作品名:『大いなる野望』 製作 : 97/02/12(8KB) 作者 : 陳 鵬慶 氏 形態 : ショートショート 『大いなる野望』 時は21世紀。かつて津久井湖と呼ばれた湖の上に建設された『サイバーシ ティ津久井』は、日本の首都となっていた。 しかし繁栄を極め、気品と下品が入り乱れるサイバーシティ津久井は、ハイ テク犯罪の中心地でもあった。コンピューター・ネットワークを徘徊するハッ カー。LSDの数倍の幻覚で人々の心と身体を蝕んでいくドラッグ。バイオテ クノロジーを悪用して違法に産み出されるミュータント。非合法に製造される 巨大ロボット。警察機構の操作の網は次々とくぐり抜けられ、犯罪の数は年々 増え続けていた。 サイバーシティ東林間の外れににある怪しげな町工場『マルエヌ技術研究所 (通称マルエヌ技研)』。所長の高柳 裕雄は、かつてバイオテクノロジーの権威 であった。しかし、数十年前に裏切り者の助手に違法な研究を行っていたこと を学会に密告されて失脚。以後消息を絶っていた。 「遂に完成ですね、高柳教授」 薄暗い実験室の中に二人の男が佇んでいる。世界征服を夢見るマッド・サイ エンティスト高柳 裕雄と、助手のガンジー平田である。 「馬鹿者、慌てるでない。バイオ生命体『カオス/O−721』の起動テス トが完了するまでは気を緩めるな!」 教授は研究が完成して有頂天になっている助手をたしなめた。実際には彼自 身も心の中ではしっかり浮かれていたのだが・・・。 「しかし、このバイオ生命体が完成すれば、我々の世界征服の野望は一歩前 進します。そうなれば、近所のお百姓さん達から半端な仕事をもらわなくても やって行くことができるでしょう・・・」 助手の平田は嬉しそうに呟いた。 世界征服という、無謀な野望を実現するためには多額の費用がかかる。彼ら はその予算を、近所のお百姓さん達からの依頼(日照りに強い農作物や、肥料の いらない野菜の開発など)で捻出していた。 「カオス/O−721は、ほんの手始めに過ぎん。此奴が無事にテストをパ スすれば、戦闘用のバイオ生命体を大量生産して首都のサイバーシティ津久井 に進攻を開始する。制圧したサイバーシティ津久井を拠点に、我が人生の野望 たる世界征服作戦は実現される。だがその時までしばしの時間が必要じゃ。近 隣の農民とはうまく付き合って、少しでも多くの研究費を巻き上げねばならん ・・・」 教授は若い助手に向かって、地道な努力こそが世界征服への第一歩であるこ とを解いて聞かせた。 「わかりました、教授・・・」 平田は教授のありがたいお言葉に目をウルウルさせながら頷いた。 「そうか、わかってくれれば良い。実験を続けるぞ・・・」 二人の狂人は、バイオ生命体の最終テストの準備を開始した。 カオス/O−721の体長は約180センチで、脂肪の殆どない理想的なスタイ ルをしていた。肌の色が薄い紫色であることと、体毛がまったく生えていない 点を除けば、外観は人間と変わらなかった。しかしIQは400を越え、運動神経 は常人の10倍以上という驚異的な能力を持つ怪物だった。 「教授、カオス/O−721の起動テストの準備は完了です」 助手の報告を耳にした高柳は満足げに頷いた。 「良く見ておくのじゃガンジー平田!ここから我等の新しい歴史が始まるの じゃ!ワシを学会から追放した無能な科学者共がカオス/O−721を見たら きっと腰を抜かすぞ・・・」 胡散臭い微笑みを浮かべた教授は、起動用のレバーに手をかけた。 「これより起動のカウントダウンに入る!」 「了解しました」 実験室に緊張が走った。 「1,2,3,ダ〜〜〜!」 カウントダウンではなく、カウントアップした教授は起動レバーを勢い良く 引いた。 ウィ〜ンウィ〜ン 怪しげな機械音と共にカオス/O−721の身体が反応を始めた。手足が少 しずつ動き、固く閉じられた目が開いた。 「やりましたね、教授!」 「せ、成功じゃ・・・」 二人は抱き合って喜んだ。 「教授、早速何か命令を与えてみましょう!」 「おお、そうじゃった。ワシは腹が減った。ここしばらく実験に金を注ぎ込 んで飯が食えんかったからな・・・」 教授はちょっとブルーな目をした。 「近所の吾作どんのイモ畑から、サツマイモを10本盗んで来い!一度に沢 山盗むと気付かれるからな・・・」 実験が成功してほっとしたのか、教授は急に空腹を感じ始めた。彼は世界征 服の野望を抱いている男とは思えないささやかな願いを、カオス/O−721 に告げた。 「教授ぅ、もう少しましな命令をお願いしますよ!近所のスーパーマーケッ トから惣菜を盗ませるとか、そば屋の出前のバイクを襲わせるとか・・・」 長きに渡る貧困は、二人の心を小さく萎めてしまったようだ。 「馬鹿者め!あそこのスーパーは、万引きがバレると即警察を呼ばれてしま うのじゃ。それに出前のバイクなど、いつ注文が来るのかわからんじゃろ!手っ 取り早く、そして確実に食べ物を得るにはサツマイモに限るんじゃ」 空腹に苛立つ教授は助手を怒鳴りつけた。 「行け、カオス/O−721!ワシの前に取れたて新鮮なサツマイモを捧げ るのじゃ!」 しかしカオス/O−721は、教授の命令に反応を示さなかった。 「どうしたというのじゃ?正常に起動しておらんのか?」 不安になった教授は、計器を再チェックしたが問題は見つからなかった。そ の時、彼の不安を見透かしたようにカオス/O−721が突然口を開いた。 「その命令には従うことはできまへんでぇ・・・」 「なんじゃと!」 「あんさん達の命令には従えねぇって言ってるズラ・・・」 「・・・・・・」 二人は絶句した。 「オラに物事の善悪の判断ができねぇと思ってるだか?冗談も休み休み言う っちゃ!」 「きょ、教授ぅ・・・」 平田は、不安げに教授の顔を見た。しかし、師匠の顔にも自分と同じ不安の 色が浮かんでいることを知って絶望した。 「カオス/O−721の教育プログラムの妙なバグで、ランダムに方言が混 ざるようになっておる・・・。教育プログラムの修正用パッチを作成せねば・ ・・」 「そ、そんなぁ・・・。どこかの会社が作っているコンピューターの基本ソ フトじゃないんですから・・・」 懸命に抗議したが、教授は彼の話をまったく聞いていなかった。 「だが、致命的な欠陥は高度な知能を持たせたために、善悪の判断が可能だ ということだ。再教育を行わねば・・・」 「教授ぅ・・・」 平田は教授に縋り付いた。 「うるさい!そんなことより、プログラムのデバックが完了するまでにそい つを捕まえておけ!準備ができしだい記憶を消して再教育をするぞ。今度は知 能指数を思いっきり下げて、ワシの命令に忠実に従う操り人形にしてやる」 教授は自分の言いたい事を一方的に告げると、ワークステーションの前に腰 を降ろしてキーボードを叩き始めた。 「そ、そんなぁ・・・」 平田は泣きを入れたが、教授の耳には届かなかった。仕方なく、彼はゆっく りとカオス/O−721に近づいて行った。 「それ以上おいどんに近づいたら許さんですタイ!いくら拙者を創造してく れた貴方達でも自分を守るためなら排除するだべさ!」 臨戦体制に入ったカオス/O−721に、平田はすっかり縮みあがってしまっ た。 「イヤすぎる・・・」 バグっているとはいえ、常人の10倍以上の運動神経と、パワーを誇る化け 物である。しかし、このまま取り逃がすようなことがあれば教授が彼を排除す るであろう。 「畜生、こうなったら自棄だ・・・」 彼は、側に落ちていたモップを力一杯投げ付けたが、あっさりとかわされて しまった。目標を失った天翔けるモップの先端は、制御装置の動力部に突き刺 さった。 「きょ、教授ぅぅぅっ!伏せてくださいぃぃぃ〜〜〜〜〜〜っ」 平田の叫び声と同時にマルエヌ技研の実験室は大爆発を起こした。 火事は30分後に消し止められたが、マルエヌ技研は全焼してしまった。火事 場見物にやってきた近隣の住民は口々に彼らを非難した。 世界征服の第一歩となるはずだったバイオ生命体は、爆発に巻込まれて短い 生涯を終えていた。奇跡的に軽い怪我で済んだ二人は、近所の住民の通報でやっ て来る消防車の到着前に、カオス/O−721の死体の始末しなければならな かった。火災現場から違法に製造されたバイオ生物の死体が出てきたらシャレ では済まされない・・・。 現場検証は無事に終わったが、不慮の事態ですっかり気を落とした二人は、 放心状態で道端に座っていた。 「気を落とすな高柳どん・・・」 見上げると、近所の百姓の吾作爺さんが紙袋を抱えて立っていた。 「オラの、畑で取れたサツマイモだ。これサ食って元気出せ・・・」 差し出された紙袋の中には、ホクホクに焼けたサツマイモが10本入っていた。 「遠慮することはねぇ。困ったときはお互い様だぁ」 「・・・・・・」 吾作爺さんが立ち去ると、二人は奪い合うようにイモに食い付いた。 「教授が近隣の農民とはうまく付き合っていけとおっしゃった理由がやっと わかりました・・・」 平田は、目にうっすらと涙を浮かべながらイモを頬張っている。 「イモは喉につっかえやすい。お茶も付けてくれるともっと良かったのに ・・・」 マッド・サイエンティストの高柳教授はぼそっと呟いた。 おバカな二人が、多くの苦難を乗り越えて新しいバイオ生命体を完成させる のは、これから3年後のことであった・・・。 〜 おしまい 〜