作品名:『葬式』
  製作  : 97/04/06(4KB)
  作者  : アキレウス 氏
  形態  : ショートショート

 老人は資産家であった。
 波乱に富んだ人生の中で、野心と才気を縦横に駆使し尽くした。
 世情の表裏、粋も甘いも全て嗅ぎ分け、生き残る為にあらゆる手廉手管を用い
、熾烈な競争にひたすら勝ち続けた。そして成功し、世界中にその名を知らぬ人
とて無い大富豪となり、目白に豪勢な自宅を建て、悠々と余生を過ごしつつ、そ
の間にも資産を増加させ続けていた。

 だが、そんな彼にも霹靂はやって來た。
 余命一か月と宣告された日の夕方、暮れて逝く黄昏の中でニシキゴイに餌をや
りながら、彼は一人思い悩んだ。

「儂の遺産をどうしたものかのぉ....」

 長男は駄目だ。大学を出ただけの男だ。同じ事を繰り返しやるにはいいが、奴
に社員がついてくるとは思えん。
 次男もどうしようも無い。一度は家を出ていながらいまさらのこのこ尻尾を振
る奴に将来がある筈が無い。身代全て食いつぶしてなお飽きたら無いタイプだ。
 三男に至っては論外だ。あんな甘えん坊のボンボンに何が出来る。交通違反一
つ処理出来ない奴に。

 会社に寄付をしようか。いや駄目だ。丁度良い臨時収入と思って使い果たして
しまうのが関の山だ。傾きかけた会社の再建をかえって困難にするだろう。重役
連中と来たら、自分の任期中に赤字を出さないようにする為なら平気で人も殺す
奴らなのだから。

 ふと、それまでの人生が走馬燈のように蘇る。
 最後くらいは恥ずかしく無い清算をしたい。

 アフリカ難民に寄付をしようか。
 駄目。現地政府の役人の子供のカーコレクションにベンツをもう一台増やすだ
けに終わるだけだ。良くて赤十字のデッドマネーが増えるだけ。意味が無い。

 震災復興基金にしようか。
 駄目に決まっている。他の脱税目的のカネと一緒に預かり知らぬところに流れ
てしまうのがオチだ。第一、既に復興しているではないか。無駄だ。

 環境対策機関にしようか。
 何を言ってるんだ。わざわざ赤旗の発行部数を伸ばす資金に使われるのが関の
山では無いか。連中が環境の事を考えるのは、テレビに出ている時だけだ。無駄
だ無駄だ。

 孤児院に寄付をしようか。
 駄目だ。寄付をしてもそこにいるガキどもは決して儂に感謝したりなぞせん。
それだけならまだしも、いくら施してやっても、ただうさんくさそうにそれを眺
めるだけで、本当の感謝なぞ絶対にしやせん。何をどうしてやっても、連中は一
生自分達を哀れんで育つだけだ。全くの無駄だ。

 同和対策基金にしようか。
 完璧に駄目だ。存在しない身分を固定化して無駄金を吸い尽くすだけだ。

 交通事故遺児基金にしようか。
 全く駄目だ。全然機能していない。

 ....しようか、....か、....、

「....駄目じゃ、全然駄目じゃ。」

 どうカネを使っても、恥晒しに手を貸す事になる。
 とはいえ、このままカネを使わねば、国に没収されるだけだ。
 それこそ、一番恥ずべき事では無いか。

 かといって、カネを捨てるのも癪に障る。
 第一それは、完璧に意味が無い。

 ....そうか。他人に使わせるから思い煩う事が多くなるのだ。
 それなら、いっそ....

「....決めた。儂の墓を建てるのじゃ!」

 こうして壮大な墓が建設された。山林一つをまるごと買い取り、世界十指に入る
と言われた資産を全てつぎ込み、前代未聞の突貫工事を完遂する為に、世界中から
呼び寄せた膨大な人夫と技術者と芸術家を使い、古代エジプトから信仰宗教まで古
今東西のありとあらゆる形態の死にまつわる装飾が、全て彼一人の為に施された。
突如として寒村は振って沸いたようなとてつもない景気とそそり建つ、全く趣の異
なる摩天楼と数百万人の人口と好奇溢れるマスコミの注視を抱え込むに至り、気の
弱い村長は幾度と無く卒倒を繰り返した。

 偉大な墓は完成した。
 いよいよ落成の当日、死についての世界の知識の粋を集め尽くした巨大な墓碑の
前に建った彼の前に、居並ぶ野次馬達の群れがどっと押し寄せ、好運な女性レポー
ターの声と共に、マイクが向けられた。

「世界最大の墓に入られる御気分はいかがでしょうか?」

 彼は、微笑みながら言った。
「そんな恥ずかしい事は出来ん。灰を海に撒くだけじゃ。」