作品名:『Twin』(6)
  製作  : 97/10/13(13KB)
  作者  : あきよ  氏
  形態  : 長編区切(恋愛)

 Twin 6



 途中、母親がお茶を持ってきてくれた。その時、既に夜の11時を回って
いる。最初は胡散臭そうな表情を浮かべていた母親だが、一度理解を示して
くれれば、逆にフルーツ持って来ようか等と言い出す始末である。
 そんな母親が退室した後、香月さんがくすくすと笑っていた。
「な、何よぉ」
「お母さんのいる風景が・・・その羨ましいなぁって思ったんだ」
 そう言えば、中小見家に何度かお邪魔した事はあってもご両親の姿を見掛
けた事は一度もない。
「あ、そっか。陽司も話していないんだ。ウチさ、お母さん蒸発しちゃった
んだよ。僕が中学にあがる直前だから・・・5年くらい前かな。近所の人の
話では他に男作ったとかどうとか」
「ホント?」
「うん。父さんと陽司は結構ショックだったみたいだね。一月くらいお店開
けなかったし。でも、まあ、時間とともに忘れていったみたいだけど」
 成る程。確かに母親がいなければ双子がお店を手伝っているのも理解でき
る。そう言えば以前、伺ったときも異様に生活の臭いがしなかったのはその
為だったのかも知れない。
 香月さんが陽司君に依存している理由はそこにあるかも知れない。家庭が
自営業と言う事は、両親が面倒を見切れていなかったのだろう。陽司君と香
月さんは生まれたときから目の前にいる相手と文字どおり一緒に育ってきた
のだ。だから随分と昔からその土台は形成されていたのだ。
「寂しくはないんだけどさ・・・ただ両親が揃っているって、それだけで実
はすっごく幸せな事なんだよね」
「香月さん・・・」
「な〜んてね。ごめん、ごめん。湿っぽい話なんか止めてさ、別の事話そう
よ」
 あたしも同感だった。それにこういう話題を振られるとあれこれと考えて
しまうので、そんな様子を悟られたくない部分もあった。

 お母さんが客間に布団を敷いておいた旨を報せてくれた。どうやら泊まっ
ていけと言っているのだろう。あたしとしても異存はない。そして香月さん
自身も困ったような、ちょっぴり嬉しいような表情を浮かべて、了承した。
「あ、笛子さん。電話貸してくれる。いちお、自宅に言っておかないと」
「そうね。ちょっと待ってね」
 あたしの部屋には電話がない。玄関の靴箱の上においてあるのだ。最近で
は全部の部屋にコードレスの子機があるとか、自分の部屋に回線が引いてあ
るとか、中々凄い話を聞くが、ウチには縁のない世界である。黒々としたダ
イアル式の電話機が鎮座ましまっているのだ。
「これ・・・その、骨董品?」
(悪気はない。悪気はないんだ、香月さんは)
 あたしは顔を引き攣らせてながらも、電話を進めた。彼女はどうやって使
うのか戸惑っていたものの、ダイアルを回すと言う極簡単な操作方法に気が
ついて自宅の電話番号をまわし始めた。
「あ、陽司。うん、僕」
 受話器の向こう側に出たのは陽司君らしい。心なしか香月さんの声色が弾
んだような気がする。手短にあたしの家に泊まる旨を伝えると、あたしに受
話器を渡してさっさと2階へ戻ってしまった。
「ちょ、ちょっとぉ」
 仕方なくあたしが電話口に出る。
「あ、あれ? いつのまに相田さんに変わっちゃったんだろ。その、ごめん
ね、相田さん。迷惑だったでしょ。どうせ香月の事だから居座るようにして
いるんじゃないかと思うんだけど」
「ううん・・・」
 耳元がくすぐったい。彼の声が息遣いがすごく側に感じる。それだけであ
たしの機嫌はすこぶる良くなっていった。
「ちゃんと仲良くしているから、安心してね」
「いや、でもさ・・・この前の様な事があったばかりだけに」
「大丈夫っ! 陽司君は気にしないで、ね」
「そう言われると益々気になるんだけどなぁ」
「本当に大丈夫だったら」
「うん。じゃあ香月の事、お願いね。迷惑だったら叩き出していいからさ」
 その様な事を話して電話は切れた。時間にして2、3分の出来事だったの
だが、もっと長い時間話していたような気さえする。
(どうせなら今晩一緒にいるのが陽司君だったらいいのにな・・・はっ。あ
たしったら何て事を考えているのっ)
 邪念を振り払うようにほっぺたを軽く叩く。とは言っても好きな男性と同
じ顔の人間がいるってのは、矢張り気になるわよね。

 香月さんは身長160センチ位である。あたしと殆ど身長が同じだったの
を幸いに、パジャマ等はあたしの物を貸した。ピンクの布地に猫の絵が所々
にプリントされている可愛らしいデザインである。
「こ、こりは・・・可愛すぎて僕には似合わないよ」
「まぁまぁ。物は試しって言うじゃない。サイズだってLだからゆったりと
していて良いわよ」
「う〜」
 観念した香月さんは渋々着替え始めた。そこであたしは再び邪な妄想に捕
らわれていくのだった。Tシャツを脱ぎ捨てる瞬間までは、陽司君と香月さ
んの区別がつかないもんだから、ねぇ。どきどき。
 でも次の瞬間はちゃんと女の子の体が現れるのだから、ほっと安堵の息を
洩らす。ボーイッシュな香月さんらしいさっぱりとした下着が良く似合って
いる。が、しかし。
(思ったより、胸でかいじゃないの。ひょっとして、あたしより・・・?)
「な、何だよ。僕の体ばかり見て・・・笛子さんってえっちだな」
「ち、違う!」
「同性だから別にいいけど。男に肌を見せる気には当分なれないし」
 後半の台詞が重かった。そうなのだ。彼女があたしに気を許しつつあるの
は、相手であるあたしが女性だからなのだ。もしもあたしが男性ならば、多
分、氷の様な表情でさっさと立ち去っていくんだろう。
 言った後で香月さんも『しまった』と言う表情を浮かべた。二人とも同じ
事を連想していたに違いない。
「・・・あの事は変に気を回さないでくれる? 僕も深く考えたくないし」
 あたしは大きく肯いた。
「とか言って、僕も同じ事を考えていたから、同罪か」
 自嘲気味に香月さんは例の薄笑いを浮かべていた。伏せた瞼の下が濡れて
いるような気がした。
(こうやって・・・香月さんは、この先も縛られて生きていくのかしら)
 それはあんまりである。彼女は被害者なのだ。そりゃ加害者が罪の意識に
縛られて生きていくケースもあるかも知れないけど、被害者のそれとは比較
する事は出来ない筈だ。何とか香月さんを救ってあげる事は出来ないだろう
か?
「笛子さんが羨ましいよ・・・」
 香月さんは窓の外に広がる海辺を見ていた。明るい月が砂浜を照らし出し
ている。丁度水平線の高さにはバイパスが通っているので見えないが、視界
が良ければ沖合いの島の明かりだって見える事もあるのだ。もっとも香月さ
んは景色を見るために向こう側を向いているのではないのかもしれない。
「僕だってさ。同年代の他の女の子と同じように恋愛だってしてみたい」
「香月さん・・・」
「何で、こうなっちゃったんだろうな」
 大きな溜め息を吐くと、香月さんはぴしゃりと窓を閉めた。そしてあたし
の前を横切ると室外に出ていこうとして、襖を開けた。
「ごめんね、変な事口走っちゃって。おやすみ」
「待って!」
 無意識の内にあたしの右手は彼女の服を掴んでいた。おいおい、ここで彼
女を呼び止めてどうするつもりなんだ、あたしは。
 香月さんは目を丸くしてあたしを見ていた。そしてその場に座り込むと
「足・・・痛いよ」
「ご、ごめんなさい」
 彼女の服の裾と一緒に皮膚まで掴んでいたようである。あまり言いたくは
ないが、あたしの握力は同じ年の女の子の倍近くある。これは中学時代まで
の柔道の成果であるのだが、そんな事を知らない香月さんはきっと、馬鹿力
の女と思ったのだろう。
 ともあれ、このままでは香月さんが去ってしまうのは確実である。凄く嫌
なタイミングだ。何としてでも話を続けたい所だが、それを彼女が納得する
だろうか・・・果たして。
「い、一緒に寝よう!」
 内心、悲鳴をあげたい。もう、清水の舞台どころかランドマークタワーの
てっぺんから飛び降りたような心中である。自分で誘っておきながら、頬の
温度が急上昇しているのが認識できた。
 だが、それは言われた香月さんも同様だった。彼女もまた真っ赤になって
いたのだった。
「うん・・・」
 と言う訳であたし達は一緒に布団を敷くと、灯かりを消して潜り込んだ。
(ちょっと待て。これって何だかアヤしくないかい?)

 朝。(期待した読者の方、ゴメンナサイ)
 いつもよりも目覚ましの音が響いている。いや、響いているなんてもんじ
ゃない。直接脳髄に振動を与えているような感覚があたしを襲った。
「うるさいっ!」
 飛び起きてみると、あたしの横には目覚し時計を持った香月さんがちょこ
んと正座していたのだった。原因は分かった。彼女は目覚し時計をあたしの
耳に押し付けていたのだ。
「いやぁ、なかなか起きないからさ。でも目が完全に覚めたでしょ」
 このふてぶてしい態度。例の香月さんが出てきたらしい。
「覚めたでしょ、って五月蝿くて鼓膜が破れたらどうすんのよ」
「そしたら永遠に静かでいいじゃない」
 ・・・殴ったろか。この変貌ぶりは一体何なんだ。昨夜はあんなに女の子
していたのに、今じゃ陽司君よりも男の子っぽい雰囲気である。
(まさか、太陽が昇ると男になって、日が沈むと女になる・・・く、下らん
。オオカミ男じゃあるまいし)
 すると彼女は突然、あたしを背後から抱きしめて来たのだ。
「連れないなぁ、笛子さん。僕の事、嫌いになったの?」
 寒気、なんて生易しいものじゃない。数千匹のミミズが背中を這いずり回
るような感じだった。
「た、頼むから、陽司君と同じ顔で、同じ声で、そんな事言わないでよっ」
「ちぇ。つまんないの」
 そう言ってぱっぱと着替えてしまった。そしてくるりと振り向くと
「笛子さんは着替えないの?」
と言った。そんな彼女を無理矢理部屋の外に追い出した。だって、だって・
・・ねえ?
 朝食をとった後、一緒に家を出た。そして香月さんとは駅までの道のりの
途中で別れた。何でも魚市場に行かなければならないらしい。家事手伝い(
?)の彼女はそれが終われば暇になるだけなのだろう。
「はぁ・・・」
 何だか朝っぱらから凄く体力を消耗したような気がする。
 いや、悪い子じゃないんだけどね・・・それだけに対応に困ると言うか。
「おっはよ、笛ちゃん」
 校門の前で美代ちゃんとあった。彼女はいつもどおりの笑顔で大きなお弁
当箱の入った巾着袋を持っている。
「どしたの? なんか顔、青いけど」
「ん。ちょっとね。後で話すわ」

 昼休みになって陽司君が話し掛けて来た。多分、香月さん絡みの話だと思
うので、お弁当を持って誰もいない家庭科室へと移動する事にした。
 天気が良いので南側の窓を開けて、その正面のテーブルで昼ご飯を食べる
事にしたのだ。
「その・・・相田さん。昨夜は本当にごめんね」
「何が?」
「いや、だから、香月の奴が迷惑かけたんじゃないかって・・・あれ」
「そんな事ないわよ。寧ろ、色々と話が出来てたのしかったわ」
「・・・そっかぁ。なら、いいんだ」
「話って、それだけ?」
「う、うん。本題は、ね」
 どうやら、あたし以上に陽司君の方が気に揉んでいたらしい。そりゃ、そ
うだよね。三人の関係を考えれば当然と言えば当然である。
 陽司君は安堵の表情を浮かべて天婦羅を食べていた。
(やっぱり、香月さんの事が大切なんだろうなぁ)
 妬ける。とはちょっと違うのかしら。でも、あたしも陽司君にここまで思
われてみたい。大切にされたい。
 ほんのちょっとだけ手を伸ばせば届く距離にいるのに、凄く遠く感じたり
する。なまじ、陽司君の気持ちを受け取っただけに、切なくなってくる。
 あたしの恋の成就はいつの事になるのだろうか。香月さんの傷が癒えるま
で待たなければならない。しかし、今のあたしには少しばかりの余裕が生ま
れていたので、気長に待ってみようかと言う気分にもなってくるのだ。
「あのさ。相田さん・・・今度、映画でも見に行かない?」
 今の一言で余裕なんて無くなってしまった。急激に心拍数が上昇し、喉を
通りかけたご飯の固まりが飛び出しそうになった。すぐ横の麦茶をぐいと流
し込んで、呼吸経路を確保すると、あたしは聞いた。
「・・・それって、デート?」
「え? あ、まぁ、そういう事になるのかな・・・」
 水をうったような沈黙が室内を満たした。聞こえるのは自分の胸の動悸。
心臓の音が相手にまで聞こえるんじゃないかってくらいにどきどきしている
のだった。
「うん・・・行く。絶対に行くよ」
「良かったぁ。断られたらどうしようかと思っていたんだ」
「な、な〜んで、陽司君からのお誘いを断るのよ?」
「いや、だって・・・その、なんとなく・・・」
 最後の方はか細い声だった。
 分かっている。今、彼の心は板挟みに苦しめられているのだ。彼が守らな
ければならない妹の事と、彼を好きだと言うあたしへの気持ちが、激しく衝
突しあっているに違いなかった。
(陽司君は優しい)
 彼は誰とでも仲が良く、誰にでも優しく出来る男の子だった。こういった
状況に陥ったところで、その性格、その行動方針に何ら影響を及ぼす訳でも
ないのだった。
 感情が衝突しているのは、あたしも同じだった。そりゃ、好きな男の子か
らデートに誘われたのだから、これは、もう、手放して喜びたいのが自然な
反応である。同時に、彼の行動の背後には常に双子の片割れの影がちらつい
ているような気がしてならない。無論、陽司くんを束縛している対象物が自
分と同性と言うのも原因の一つだと思うけど、所詮、香月さんは妹に過ぎな
いのだから、もうちょっと考え直した方が良いと思うのだ。
 そこで、あたしはある事実に気が付いた。
(嬉しいくせに・・・あたし、何だか、冷静じゃない?)

 一度、気になると止まらない。良く言えば『物事を手を抜かず徹底的にや
り通す事』を意味するが、反対には『いつまで経っても見切りを付ける事が
出来ない事』である。
 今のあたしの思考は正に後者だった。感情の微妙な変化が気になって仕方
がなかった。
(何故だろう?)
 あたしは幾度なく繰り返した考察を辿っていく。しかし、どんなに考えて
も結論は出ないままだった。
「ふ〜えちゃん」
 声の主は勿論、美代ちゃんである。彼女は昼食後の合間を縫って、5時間
目の宿題をやっていた。宿題を忘れてくるなんて、およそ、彼女らしからぬ
行動であった。
「ここんとこ、教えて〜」
 すがるような上目は殆ど犯罪である。この表情を男子生徒に向ければ、誰
もが喜び勇んで、自身の回答を持ちよってくるだろうに。あたしが、あっけ
にとられていると、美代ちゃんは続けて第二撃を放った。
「ね〜え、オ・ネ・ガ・イ」
「う、うん。ちょっと待って」
 あたしは机の中から英語のノートを取り出して、昨晩書き込んだ辺りを広
げるのであった。それを横から覗き見する美代ちゃんは、目的の箇所を発見
し、即座に自分のノートへと転記していった。
「笛ちゃん、アリガトねっ」
「どういたしまして」
 珍しい。そう思わずにはいられない。ガリ勉とか真面目とは言わないけれ
ど、宿題を忘れてくるなんてめったにない彼女なのだ。何か他に気にかける
ような事でもあったんじゃないかと思う。
 数箇所だけの丸写しが終わると、再び彼女は教科書との睨めっこを始めて
いた。一見すると特に変わった様子など見受けられないのだが・・・
 美代ちゃんは、あたしの視線に気がついたのか、ちらりと顔を向けて言っ
た。
「笛ちゃん、部活の前にちょっとだけ付き合ってくれないかな」
「え? う、うん。いいよ」
 やがて授業開始を告げる鐘がなった。