作品名:『Twin』(7)
  製作  : 97/10/13(10KB)
  作者  : あきよ  氏
  形態  : 長編区切(恋愛)

 Twin 7



 教室を出るとき、中小見くんとばったり出会った。注意してみれば彼には
ない筈のホクロ。つまり、この中小見くんは香月さんだった。
「どうしたんだい? 何だか慌てているみたいだけど」
 そう言ってさり気なくあたしの行く手に身体を滑り込ませる。こっちが慌
てているように見えるんなら、邪魔しないで欲しい。これで、あの、冷笑じ
みた表情が浮かんでいれば、文句の一つも言ってやったんだけど、今の彼女
はどこから見ても彼そのものだったので、思わずあたしは足を止めてしまっ
た。
 背後に何かがぶつかる。見るまでもない。あたしの後を続いて歩いていた
美代ちゃんが衝突したに違いないのだ。まあ、歩くスピードだから、衝突と
言っても大したショックではないだろう。事実、美代ちゃんはあたしの横か
らひょっこりと顔を出すと、ほっぺたを膨らませて無言の抗議を中小見くん
に送っていた。
「あ、ごめんね。でさ、相田さん・・・」
「たんま。あたし、ちょっと用があるの。今度にして」
 付け入る隙を与えない様に、即座に断った。これが、もし、目の前の中小
見くんが陽司くんだったら、果たして同じ結果に成ったかどうか分からない
けれど、とにかく今は美代ちゃんの話のほうが優先されるべきだった。
「そっか・・・じゃ、また」
 彼は身を翻して家庭科室の方角へと歩いていってしまった。
(今日は学校に来ないなんて言ってたクセに・・・)
 しかし、今は香月さんの事よりも美代ちゃんの方が気にかかっていた。あ
たしは美代ちゃんの待つ廊下を小走りに移動していった。
 何となく屋上に付いた。多分、美代ちゃんは人に聞かれたくない話をした
いのだろう。だから、自然とここへやってきたのだ。屋上は開放されている
けれど、余り利用者がいない。一つにはこのくそ暑い季節にわざわざ出てく
る生徒が少ないと言う事だった。ウチの学校は海が近い。だから、夏は下校
と同時に浜辺の海水浴場で泳ぐ連中が結構多かったりする。
 屋上は四方を高さ2メートルほどの金網に囲まれている。正門の辺りには
下校の生徒でいっぱいだ。人の群れはここで二つに分かれる。一つはすぐ右
手の国道にあるバス停へ、一つは真っ直ぐ歩いてJRの駅に向かうのだ。
 そんな景色を見ながら美代ちゃんは唐突に言った。
「笛ちゃん。内緒にするって約束してくれる?」
「うん、勿論。その為にあたしを呼んだんでしょ」
 念のため周囲をぐるりと見回し、他に人がいない事を確かめる。
 誰もいない。
 少しだけ安心したのか美代ちゃんは語り始めた。

 それは美代ちゃんの恋愛に関する話だった。しかし、そのような浮いた話
一つあがらなかった彼女だけにあたしは驚きを隠せなかった。
 何しろ美代ちゃんはガードが堅い。入学以来何人もの男子生徒が彼女に告
白したりラブレターを送っているのだが、美代ちゃんは決まって断りの言葉
しか言わないのだ。
 最初は男性に対して恐怖心みたいなモノを持っているのかと思った。しか
し同じ部活の陽司くんを始め、クラスの男子とも頗る仲がよい。時として冗
談を言い合ったりもするし、ふざけあったりもしている。
 次に考えたのは、彼女の男性に対する望みが高さだった。つまり、彼女の
中の男性に対する理想が高すぎて、周囲の男子では到底叶わないモノだと思
ったのだ。だが、それも外れていた。例えば芸能人の話で盛り上がったりす
るときに、彼女だけは誰もが絶対あげないような人物の名前をあげたりして
周囲の驚きと顰蹙を買ったりしているのだ。好みと言うのは人それぞれだか
ら、他人が文句を付ける筋合いはどこにもないのだが・・・
 そんな訳で、彼女から恋愛の話を打ち明けられるなんて、寝耳に水だった
から、あたしも聞きながら握りこぶしを作っていたりした。
「実はね、彼から別れようって言われたの」
「え!? か、彼って・・・」
「恋人の事よ」
 そんな当たり前の事は分かっている。
 あたしが驚いたのはそうじゃなくて・・・
「一年近くも付き合っていて、特に変わったところもなかったのに、いきな
りなの。何度問い質しても具体的に言ってくれないし、あたしの事を嫌いに
なった訳じゃないなんて言うけど、尚更別れる理由が分からないし・・・」
「い、一年・・・」
 だとすると中学生のときから付き合っていたって事じゃない。あたしが美
代ちゃんと友達になるよりもずっと前の話だった。
 この時、既にあたしの耳には美代ちゃんの話が全く入ってこなかった。上
手く言えないけれど、端的に言って裏切られたような感じがしていたのだ。
 だって、あたしは陽司くんの事も、香月さんの事も全て包み隠さず、彼女
に相談してきたのだ。そして、その時だって美代ちゃんは親身に相談に乗っ
てくれて、そして今のあたしが、そしてあたしと中小見家の双子との関係が
出来上がったのだ。
 なのに・・・なのに、美代ちゃんはあたしに対して相談はおろか一度も自
身の恋愛話を打ち明けてはくれなかったのだ。
 友達だと、親友だと思っていたのに・・・
「美代ちゃん・・・何で今迄、教えてくれなかったの?」
「そ、それは、笛ちゃんにそこまで教える必要ってなかったし・・・」
「なんでっ!?」
「ふ、笛ちゃん・・・どうして、そんな事言うの? 今、相談しているのは
あたしなんだよ。あたしは今迄たくさん笛ちゃんの相談に乗ってきたのに、
何であたしが相談すると、抵抗するのよ!? 一度くらい、力になってくれ
たっていいじゃない!」
「だって、だって・・・」
 それ以上は言葉にならなかった。あたしは相談を受けていると言う立場を
も投げ捨て、彼女から逃げるように走り出していた。

 違う。違うんだ。
 美代ちゃんの相談が嫌で逃げ出したんじゃない。
 彼女が彼氏の存在を隠していた事が嫌だったんだ。
 それが、あたしには凄くショックで、これ以上、彼女の顔を見る事に自信
がなかったのだ。
「あれ? 相田さ〜ん」
 声に振り向くと陽気な表情の香月さんがいた。しかしあたしは無意識のう
ちに彼女を睨み付けると再び疾走を開始した。
 瞼に残る残像。香月さんもまた驚きを隠せなかった。あたしはどんな形相
をしていたのだろうか。多分、泣いているんだろう。顔なんかぐちゃぐちゃ
で訳が分からなかったに違いない。いや、ひょっとすると怒っているかも。
 走りに走ってあたしは教室に辿り着いた。ふらふらと自分の席へ座ると呆
然と隣の机を眺めていた。
(美代ちゃん・・・)
 少し落ち着いてきた。頭が冷えたとは言い難いけれどさっきよりは随分と
マシになったと・・・思う。
 教室に誰もいなかったのが幸いだった。
 こんな所を誰かに見られたらと思うと・・・思うと、どうするんだろう。
 恥ずかしい? それも、ある。
 悲しい? それも、ある。
「何、やってるんだろな・・・」
「それはこっちの台詞だよ」
 振り向かなくても分かっていた。あたしの背後でぺったぺったと上履きを
引き摺る音が教室の中に響いた。
「あの娘と喧嘩でもしたの?」
 足音が止まる。すぐ後ろにいるのだろう。
「喧嘩って言うか・・・その・・・」
「知ってるよ。どうせ、相田さんが我侭言って彼女を困らせたんでしょ」
「な・・・!?」
「図星だね」
 あたしは凄く複雑な気分だった。このようにあたしの心を全て見透かすの
が陽司くんでない事に安堵する一方、残念な気もしたのだ。
「別に僕は相田さんを追求しようなんて思っていないよ。ただ、彼女が凄く
心配な顔をして・・・君の事を探し回っていたみたいだから。だから、ちょ
っとしたお節介」
 言葉の調子からも、にやっと笑った香月さんの表情が脳裏に浮かんだ。何
だか全て見透かされているような気がしてちょっと悔しい。どうして、香月
さんは、あたしの一挙一動を瞬時に理解してしまうのだろう。
「とにかくさ、どっちが悪いとかってのは置いておいて、ちゃんと仲直りし
なよ。でないと、この先暫く、息苦しい学校生活を送る事になるんだから」
「うん・・・お節介、ありがと」
 背後でこける音がした。

 教室から出ると美代ちゃんはすぐ近くの廊下にいた。何と言って声をかけ
ようかと悩んでいるうちに、彼女の方もあたしの姿を認め、つかつかと歩み
寄ってきた。
「ごめんね、笛ちゃん」
「え?」
「その・・・彼氏の事、内緒にしてて」
「あ、いいの。もう、あたしも気にしていないし。あたしの方こそ取り乱し
ちゃってゴメンね。本当に美代ちゃんに世話かけっぱなしで」
 ふと視界の端に、柱の影からこちらを覗いている男子生徒の姿が入った。
(香月さんってば・・・)
 あたしたちが仲直りしたのを確認したのか、香月さんはぷいとその場を離
れていった。その後ろ姿が気まぐれな猫のようだった。
 不思議なものである。つい、先日までは存在すら知らなかった人間が、あ
たし達の心の中に強引なまでに割り込んできて、その存在を誇示しているの
だ。かといって嫌な存在ではない。すごくアクが強いけれど、何となく、た
だ何となく、いるのだ。不自然さを感じさせない雰囲気は彼女の持ち味なの
だろうか。
「・・・そうだ。部活、どうしよ?」
 結局、その日は部活をさぼる事になってしまった。

 笛ちゃんはあたしにとって親友であると同時に一種の憧れでもあった。何
故なら彼女は誰からも好かれ、可愛い女の子として見られていたからだ。そ
ういうのが自分のキャラクターでないことを承知していても、そうなりたい
と思ったり羨ましくなったりもする。
 でも今日の出来事で、笛ちゃんも又、恋に悩んだりする普通の女の子であ
ることを知った。誰だって悩んだり失敗することはあるのだ。いや、逆に完
璧に近ければ近いほど、過去に失敗を経験して、そのフィードバックの結果
今のその人があるのだから。
 笛ちゃんもあたしと同じく恋に悩んだりする。それがあたしにとって彼女
により親近感を抱かせるのだ。いや、勿論、彼女が悩むことを歓迎している
わけではない。ただ、何となくではあるが『あたしと同じじゃあないか』と
思えるのだ。
 あの後、笛ちゃんの恋愛話はうやむやになってしまい、別の機会に話して
貰うことになっているのだが、それはそれで良いと思った。多分、笛ちゃん
は彼氏と別れることになっても仲直りする事になっても、良い方向に成長す
るのだろう。別れ際の彼女の晴れ晴れとした表情を見ていると、あたしなん
かのお節介は必要なさそうな気がした。
 お節介と言えば香月さん。あの体験により、一種の人間不信に陥っている
のだから友情とか恋愛とかって類には首を突っ込んでこないだろうと勝手に
思い込んでいたけれど、そんな事はなかったのだ。寧ろ、絶妙な慰め方であ
たしを立ち直らせ、笛ちゃんと仲直りをさせてくれたのだ。
 思い出す度に上手いと思う。あたしが香月さんの立場であのような場面に
遭遇したとしても、慰めるどころか声をかける事もしないでさっさと立ち去
っていたに違いない。

 他人に対してそこまで気を配ったりすることが出来るのならば・・・
 香月さん自身に対しても同じように・・・
 出来るんじゃないのだろうか・・・

 ふとそんな考えが浮かんだ。技術的な問題はクリアされているのだから、
後は彼女の心情的な問題に違いない。彼女が恐れているのは他人との異性と
の交流だ。他人同志に出来て自分が当事者になる事は出来ない。そんな感じ
である。余計なお節介かも知れないけれど、そんな事じゃ香月さんが勿体な
いと思う。
(ならば・・・あたしに何か出来ないかしら? 香月さんに・・・)
 余計なお節介だっていいじゃない。あたしだって今日、彼女にお節介され
たばかりだ。もっともそれは感謝すべき類のものだったけど、香月さんだっ
てひょっとしたら分かってくれるかも知れないじゃない。
 香月さんの対人恐怖症、ひいては陽司君への依存症を克服できるかも知れ
ないんじゃないか。無論、現時点で何をすればいいのかあたしには皆目検討
が付かないけれど、そんなモノは時間をかければ幾らでも思いつくだろう。
(そうすれば陽司君は香月さんに縛られる事もなくなる)
 あたしにしても中小見家の双子の件で随分と悩んできたけれど、これで上
手く行けば、香月さんも、陽司君も、そしてあたしも幸せになるのだから一
石三鳥である。我ながら(と言うほど立派な頭ではないが)良い考えだ。
 あたしは窓を開けた。少々興奮してきたのか暑かったのだ。
 初夏の夜風はお世辞にも涼しいとは言えない。それでも潮の匂いがあたし
の気分を心地よいものにした。
「よぉし。やるぞぉ〜!!」
 あたしは吼えた。