作品名:『虫の心得』
  製作  : 96/12/11(4KB)
  作者  : おじゃ  氏
  形態  : ショートショート

<虫の心得>



 私は現在寝ている。うるさくしたら何者であろうと天罰があると思え。
と、書いてある紙を扉に貼って、布団に入った。転勤で田舎に来ている
C氏は、睡眠時間を得る為に日夜虫達と奮闘しているのだ。
 ある日、いつもと同じように蝿叩きを持って自分の部屋に入ったC氏
は、ある1匹の蝿がかしこまっているのに気づいた。チャンスとばかり
に潰しにかかったC氏に、こともあろうに蝿は話しかけてきた。
「おやめ下さい!」
C氏は、咄嗟に降りおろす動作を止めた。恐る恐る蝿の前にしゃがむ。
「は、蝿が何故しゃべる? 私の空耳か、それとも気が狂ってしまった
 のか」
「いいえ、私がしゃべっているのです」
毎日の睡眠不足が祟って幻覚が見えているのだろうとC氏は思った。寝
不足の目を擦って、もう一度見直したが、まだいる。
「蝿がこの私に何の用だ?」
「用も何も、話をする前にあなたは私を殺そうとしたではありませんか。
 まずは、今後の為にも、その事に関して注意しなければなりませんね」
「何が今後だ、蝿を殺して何が悪い。お前等の様に汚いやつが・・・」
「ちょ、ちょっとまってください!私達のどこが汚いのです?」
「何言ってる、蝿なんかばい菌の塊ではないか」
「はぁ、どうやら人間という生き物は勘違いが好きらしい。私達はそん
 な恐ろしいものではないのですよ」
「嘘をつくな、実際に証明されているんだ! 現に、銀蝿などはそれら
 の代表ではないか」
蝿は頬杖をついた。
「そいつらはですねぇ、人間でいえば麻薬中毒者と同じなのです。排せ
 つ物という危険な物に魅入ってしまった愚か者です。だから、フラフ
 ラとうっとおしいのでしょう。しかし、私達の種族はそうではありま
 せん。また、全てのものは平等と考え、共存してゆくのが正しいと考
 えています」
「ほう、では蛙とも共存しているというんだな?」
「できるというよりも、現在の時点でもそれは行っています。ただ、自
 然の摂理から、蛙は蝿を取らざるを得ないのです」
「・・・では蚊はどうだ? 人に害を与えているんだぞ」
「蚊は、人間に対して大変な奉仕を行っているのですよ」
「それこそ嘘ではないのか? 夜中のプゥ〜ンという音、刺された後の
 あの痒みなど、それこそ悪の権化じゃないか」
そこに、どこからともなく蚊が飛んできた。
「悪の権化など失礼な・・・! 人間に最も必要な”感覚”を養ってやって
 いるのは我々、蚊だというのに」
「では、なぜ血を吸うのだ? 養わせるだけならば必要はないだろう」
「吸っているのではない、勝手にはいってくるのだ。感覚を養う為の薬
 を流し込む際、空になった部分に血が入り込んでしまうのだ」
「むう・・・そう言われるとそうかもしれん。じゃ、じゃあ、なぜ痒く」
「だから言っただろう! 感覚を養わせる為には痒くさせるのが一番効
 率がいいんだよ!」
「日本脳炎なんかはどうだ! あれは蚊が運んで・・・」
「てめえの爪についてるんだろ! 掻きすぎるからいけないんだよ!」
「う、むう。蚊の事はわかった、で、ではゴキブリはどうだ?」
と、壁のすき間からゴキブリが1匹でてきた。
「そのような発言の数々、人間とはそれほどまでに恩知らずだったのか」
「むむむ、さすがにゴキブリごとき恩知らずとは言われたくないぞ!
 第一、お前等は人の役に立ってない!」
「・・・何いってるんだあんたは。何故そんなに極悪非道なやつらの役
 にたたねばならんのだ? 俺等は、平等に授かったこの地をただ何気
 なく生活してるだけではないか。それに、新しい物を食べてしまうの
 はさすがに悪いと思って、わざわざ腐りかけの物や戸棚等で取れなく
 なった物を処理してやってるんだぜ。簡単に言えば、掃除か」
「なんと、ゴキブリさえも・・・人の役にたっていたとは・・・しかし、
 何故今ごろになってそんな事を伝えにきたのだ?」
蝿は言った。
「契約期間が切れたからです」
「何?!」
蚊は言った。
「今日の12時をもって、我々が交わした契約が切れるって訳さ」
「け、契約内容は・・・」
ゴキブリは言った。
「まったくわかってないようだな、君は。まあ、いずれわかると思うが
 ね、じゃあな」
そう言うと、虫達は窓から飛び出した。
「ちょ、ちょっと、一体何の・・・」
しかし、虫達は振り返る気配も見せず、闇へと消えていった。C氏は、
訳の分からぬ間に、眠りについていた。
 静かな朝。窓を開けると何だか寂しい風景が、いつもと変わらず聳え
ている。TVでは代償についての討論が、視聴者強制参加で行われてい
るようだ。
「誰一人として代償の記憶を持っている者がいないとは・・・」
そんな自分も憶えてはいない。恥じる事もないか、そう思いつつ、C氏
はとりあえず会社に向かった。
 そう、今はまだ・・・。