表情。その迫力にあたしは何度も頷くと、教室を追い出 されてしまった。 「動けなくなるまで帰ってきちゃ駄目だからね!!」 矛盾した追い打ちがあたしの背中を突き飛ばした。 廊下のロッカーから体操着一式を取り出すとあたしは小走りで昇降口を目 指していった。 (な、なんで、あたしが追い出されなきゃいけないのよ!?) 正直言って美代ちゃんの言葉に憤りを感じていた。床を蹴り付けるように 進む姿は、後に力士みたいだったとからかわれるネタになったものである。 昇降口で靴を履き替えると校舎裏手にある更衣室に飛び込んで、入学以来 最速の記録を叩き出して着替えを終えた。 校庭を一瞥する。右端には野球部が守備練習を行っており、中央のトラッ クでは陸上部の面々が延々と周回数を重ねていた。その向こう側ではテニス 部がミーティングをやっているのか一カ所に群がっている。 (手っ取り早く、簡単で、かつキツイ奴!) あたしはトラックを走る陸上部の最後尾にくっついていった。 部外者の顔に気づいた男子部員が何やら言っている。邪魔するなとでも言 っているんだろう。見事なまでの無視を決め込んで、あたしは加速した。ジ ョギングペースで走っている彼らの姿はあっと言う間に後方へと流れ去り、 気がつけばあたしの前方を走る人間は皆無だった。 それでも猶、速度を上げることを辞めなかった。体力の限界さえなければ 時間と速度が綺麗に正比例の直線を描いていたに違いない。 (こんなペースじゃ、5分も持つはずがないわよ) しかし人間と言う奴は便利に出来ている。自分の意志とは無関係に、身体 が危険を感じれば自動的に力の加減を行ってくれるのだ。 主人であるあたしに関わらず。 まるで心臓と同じ・・・何て言ったっけ? そうだ、不随意筋だったな。 いつだったか理科の時間に習ったなぁ。 でも身体を動かすのは小脳だったよね。 小脳ってのは脳なんだからあたしの意志なんだよね。 って事は、あたしの意志の中にあたしの意志通りに動かない意志がある。 不随意筋ならぬ不随意脳、とでも言うんだろうか。 人間疲れてくるとろくな思考を辿らない。この時のあたしも例に漏れず馬 鹿な事ばかりを考え続けていた。それでもあたしは自らの意志でやめなかっ た。精神上の走行速度と同じ、より加速する事だけを考えていたのだ。 何もかも捨て去ってやる。心身共に新陳代謝を行うつもりだった。血液の 残り一滴まで絞り出したとしても、あたしがあたしである以上は何も変わら ないに決まっている。承知の上でやっているのだ。 気が付けばグラウンドの上に横たわっていた。 陸上部に混じってトラックをぐるぐると回っていたのだが、60周を超え た辺りからの記憶が欠落していた。無意識のうちに走っていたのか、それと も記憶が欠けた部分で倒れ込んでしまったのか。何人かの陸上部員が心配そ うな表情であたしを囲んでいた。 「あ、気が付いたな」 「相田〜。お前、無茶苦茶するなぁ。この炎天下じゃあ俺らだってキツイの に・・・」 「でも、凄い記録よ。料理なんてさせておくのは勿体ないわ。ねぇ、相田さ ん。昔、何かスポーツやっていたの?」 そんな外野の言葉には耳を貸さずに、あたしはのろのろと夢遊病者の様に 立ち上がった。ふらつくあたしを陸上部の女子部員が軽く支えてくれた。 「あ・・・ありがと」 「校内に戻ったら、お水をいっぱい飲みなよ。脱水症状起こしかけているか も知れないから」 「うん」 そしてトラックを横切る様に昇降口へと歩き出した。下駄箱の前には美代 ちゃんが待っていた。手には柔らかそうなタオルと清涼飲料の缶がある。 「お疲れさま、笛ちゃん」 「・・・自分で焚き付けたくせに」 「でも、気分転換になったでしょ」 「ま、ね・・・」 顔を埋めたタオルからはうっすらと心地よい香りがした。ハーブの匂い。 (こういう配慮が、流石は美代ちゃんだよね) 全てを絞り尽くし初期化された肺に流れ込む爽やかな芳香が、まるであた しを別の何かに変えていくようだった。 「笛ちゃん、笛ちゃん。こんなトコロにいないでさ、家庭科室に行こうよ。 美味しいモノ用意してあるから。ね?」 否応もない。あたしは彼女に促されるまま上履きに履き替えた。 至福。もう食えない。 あたしはお腹を摩りながら元気よく「ごちそうさま」と感謝した。 フルーツをふんだんに使った冷たいババロア、凡そ5人前を平らげてしま ったのだ。女子高生にあるまじき振る舞いかもしれないけれど、今は男子の 姿も見当たらないので問題ないのだ。 男子・・・ 「美代ちゃん。陽司君は? 今日は部活に来ていないのかしら」 「ううん。ちゃんと来てたよ。そうねぇ・・・笛ちゃんが倒れる5分くらい 前までいたっけ。丁度、そこ、笛ちゃんが今座っている椅子に」 なんだかお尻の辺りが妙な感覚を覚えていた。そんな事言われると意識し ちゃうじゃないか。・・・でも、そんな事を考えたあたしが、すけべなだけ かもしれない。 「中小見くんね、笛ちゃんの事、ずっと見ていたのよ」 「ええっ!?」 気付かなかった。そりゃそうだ。ここ家庭科室の窓は非常階段の影になる のだから炎天下の校庭からは窓の位置が分かっていても誰がいるかなんて判 別付く筈もなかった。もっとも先刻までのあたしに周囲を見やるほどの余裕 などどこにも無かったのだが。 待てよ。 (その中小見くんって・・・陽司君? それとも香月さん?) 美代ちゃんに確認しようと思ってやめた。双子の識別点はまだ彼女には話 していなかったのだ。何故、教えていないのかはよく分からない。ただ、な んとなくだ。 「ねぇ。陽司君、何か言ってた?」 「特には・・・言っていないと思うよ。でも、いつもよりちょっと暗かった 様な気がしたけどね」 それはあたしも気付いている点であった。何となくではあるが、学校での 陽司君はちょっと影を射しているようだった。あたしとばったり出合わせた ときの表情ときたら、それはもう信号機みたいに変化していくのだから。香 月さんの独白を聞いた翌日には、縦線が見えるほどの暗い顔。何度か顔を合 わせる内に、その表情が徐々に明るくなっていき、昔みたくほんのり僅かの 赤みを頬に乗せるほどにまで回復したかと思いきや、まるで死刑宣告を受け たかの様に青褪めちゃったりする。 「あれじゃあ、見ているこっちまで胃が痛くなりそうだね」 と美代ちゃんは自分のお腹を抱えて、さも痛そうなしかめっ面を作ってみ せた。それを横で見ていた料理部の何人かが怪訝そうな表情を浮かべて彼女 を気遣っちゃったりしているものだから、美代ちゃんも慌てて弁明する羽目 になっていた。 「ねぇ、美代ちゃん。あたしに出来る事って何かしら?」 2,3秒待っても返事がないので彼女の方を見やると、彼女の腹痛騒ぎは 仮病であることが露呈して、今では単なる擽りあいと化していた。 あたしは小さく溜息を再び窓の向こうに視線を転じた。 (今の陽司君は・・・負担が大きすぎるんだ) 彼は今、双子の妹とあたしの二人に対して気を遣わなければならない。も ともと明るくはあっても、器用それも女性に対して、とは言い難い性格なの だから、このような状況に陥った場合、心の安まる時がないのだろう。あれ 以来のあたしは、極力彼と余計な交流を持たないように何故か心がけている けれど、自宅にいる間は香月さんと離れる事は、彼女の依存的行動理念から 考えても不可能に近い筈だ。 (そう言えば、何故、あたしは陽司君と話すことを避けているのだろう?) あれほど会いたくて側にいたくて話をして笑っていたかった相手だと言う のに、今の自分の感覚はまるで機械の様に冷静だった。あれほど恋焦がれて いた筈なのに不思議でなければ何と表現できるのだろう。 だからと言って彼に対する想いが霧散した訳ではない。未だ持って彼の事 は好きだと自信を持って答える事が出来る。ただ、熱病的なまでの情熱が湧 き出てこなくなっただけなのだ。 恋愛? 憐憫? 同情? そして、それは誰に向けられたものなのだろうか。 全てのきっかけは香月さんにある。あ、勿論、これは彼女を責めている訳 じゃない。彼女の話が、あたしと、そして陽司君の関係を狂わせたのだ。今 までのあたし達の関係なんてその程度のものであり、どんな暴風雨が来よう とも動じないだけの拠り所がなかったのだ。もっとも、付き合い始めたわけ でもないのだから、当然と言えば当然なのかも知れない・・・ 「う〜。考えれば考えるほど頭がこんがらがって来るなぁ」 整理する、と言うには様々な要因がありすぎて、とても追いつかない事だ けが分かった。こういう方面から攻めるのは苦手なんだから、もうちょっと だけ楽に考えてみることにしよう。 まず、あたしは、どうしたいのか? その行動の対象となる陽司君単体では何ら問題が無いのだ。だって陽司君 はあたしに面と向かって『好き』と言ってくれたのだから、己惚れでもなん でもなく、これは事実として存在しているのだった。 この陽司君の前に立ちはだかる壁が双子の妹、香月さんである。性別の違 いこそあっても、ぱっと見ただけでは殆ど区別が付かないくらいそっくりな 一卵性双生児。彼女が壁となる理由は全て明らかになっているのだから、後 はそれを取り除くだけである。 勿論、ここで言う『取り除く』とは、排除とか削除と言う意味ではない。 あくまでも、香月さんとの間に理解を成立させる事により、彼女を障害足り 得なくすれば良いと言う事だった。 こう考えると非常に簡単なように思えるのだが、香月さんを障害足らしめ る理由が理由だけに、一筋縄で行かないだろう。 (陽司君と付き合う為には、香月さんとも付き合わなくてはならない) それは出来るだけ誰とでも仲良くしたいと言うあたしの主義に沿うもので あるから、寧ろ、望むところでもあった。 問題になるのは香月さんを、どうしたら事件前の様な状態に戻す事が出来 るのかである。傷ついた身体と心は癒される事はあっても、元に戻す事は限 りなく不可能だった。 現在の香月さんは双子の兄である陽司君に依存している。まず、この関係 を正常に戻すことから始めなければならない。 (とは言ってもアレじゃあ・・・処女のあたしには解決どころか理解だって 難しいよね。そりゃ同性だから心情的には何となく理解できるんだけど) 幾ら何でも香月さんと同じ境遇を理解される為に自分がレイプされる訳に はいかない。またそのような境遇の人間が周囲にいるとは思えないし、仮に いたとしても自ら名乗り出て話してくれるなんて絶対に不可能だろう。 (こりゃあ・・・なかなか難解だわ) 更なる思考の海に飛び込もうとした時、来客があった。時計を見ると夜の 9時近い。こんな時間に誰だろうと玄関に出ると、あたしの悩みの種が立っ ていた。 「こんばんわ、相田さん」 「香月さん! どうしたの、こんな時間に?」 「うん・・・ちょっと、近くまで来たものだから」 厚手のTシャツにカットジーンズ。う〜ん、ボーイッシュもここまで来る と極めちゃっているよな、彼女。 あたしは彼女に部屋へあがるよう促した。 「・・・でも、迷惑じゃない? ほら、夜も遅いし」 こんな時間に訪れておいて言う台詞ではない。香月さんは落ち着きなく両 手の指をひっきりなしに組み替えて俯いていた。どうやら、彼女は特に目的 があって来たのではなく、本当に何となくやってきたようだった。 しかし、これはチャンスである。と言っては大袈裟だけど、彼女とコミュ ニケーションを確立する機会なのだから色々と雑談でもしてみようか。 「夏ったって、こんな時間に外に、しかもそんな格好でいたら風邪引いちゃ うわよ。ささ、入った入った」 あたしは半ば強引に香月さんの手を掴んで家にあげた。 階段の下で母親とすれ違った。香月さんを見た瞬間にあたしを手招きして 注意した。 「笛子、こんな時間に男の子をあげるなんてどういう神経しているのよ?」 あたしは苦笑を堪えて香月さんがれっきとした女性である事を説明した。 暫くは半信半疑だったが、何とか理解してもらう事が出来た。 「ご、ごめんね、香月さん」 「ん。いいよ、全然気にしていないから。もう慣れちゃったし」 あたしの部屋は階段をあがって一番奥の和室だった。築何十年と言う貸し 家だけあって天井も壁もそしてフローリングと言えば聞こえが良いこげ茶色 の板張りの床も、幽霊屋敷と比較しても遜色ないだろう。あたしだって昔は もっと奇麗な部屋、例えば美代ちゃんの様な部屋に住みたいって憧れていた りしたものだが、近頃は通される友人の部屋が皆、似たような雰囲気の部屋 ばかりなので、あたしの部屋は凄く個性的で悪くないじゃないかと思ってい たりする。 そんな部屋に入って香月さんがどういう印象を受けるか興味があった。彼 女特有の鼻にかけたような笑いでもするのだろうか。それとも汚いぼろいと ののしるのだろうか。何だって良いのよ。彼女にもっと感情を出してもらい たいんだから。あ、勿論、ウチの親に聞こえない範囲の声で、ね。 「ふ〜ん・・・女の子の部屋だね」 (ど、どこがっ! 今にでも油すましとか出てきても不思議じゃないのに) しかし次の瞬間、彼女がそう言った理由が分かった。香月さんはあたしの 机の上に飾られたフォト・スタンドを見ていたのだった。そして中には春の 遠足の時に撮影された陽司君がいたのだった。 あたしは慌ててスタンドを取り上げて自分の背後に隠した。 「み、み、み、見た?」 「うん。ばっちり」 やばい。ここで、あの笑いが来るんじゃないかしら。しかし香月さんは微 笑んで机の横に積んである座布団を引っ張り出してくると、勝手に座り込ん でしまった。 「相田さんって思った通りの女の子なんだなぁ。ほっとしたような羨ましい ような感じがするよ。ほら、僕ってこんなだから女の子っぽい行動って凄く 似合わないもの」 今の彼女には以前見られたような嫌みな部分は全く存在しなかった。本当 に知人として、友人として接しようとしているらしい。それはあたしとして も望むところで、出来るだけ打ち解けておかなきゃと話題を探った。 「その・・・香月さん。あたしの事『相田さん』って呼ぶの止めてくれない かなぁ。あたし名字で呼ばれるの余り慣れていないし、それに同性からは名 前で呼ばれたいから」 半分嘘である。本当は陽司君と同じ顔で、あたしの事を同じように『相田 さん』と呼ばれるのが嫌だったのだ。たいした問題じゃない筈だけど、ただ 何となく抵抗があったのだ。 「うん。じゃあ、これからは笛子・・・さん、って呼ぶね」 「ありゃ。別にさん付けじゃなくとも」 「駄目だよ。僕の事だってさん付けしてるじゃない」 前哨戦は悪くない雰囲気である。慌てる必要はない。少しずつ香月さんと 仲良くなる事によって、彼女の精神のリハビリの手助けになればと思う。今 の彼女に欠落しているのは他人とのコミュニケーションの筈だった。 「ね、ね、笛子さん。笛子さんっていい人だね」 「へ? な、何を唐突に・・・どうしたのよ」 「いや、だってさ。笛子さんって陽司の事、好きでしょ。だから最初は凄く 意地悪してやろうって思っていたけど・・・だけど同じ人を好きになるだけ あって、実は僕と気が合うんじゃないかってね」 色々反発したい部分もあったが、ここは押さえる事にした。 「あたしは・・・その、最初は香月さんの存在を知らなかったから、陽司君 と間違えたり、あと男と間違えたりってしちゃったけど、香月さんは香月さ んで仲良くしていきたいと思ってるわ。これは陽司君の事、関係なしにね」 すると香月さんは照れたのか顔を真っ赤にして俯き、小さな声で 「ありがと」 とだけ言った。あたしはそんな彼女が素直で可愛い女の子じゃないかとさえ 思えてきた。事実、香月さんの地はそうなのかも知れない。ボーイッシュな 格好でああいう態度を取られると、何か、こう、可愛い弟(本人が聞いたら 気を悪くするだろうな)の様な気がしてきたのだ。 少なくとも彼女はあれだけの秘密をあたしに明かしてくれた。それが例え 陽司君をとられまいとする気持ちから発したものでも、あたしに正面からぶ つかって来てくれたのだ。だから、あたしも香月さんの勇気に対して、何か してあげたくなっていた。