作品名:『ペンギンのペンペンちゃん』(10)
〜ネミングウェイの謎
製作 : 98/10/04(12KB)
作者 : 瞳夢 氏
形態 : 連載短編(コメディ)
ネミングウェイの謎
1
ペンギンのペンペンちゃんはイワトビペンギンである。
《イワトビ》のその名は、彼らの故郷である島の岩場を、ピョンピョンとユーモ
ラスに飛び回るところからきている。頭には特徴的な『トサカ』を持ち、その色は
基本的に赤。体長は、他のペンギンと比べれば多少小柄であるが、その分を高度な
陸棲性で補っている。
「俺を……」
いつものどかなペンギン島。
「俺を……!」
そしていつものように、いつもの声がこだまする。
「俺をペンペンちゃんと呼ぶなああああああああああ!!」
『ぴゅううううううううううううううううう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜キラン☆』
「はあ……はあ……はあ……」
肩で大きく息をしする。そしてそれが落ち着くと、
「ふっ。またつまらん物を殴ってしまった……」
斜に構え、腕を組んで呟く。
が。
「今のなんだったの? ペンペンちゃん」
「うわあああああああああああああああ!」
飛んでいったはずのキョクリュウくんが、空を見上げていた。
「おまえ飛んでいったんじゃなかったのかよ!」
「え〜? なんで?」
「いや……」
ペンペンちゃんはレベル30くらいの冷や汗をかきながら、
「キョクリュウの代わりに飛ばされていったアレは何だったんだ……」
と恐ろしげに呟く。
「ところでさ。ペンペンちゃ――」
「だぁから! 俺をペンペンちゃんって呼ぶな!」
「どうしてさ?」
キョトンとして訊ね返す。
「…………」
いつもいつもいつも、嫌がっているペンペンちゃんを見ても、何か理由があると
は思っていないらしい。
「もういい! 今日は帰って寝る!」
言ってペンペンちゃんは、ふてくされて帰っていったのであった。
2
そんなある日のこと。
「あなたの名前、変更しませんか?」
丘の上の木によりかかり、のんびりと昼寝をしていたときのこと。唐突に、顔の
前にブタが現れ、ペンペンちゃんは死ぬほど驚いた。
「うわあああああああああああああ!!」
全身の毛を逆立て、木の向こうに逃げる。
「そんなに驚かなくてもいいでしょうに……」
と、ブタが言った。
「なにもんだ?」
ペンペンちゃんは訊ねる。そのブタは、どこからどう見てもブタだった。垂れた
耳、つぶらで可愛く、しかもほけら〜っとした目、そしてピンクの肌。唯一ブタと
違うのは、人間と同じように服を着ていたことである。
「私は名前屋です。あなたの名前、変更しませんか?」
「名前屋〜〜〜?」
ペンペンちゃんは疑わしげな視線を向ける。
「なぁ〜にぃ〜? ペンペンちゃんどうしたのお?」
一緒に昼寝をしていたキョクリュウくんも、騒ぎに目を覚ましたらしい。
「誰? この人」
「私は名前屋です。あ、そうだ。名刺をどうぞ」
と、二人に名刺を渡す。が、それを見たペンペンちゃんが、急に不機嫌な顔をし
た。
「これ? ……本名か?」
「はい!」
自信たっぷりに胸を反るブタに、
「ふざけるな!」
と殴りつけた。――名刺には、『名前変更士 ネミングウェイ』と書かれていた。
なんか、アッと言う間に元ネタがバレそうな感じだが、彼は月の生まれである。
「ほ、ホントにそう言う名前なんですよ!」
ブタは言って、拳を振り上げるペンペンちゃんを手のひらで遮った。
「関係あるか! 俺は神宮司三郎とヘミングウェイを侮辱する奴が許せないんだ!」
――何を隠そう、ペンペンちゃんはハードボイルド・フリークである。フリーク
は自分の好きな物を侮辱されることを、もっとも嫌うのだ。
「べ、別に侮辱してるワケじゃありません!」
ネミングウェイは懐からサッと、一冊の本を取りだし、ペンペンちゃんに差し出
す。
「お、お近づきの印に……」
ごまかしついでに手渡したその本のタイトルは、『日はまた昇る』。しかもよく
見ると初版本。保存状態はかなり良好のようだ。
「こ……これは……!」
「いや、実は私も好きでして……」
「なんだそうか! それならそうと言えばいいのに! がっはっは!」
と、ペンペンちゃんは笑ったが、キョクリュウくんは話についていけず、キョト
ンとしている。
同類と分かった途端に仲良くなってしまう現金な性格も、フリークの特徴である。
「フリークのこと詳しいんだね」
……いや、その……。
「キョクリュウ、誰と話してる」
「え? ここにいる――」
「話を元に戻しましょう!」
ネミングウェイはキョクリュウくんの言葉を遮り、強引に話の腰を折った。
「で? おまえは俺に何をしてくれるんだ?」
ペンペンちゃんが、元の疑わしげな視線に戻り、訊ねると、
「名前の変更です」
ネミングウェイは端的に言う。
「あなたが、私の作った書類に一つサインをし、適正な金額を払っていただければ、
法的手続きはもちろんのこと、あなたの知人全ての記憶を入れ替えて、あなたがさ
も最初からその名前だったかのようにして差し上げます」
「本当か!?」
ペンペンちゃんは叫んだ。
「ええ! もちろん!」
ネミングウェイが言うと、ペンペンちゃんは急にクルリときびすを返し、
「ふっふっふ……。ついにこの日が来た……ペンペンなんていうふざけた名前から
おさらばする日が! これでみんなからペンペンちゃんと呼ばれなくなる! よー
し! ネミングウェイ、すぐ変えろ、今すぐ変えろ! そうだな。えーと……何が
いいかなあ……」
ペンペンちゃんが考え出すのを、
「待って下さい!」
とネミングウェイは止め、「手続きや料金の相談なんかもありますんで、とりあ
えずあなたの家に行きませんか?」
「おう! 行こうぜ行こうぜ!」
と、ペンペンちゃんは彼を促し、歩き出したのであった。
「これが注文書ですが、まずはカタログを見て下さい」
ネミングウェイが見せたその本は、厚味だけで十センチもあるようなものだった。
気の利かない電話帳ほどの厚みである。
「ふーん、カタログか……」
ペンペンちゃんはページをペラペラとめくってみる。何やら細かい字でびっしり
書いてある。ところどころ読んでみると、延々人の名前が連ねてあり、そのタイト
ルには、『記憶操作対象者』と書かれてある。つまり、名前を変更するに当たって、
この本で選んだ人にとって、ペンペンちゃんは最初から違う名前だったことになる
のだ。
だがその数は半端ではない。なんせ、おそらくは世界中の人間の名前が書いてあ
るだろうからである。
「で? どこを見ればいいんだ?」
「とりあえず、一言一句逃さず全部暗記して下さい」
「ちょっと待てー! そんなこと『とりあえず』できるか!」
ペンペンちゃんが怒鳴ると、
「できませんか? 意外と頭悪いんだなあ」
「お〜〜〜ま〜〜〜え〜〜〜なぁぁぁぁぁぁ!」
ペンペンちゃんは額に青筋を立てながら、「できるモンならやってみろよ」
が、ブタはのうのうと、
「私? 私にできると思ったんですか? 頭悪いんだなあ」
「お〜〜〜〜〜〜ま〜〜〜〜〜〜え〜〜〜〜〜〜わ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「わーっ! ペンペンちゃん乱暴はよくないよー!」
額にレベル56の青筋をたてながら殴りかかろうとする彼を、キョクリュウくん
が止める。
その様子を見ながら、ブタは何を考える様子もなく、懐から葉巻を取り出してふ
かし始める。
「ほっほう、俺の前でチャーチルを吸うとは、いい度胸じゃねーか……」
何を思ったかペンペンちゃん、突然煙草にイチャモンをつけた。――チャーチル・
ナンバー1。一箱7.9ドル也。
「高い煙草を吸っているのが自分だけだと思うなよ」
そして、先を争うように葉巻を取り出した。プレイボーイ1箱9.6ドル也。
二人とも、一般人は吸おうとも思わないような高級な奴だ。
「…………」
その様子を、キョクリュウくんは何だか嫌そうに眺めていたが、二人とも、嫌が
る人がいることなど気にしない。
そのうちに、ブタが先に一本吸い終わり、次の一本に取りかかる。するとペンペ
ンちゃんは一本目を強引にもみ消し、次の一本に火を付けると、
「すぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
一息で吸い終え、ニヤリと自慢げに笑った。が、煙が顔に充満しているらしく、
顔は真っ赤で、目も充血している。レベル1。
それを見てビックリしたネミングウェイは、急いでその一本をもみ消し、次の一
本を取り出す。そしてそれを、
「すぅ〜〜〜〜〜〜〜〜ずずずずずずずずず!!!」
まるでスパゲッティを食べるかのように、煙を豪速球で吸い込み、顔を真っ赤に
し、花から煙を出しながらニヤリと笑う。レベル6。
それを見たペンペンちゃんはビックリし、吸い終わったそれを灰皿ですりつぶし、
今度は三本ほど取り出して一度に火を付け、
「ずぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ずるずるずるずるずるずるずる!!!」
明らかに苦しそうだったが、それでもひきつった笑みを浮かべる。目は涙をポロ
ポロと流し、顔は完全に真っ赤で、鼻と言わず耳と言わず煙が吹き出している。レ
ベル30。
しかしそこで負けを認めるブタではなかった。
ちょうど一箱なくなったことに気づき、次の箱を取り出して、そこに入っている
煙草を全部いっぺんに、口の中に苦労して詰め込むと、同時に火を付けた。
「すぅ〜〜〜〜〜〜!」
だが。
それを見て、負ける、と判断したペンペンちゃんが、妨害に出た。
「これでも食らえ!」
自転車の電動空気入れの威力を最大にし、そのノズルから出る空気を、ネミング
ウェイに向けた!
『ぶわわわわわわわわわわわわわわわわわっっっっ!!!』
モーターのけたたましい音と、ジェット気流により、火のついたままの煙草が、
一気に空気中に舞い上がった!
そして次の瞬間。
どっっっかあああああああああああああん!!!!!!!!
舞い散った煙草の欠片の中には、火がついているものもあり、それが引き金とな
って粉塵爆発を起こしたのであった。
あとには、トム&ジェリーみたく、爆風で毛を綺麗に撫でつけられた黒い生き物
が三匹。そこにいた。
3
「き……きりがないですよ」
とネミングウェイが言うと、
「そ、そうだな……さっさと商談に入ろうぜ」
ペンペンちゃんは半分グッタリとして答える。二人ともまだ、全身ススだらけだ
ったが、よく見るとキョクリュウくんはいつの間にか、綺麗こざっぱりしている。
「と、とりあえず、少し高めの料金で、全てお任せコースというのがあります」
「それでいい。申込書を出せ」
ペンペンちゃんは言って、その紙に名前と住所を記入し、サインを書く。残るは
新しい名前を書くだけ、と言うだんになって、
「さーて! なににしようかな〜☆」
るんるん気分で手揉みしながら、色々考えてみる。
「一番好きな名前はやっぱ、ハイパー=ソニックマンだよな! でも、ガイル=ゲ
ロゲーロも捨てがたい。……いや、それともババンバ=バンバールにすべきか……」
「ペンペンちゃん、それ、全然ワケわかんないよ……」
首を捻るペンペンちゃんに、キョクリュウくんはつっこむ。
「そんじゃあ訊くが、マイク=タイソンにどういう意味があるのか言ってみろよ。
華やかな薔薇という意味でもあるってーのか? えぇ?」
「別に……そんなつっけんどんにならなくてもっじゃない……」
キョクリュウくんはタジタジとなりながらも、
「分かったから」
と付け加え、小さな声で、「ペンペンちゃんのネーミングセンスがないってこと
がね」
「私もそう思いますよ」
「うるさい!」
ボヨン!
バイン!
だが、二人とも脂肪が厚く、パンチは跳ね返された。……まあ、ブタとペンギン
だモンな。
「ちっ」
舌打ちするペンペンちゃんに、
「まあまあ。そんなことより、名前を書いて下さい。なんなら、サンプル集をお見
せしましょうか?」
「いや、それには至らない」
と言って、ペンペンちゃんは唐突に奥の部屋に引っ込み、しばらくしてビデオを
一本、持って戻ってきた。
「ふっふっふ! じゃーん!」
意味のない効果音で掲げたそのビデオのタイトルは、『バスタード!』。原作者
の名は萩原一至。四百年後の未来を舞台に、人間の身で魔法を使う主人公の、天使
軍との闘いのアニメである。
どうでもいいが、非常にマニアックだ。
「実は、俺の名前は最初から決まっていたのだ! ダーク=シュナイダー! この
名は俺様にこそ相応しい! はっはっはっは!」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!! じゃあ、僕! ディア=ノート=ヨーコって
名前にならなきゃいけないのお!?」
――注:ヒロインの女の子の名前である。
「アホ! おまえがヒロインじゃ、うかばれんわ!」
これもどうでもいいことだが、キョクリュウくんもやけに詳しい気がする。
「よーし! この名前を書くぞ!」
やたら意気込みまくり、ペンペンちゃんはメッチャクッチャに高い筆圧でこう書
き記した。
DAーKU=SYUNAIDAー
……おーい、誰かなんとかしてくれ。
「さあ! 書けたぞ!」
それをネミングウェイに渡すと、ブタはそれを受け取って、一台のノートパソコ
ンを取り出した。表面に、『PC−6001』と記してあるのがいじらしい。
「さあ。これをノートパソコンのこの隙間に差し込むと、コンピュータは超々高速
演算でこれを読み込みます」
「……おい。スキャナーなら分かるが、なんでわざわざ『隙間』なんだ?」
重要部品でも何でもない、ただの表面カバーを、ネジを外して少しゆるめ、開い
た隙間に紙を押し込むブタを見つめながら、ペンペンちゃんは訊ねる。
「うん? そう言うふうに作ったからです。カッコいいでしょ?」
「いや……あんまり格好良くない気がする……」
やがて、機械が自動的に紙を吸い込み始めた。パリパリと音がし、機械に入った
先から紙がくしゃくしゃになっていく。何だか紙を食べているような感じだ。
「名付けて、申込書自動入力スキャナ、『シロヤギさん』です。どうです。そのま
んまでしょう! はっはっは!」
「……そんなこと自慢してどうする……」
ペンペンちゃんはげんなりした。
「さて!」
どうやら、終わったらしい。ネミングウェイは立ち上がり、
「事務処理などで一週間ほどかかります。処理が終わったら電話します。これで、
あなたの名前は変わります」
と、握手しようと手を指しだし、「ペンペンちゃ――」
「せっかく変わったのにペンペンちゃんと呼ぶなあああああああああ!!」
「わああああああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
『バキッ! ぴゅうううう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜キラン☆』
いつも通り、空のかなたに消えていった。
「あ……つい……」
つーわけで、ペンペンちゃんは、絶好のチャンスをぶん殴ってしまったのであっ
た。
おしまい