作品名:『宛名の無い思い出の手紙を』
  製作  : 96/09/25(5KB)
  作者  : おじゃ  氏
  形態  : 短編(ショートストーリー)

<宛名の無い思い出の手紙を>

 私は今、海を眺めながらこの手紙を書いています。ここは演劇部の部員だけが
知っている穴場です。校舎の裏にある演劇部の窓から出て、金網に開いた穴を通っ
て森を抜けると、ほら、思い出してきたでしょう。
 左、右を向けば、どちらにも演劇部の先輩が同じように海を眺め、潮風にある
思い出を捨てようとしていました。三人、演劇部を存続すべく共に抗議し、そし
て散っていった仲間でもありましたね。
 かつて、二桁を超えた部員で賑いを見せていた部室も、今日でお別れです。

理砂穂「あ〜あ、明日から他の部活を探さなくちゃいけないわねぇ」
克彦 「おれ、頭悪いし、親からも部活辞めろって言われてたんだ。勉強しろ、
    勉強しろってね・・・それより久住ちゃんには悪かったね。去年は十人い
    た部員も受験勉強を理由に退部、それに今年は・・」
久住 「いいですよ、克彦先輩。結局あのおっきな部室も有効利用していただけ
    るみたいですし、それに私・・・・演劇は絶対辞めませんから!」

私の目には涙が溢れていました。克彦先輩の目にも、理砂穂先輩の目にも・・・・。
演劇では一度も涙を見せなかった理砂穂先輩が、秋の演劇祭で最優秀演技賞を受
賞した時以来です。あの時はシンデレラでしたよね、今でも目をつぶれば思い出
せます。その日一番の喝采、私も演技には少し自信がありましたから、ちょっと
嫉妬してました。
 その後でしたよね・・・・とても親切で熱心な、牧野先生がお亡くなりになられた
のは・・・・
 次の演劇はオリジナルで行こう、なんて話し合っていた時でした。克彦先輩が
部室を通り過ぎるかの様な勢いで掛け込んできたんです。

克彦 「みんな、大変だよ! せ、せん・・・」
理砂穂「なに?焦ってないでゆっくり言いなさいよ」
克彦 「先生が、た、たた、倒れた・・・・!」

 その一言は、話に没頭していた部員達の顔が素に返ってしまう程でした。先生
が亡くなられる前に書き残したメモは、まだ校長室に飾ってあるでしょうか・・・・。
『演劇とは、劇を演じるのではない。自分自身の心に描いた夢を見せる舞台です』
そっけない言葉ですが、それに含まれている意味は、私にとって誰よりも心を打
たれたものです。PTAの方々には余り意味を成さなかったようで、その後、廃
部となってしまいましたが、恨んではいませんよ。人それぞれ価値観は違います
から。
 高校へ一緒に行けなかったのは、私の父親の仕事の都合という事でしたが、引っ
越した先でも演劇は辞められませんでした。初舞台は、シンデレラ。結構活躍し
たんですよ。でも、理砂穂先輩のようにはいきませんでした。やっぱり私、才能
無いのかなって思い、落ち込んでいた時期もありました。そんな時は牧野先生の
メモを思い出しながらレギュラーを維持していたものです。お陰様で皆勤賞もと
れました。
 高校に通うことになって、一つ自分の才能を見付け出すことができたんです。
選択教科で音楽を選んだのが幸いでした。2年の春、初めてバイオリンという楽
器を手に持ち、弦を弾いた時、とても良い音を奏でることができたんですよ。そ
の時、確信しました。これだって。
勿論、演劇とバイオリンを両立する事なんて私には出来なくて、でも、私欲張り
だから演劇はとりあえず置いておいて、バイオリンに乗り換えてしまいました。
ごめんなさい・・・・。
 大学に行こうと思ったんですが、私そんなに頭がいいわけでもなかったし、だっ
たらバイオリンの道に進んでみようと考えたんです。演劇は青春の一部として心
にしまったままですが、今でも演技力は衰えていませんよ。でも、今度は演劇を
やりたくなった時の事をバネにして、バイオリンに思いを込めています。小さな
事ですが、バイオリンの演奏会にも出ることが出来ました。その道というものに
は、プロという人が必ずいるようですが、演奏会優秀賞をきっかけにプロへの道
を考えたんです。でも、やっぱり私は固苦しい事よりも、もっと自由に、もっと
色々な事にチャレンジしたくなってしまって。
 先輩方は、今何をなさっていらっしゃいますか? 二十六歳の夏、克彦先輩と
理砂穂先輩が結婚するという知らせを聞いて、誰よりも早く式場についてしまっ
たのは、私です。

久住 「おめでとうございます、先輩」
克彦 「ありがとう、君に来てもらえるなんて、本当に嬉しいよ」
理砂穂「確か、バイオリンを始めたって聞いたのよ。凄いじゃない」
久住 「そ、そんな事・・・・それより、今日は本当におめでとうございます。いつ
    までもお幸せに・・・」

私は祝福の言葉を言ってアイレンの花束をプレゼントしましたが、その日はどう
しても抜けられない用事があって、式には参加出来ませんでしたが、ある一つの
花言葉を残してその場を立ち去りましたね。
アイレンの花言葉は、『幸せになって下さい』です。そして、もう一つ・・・・
あの時どうしても言い出せなかったもう一つの花言葉は、
『私もあなたが好きでした』です・・・。
 書き遅れましたが、私、二十七歳で晴れて結ばれ、楽しい日々を送っています。
相手は気の優しい二十六歳の会社員でした。年下である事に驚く姿が目に浮かび
ますよ。これだけ書けばあの時の用事、わかっていただけましたか? そう、相
手方に顔合わせをする日だったんです。嘘をついたわけではありませんが、初め
て演技が役に立ったと思います。とても楽しい日々が迎えられて、私幸せです。
 町の過疎化から、風舞中学校は先日廃校となりました。今日は取り壊しがあり、
立入禁止の札が立っていて、中に入る事は出来ませんでした。私が卒業してから
五十五年間休まずに夢を与えてくれたこの学校も、もうすぐお別れです。でも・・・・。
『心に描いた夢を見せる舞台』は、この学校だけではなかった、そう添えてこの
手紙を終わりたいと思います。

PS 私は、海の見えるここに、生涯を全うする住まいを持ちました。どうぞ、
気楽に遊びに来てください。また、年を取る毎に好奇心が旺盛になってしまうよ
うで、時を経つのも忘れがちになります。牧野先生に会うのは、私が最後になり
そうですね。

それでは、いつかどこかで・・・・。