作品名:『ペンギンのペンペンちゃん』(8)
  製作  : 98/04/29(21KB)
  作者  : 瞳夢 氏
  形態  : 連載短編(コメディ)

   不良ペンギンの涙 後編

前回のあらすじ
 物語は、いつもののどかなペンギン島から始まる。
 ある日キョクリュウくんが、《なち》と書かれたチケットを、どこからか手に入
れてきた。そのチケットを、キョクリュウくんは『NASAの宇宙船への特別招待
状だ』と言って、ペンペンちゃんに渡す。
 もちろん、彼はあまりの馬鹿々々しさに、とっとと家に帰って寝てしまったので
あった。
 ――が。異変は次に起きたときから起こった。
 目が覚めたとき、彼は宇宙船の中にいたのである。
 しかもその宇宙船は、現在のNASAでは考えられないほど、高度な技術を有し
ていた。
 敵の存在、そして目的について、ペンペンちゃんは思案を繰り返すが、手がかり
も何もない現時点では、妙案が浮かぶはずもなかった。
 そのとき、ペンペンちゃんの耳に、叫び声が聞こえてきた……。


   1

「うわあああああああああああ!」
「なんだ!?」
 聞こえてきた声に、ペンペンちゃんは思わずその方向を見た。
「ブリッジの方だわ!」
 料理長は言って、カウンターをひらりと飛び越えて駆け出した。
「待て! 俺も行く!」
 ペンペンちゃんは慌てて椅子から飛び降り、彼女を追いかける。実はさっき、チ
ラリとパンツが見えたのであるが、ペンペンちゃんは大人なので、イチゴパンツだ
ったことは黙っておくことにする。
 ともかく、二人は―― 一人と一匹はブリッジの方へ急いだ。
「ブリッジへはどう行くんだ!? えーと――」
 走っているので、声がどうしても大きくなる。
「ステファニーよ! スティンでいいわ!」
「じゃあスティン! ブリッジはどこだ!?」
「この先の階段を上がって右に曲がって、三つ目のかどを右に曲がったところにあ
る階段を降りて三百メートルくらい行ったところにある階段を十二階まで上がって、
目の前にあるドアを開けたらそこから滑り台で降りて、さらに螺旋階段を降りたと
ころがブリッジよ!」
「……段々セリフがB級映画じみてきたぞ……」
 ペンペンちゃんは呟く。
「何か言った!?」
「気にするな! それにしても、ずいぶんと遠いんだな!」
 とペンペンちゃんが言うと、ステファニーは唐突に立ち止まった。それを見て慌
てて彼も立ち止まる。
 ステファニーは、今目の前にあるエレベータのボタンを押してから、
「大丈夫よ。このエレベータで一つ上だから」
 と言った。ドアが『チン』と音を立てて開く。
「…………。なんとなく今のセリフに、釈然としないものを感じるんだが……」
「いいから早く乗って!」
「あ、ああ……」
 ペンペンちゃんはエレベータに乗った。


 ブリッジに着くと、そこは大騒ぎになっていた。
「どうしたの!?」
 ステファニーが手近なオペレーターに話しかける。
 ブリッジは、今入ってきた入り口を中心に半円形の構造になっており、中央に船
長席、一つ下がったところにオペレータ席がいくつかあり、全面に巨大なモニター
パネルが一つあった。船長はいなかったが、それ以外は所定の位置に着いていたら
しく、今騒いでいる人間と椅子の数が一致している。オペレータ席だけで五席だ。
「どうしたもこうしたもないよ!」
 と、若い男のオペレータは言った。
「ラリーが風で船外に放り出されちまったんだ!」
「風? どこから!?」
「あそこ!」
 ステファニーにオペレータが頭上を指差すと、そこには数メートルの高さの天井
に、ぽっかりと穴が開いていた。
「……おい! 空気の問題はないのか!」
 ペンペンちゃんは話しかけた。自ら重力を持った宇宙船ならば、空気を引き付け
ておく力もあるはずで、壁に穴が開いていても空気は外へ逃げない。
 それは分かるのだが、だがそれは船内の話である。船外に酸素を放出し続けてい
なければ、一歩外に出てしまうと、重力の有無に関係なく酸素はなくなる。
「え? ……あ、ああ。それは問題ないよ。今、故意に送ってるんだ」
「なら当面は大丈夫だな……」
 ペンペンちゃんは答える。
「映像出ます!」
 奥にいた女性のオペレータが叫ぶ。全員がモニタに注目すると、そこに大きく男
の顔が映し出された。二十も前半の新人っぽい男である。
『おい! 早く助けてくれよ!』
 とその男は言った。男は宇宙船の突起部分にしがみつき、足をばたつかせていた。
背後では何やら警告音が鳴り響いている。どうやらそう簡単に落ちるような場所で
は無いようだが……。
「なぁ、もしあの男が落ちたら、『どこへ落ちるんだ?』」
 ペンペンちゃんは訊ねた。船が重力を持っているから、船から引き離されてしま
うことはありえないはずである。しかも宇宙には風が無いので、あおられることも
ない。
「エンジンだ」
 オペレータは渋い顔で、「この宇宙船はエンジンがむき出しになっていて、しか
も常に表面温度千三百度の高温状態なんだ。重力は全てそこから発せられている」
「なるほど……」
 触れたら最後、一巻の終わり、というわけだ。
「しかも問題はそれだけじゃない」
「なんだ?」
「宇宙デブリさ」
 彼はため息を吐き、「……この宇宙船が、機密服なしで船外活動する機能を備え
ているのは、百パーセント完璧な宇宙デブリ対策がなされているからだ。装甲はも
ちろんだが、デブリに自動的に反応して、警告を促すレーダーが装備されている」
 宇宙デブリとは、いわゆる宇宙ダストのことである。例えば――宇宙を漂う岩石
などは、あちこちの星の重力に引かれて、マッハ十から二十、あるいはそれ以上の
超高速物体となっている。それが偶然に宇宙船と衝突して、思わぬ事故を招くこと
があるのだ。それ以外にも、宇宙飛行士が謝って落としたペンチや、死んだ人工衛
星の部品など、宇宙には様々な宇宙デブリが浮いている。
「……じゃあ。男の後ろでさっきからビービー鳴ってるのは……」
 ペンペンちゃんはゴクリとつばを飲んだ。
「そう……。宇宙デブリの警告音だ」
 オペレータは言った。そして今まさに、男の身に宇宙デブリが迫っているのであ
る!
「この船自体は大丈夫だが、もし宇宙デブリがラリーに衝突したりしたら……」
 ――恐らく死は間逃れない。オペレータはその言葉を飲み込んだ。
「宇宙デブリ衝突まであと十秒!」
 女性オペレータの声が響く!
『ひぃぃぃぃぃぃぃ! 助けてくれぇぇぇぇぇぇぇ!』
 ラリーは顔を涙でくしゃくしゃにして訴える。
「ハシゴはまだか!」
「七! ……六! ……五! ……四! ……三! ……」
『も、もう駄目だぁぁぁぁ!』
『パスン!』
 瞬間、ラリーのすぐ側で音がした。一瞬、あたりは静寂に包まれる。
「宇宙デブリは、ラリーには衝突しませんでした……」
 ――ほうっとした空気が、当たりに流れる。
「ラリー! デブリはどこに当たった!」
 オペレータが訊ねると、ラリーはアゴをカクカクいわせながら、
『わわわわ……脇の下だ……』
 カメラのアングルが切り替わり、彼の脇の下が大写しになる。そこには、直径二
センチほどの黒焦げが出来ていた。対宇宙デブリ装甲を傷つけたわけだから、これ
がもし、あと二センチずれていたら、ラリーは跡形も無く吹き飛んでいただろう。
「……良かった……」
 ステファニーが呟いた。
 ――だがそのとき。
『ビーッ! ビーッ!』
「なんだと!」
「宇宙デブリ、再び接近します! 位置はさっきとほぼ同じ場所です!」
「なんだと!? ありえん! こんな短時間に二度もデブリに遭遇するなど!」
 確かに、この広大な宇宙で、同じ事が二回連続で起こる可能性はほぼ皆無といえ
る。スペースシャトルが一回飛ぶごとに、一回デブリと遭遇すれば多い方である。
それほどに宇宙は広いのだ。
「ですが、現にデブリが迫ってるんです!」
「くそっ! 何だってんだ……」
 オペレータは毒づいた。
「……分かったぞ」
 不意に、ペンペンちゃんが呟いく。
「どうした」
 オペレータの問いにペンペンちゃんは、
「流星群だ……」
 と答えた。
「あっ……」
 その場にいた全員が、驚いたように呟く。
 一般には隕石の集団のことで、巨大な隕石が太陽風などで破壊され、集団で飛ん
でいく現象である。当然、複数の岩石が同じコースをとることになる。
 そして、今この場にいる人間にとっては、強力な弾丸の集団だった。
「しかも二回同じ位置に衝突しそうだってことは、この宇宙船そのものが、真っ向
から流星群に突っ込んでやがるんだ……。早く助けないと次を回避したとしても、
第三波、第四波が来るぞ!」
 その言葉で、辺りが騒然となる。
『うっわぁぁぁぁぁぁぁ! ママァ〜!!』
 ラリーはついに泣き出した。
「じゃあ、船体を回転させれば……」
 女性オペレータの言葉に、
「駄目だ! 回転したら、慣性で酸素が元の位置にとどまってしまう。供給しなお
すには間に合わない!」
 とオペレータは答える。
「一瞬のうちに真空状態に放り出されたら、気圧差で身体が破裂するぞ!」
 ペンペンちゃんは付け足した。
「そんな……!」
 まさに絶体絶命である。
 ――その時。
「おい! はしごだ!」
 部屋に、さっきペンペンちゃんが張り飛ばした髭男が入ってきた。
「遅い! なにやってたんだ!」
「しょうがないだろ! 重いハシゴなんだ!」
 言いながら男は  (確かガウンとか呼ばれてたな、とペンペンちゃんは思い出し
た)、ハシゴを組み立て、天井の穴の部分に立てかける。
「誰か登れ!」
 ガウンが叫ぶと、
「俺が行く!」
 オペレータが即座に答え、一歩踏み出した。だが――。
「ギチッ……」
 足場が大きくたわむ。
「駄目だ! おまえじゃ重過ぎるんだ! ハシゴがもたない!」
「くそっ!」
『誰でもいいから早く助けてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!』
 ラリーは既に臆面も無くないている。
「あたしが行くわ!」
 不意にステファニーが名乗りを上げる。
「君が!? 危険だ!」
 オペレータは止める。だが、
「この中で体重が軽いのがあたしのはずよ。あたししかいないでしょ!」
 ステファニーは言って、問答無用ではしごに登りはじめた。もはや、一刻の猶予
もないのである。
 彼女のほかにも女性はオペレータがいるが、彼女らはこの宇宙船の『眼』である
から、うかつに席を離れれば、かえって危険度が増すのだ。
 ステファニーは五、六メートルほどのハシゴを登りきり、ダクトから顔を出した。
 瞬間、彼女の身体に、暴風が突き刺さった。
『ゴウッ!』
「きゃああ!」
 ステファニーは叫ぶ。大気を生成し、排出するダクトの風である。ラリーがあお
られたのもこれらしい。
「す、スティン! 早く助けてぇぇぇぇぇぇぇ!」
 彼女の名を、ラリーが叫ぶ。彼はすぐ下の出っ張りに捕まっていた。
「待ってて! 今手を伸ばすわ!」
 ステファニーは思いきり手を伸ばし、「捕まって!」
『デブリ衝突まであと十秒!』
 さっきの女性オペレータの、無上な声が響いてくる。
 ラリーは手を伸ばすが、届かない。
「もっとよ! もっと手を伸ばして!」
 あと五センチ!
『六!』
 あと三センチ!
『五!』
 あと二センチ!
『四!』
「届いた!」
 ステファニーが叫ぶ! その手にはラリーの手が握られていた。
 が。
 女性オペレータが『三』をカウントした瞬間!
『バスン!』
 ステファニーの手のすぐ側で音がした!
「きゃあ!」
 慌てたステファニーが、誤まって手を放してしまう! 彼女のすぐ側に、黒い焦
げが出来ていた。しかもさっきよりも大きい。
「うわあ!」
 さっきよりさらに下の方へ、ラリーは落ち込んでしまう。
「くっ!」
 下の方では、皆がいらついた様子でモニタを凝視していた。
「今、衝突がカウントより速かったぞ!」
 ペンペンちゃんは叫ぶ。
「しょうがないんだ。コンピュータの対デブリレーダーは、デブリの速度が光速に
近づくほど誤差が出る。光の速度の九十九パーセントの場合、計算上の誤差は一時
間二十分にもなるんだ」
「……くっ!」
 ペンペンちゃんは歯ぎしりした。こうしている間に第三波が来ると言うのに!
 彼はしばらく床をうろうろしていたが、
「ああもう! じれってえええ! 俺が行く!」
 と、ハシゴに取り付いた。
「待て! どうする気だ!」
「俺がスティンとラリーの間に入れば、二人の隙間は埋められる!」
 ペンペンちゃんは言って、はしごを登っていく。
 最上部につくと、
「スティン! 俺が外に出る! おまえ、俺の足をつかんでろ!」
 と叫び、彼女の身体をよじ登った。
『ゴウッ!』
 ダクトの風にあおられて、危うく飛ばされそうになる。
「無茶よ!」
「無茶でもやるんだ! 俺の身体は人間よりも軽い!」
「…………。分かったわ!」
 ステファニーは少し考えたあと、ペンペンちゃんの足をつかむ。
 ペンペンちゃんは身体を完全に宇宙船の外に出すと、ラリーに手を伸ばした。
『第三波! 来ます!』
 女性オペレータの声。
「ラリー! 彼に捕まって!」
「う、うん!」
 ラリーはペンペンちゃんに手を伸ばす。
 だが、
『つるり』
 彼の手は偏平なので、ラリーは手を滑らせた。その拍子に、腕にセロハンテープ
で止めてあった時計が取れて、下に落ちていく。
「ああっ! 時計が! しかも今のはロレックス!?」
 余計な観察眼で、落ちていく時計を目で追いかけるラリー。時計は遥か下方で
『ドカン!』と音を発した。エンジンと衝突して爆発したらしい。
「気にするな! 贋作の安物だ!」
 ペンペンちゃんはすぐさま言う。本当は時価三億円の本物なのだが、そんなこと
を言えば彼が気にすると思ったのだ。それに、彼にとって三億円はしょせんハシタ
金である。
「すまない!」
 ラリーは少し安心した様子で、ペンペンちゃんの身体を今度こそつかんだ。
「スティン! 引け!」
『デブリ衝突まであと十秒!』
 ペンペンちゃんの声と、女性オペレータの声がダブる。
『九!』
「早く!」
『八!』
「駄目! 三人いっぺんには、通れないわ!」
 ペンペンちゃんは意外に胴体が太く、今の体勢のままではダクトに三人通れない
のだ。
「よし! じゃあスティン! まずラリーの手をつかめ!」
 ステファニーは片手をラリーの方へ伸ばした。ペンペンちゃんを充分引き寄せて
いたので、今度は簡単に手が届いた。
「OK!」
「つかんだか! 俺は一足先に落ちる。……誰か受け止めろ!」
 言ってペンペンちゃんは、ブリッジの中に飛び込んだ。
「うわっ!」
 ガウンとまともに衝突し、床に落ちる。
「いててててて……」
 ペンペンちゃんは頭をさすりながら上を見上げ、「早くしろ!」
「衝突まであと三秒!」
「急げ!」
 上では、ステファニーがラリーを引っ張っている。
「早く!」
 ペンペンちゃんは急かした。
「二秒!」
 ラリーの身体が――、
『ガン!』
 その瞬間!
 カウントよりも一秒早く、ひときわ大きなデブリが衝突し、ブリッジを揺るがす!
『ぐららっ!』
「うわあああ!」
「きゃあああ!」
 激しい揺れに全員が倒れる。
 花瓶が割れ、椅子が飛び、そしてデブリの砂埃が大量にブリッジに入り込む。
 揺れは十五秒ほども続いたが、じきに収まった。ペンペンちゃんはそれを確認し
てから顔を上げると、
「うわっ! げほっ、げほっ! みんな! 無事か!」
 と辺りを見回した。デブリの砂埃で視界がまったく効かない。
「大丈夫だ……」
 そばにいたガウンが立ち上り、「ほかのみんなは……?」
 彼も辺りを見回す。
 そのとき、緊急用の大気生成装置と、換気扇が自動的に動き出した。
 十秒……二十秒……三十秒……。
 そして、埃が晴れたとき、そこにはさっきまでのメンバーと、
「あいたたたたた……」
 自分の尻を撫でるステファニーがいた。
 が、ラリーが見たらない。
「ラリー!? ラリーはどこだ!」
 ガウンが叫ぶ。
「ラリーがいないの!?」
 ステファニーも慌てて立ち上がる。
「……間に合わなかったのか?」
 辺りが静寂に包まれたそのとき。
「……おおい……勝手に殺すな……」
 声は、ステファニーの下から聞こえてきた。
 思わず全員がその方を見ると――そこには、埃で真っ黒に汚れたラリーがいた。
「へへっ、とっさに身体をひねって、スティンの下敷きになったのさ。俺ってジェ
ントルマンだろ?」
 とウィンクする。さっきまで泣きっ面に蜂だった男がそんなことを言っても、ぜ
んぜん格好よくはなかった。
 がしかし、その場に歓声が巻き起こったことは、言うまでも――ない。

   *

 不意に、ブリッジの入り口が開き、一匹のペンギンが入ってきた。
「はぁ……はぁ……。やっと追いついた……」
 言うまでもなく、キョクリュウくんである。
「おまえ……今までどこ行ってたんだよ」
 ペンペンちゃんが訊ねると、
「えー? 道を聞いたら、この先の階段を上がって右に曲がって、三つ目のかどを
右に曲がったところにある階段を降りて三百メートルくらい行ったところにある階
段を十二階まで上がって、目の前にあるドアを開けたらそこから滑り台で降りて、
さらに螺旋階段を降りたところがブリッジだ――って言われたから、その通り走っ
てきたんだよ」
「……よく覚えたな……」
 ペンペンちゃんは頭を抱えてから、「このエレベータで上がってくればすぐだっ
たのに……」
 と呟くと、
「が〜〜〜ん!」
 と言ってキョクリュウくんは、パタリと倒れてしまったのであった。

  *

 ――船長室。
「ふふふふ……。ついに……ついにこの時が来たぞ」
 不気味な笑みを浮かべ、船長は宇宙を見ていた。
「今日こそ……今日こそはあの計画を実行するのだ……」
 言って彼はクルリときびすを返し、船長室を出た。
 目指すは――機関室である。

   2

 デブリ騒ぎから、ざっと六時間が経過した。
 宇宙船内の標準時間では、さっきの騒ぎが終結したのが午後八時三十分頃だった
から、今はざっと深夜の二時半。
「……さてと」
 深夜といっても、地上ではないので、船内の様子は昼間と変わらず、眠る気にな
りにくい。
 それに、ペンペンちゃんは昼間眠っていたこともあって、全く寝付けずにいた。
 だが彼が起きていたのは、何もそれだけのことではない。彼の部屋に、こんな手
紙が舞い込んできたからである。

『ようこそ。我が船へ。
  貴公にはぜひ見てもらいたいものがある。
  ついては、この船の時計で深夜三時に、
  機関室まで来ていただきたい。
                  地球公爵』

 地獄のように読みにくい字だったので、解読するのに何時間もかかってしまった。
「それじゃあ。行くか……」
 ペンペンちゃんは立ち上がった。
 なぜ自分がこの船に呼ばれたのか。その謎を解くために。である。
 ただ単にペンギンをこの船に乗せたいだけならば、何もペンペンちゃんでなくて
もいいはずである。だが、敵はあえて自分を選んでいる。
 なぜならば――、
「なぜならば。俺は『眠らされて』連れ込まれたからだ」
 ペンペンちゃんは言った。
 その秘密は、おそらく船長にあると見てほぼ間違いないだろう。
 あれだけ派手な騒ぎがあったにも関わらず、チラリとも顔を見せなかった船長。
何か秘密があると見て間違いない。
 あるいは知らなかったのか? そんなはずがない。これだけ完成されたシステム
を持つ宇宙船の、ブリッジと船長室が繋がっていない、なんてことはほぼあり得な
いことだからだ。
 それからもう一つの謎は、この異常なまでの宇宙船の技術の高さである。重力の
件は言うに及ばず、防御力の高さも異常である。現状(1998年現在)の最新技
術では、ある程度以上――具体的には十センチ以上の――大きな宇宙デブリは、打
ち落とすのが精一杯のはずなのである。それが、ブリッジのハッチが開いていたに
も関わらず、あんな大きなデブリを防ぎきったのだ。
 しかもあれから、宇宙船は三つのデブリと衝突したが、いずれも完全に防ぎきっ
た。確か、昼間ガウンが『光の速度の九十八パーセントでも防ぐ』と言っていた。
それが本当かどうかは確かめようがないが、本当だとすれば、化け物を通り越して
《不条理》である。
 だが現に、宇宙船は流星群と渡り合ったのだ。
 この秘密を、この宇宙船を作ったという船長が握っているはずだ。この宇宙船の
最高責任者であり、技術責任者でもあり、博士でもあるという男。

   謎の船長――地球公爵。

 彼に会いさえすれば、全ての謎は解けるはずである。
 全ての線は、船長というたった一つのファクターに繋がっている。
「おい! キョクリュウ! 起きろ!」
 ペンペンちゃんは、ベッドで寝ているキョクリュウくんを、問答無用で蹴り飛ば
した。
『バイン! ゴロゴロゴロ……ズガン!』
 ベッドから落ちたキョクリュウくんは、思い切り転がって壁に衝突する。
「ふあ?」
 それでもやっと寝ぼけ眼である。……まったく、警戒心の欠片もないペンギンだ。
「どうしたのさぁ。ペンペンちゃん」
「読め!」
 ペンペンちゃんは、地球公爵からの手紙を差し出した。
「ふあぁぁ……」
 キョクリュウくんは大きなあくびを一つして、  「…………。なんと書いてある
の?」
「…………」
 言っておくが、地球公爵は世界最強の下手くそである。
「まあいい」
 ペンペンちゃんは、キョクリュウくんにクルリと背を向け、
「行くぞ……。全ての謎を解きに……」
「謎って……?」
 キョクリュウくんは眠い目を擦りながら、ゴソゴソと立ち上がる。
「ついてくれば分かる」
「うん」
 ペンペンちゃんについて、キョクリュウくんは何も訊かずに部屋を出た。
 ――廊下は昼間と変わらないので、深夜という感じは全くしない。実際、夜とい
えど、それは各クルーの就寝時間の目安を示すだけのためのものであるので、船そ
のものは二十四時間動いてる。
 が。もちろん人間には就寝が必要なので、今日大騒ぎしたメンバー達は寝ている
はずで、今ブリッジは、夜勤のクルーが数人いるだけのはずだ。
「どこに行くのさぁ」
 キョクリュウくんは、さっきから何やら物憂げに考え続けているペンペンちゃん
に訊ねる。
「……機関室だ」
「??? 何のために?」
 と、彼は首をひねる。
「おまえには読めなかっただろうが、あの手紙には『機関室に来い』と書いてあっ
た。読むのに三時間かかったけどな。それで、行ってやろうってわけさ」
「ふーん」
 キョクリュウくんは興味なさげだった。

   *

 機関室は最下層にあった。
 夜勤のクルーに道を聞いたところ、右へ曲がって左へ曲がって……だの面倒なこ
とを言われたので、適当にエレベータに乗って最下層のボタンを押したところ、そ
こが機関室だった。
「さっきの説明は何だったんだろう……」
 首をひねるキョクリュウくんをよそに、エレベータはゆっくりと開く。
 そして――、
「なっ……!」
 その様子を見たとき、ペンペンちゃんとキョクリュウくんは驚きで動けなかった。
「こ……これなに……!?」
「分からん……」
 そこには、何もなかった。
 ――そう。本来エンジンのあるべきその部屋に、しかしそれは、その片鱗さえも
存在していなかったのだ。ただガランとした大部屋があるだけである。
 だがその部屋は今までと違い、有機的な装いをしていた。
 広さは……ざっと見ても百畳ほどもあるだろうか。やたらと広い。
 床は灰色のマーブル模様。一見するとカビのようにも見えるが、どうやらカビを
模した模様を描いてあるだけらしい。天井と壁はドーム状になっていて、どこまで
が壁かよく分からない。スライミーなドロドロした物質が一面に塗りたくられてい
て、血管に見立てたような赤と青のケーブル類が、張り巡らされている。
 はっきり言って最悪のセンスだった。
「三流のスペースオペラは、割と宇宙怪物オチで終わるんだけどな……」
 ペンペンちゃんは右腕にしがみついてくるキョクリュウくんを、鬱陶しそうに横
目で見ながら言った。
「もしかして、部屋を間違えたんじゃない?」
 キョクリュウくんが呟いた。
 唐突に、
「ようこそ! 機関室へ!」
 声がして、彼らはビクリと震え上がった。
 いつの間にか、彼らの前に一人の美女が立っていた。本当にいつの間にここに立
ったのか、彼らにもよく分からない。
 ドンキュッパ☆ のミラクルボディの上にはエプロンしか着けておらず、手は
『機関室』と書かれたプラカードを持っている。
「……おまえ……なんでそんな格好してんだ?」
「趣味です」
 答えは間髪入れず返事が帰ってきた。
「……どーゆー趣味だそれわ……」
 よく分からなかったが、ただ一つ言えることは、彼女が自分達を見ていないこと
だった。まるで自分の意志がないかのように、まっすぐ前を――つまりエレベータ
の方を――見ているだけで、彼らの方は全く見ていないのである。
「催眠術……?」
 ペンペンちゃんが首をひねった。
『違うな。彼女はそうやってボーッとしているのが趣味なのだ……』
 声がした。今度は男の声だ。
「誰だ!」
 虚空に向かって叫ぶ。声はブヨブヨした壁に阻まれ、響くことはない。
『私の名は《地球公爵》。この船の船長だよ……』
 不意に、部屋の真ん中辺りに四角い穴が開き、そこから何かがせり上がってきた。
どこからともなくドライアイスの煙が漂ってきて、その雰囲気を盛り上げる。
 徐々に、徐々に上がってきたセリの上に乗っていたその人物は――シルクハット
とマントを着て、向こうをむいていた。
「おまえが船長か……」
「その通り!」
 男は振り向かず言った。
「ふーん……」
 言いながらペンペンちゃんは、右の頬を吊り上げる。冷や汗が頬を伝って落ちる。
気持ちはすでに戦闘態勢に入っていた。
 聞いたことのある声だ。――彼はそう思った。
「おまえだな。俺を眠らせてまでこの船に連れ込んだのは」
「眠らせて!?」
 驚きの声を上げたのは、キョクリュウくんである。
「そうさ。……俺は自分の家で眠ってから、宇宙船の中で起きるまで、自分の身の
回りで何が起こっているのか、全然知らなかった。
 抱えられて運ばれたことも、ヘリかセスナか、その類の移動手段でヒューストン
(NASAのある町の名前)まで運ばれたことも。そして、宇宙船の発進すら知ら
ない……。
 周りでドタバタ騒がれれば、普通は気づく。増してや俺は眠りの浅い方だ。
 ――なぜだ! なぜこんなことをしてまで、俺を宇宙に連れ出した!」
 ペンペンちゃんは地球公爵に向かい、叫ぶ。
「……ふっ」
 だが彼から帰ってきたのは嘲笑だった。
「まだ白を切るかペンペンちゃんよ……」
「なに?」
 怪訝な顔をする彼に、地球公爵は言い放つ!
「では教えてやろう! この顔! 忘れたとは言わせんぞ!」
 マントとシルクハットを脱ぎ、そして、こちらを向いた――。
「おまえは……!?」

                            To be continued...