作品名:『ペンギンのペンペンちゃん』(7)
  製作  : 98/04/17(22KB)
  作者  : 瞳夢 氏
  形態  : 連載短編(コメディ)


      不良ペンギンの涙 前編

   1

 ――いつものどかなペンギン島。いつものとおり、青い空と青い海。
 そしていつものように、キョクリュウくんの声がこだまする。
「ペンペンちゃん、ペンペンちゃん、ペンペンちゃん!!」
 キョクリュウくんは友達の名を(少なくとも彼は友達と思っている)叫びながら、
全速力で――時速2キロくらいで――、その叫び声が示す者の家へ向かっていた。
 ペンギン独特ののっぺりとした身体に、いとも可愛いつぶらな瞳、彼がイワトビ
ペンギンと言われる種類である証しの、赤と黒の斑のトサカ。そして彼ら独特の、
ピョンピョンと両足をそろえて跳ねる走行法。
 はっきり言って、普通に走った方が楽なような気がするのだが……。
「え? そう?」
 うん。試しに普通に走ってみな。
「……そうだね」
 言ってキョクリュウくんは、一歩ずつ交互に足を出す方法を(つまり普通の走り
方を)試してみた。
「うんしょ、うんしょ、うんしょ、うんしょ」
『ひこ……。ひこ……。ひこ……。ひこ……』
 全速力らしい。なんか、時速〇.五キロくらいしか出てないけど。
「あー……やっぱ普通に走った方が速いや」
 彼は元どおりの走り方に戻すと、「……どうでもいいけど僕、今誰と話したんだ
ろう」
 と呟きながら、ペンペンちゃんちに向かっていった。


「ペンペンちゃんペンペンちゃんペンペンちゃん――」
 彼は『ガレギーラ=ガンガー』という、訳の分からない表札のかかった家の前に
着くと、その家の扉をガラリと開け――、
「ペンペンちゃん!!!」
「俺をペンペンちゃんと呼ぶなああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『ぴゅううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……ぼっちゃーん☆』
 ――海の泡になった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 ペンペンちゃんは肩で息をしながら、「あいつ……なんべん同じこと言えば分か
るんだ」
 と、波しぶきが起こった辺りを睨みながら言った。
 今キョクリュウくんを殴った彼こそ、本編の主人公、ペンペンちゃんである。
 お世辞にも『つぶら』とは言えない、犯罪者を思わせる凶悪な目つき。全ての毛
を真っ赤に染めた毒々しいトサカ。その頭の上にフライングVのサングラスを乗せ、
服は長ランと呼ばれる学生服に、赤いTシャツ。右足にはブルーダイアのブレスレ
ットを、左足には髑髏(どくろ)のソックスバンドをそれぞれ巻いている。そして
左手には、金のロレックス(ただし、腕が偏平で固定できないので、セロハンテー
プで止めてある)。
 ペンペンちゃんは油断なく、
「今度はどこから戻ってくる?」
 と周囲を見回す。
「ねえペンペンちゃん、この『ガレギーラ=ガンガー』ってなんなのさあ」
「ああ? 点々の一杯ある名前って格好いいだろ?」
 と振り返り、「――って。うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! てめえ! 海に
落ちたんじゃなかったのかよ!」
 と怒鳴った。キョクリュウくんは濡れていなかった。
「えー? 落ちてないよ」
「……じゃあさっき落ちたのは何だったんだ……」
 思わず顔に縦線を書くペンペンちゃんであった。
「あっ! そうだ!」
 不意に、キョクリュウくんが思い出したように顔を上げ、「ペンペンちゃんひど
いじゃない!」
 と叫んだ。
「な……なんだよ。薮から棒に……」
「え? 覚えてないの? ……ますますひどいやペンペンちゃん!」
「何も言ってねーじゃねーか!」
「あれ? そだっけ。……ま、いいや。とにかくひどいよペンペンちゃん!」
「だから何が!」
「えーと……」
 キョクリュウくんは少し考え、「なんだっけ?」
「…………」
「あ、思い出した!」
 キョクリュウくんはポンと、手で小槌を打つ。
「忘れてたってことは、大した事じゃないな……」
「そんなことないよ。ほら、前に大阪に行ったでしょ? そのとき、お好み焼き食
べたじゃない」
「…………。そんなこと、読者は覚えてないぞ、たぶん」
「ほら、『ペンペンちゃんの大阪紀行』――かっこ、ペンペンちゃんスリー参照、
かっことじ――で、最初に変な外人が出てきたところだよ」
 キョクリュウくんは『かっこ』の部分を、いちいちカメラ目線で言う。
「あ。ああ……。あれか。それがどうした」
「あのときさ。ペンペンちゃん、焼きソバ入りのお好み焼きは大阪風だ、って言っ
たでしょ? あれ、本当は広島風で良かったんだよ!」
「…………?」
 ペンペンちゃんは眉間に皺を寄せ、「なにが?」
「……だからね? 焼きソバ入りお好み焼きは広島風だったんだよ」
 ――しばし、沈黙が流れる。
「いや、だから、それがどうかしたのか」
「…………」
 キョクリュウくんはしばし沈黙し、唐突に背中を向け、
「ひどいやペンペンちゃん!」
「……うっわぁぁぁぁ! だからなにが言いたいんだお前わあぁぁぁぁ!」
 頭を抱えてわめくペンペンちゃん。
 キョクリュウくんはしばらく泣きはらしていたが、不意に元の方を向き、
「――とまあ、この話はさておいて」
 と、箱を動かすようなジェスチャーをする。
「…………。俺、時々おまえとの会話に付いていけなくなるんだが……」
 ペンペンちゃんは頭を抱える。そんな彼に、キョクリュウくんは手のひらをパタ
パタとふって、
「まあ、いいじゃない。それよりさ。これ、あげるね」
 言って、何かの紙切れを二枚取り出し、一枚を彼に渡す。
「あん?」
 それを受け取ったペンペンちゃんは、マジマジと見つめ、「……? なち? ―
―なんだこりゃ?」
 それは、チケットくらいの大きさの単なるワラ半紙で、中央に『なち』とへった
くそな字で書かれていた。
「ナサだよ。アメリカ航空宇宙局の特別招待状!」
「…………。今、なんつった?」
「だから! NASAが、特別に僕たちを招待してくれたんだよ!」
「…………。どこに?」
「えーと、だからね。僕が電話で、ください、って言ったら、これ送ってくれたの」
「…………」
 ペンペンちゃんはいい加減、レベル12000の脱力感に全身を襲われ、
「なぁ」
「なに?」
「さっさと帰って、勝手に死ね!」
 と、額に青筋を浮かべて言ったのであった。


     目が覚めればそこは異世界。
     何かが起こり、何も起こらぬ混沌の世界。
     夢にまで見た希望と絶望。
     全ての現世にとどめの鉄槌。
     人の生き死には神のみぞ知ることを、

       ゆめゆめ、忘るることなかれ……。


   2

 次に目を覚ましたとき、ペンペンちゃんは見知らぬ建物の中にいた。
「あん?」
 寝ぼけ眼でムクリと起き、「確か、昼寝してたと思ったんだが……」
 彼は確か、最後に寝たときは自分の家のベッドの上で、寝ていたはずだったのだ。
「あ、ペンペンちゃんおはよう!」
 見ると、キョクリュウくんがちゃぶ台の上にご飯と味噌汁を乗せ、テレビを見な
がら食事をしていた。
「ここは……どこだ?」
 ちゃぶ台とテレビは、昭和三十年代製といっても通じそうな、純和風のものであ
ったが、しかし、その周囲の風景は違った。
 床は青みがかったプラスチックのタイル床で、壁と天井は、鉄の板を何枚もツギ
ハギしたような状態だった。しかもむき出しのコードが、超未来的な雰囲気をかも
しだしている。
 光源がどこにあるのか良く分からないが、明るくもなく暗くもない、ちょうどい
い状態だ。
「あのね、あのね? ここはNASAの宇宙船の中だよ」
「宇宙……船?」
 ペンペンちゃんは眉をひそめて疑問符を浮かべた。
 言っておくが、NASAは『宇宙船』と呼ぶべき船は保有していない。NASA
が保有しているのは『シャトル』――すなわち『宇宙便』である。本来『シップ』
というのは、回遊する能力を持っていなければならないので、特定のコースを飛ぶ
だけの『シャトル』とは明らかに違うのだ。
 ま、知らなかったのならしょうがないが。
「なあ、その宇宙《船》と言ったのはおまえか」
 ペンペンちゃんは訊ねる。
「ん? んーん。違うよ。NASAの人だよ」
「…………」
 ペンペンちゃんはしばし頭を抱え、「やっぱり」
 と呟いた。
「どうせ今までのパターンからして、ナサって名前を付けたド素人だとか、宇宙人
って名前を付けた変な奴だとか、そんなところだろう。優樹 瞳夢の考えることく
らい、たかが知れているんだ」
 ペンペンちゃんは肩をすくめる。
「えー! ちがうよー! ちゃんとNASAの人だよ」
 キョクリュウくんは不満気に口を尖らせる。
「じゃあなんで俺達は床に足をついてるんだ」
「……?? どういうこと?」
「NASAのスペースシャトルは、重力制御なんぞできねーってことさ」
 ペンペンちゃんは言うが、
「じゅうりょくせいぎょ? ……ってなに?」
 キョクリュウくんには分からなかったらしい。
「…………。ふっ、所詮はペンギンだぜ」
「ペンペンちゃんだってペンギンじゃない」
 キョクリュウくんが何だか良く分からない、と言った顔をしていると、
「やあ、起きたみたいだね」
 不意に入り口の方から、男が入ってきた。金髪青眼のアメリカ人。年は恐らく、
二十代後半といったところだろう。
「本当は寝かせといてあげようと思ったんだけど、そこにいるキョクリュウくんが、
どうしても一緒に連れていってあげたい、って言ったものでね。寝ている間に連れ
てきてしまったんだ」
 と、彼はさわやかな笑みを浮かべて言った。
「…………」
 だが、ペンペンちゃんは何も答えない。ただ、ジイッと青年を見つめている。
「な、なんだい……?」
「ペンペンちゃん! 失礼だよ、無理矢理連れてきちゃったのは謝るから、機嫌な
おしてよ」
「なんだ。機嫌が悪いのかい? ああ! 起こしちゃったからかな」
「まあな……」
 ペンペンちゃんは言って、「ちょっと名札を見せてくれねえか」
「名札?」
「そうだ。名札だ」
「あ? ああ……いいとも」
 言って彼は、胸に付けていた名札を取ってペンペンちゃんに渡す。
 そこには、《国際航空宇宙局 三等宇宙飛行士 サリスン=J=マクニルド》と
書かれていた。へたくそな字ではなく、飽くまでまともな文字だ。
「ありがとう」
 にらみ顔のまま、ペンペンちゃんはそれを返す。どうやら名札を信用する限り、
おかしいところはない。
「じゃあ。僕はロビーにいるよ。君の分も食事が用意出来ているから、お腹がすい
たら食堂に行くといい」
「ああ。そうするよ」
 ペンペンちゃんが答えると、青年は部屋から出ていった。


 窓の外には、果てしない星空が広がっていた。
 ペンペンちゃんの家は自然保護区で空気が奇麗なので、かなりたくさんの星が見
える。だがここから見る星の海は、そんなもの、物の数ではなかった。一番天気の
良い日の天の川に飛び込んだような、まさにそんな感じなのだ。
「どうしたのさ! ペンペンちゃん」
 窓の外を眺め、ボーッとしているペンペンちゃんに、キョクリュウくんは訊ねた。
 ペンペンちゃんは、さっきから窓の外を見てジーッとしているのだ。まるで、地
球を懐かしむような、そんな表情でだ。
「なあキョクリュウ……」
「ん?」
「お前に聞いてもしょうがないと思うんだが……。あいつら、なにモンだ?」
「まだ疑ってるの!? んもう! しょうがないなぁ」
「……まあな」
 ペンペンちゃんはそれだけ答え、考え込む。――まず、地球外生物であることが、
確率として一番高いだろうな。星が『動いていない』のがその証拠だ。さっきから
窓の外を見ていたのは、星が動いているかどうか確かめるためだったのさ。
 地球の現在のパラダイムを信用する以上、重力を発生させるためには、宇宙船そ
のものをクルクル回転させ、遠心力で床に人間をくっつけるしか方法がない。故意
に重力を発生させる科学力が、今の地球には無いからだ。
 もし船が回転しているなら、相対的に星が動いて見えるはずだ。だが星が動いて
ないってことは、宇宙船は回転していないことになる。
 じゃあ、どうやって重力を発生させてるんだ? 重力発生装置か? しかし、相
対性理論を信じるならば、そういう装置以上にナンセンスな装置はないわけだから、
『NASAが重力装置を作るとは思えない』。
 重力というものは、重い物質をモーターで回転させることで、意外と簡単に『発
生』させることができる。だが、例えば直径一キロで、厚さ二メートルの鉄板を回
転させるとしても、その鉄板に求められる速度は、光の速度の九十九.九九九……
パーセント。ようするに、現代科学にしてみれば無限に近いエネルギーが必要なわ
けだ。
「……そんなことに使う電力があるなら、それで船体を回転させた方が得だ」
 と、ペンペンちゃんは一人ごちた。
「え? なに?」
「いや、なんにも……!」
 ペンペンちゃんは立ち上がりながら、「ちょっくら船の中で探検ゴッコしてくら
ぁ」
 と言いつつ、入り口の方へ歩く。
「あ、僕も行く!」
 キョクリュウくんは慌てて追いかけ、横に並ぶ。
「ねえ、ペンペンちゃん」
「なんだ?」
「どうしてさぁ。……どうしてNASAの人達が信用できないの?」
 問われ、彼は少し戸惑った。だがすぐに思いなおしたように、
「俺は昔から、こういう性格だったはずだが?」
 と答えた。



「……可能性は……三つか」
 誰もいない廊下を、キョクリュウくんと二匹並んでヒタヒタと歩きながら、ペン
ペンちゃんは呟いた。
 ―― 一つは、このUFOそのものが、大きな茶番であるという考え方。さっき
の兄ちゃんはもちろん地球人で、この宇宙船もいまだ地球上にある。星空はプラネ
タリウムで、俺達は最初から宇宙に出てなどいない。
 そう考えれば、重力の問題は解決するが……そんなことをする金と動機は? い
や、金の問題は簡単だ。キョクリュウを通じて、NASAを名乗った馬鹿野郎連中
に、俺自身の金が漏洩したとすれば、簡単だ。いまさら、俺の個人金庫から一兆円
や二兆円のはした金が消えたところで、俺が気づくはずもないのだから。
 しかし、この考え方では動機がはっきりしない。俺のせいで破産した人間は山と
いるだろうが、こんな茶番を仕組んで得する奴など、世界中、誰を探したっている
はずがない(実は俺の誕生祝い、という考えは却下だ。なぜなら、俺の誕生日は三
ヶ月後だからだ)。
 ――二つ目は、本当にここが、NASAの宇宙コロニーの中であると言う考え方。
宇宙船という言い方は、さっきの兄ちゃんが気を利かせただけであるとし、さらに
星が動いていない理由も、コロニーが巨大すぎて、俺が動いていることに気づくこ
とができなかった。とすれば、納得できる。
 動機は? 動物実験だ。動物がコロニーで生活できるかどうかの実験のため、
『宇宙に行きたい』と申し出たキョクリュウの案に、NASAが乗ってやったとい
うわけだ。
 ――三つ目は、やはりこれが宇宙人の仕業であるとする考え方。これがもっとも
可能性が高い。根拠は……いまさら説明するまでもない。
 だが、三つとも、共通して足りないものが一つある。
 それは――、
「やあ! ペンペンちゃ――」
「俺をペンペンちゃんと呼ぶなああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
『バキッ! ドベン! ズガン! ぼてっ!』
 不意にやってきた髭のオヤジを、ペンペンちゃんのパンチが吹っ飛ばした。オヤ
ジは壁と天井を一回ずつバウンドして床に落ちる。
「あたたたた……。なにすんだ」
「ふん! 手加減してやったんだ。感謝しな! 本当なら宇宙船の壁を破って、外
に出てるところだぜ」
「殴られてなんで感謝しなきゃいけないんだ……」
 オヤジは不服そうに頭を撫でながら、「いくら君のパンチでも、この壁は破れな
いよ。光速の九十八パーセントの速度で飛んでくる宇宙ダストにも、耐えられるん
だからね」
 と言った。
 すると、ペンペンちゃんはニヤリと笑い、
「ほほう……。じゃあ、俺のパンチと宇宙ダスト、どっちが強いか比べてみるか」
 言って、壁に向かってジャブをしてみせる。
「はっはっは。手を傷めたりしないように、気を付けることだね」
 もしここでオヤジが慌てれば、このUFOはハリボテだと言うことになったのだ
が、どうやらそうではないらしい。やはり宇宙船は本物なのだ。
 ペンペンちゃんはパンチを止め、
「…………。まあいい。ところで、食堂はどっちだ」
「え? ああ。それならそこの突き当たりだから、行けば分かると思うよ。なに?
お腹がすいたのかい?」
 からかうような口調で言う髭オヤジに、
「なあに、毒が入ってないかどうか、確かめに行くだけさ」
 と、スカした口調で言ってみせた。
「ははははは。多分入ってないと思うけどね。じゃあな!」
 オヤジは、笑いながら去っていった。
「……やっぱり」
 オヤジが通路の向こうに消えてから、ペンペンちゃんは呟いた。
「なにが?」
 今まで黙っていたキョクリュウくんが、首をかしげる。
「人間がまともすぎる……」
「は?」
「なあキョクリュウ。『アホはアホらしきことを語る』という言葉を知ってるか?」
 チラリと彼を見て、ペンペンちゃんは言った。
「なにそれ?」
「エウリピデスが、《バシュスの女信徒》という本の中に示した、れっきとした格
言だ。アホが放つ言葉はやっぱりアホだ、というそのまんまの意味なんだが……。
応用すれば、変人は変態しか描けない、と言う意味にもなる……」
「なにが言いたいのさ! ペンペンちゃん!」
 的を得ないペンペンちゃんの言葉に、キョクリュウくんはイラついた口調で言っ
た。
「あの優樹 瞳夢が、立て続けにまともな人間ばかりを、書けるわけないってこと
さ! ところが、今回は人物は愚か、小道具すらまともなモンばっかりだ! 唯一
まともじゃなかったのは、おまえが最初に持ってきたチケットだけ! 変だと思わ
ねえのか!?」
 一気に捲し立てるペンペンちゃんだったが、
「ぜんぜん」
 と、キョクリュウくんはあっさりと答えた。
「…………」
 あっさりと否定され、ペンペンちゃんは押し黙る。
「今まで、そんなこと気にしてたの? あの人のやること、いちいち気にしてても
しょうがないよ」
「……ゔ。たしかにそうだ……」
 意外な正論を言われ、ペンペンちゃんはたじろく。
「ね? だからさ。とりあえず、気にしないでご飯食べに行こうよ。ペンペンちゃ
ん、何も食べてないでしょ? 僕、食後のデザートが欲しいんだ」
「あ……ああ。分かった。食べに行こう」
 飽くまで自分主体のキョクリュウくんに、ペンペンちゃんはただ、うなずくしか
なかった。

   3

「いいんですか? 船長。NASAの金を、こんなことに使って」
 と言ったのは、さっきペンペンちゃんに殴られた髭オヤジである。
「ふっ、心配か?」
 と、船長と呼ばれた男が、鼻にかけた笑みと共に答えた。
 ここは、いわゆる《船長ゴッコ室》と呼ばれている部屋だった。クルー達が暇な
とき、ここにきて船長ゴッコをするのである(ナニを考えてるんだ? ここの船員
は)。
 だが、その席には今、本当に船長と呼ばれている男が座っていた。クルーの誰か、
と言うワケではない。その男は、髭オヤジに背を向け、広大な宇宙の見える窓の方
へその目を向けていた。
「宇宙に出てから、心配症になったか? ガウンよ」
 男は言った。カメラアングルの関係で顔がまったく見えないが、しかし、声はど
こかで聞いたような声だった。
 ……そう。間違いなく、読者にもお馴染みの、あの人だ。
「そんなことはないんですけどね。……でも、なんせ初めてのことでしょう?
『火星に行くから人を貸してくれ』とか言って、『宇宙船を持ち込んだ』人間なん
て。
 NASAは98年現在で、設立四十周年ですがね、船長が初めてだと思いますよ」
 そう。男は、NASAに突然アポ無しで乗り込んできて、
『この宇宙船で有人火星探査を成功させる』
 と豪語したのである。
 彼は自分のことを、《ミシシッピのアマチュア発明家》と名乗っていた。だが、
彼が発明したこの《船》は、個人が作れる領域を遥かに超えていた。
「それはそうだろう。個人で宇宙船用エンジンを開発した人間なんぞ、初めてだろ
う。増して、『自分で提唱した理論に基づいて、自分で発明品を実用化させた人間』
というのも、初めてなのではないか?」
 男は言った。
「ま、それは初めてじゃないですけどね。でも、理論という言葉に、『世界を揺る
がすほどの』という修飾を付ければ、初めてでしょうね」
 と、ガウンと呼ばれた男は肩をすくめて見せ、「だが、俺はどうもまだ完全だと
は思えないんですよ。この船は。その……何でしたっけ――」
「重力操作装置(グラビトン・コントローラー)だ」
 いつまでたっても発明品の名前を覚えないガウンの言葉に、船長は苛ついた口調
で名詞を付け足す。
「この重力操作装置の能力は実証済みのはずだ。メインエンジンとしての能力もさ
ることながら、君が今、地上にいるかのように立っていられるのも、こんな薄っぺ
らい窓ガラスが割れないのも、それから、宇宙服無しで船外作業ができるのも、す
べてあいつのおかげなのだ。
 あいつがありさえすれば、理論上は、ブラックホールと正面衝突しても、傷一つ
負わない船が造れるのだぞ! そのことがどれだけの富をもたらすか、想像できん
わけではあるまい」
「そいつは分かっています。……ですが! 異常ですよ! あの装置は!」
 言って、ガウンは頭を抱える。
「…………」
 それに対して何か答えるかと待っていたが、それっきり、男は黙りこくってしま
った。しかたなく、彼は大げさに肩をすくめて見せ、
「それじゃあ、このまま船は火星に向かいます。それから火星軌道上を一周し、写
真を撮りまくったあと、地球に帰還します」
「火星へ着陸しないのか?」
「……してもいいですけど……。予定、伸びちまうと、またNASAの上の連中、
うるさいですよ?」
「…………。ならいいや。あの人達こわいし……」
 男はボソリと呟き、「分かった。火星の裏面が近づいたら教えろ」
「いえ〜っさ」
 ガウンは、なあなあな口調で、敬礼をしたのであった。


 ペンペンちゃんが食べた食事は、まあまあの味だった。
「うまい……旨すぎる……」
「あら! お世辞言ったって、何も出やしないわよ!」
 カウンターで食事をするペンペンちゃんを見下ろし、まんざらでもない様子で、
美人のコック長は答えた。二十過ぎほどの、眉の吊り上がった女である。
 食堂は五十人ほど座れる席があったが、今は時間の関係か、ペンペンちゃんとキ
ョクリュウくんだけである。
「ね? 美味しいでしょう?」
 と手作りのソフトクリームを舐めながら、キョクリュウくんは言う。
「ああ。……不思議なくらい旨い」
 ペンペンちゃんは言ってから、唐突にガッ! と椅子から立ち上がり、「いつも
なら! ……こう、もうちょっとマズいモノが出てきてもおかしくないんだよ!
ラスベガスのあのホテルで食べたお好み焼きだって、こうはいかなかったぞ!」
 と、力んでみせる。
「ちょっとぉ。けなすか褒めるか、どっちかにしてくれるぅ?」
 女コック長が苦笑しながら言うと、
「あ。いや、旨いって意味さ……」
 言ってペンペンちゃんは、いそいそと席に座り直した。
 ――おかしい。何もかもがおかしい……。
 親切なクルー。旨い料理と美人のコック。そして、良くはないが悪くない待遇。
 こんな見ず知らずの人間の船に、理由もなく、しかも俺みたいなペンギンを、普
通乗せたりするものだろうか?
 そもそも、この船に『強引に乗せられた』ことからして、明らかにおかしい。連
中は明らかに、俺に用があるはずなんだ。
 でなければ、あんなことをしたりするはずがない……。
 あんなこと……そう――。
「何ぼんやりしてるの?」
 不意にコックに話しかけられ、ペンペンちゃんは思考を中断した。
「え? あ。ああ……。何でもない」
 ペンペンちゃんが答えると、
「ねえキョクリュウくん。ペンペンちゃんって、いつもこうなの? 元気がないっ
て言うか……」
 コックがキョクリュウくんを見て訊ねると、
「とんでもない! いつもはもっと元気いっぱいですよ! 良すぎて困るくらい!」
「ナンだとコラ! もういっぺん言ってみろ!」
「ほら、こんな感じ……」
 キョクリュウくんに言われ、ペンペンちゃんはウッと詰まった。
「ふうん……。あたし、そういう不良っぽいタイプ、好きだな……」
 コックは言って、ペンペンちゃんに流し目を使った。
 まあ、人間がペンギンに、であるから、当然その流し目は母性的な意味があった
のであるが、それでもペンペンちゃんは少しばかり赤くなり、
「か、からかうなよ! ……っと、俺にもソフトクリームくれ。トッピングはしな
くていい」
「はいはい」
 コックはクスリと笑い、ダイニングの奥に引き込んでいった。
「……ねえ」
 彼女の姿が見えなくなると、キョクリュウくんは不意に耳打ちしてきた。
「なんだ?」
「あの人さ、なんで宇宙船のコックなんかしてるんだろうね。あの顔とプロポーシ
ョンなら、トップモデルとしても充分やっていけるよ」
「……確かにそうだな。なんでだろう?」
 ペンペンちゃんは考えてみたが、いまいち分からなかった。
 しばらくして、コックは戻ってきて、
「はい。横の添えてあるのはミントの葉っぱだから、食べられるわよ」
 と、グラスに盛ったアイスを差し出した。
「ああ、ありがとう」
 ペンペンちゃんは、しばらく、そのアイスを黙々と食べ続けた。
 それをコックは、ジッと見ていたのであるが、それに気づいたペンペンちゃんは
不意に口を開いく。
「なあ、もしかしたら失礼かも知れないが、ひとつ聞いてもいいか?」
「なあに? 年齢と体重以外なら、何を聞いてもいいわよ」
 コックは頬杖をついた姿勢で、ペンペンちゃんを見下ろしながら言う。
「……なんでこの船でコックをしてるんだ? あんたなら、演技の勉強すれば、ハ
リウッドでトップに立てそうなもんなのに……」
「ふふ……ありがと!」
 言ってコックは、「本職はね、ニューヨークでダンスを教えてるの。宇宙船のコ
ックは臨時よ。……本当はもっと別の目的で、この船のクルーに選ばれたんだけど、
フラレちゃってね、仕方なくコックをしてるのよ」
「振られた? ……男に? 男と一緒になるために、船に乗ったのか?」
「違うわよ。ま、一応、男関係の《目的》だったけどね。相手は、男の風上にも置
けないような奴だったけど。……でもこの船の中では神様みたいな存在よ。彼にフ
ラレたら、掃除でも食事の準備でも、空いている仕事をするしかないの」
 ――? 船長のことだろうか。
「よく……分からないな」
 ペンペンちゃんはさらに一口アイスを食べ、「もうちょっと詳しく――」
 そのときだった――!

  『うわあああああああああああああああ!!!!!』

 突如として起こった悲鳴が、ペンペンちゃん、キョクリュウくん、女コック長の
三人の耳に突き刺さった!
「なんだ!?」
「デッキの方だわ! 行ってみましょ!」
 コックは、カウンターの上をヒラリと飛び越えると、一目散に出口の方へかけて
いく。
「まて! 俺も行く!」
 ペンペンちゃんも椅子から飛び降り、慌てて彼女を、普通の走り方で追いかけた。
「ま、待ってよ、ペンペンちゃん!」
 だがキョクリュウくんだけは飽くまでも、いつもの『ピョンピョン跳び』で、追
いかけていったのであった。

                            To be continued...