作品名:『アズサぱれ〜ど☆  1』うちゆうのらあめん
  製作  : 96/09/20(18KB)
  作者  : 瞳夢  氏
  形態  : 短編(コメディ)

 うちゆうのらあめん

 突然だった。
「ラーメン食べたい!」
 トモ子はそう言って、椅子を蹴って立ち上がった。時間は昼休み。場所は都内某女
子校の二年九組である。ショートカットではないが三つ編みにするには短すぎる髪を、
耳の後ろで無理に結び、前髪は眉毛辺りで乱暴に切りそろえられている。ボンヤリし
ていて何を考えているのかよく分からない眼は、視線を宙にさまよわせたままだった。
 彼女の一言で、今までうるさかった教室が数秒静まり返り、皆が彼女を注目する。
「は? 何言ってんの? あんた」
 購買部のパンの袋を開けながら答えたのは、トモ子向かいに座っている友人のアズ
サ。髪型はロングヘアをヘアバンドでまとめ、背筋と襟元をきちっと正している。目
元鼻先口元が整った顔立ちをしていた。
「ラーメン食べたいの……」
 トモ子は宙を漂わせていた視線をアズサの瞳に移し、祈るように言った。
 二人とも同じ高校の制服を来ていたが、こうして見るととても同じ服には見えない。
方やトモ子はよれよれの皺だらけ。方やアズサはアイロンがけをミスした様子さえな
いほど仕上げられている。
「あのねぇ。そう言うことは前もって言いなさいよ」
 ボンヤリしたままのトモ子を渋い顔で睨み付け、アズサは言う。二人とも、もう牛
乳パックにストローも刺さっていて、ゴーサインさえあればいつでも食べだせる体制
である。「だって……」
 トモ子は拗ねた子供のように、上目遣いでアズサを見て、「ラーメン食べたいんだ
もん……。フカヒレチャーシュー……」
 トモ子の目からは、駄々をこねる直前の子供が見せる独特の電波が放出されていた。
「はぁ……」
 アズサは大げさに溜め息をつき、トモ子の電波から視線を一瞬だけ逸らし、「あの
ねぇ。分かってるの? あたし達が今から何するとこなのか。お昼食べるの。お昼。
分かる? こうやってもう準備も済んで、あとは食べるだけなのよ」
「だって……」
 トモ子の口がへの時に曲がり、電波がワンランクアップする。
「どーしてあんたはいつもいっっつも、そうなわけ!? ファミレスでラザニアが来
てからカレーがいいって言ったり、隣の高校の健仁君とデートするその日の朝に、善
樹君にラブレター書くって言い出したり、クリスマスのパーティ会場に着いてからド
レスの色ほかのがいいって言ったり、カーペンターズのCDを買ってからクレイジー
キャッツがいいって言ったり。ほかにもあるわよ。ほら、修学旅行ん時も、飛行機が
離陸してから帰りたいって言い出したでしょ。ちゃんと覚えてるんだからね」
 近所のおばさんのように捲し立てるアズサに、しかしトモ子も一歩もめげず、
「だって……」
 と、電波の出力をもう一段階上げた。
「…………」
 トモ子はアズサを見つめ、アズサはトモ子を睨み付けた。二人の間に沈黙が続く。
「……………………」
 先に根負けしたのはアズサの方だった。
「分かったわよ! もう! ラーメンにすればいいんでしょ!」
 と、苛立たしげに立ち上がり、既に開けてしまった牛乳パックとトモ子の手を掴み、
教室を離れた。
 歩きながらアズサは、満足げに微笑むトモ子の表情に言い様のない脱力感を感じ、
心の中でそっと溜め息をつくのだった。
 ――いつものこと。そう。いつものことなのよ。この子のわがまま何て今に始まっ
た事じゃないし。あたしがこの子の保護者でいる限り、この子のわがままは続くのよ。
分かってるの。
 そしてアズサはもう一つ分かっていた。これから、またおかしな事件に遭遇するで
あろうという事が。


 東京都某区は、二十三区内にしては人が少ない。大通りにはもちろん人もいるし車
もブンブン走り回っているが、裏通りの密集住宅街であるこの辺りは昼間でもあまり
人はいない。
 二人は学校を出てラーメン屋に向かうところだ。昼休みなのであまり時間もないが、
ラーメン一杯食うくらいなら心配ない。
「どうして学食じゃ駄目なわけ? 別にどこでもいいでしょ」
 アズサはそう言って、アスファルトの上に落ちていた石ころを蹴った。石は音を立
てて転がり、溝に落ちた。アズサはトモ子を学食に連れていってラーメンを注文した
のだが、トモ子が『ここじゃない。学食じゃない』と言い出したので、仕方無く外に
連れ出したのだ。
「ダメなの。呼ばれてるような気がするの」
 トモ子はずっとさっきからボンヤリしたままである。いや、ボンヤリしているのは
いつものことだが、何というか、道の向こうに誰かが待っているかのようにまっすぐ
歩いていくのだ。
 結局、ラーメン屋を三件素通りし、着いたのは一軒の真新しいラーメン屋。
 名前は《飯庄》。個人経営で、自宅も兼ねているらしく表札があった。三階建てな
のでビル(と言うには多少変わっているが)にも見えるが、どうも民家を改造した店
舗らしい。この不況のさなかに生意気な店である。
「ここよここ! 食べよ食べよ!」
「へぇ〜、結構もうかってんだ」
 アズサは呟いて、店の中に早速飛び込んでいくトモ子を目で追いながら、その店を
観察した。ショウウィンドウには見本のほかに中国土産なども飾ってあり、白壁はコ
ンクリートだが柱などは基本的に赤だった。典型的な中国建築風の建物である。……
その割に入口は自動ドアだったりするのだが。
 で、中に入ってアズサはまず驚いた。
「あたしフカヒレチャーシュー! アズサは?」
 入口からさほど遠くないカウンターの席でトモ子が注文しているのだが、客がそれ
だけなのだ。しかも、
「あいやー! 今日はお客さ二人も! 急かしアルね!」
 ――おいおい、ホントなら今が一番混む時間だろうが。主人は典型的な中国おやじ
だった。
 アズサは心の中で呟きながら、
「あたし普通のラーメンでいい」
 と、ノッタリと席に着いた。
「今サーピス期間中、チャーシュー便安的。チャーシューラーメンするよろし」
「いえ、いいです……」
 飽くまでアズサは断った。しかし、このおやじ。本気で中国かぶれらしい。赤茶け
た髪の毛を後ろで三つ編みにし、目は狡猾そうな細い目。鼻の下から伸びたヒゲを、
ポマードで丁寧に仕上げている。小太りの身体に、赤いラメ入りの上着と黒いズボン
をはいていた。しかも言葉も、本物の中国人が聞いたら激怒しそうな言葉の割に、訛
りはちゃんと(?)上海訛りである。
「そアルか? ちゃあ、無理は言わないね。お客さタイエット、肉控えてるか?」
「そ……そう言う訳じゃないんだけどぉ……」
 アズサは、適当に愛想笑いを浮かべながらも心の中では、手を動かせおやじ! と
叫んでいる。そしてふと隣を見れば、そこにはモグモグと紅生姜をつまみ食いしてい
るトモ子がいた。
「あんた何食べてんの!」
「だって、これ美味しいよ」
「あっそ……」
 アズサは呆れて、トモ子から目を離した。カウンターの脇に新聞が置いてあるのが
目に入った。自分達が来るまでおやじが読んでいたらしい。広げてみると、しかし中
身は普通の新聞ではなかった。一般には『ジョーク新聞』と呼ばれている物である。
アメリカなどでは日刊で出ていたりもするのだが、日本にもあるとは知らなかった。
トップ記事は『謎の宇宙船、ラーメン工場に落下』だった。
「お客さ、出来たアルね。食べるね」
 新聞に手を伸ばして読んでいたアズサは、おやじの声で驚いて顔を上げた。いつの
間にか出来上がっており、トモ子は既に一心不乱に食べ始めている。一応、彼女のラ
ーメンにはフカヒレらしき物が乗っていた。どうせハルサメなのだろうが。
 ま、いいやと思いつつ、アズサは割り箸を手に取り――、
「う゛……」
 そのどんぶりの中の物体を見た途端、絶句してしまった。
「どうしたアルか?」
「な……なんでもないです」
 そのどんぶりには、白い油分がたっぷり浮かんでいた。それも生半可な量ではない。
汁が見えないのだ。インスタントラーメンを一晩置くと油が浮くが、それを掻き集め
て盛った感じである。
 アズサは一気に食べる気が失せて、隣のトモ子を見た。彼女はホントに美味しそう
に食べている。まるで一週間ぶりの食事にありついたかのようだ。こんなにも不味そ
うな物を、こんなにも美味しそうに物を食べる人間など、そういるものではない。
「ほらほら、トモ子! 口の周りに油が付いてるわよ」
 ナプキンで口の周りを拭いてやり、
 ――そうよね。食べ物は見た目じゃないし……。
 自分に言い聞かせるように箸を二つに割った。
 そして麺に口を付け……、
「としたアルか? マズかったか?」
 はっきり言って、人間の食い物ではなかった。
「いや……まぁ……」
 アズサは遠慮がちに口を開き、「おじさん、申し訳ないんだけど……このラーメン
……ゲロマズよ……」
 遠慮気味に言ってもそうとしか言えないほど不味かった。まず、麺が油でねちっこ
い。しかも妙に味が付いてないのだ。小麦粉に水と油だけを練り混ぜて食ったような、
そんな感じである。汁がまた妖しかった。店舗の隅には一応『鳥がら』と書いてある
が、それも妖しいところだ。言葉で旨く表現できないが、敢えて説明すれば、コンソ
メを油で揚げて胡麻擂り器で砕き、それを野菜汁とソースに混ぜて、鶏の生き血と蜥
蜴のしっぽと蚊の目玉で取った出汁を加えたような味である。
 アズサに指摘されたおやじはシュンとなり、
「そうか……やっぱり美味しくないか……」
「やっぱりって……」
 一瞬頭の中に、食中毒で死んだ自分の姿が浮かんだが、それを何とか振り払うと、
「トモ子ぉ、旨い?」
 どんぶりを抱えて最後の汁まで飲み干したトモ子は、
「ぷはぁ!」
 と、満足げに顔を上げ、「美味しかった! 明日も来るね!」
「げ……明日も……」
 絶望的な気持ちで、アズサは呟いた。


 翌日も、翌々日も、その次の日も、トモ子はラーメン屋に行きたがった。
「はぁ……また来てしまった……」
 アズサはトモ子に気付かれないよう、そっと溜め息をついた。十五の時にトモ子の
保護者を自称して以来、彼女が行きたがれば来るしかなくなったのだ。
「これで何日目かしら……」
 何が悲しゅうて、主人も自分で認めるほど不味いラーメン屋で、毎日昼食を取らね
ばならんのだ。
 一回だけならまだ許せる。初めてここに来た日の午後は、授業などてんで頭に入ら
なかった。トモ子には悪いが、明日は行かないように説得しようと思った。
 二度目もまだ溜め息で済んだ。説得したがトモ子はどうしても行くと言い張った。
行きたくはなかったが、しかし、トモ子一人で外を歩かせるのは気が引ける。なにせ、
『誘拐犯』と名札を付けたくなるほど妖しげ姿の男に、『お菓子あげるから』と言わ
れてのこのこ付いていくような奴なのだ。ほおっておけるはずもなかろうという物で
ある。
 三度も行けば身体が慣れてくる。今まで、あまりの不味さに身体が付いていかなか
ったのだが、三度食べればちゃんと拒絶反応も起こるようになる。
 四度目は思い切って材料を訊いてみた。しかし、返ってきた答えは『鯤の骨の出汁』
だの、『麒麟の結い毛の煮込み』だの、『龍の逆鱗の薫製』だのと言った妖しい言葉
が次々に出てきて、こいつはいよいよ頭がおかしいらしいと思うしかなかった。唯一、
『竜宮の乙姫の元結の切外し』と言う言葉だけ理解できたが、これは塩の原料となる
海草である。しかし、これも何やら妖しげな方法で混入されていた。こんな広い家な
のに奥さんもいないのも、何となく頷ける。
 五度目でいよいよ拒絶反応はピークに達した。昼休みが終わって午後の授業はそれ
でも食べてしまうのは、ひとえにトモ子が『食べなよ食べなよ』と盛んに進めるから
である。何度食べてもトモ子は飽きる様子がなかった。なぜこんな物を美味しいと思
えるのか、店の主人さえ(!)首を捻っていた。
 そして六日目の今日……。
「こーんちわー! おっじさーん!」
 もう六日も来ていれば常連にもなる。実はこの店、校内でも噂の不味い店ナンバー
ワンらしく、あの二人は舌と頭がおかしいと囁かれているらしいのだ。
「あれ?」
 飛び込み、店内を見回したトモ子がキョトンとしている。
「どうしたの?」
 アズサも中を覗き込むと、そこはもぬけの殻だった。
「誰もいないのかしら……」
 不審に思って中に入ってみる。客が入って来たことを示すチャイムが店の奥の方で
鳴ったにも関わらず、誰も出てくる気配はなかった。
 鍋の中には相変わらず、グロテスクなラーメンのつゆが煮立っていた。道具も出し
っぱなし、新聞も散らかしっぱなし、おまけに服がテーブルの上に脱ぎ捨ててあった。
いつもの赤いラメ入りの服と黒いズボンである。
 トモ子が服に近づいていって触ろうとするので、
「そんなばっちい物に触るんじゃないの!」
 と、手を叩く。
「今日は留守なのかしら」
 主人が留守と言うことは、あのラーメンを食べずに済むという事である。
「何だかアズサ、嬉しそう」
「そ、そんなことないわよ……」
 アズサは慌てて、トモ子から目を逸らした。
「仕方ないわ。今日は帰りましょ」
 アズサが言うが、しかしトモ子は、
「や! おじさん探す!」
 と言って、店の奥――主人の自宅へ走っていってしまった。
「ちょっと! 待ちなさい! ……もう」
 アズサは溜め息をつきつつ、走っていった『我が子』を追いかけた。自称保護者も
楽ではないのである。
 自宅の方へ飛び込むと、トモ子は既にどこかへ行ってしまったあとだった。おやじ
の家の中は始めてみたが、はっきり言ってあの男、中国フェチ以外の何者でもないら
しい。部屋その物も凄いが、そこに飾ってある物も凄い。まず、壁と天井は全て中国
王宮風に張り替えられている。赤い壁や天井に、金の龍や鳳凰が舞っていた。そして
家具。タンス二つ、テレビ台一つ、リビングボード一つ、照明一つ、灯篭一つ、壺三
つ、タペストリー六枚、置物大小数知れず。以上、この部屋にある物はとことん中国
製、もしくは中国風だった。しかも散らかっていて、足の踏み場もない。
「あの男、何考えてんのかしら……」
 アズサは首を捻り、中国が好きな人を敵に回すようなことを言って、散らかった置
物を足で退けつつ、トモ子を追いかけた。
 部屋の奥は隣の部屋に通じているらしい。どうせそこも似たような物だろうと思い
ながら一歩足を踏み入れた瞬間!
「な……!」
 アズサは予想を完全に裏切られ、思わず廊下へ足を踏み出すのを思いとどまった。
「なにこれ!」
 そこは、中国フェチの秘密の小部屋でも、グロテスクな怪物の巣窟でも、科学の随
を結集した部屋でも、もちろん普通の部屋でもなかった。
「あ! アズサ! 面白いよ!」
 トモ子は、その部屋の中をあちこち走り回っている。
 その部屋は、真っ白い部屋だった。本当に何もない部屋。壁も天井も床も真っ白。
その境界さえ定かではない。壁と天井の境目が分からない上に模様も全くないのだか
ら、当然部屋の広さも検討も付かない。外から見た感じから察して、八畳ほどではな
いかと思われるが、走り回るトモ子の位置を考えると、明らかにその広さを逸脱して
いる。
「あいやー! もう一人のお客さにも見つかてしもたアルか!」
 突然、背後から聞き慣れた声がして、その声に振り返った。店の主人かと思ったら、
そこにいたのはタコだった。タコがこっちを見て、どこにあるのか分からない口をも
ごもごと動かしている。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
 アズサは驚いて飛び上がり、真っ白い部屋の中に転がり込んだ。
「あわ……あわ……」
 意味不明な言葉を発しながら、ジリジリと後ろに下がっていく。そんなアズサを見
てタコは、
「ひといアル。わたしアルよ、店のおやしアル。分からないアルか?」
 と言いながら、じわじわ近づいてくる。
「いや……ちょ……近づかないで……」
 恐怖に震えるアズサをよそに、
「あ! おじさんおじさん! ジュースジュース!」
 トモ子が駆けてきて、タコに飛び付いた。
「ほれ、ジュース持てきたアル。飲むアル」
 タコは言って、右から二本目の足に持っていた缶ジュースをトモ子に渡した。トモ
子は恐がりもせず、もらった缶ジュースの蓋を開けて飲み始める。
「と……トモ子……、やめなさい……」
 アズサは、トモ子からジュースを取り上げようとした。こんなタコの化け物が持っ
ていたジュースなど、何が入っているか分かった物じゃない。
「失礼アルな、とくは入ってないアルよ。お客さ、さっきからとしたアル? 私の顔、
何か付いてるか?」
 タコは言って自分の身体を見回し、「アイヤ! しまたアル! 着かえるの忘れて
たアル!」
 突然飛び上がって、真っ白い部屋を出ていった。
 とりあえずアズサはホッとする。今のは何だったんだろう。タコにも見えたが言葉
を話していた。言葉は完璧に店のおやじだったが、姿は完璧にタコだった。いや、タ
コと言うよりタコ星人だろうか。テレビのUFO番組であんなのを見たことがある。
 しばらくすると、いつもの店のおやじがやってきた。
「おとかせて悪かたアルよ」
 と、照れ笑いを浮かべながら、いつもの中華服で真っ白い部屋に入ってきた。
「今のタコ……何だったの?」
 訊くのが恐い気もしたが、訊かなければ謎も解けない。
「たから、タコは言わないで欲しいアル」
 おやじは一回コホンとせきをして語り始めた。「あれがわたしの正体アル。わたし、
M28星団第82番恒星《庄華》から来た中華系宇宙人、リー・イーシャンね」
「中華系宇宙人っていったい……」
 アズサが胡散臭そうな視線を向けると、
「信してないアルね?」
「普通信じないわよ」
「そうかアル。しゃあ、証拠見せるアル」
 と言って、おやじは突然顔の皮を剥いでみせた! すると、その下からさっきのタ
コ星人の顔が見える。
「きゃっ!」
「信したアルか?」
「うんうん、信じた信じた! 分かったからその顔をしまって!」
 とりあえずそう言っておくことにして、あとで警察に連絡することにした。
「で、今わたし、ラーメンのしゅきょうに来てるアルよ」
「しゅきょう?」
 アズサは首を捻る。
「訓練する事ね」
「あ、修行ね」
「そうそう! そのしゅきょうよ」
 おやじは、頼みもしないのに勝手に話し始める。「わたしの故郷《庄華》は、それ
はそれは美しい星アル。美しすきて惚れ惚れするアル。花はたまに咲き、鳥は時々見
かけ、道にはいつもネコの死体落ちてるね。衛星軌道エレヘータは誰にても簡単に入
れるから、そこから飛ひ降りて死ぬ奴が耐えないアルよ。そこから飛び降りれば、大
気圏突入の摩擦熱て死体も残らないアル。自殺には便利ね」
「おいおい、話の前と後が繋がってないぞ……」
 アズサの突っ込みもおやじは気にせず、
「細かいこと、気にしないよ。ある日わたし、広告を見たアル。スポーツシムの広告
ね。わたし、そこに通うことにしたアルよ。身体鍛えるためね。……たた、きっくり
腰で入会して十分て退会したアル」
 おやじは他人事のように、やれやれと言う顔をした。
「エレベータと何の関係がある……」
「それからわたし、仕事転々としたアルね。いわゆる転職チプシーね。傘張り、宛名
かき、造花、お茶汲み、コピー、宗教勧誘、ゴミ拾い……。全部タメたったね」
 言っておやじはふうっと溜め息をついた。
「何がどう駄目だったんだ?」
「ある日わたし、パン拾ったね。ラッキーと思って食ったらそれ、カピパンたったね。
腐ってて、蛆沸いてたよ。わたし、一週間寝込んたね」
「蛆沸いてて気付かなかったの……」
「そこでわたし決心したね!」
 突然おやじはガッツポーズをして、「宇宙一のとんかつ屋になって、金貯めてアン
トロイトの嫁さん買うね! これで毎晩ハッピーライフね!」
「おめーさん、アンドロイドとスルのは勝手だけどもさ……」
 アズサは手をぱたぱた振って、おやじを陶酔の世界から呼び戻そうとした。しかし
おやじは語り続ける。
「地球に来てラーメン作ったね。でも全然旨くないよ」
「さっき豚カツって言ったんじゃ……」
「そこて、わたし考えたアル。おましないで人呼ぶアルよ。この真っ白い部屋でおま
じない。祈るね。そしたらお客さ来た」
「はぁ……それがあたし達だったのね……」
 アズサは、いまだジュースを飲み続けるトモ子をチラリと見、「やっぱりね。こう
いう事件に巻き込まれると思ってたのよ……」
 と言った。
 実を言うと、トモ子はこういう変な事件に巻き込まれやすいと言う特異体質なのだ。
「今までだってそうだったんだから! 人情深い幽霊やら大阪弁のゴジラやら空飛ぶ
ヘビメタやら血液型がRHへの八番の男やら、電話番号のない電話帳やら銀玉鉄砲し
か撃てない実銃やらお酒の流れてくるドブ川やら、時々ピースする千手観音やら時速
六十キロで走り回るタニシやらエッチ番組しか映さないテレビやら! はぁ……はぁ
……」
 アズサは一気に捲し立て、トモ子をもう一度見た。彼女は割と平然としていたりす
る。どんな事件に巻き込まれても、決して常識的な反応を示さない女。それがトモ子
だ。これだから彼女には保護者が必要なのだ。
「トモ子! 行くわよ!」
 彼女の腕をむんずと掴み、
「お客さ! どこ行くね! 話は終わってないね!」
 叫ぶおやじを無視して、ラーメン屋を出た。


 一週間後、おやじは警察に連行され、更に一週間後、精神病院送りとなった。新聞
には、
「わたし正常アルね! おかしくないね! 言ってること本当アルよぉぉぉぉ!」
 と、書かれていた。
 彼が本当に宇宙人だったかどうかは……アズサの興味の対象外なので不明である。

                                  おしまい☆