作品名:『ゆかた』
製作 : 96/09/18(3KB)
作者 : おじゃ 氏
形態 : 超短編
<ゆかた>
7月31日、町では毎年恒例の花火大会が河原で行われる事になった。
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「じゃあ、6時に神社のコマ犬の下で待ってるよ」
「うん、それじゃあまた後でね」
権治は電話を切ると、急いでタンスの中をかき回し、一着のゆかたを取り
出した。それは、代々伝わる不思議なゆかた。特に父親からは聞かなかっ
たが、小さい頃によく祖父から昔の話を聞かされていた。
『15歳の夏、このゆかたを着て恋人と花火大会に行けば、2人は固い絆
で結ばれる』
嘘だろうとは思っていたが、権治はあえてそのゆかたを着た。
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コマ犬に着いたのは、約束の10分前だった。神社からは河原が良く見
える為、学生の間では人気のある観覧場所となっている。知っている人、
知らない人、多くの人が目の前を通り過ぎて行く中、1つのグループが目
に止まった。
「莢華さん・・・?」
男3人に囲まれてコマ犬の前を通り過ぎていく姿を、権治は見てしまった
のである。
「おい、何で・・・何でお前等が莢華さんと一緒にいるんだよ!」
急いで後を追い掛けていくと、4人は立ち止まった。
「何だよ権治。莢華は俺達と花火大会を見る約束してたんだから、どっか
行けよ」
権治は、莢華を見た。しかし彼女はただ俯いていた。その姿を見た権治は、
何故か彼らに怒りをおぼえた。
「なあ、最初に約束したのは俺達だよなぁ?」
「・・・・・・う、うん・・・」
テンポの遅れた返事が、権治にはどうしても偽っているとしか思えなかっ
た。
「莢華さん・・・」
権治は、莢華に手を伸ばそうとした時、前にいた男が両肩を押し、彼女と
の間を突き放した。
「ほら、さっさと失せろよ。先客だって言ってるだろ!」
そう言うと、4人は権治を無視して神社の階段を登っていった。
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家路を辿り、自分の部屋に戻った権治は、ゆかたを脱ぎ捨てるとベッド
にうつぶせに倒れた。なぜ、莢華は自分との約束よりも他の約束を優先し
なければならなかったのだろうか。脅されたのか、それとも本当に先の約
束があったからなのか・・・。
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夏休みはとてつもなく長かった。莢華とは、花火大会以来一度も顔を合
わせずに1カ月が過ぎた。
8月31日の夜、いつものように自由課題である星の観察をするために、
学校の裏山へと足を運んだ。家を出る時に、余りにも暑かった為ゆかたを
着ていくことにした。
昔、莢華は落ち込んだり嫌なことがあると、すぐにここで足を抱えて空
を見ていた。ずっと空を見上げているうちに、心が安らいで素直になれる
のだと、彼女は言っていた。
何だか山の上が小さく光っているのに気づいた権治は、急いで裏山の道
を駆け登っていった。そこには、ゆかたを着た莢華がいた。
「は、はあ、はあ・・・さ、莢華、さん・・・」
莢華は、屈みながら1人、線香花火をしていた。
「あ、権治君・・・」
花火の明るさが、莢華の頬を赤く染めているようだった。
そして、始まりを告げる夏の思い出−。