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夏休み・・・宿題
2002年8月27日(火曜日)
ハニーが、単身先に戻っていきました。私にも仕事の日々が戻ってきました。
息子はボーイスカウトの二つのキャンプと、私のいない間の自由時間を満喫。
娘もいまだかつてない真っ黒娘となり、夏休みを楽しみました。

そういえば、先生から渡された原稿用紙を二人とも持っていました・・・。



あれは、何の紙だろう?



なぁんて、大体想像はつくんですけど・・・



慣れない仕事に1ヶ月でようやく慣れたのに、長い会社の休みで、
またまた慣れない仕事に逆戻り。
疲れ果てて戻るので、ご飯を食べてからでないと言い出せないそのセリフが
どうしても言えません。
「見てあげるから、宿題頑張ろう!!」

明日は絶対、明るくきりだすぞ!ε-(ーдー)ハァ


台風・・・自転車並
2002年8月19日(月曜日)
ハニーが夏休みで埼玉に滞在中。
出張が丁度入ったので、一日早く夏休みが始まりました。
・・・んが!!
のろまな台風が関東にだらだらと雨を降らせています。
昨日までは人の早足の速度、今朝は自転車の速度だそうです。
本当は今日はディズニーシーに出かける予定だったのに、ぽしゃりました。
強風だったりしたら諦めもつくのですが、だらだら降る雨。
本質的にお外のハニーは、せっかくの夏休みがぱっとしないので、
テンション落ち気味です。

さっさと移動して、とっとと日本から離れてくでぇ!!

ハニーに私がくっつくと、娘が割り込んで来てというのが今までのパターンでしたが、
それに息子も「今まで羨ましかったんだ」と割り込む始末。
狭いマンションの中で雨が降ってるから、こんなせせこましい羽目になるの。
晴れてぇ!!


さようなら はむりん
2002年8月11日(日曜日)
今朝、娘が慌てて私のところに飛んで来ました。
「何だか、はむりんが全然動いていないみたいなんだけど」
見てみると、はむりんはもう死んでしまっていました。
老衰が進んできて、最近はトイレで眠っている事が多かったはむりん。
目も開かなくなってきて、やせていたはむりん。

娘が、お菓子の箱にはむりんをおさめて、ひまわりの種を入れました。
手紙を入れることになって、皆それぞれ感謝の言葉を書きました。
多分、どの家でも同じだとはおもいますが、
初めてのペットは特別な存在です。
はむりんも、この世の中のハムスターで一番かわいくてかしこい(!?)
ハムスターでした・・・もちろん私達にとってですけど。
誰のひざの上でものんびり眠ってしまう、あのかわいい様子が忘れられません。

たった一つのハムスターの命だけど、本当に偶然めぐりあえた事を感謝します。



夏休み半分終わったよん( ̄ー ̄; ヒヤリ
2002年8月10日(土曜日)
どもっ!!連日暑いですね。
夏休み。半分終わりました。
息子はボーイスカウト日本ジャンボリーをエンジョイし、
娘は連日の学童生活を楽しんでいます。
母は、慣れない仕事に四苦八苦しながら、過ごしています。
今日から、私もちょっと長い夏休みです。
久しぶりに自分に戻って、ぼんやり過ごしていたら、余裕が出てきました。
子どもと笑っている自分・・・久しぶりです。

17日からはハニーも夏休み。
楽しく、安く、そこそこ空いていて、疲れない、そんな遊び場探しています。

掲示板が調子が悪くて、新しくスプリングビレッジの掲示板をお借りしました。
休みの間にあれもしたいこれもしたい・・・ですが、HP更新もしたぁい〜♪



母の自信喪失
2002年7月17日(水曜日)
主婦のみなさん。主婦の心の友「給食」が終了する夏休みです。
勤労主婦になった私に、18日から家族3人分の弁当作りという重責がのしかかって来ました。
どんなに頑張ったって、適当に電子レンジチンチンチンしかいたしませんが、
人が見るお弁当作りにはいやーなプレッシャーも感じます。
で、心配性の娘が寝る前に私にダメ押しに来ました。
「お弁当の箸、絶対入れ忘れないでよ!!」
なんの気無しに言った私の返事が・・・

結構マジでがびーんです。
これほど暗くなるほど、何かしでかしましたかね>私



おわびと訂正と言い訳
2002年7月13日(土曜日)
目が覚めて中1息子に「幸せになれるから、隣の部屋に行ってごらん」
と言われて来て見れば・・・(家の息子は中2でした)
(これでは息子が敷いてくれたふとんのようですが、息子はメッセンジャーとして
私に報告した模様です。)
(布団を敷いてくれた)お世話上手の娘はとっくに爆睡してました。

脳もとろけるメルティな毎日♪日記すらメルティ♪

同じ仕事をする同僚の女性が、ちょっと・・・変わってるんです。
彼女は・・・仕事を断るのです。
仕事の説明をパートの同僚の女性と一緒に受けて居ましたら、
途中で難しくなってしまったのか、彼女の気が散り始めました。
(後から聞いてみると、社員の人の切手の貼り方に注目していたらしい)
「聞いてないでしょ」との社員さんの質問に
「聞いてませんでした。でも私聞いても全然わかんないし・・・」と
席に戻ってしまいました。
私の頭の中は「?!?!?!?!?!?!?」。
見事にその仕事は私が全部する羽目になりました。

気づいてしまったんですけど、社員さんが頼みやすい私に、二人でするべき仕事の
8割を渡しているから脳がとろけていたのでした。
ゲームに熱中する私は、ついつい仕事もクリアしてしまおうとしていたようです。
もう気づいちゃったもんね。同じ轍は踏まんぞ!!(⌒^⌒)b うん

月曜日、私休みなんですが、仕事が確実に彼女の元に全て行きます。
これで、否応無く仕事を覚えてくれたら、来週は私ちょっとは幸せになれるかも。
それでも、仕事を断っていたら、社員さんに仕事を等分に配分してもらいます。

主婦って、家庭で君臨している間に、
不思議な生き物に変化してしまうのかもしれません。
あぁ。びっくりしたぁ・・・(゜_゜i)タラー・・・


子どもにお世話される今日この頃
2002年7月12日(金曜日)
一週間のパート勤務が終わって、心の底からほっとすると、
夕飯後うたたねしちゃう母。
目が覚めて中1息子に「幸せになれるから、隣の部屋に行ってごらん」
と言われて来て見れば・・・

お世話上手の娘はとっくに爆睡してました。


はに〜!q(T▽Tq)(pT▽T)p
2002年7月7日(日曜日)
今日はたなばたさま。
さっしー家の牽牛こと、はにーは木曜日からお泊りをしておりました。
しかし、さっしー家の織姫ことわちきが、慣れない仕事&子どもの送り迎え等で
体力の限度を超えてしまいダウン。
結局、何だかよくわからないうちに、はにーが広島に戻ってしまいました。

仕事にもうちょっと慣れたら、週末にダウンせずに済むはずだから、
これに懲りずに、また来てね〜


1日2日は中学の期末テスト
2002年7月3日(水曜日)
中学の期末テストの一日前。
猛勉強をするはずの息子を残して、妹の習い事に出かけました。
(置いていって勉強するかな〜・・・しないんじゃないかな〜)と不安に苛まれつつ・・・。

家に帰って一息つく私に、息子が10円玉を見せました。
「お母さん、なんでこの10円玉こんなに光っているんだと思う?」
「ほんと、きれいだね」
「14年製造だからだよ」
「出来たてってきれいなんだね」

しばらくたって
息子がもう一枚の10円玉を見せました。
「・・・・・あんた、これ私が十歳の時の年度じゃん・・・・・・」
しばらくたって
息子が30枚以上の10円玉を持って現れました。
全部ぴっかぴっかのきっらきっら。
「ね〜なんでこんなにきれいになったと・・・・・・」
「あんた、まさかこれみんな磨いてたんじゃないでしょうね?」
「これ、レモン汁を・・・・・・」
「お願い・・・・・・勉強し・・・て・・・」

10円玉を磨いている合間にした勉強の結果は、今日戻り始めます。
いつも、そこそこの結果は出る彼のテストではありますが、
10円玉を磨かなければもっといい結果が出るんじゃないでしょうか。
ヤマが外れたと申しておりますが、
10円玉を磨いている時間に全体を勉強出来るんじゃないでしょうか。
なんだか、もう、まったくなぁって感じ。


3ヶ月経ちました
2002年6月30日(日曜日)
母子3人が埼玉に戻ってきて3ヶ月経ちました。
夫が単身赴任を始めて3ヶ月経ちました。
3ヶ月の収支決算をしたいとおもいます。

息子は、山口に居る時と別人になりました。
何かの折に独り言で「あ〜楽しくてしょうがないよ!!」と言っていました。
何が?と聞いたら中学生活の事でした。
(あぁ、彼は楽しいんだ)と心の底から安堵しました。
少々の苦労はぶっとんだ気がしました。
これは

娘は、相変わらずマイペースです。
人と仲良くする事が好きなので、あっちこっちに気を使いながら、でも使いすぎず、
マイナスポイントは言い訳をする前に挽回しようと努力し、
(下の子はえらいよねこれが出来るんだもん)
彼女の存在には慰められました。
これもまぁ

私は、日常に忙殺され、本当に忙殺され、
何がプラスかマイナスかを考える余裕も無く、生きています。
今まで夫におんぶにだっこで来たので、私の負担がものすごく増えました。
(私が成長する事でもあるので努力すべきと思うんですけど)
戦友である夫が居ないのは本当に寂しいです。
これはまぁ

夫は、通勤が楽になったので体は少しは楽なようです。
彼も今まで私がしていた家事を、自分の分だけとはいえ頑張っているので、
仕事は増えたようです。
「体は楽だけど、やっぱり寂しいよ。張りが無いっていう感じ」
これは

我が家の3ヶ月の収支決算はプラマイゼロという事になりました。
良かった〜C=(^◇^ ; ホッ!
プラス成長になれるように次の3ヶ月をがんばろう!!


月曜日から本格稼動
2002年6月28日(金曜日)
金曜日の夜って、すばらしい。
目の前には自由な時間が広がっていて(この際予定のいくつかは無視するとして)、
あんなこともこんなこともそんなことも出来るはず。

久しぶりの肩こりに悩まされている今日この頃。
肩こりって痛いんだって久しぶりに思い出しました。
安楽な生活だったからなぁ。
ゲームのコントローラーダコなんて作ってる生活だったからなぁ。

お仕事は、本格稼動の月曜日を控え、マニュアルの訂正に次ぐ訂正で完全白紙状態。
なおかつ、正社員が抜ける穴を埋める必要が出てきて、そっちのお手伝いにまわされました。
今まで2週間してきたことって、半分くらい無駄になったわけです。
・・・・・Σ( ̄⊥ ̄lll)・・・・・
マシンガントーク女があまりにも私のパーソナルスペースを侵すので、
(私の学歴とかを昼ご飯のトークのネタにしやがるもんで)
「私の自己紹介は私にさせて!!」(このせりふは解りにくかったらしい)
「細かい事は自分で話すから。20年後にね!!」(これは怒ってると認識したらしい)と
宣言しました。
Σ( ̄皿 ̄;; ンガァーーー!!!
で、ペースを乱されて仕事をしたくないもんで、センター長の移動の打診をお受けしました。
なんだか、忙しそうなんですけど。
一緒に移動になったのが、毒舌でイエローカードを出される女性。
毒舌でかつ凹みやすいのでこれからもちょっと大変かも。

でも今日はお休みの前の日。
すばらしい♪


お仕事始めまし・・・た?
2002年6月17日(月曜日)
今日が、記念すべき初出勤でした。
物流センターのシステムが変わるとの事で、パートも全員新規採用です。

ところが行ってみると、まだパソコンの机が到着していないとの事で、パソコンも箱に入ったまま。
センター長さんは急用でいらっしゃらないので、センター長さん待ちで4時間。
その間、同僚になるパートの女性のマシンガントークをステレオで聞いて、バテました。
普通なら1週間かけてじわじわ解ってくる事を、初日で全部クリア。
二日目はもうちょっと静かなら嬉しいな。

いったい彼女らって何食ってんだろ。
元気だな〜。


手に手
2002年6月9日(日曜日)
3年生の我が家の娘、ある夜手に「手」と書いてありました。
「何それ?もしかして先生に手を上げなさいといわれた時に解るように書いてるの?
書かないと足上げちゃったりして(o ̄∇ ̄o)ヘヘッ♪」
「“(*`ε´*)ノ彡☆これはね人の前に出てあがらないように、手に手って書いてるの」

手に書くのってだし、本当に書かないし、3回書くし、飲むし・・・
説明をしたら娘、嘆く事ったら。

「おかーさん、手をグーにしても手って字隠れないし〜!!」

マジックで書いた手はしばらく消えませんでした。チャンチャン


わたしはあきらめない
2002年6月1日(土曜日)
この題名は、町の青少年健全育成の会に中学校の役員として参加した時、
表彰された現在中学校3年生の女生徒の作文の題名です。

夢を持って入学した中学校が荒れていたこと。中学校を変えたいと思い生徒会役員になった事。
生徒会で「あいさつ運動」として、役員が毎朝校門であいさつをする事を決めた時、
最初は無理じゃないかなと思ったこと。
「おはようございます」に対する冷たい目つきや態度、ひそひそ話や笑い声に傷ついた事。
あまりの反応の無さに役員達も諦め運動自体無くなっても、彼女だけ立ちつづけた事。
苦い気持ちでうわべのおはようを言っているうちは何の反応も無かった事。
おはようの言葉の意味を考え出し、心を込め始めたある朝、
始めて一人の男子生徒が恥ずかしそうに挨拶を返してくれた事。

クラブを引退した3年生達が、ずらっと並んで手伝うようになってくれた事。
あいさつがどんどん返って来るようになった事。
PTAが「あいさつ運動」を始めた事。
町で「あいさつ運動」に力を入れるようになった事。

なんでもかんでも、簡単に諦めてばかりいた彼女が始めて諦めずにした「あいさつ運動」
これから、わたしはあきらめない!」

私はびっくりしました。いまでは、町のスローガンにもなっているあいさつ。
先日当番で私もやった(で、無反応にむっとしたあの)あいさつ運動。
彼女一人でそれも1年前に始めた事だったんです。
私が前の中学校に伝えたあいさつ運動は、このほっそりした眼鏡の真面目そうな
髪を真中分けして二つに結わえた女の子が始めたんだ!

朝日新聞で貰う「暮らしの風」という小冊子にも、
玄侑宗久さんというお坊さんの話が載っていました。
3年間「おはようございます」と言い続けた管長さんと無視し続けたおじいさん。
3年たって、いつものおはようございますに初めて立ち止まったおじいさんが、
管長さんに近づいてきて号泣したそうです。
頑なな気持ちでささくれていたおじいさんの心を3年かけて溶かしたのは、
心を込めたおはようございますだったという事。

自分だけの痛みに閉じこもっていた私って、「ちっちゃいちっちゃい」
とちょっと恥じ入るような気持ちでした。
わたしはあきらめない!!と言う彼女は光り輝くばかりでしたよ。


パート就労先決定
2002年5月27日(月曜日)
先週の22日パート事務員募集の面接を受けてきました。
履歴書の写真が凶悪犯人並だった事と、ものすごい数の応募があった事で、
無理かなと思っていました。
「お願いする方だけに電話させていただきます」という事だったので、
6時ごろうつろな目で気にしない振りをしつつ
落ち込んでいる自分を想像したりして・・・
5時過ぎに電話が鳴って、「きゃっほー」でした。
健康1番でがんばるぞいです。

9時から5時までのお仕事、久しぶりです。
仕事好きになれるといいな・・・。


家庭訪問
2002年5月17日(金曜日)
10日間も日記を書きませんでした。
息子が通学のヘルメットを忘れたのが教室に転がっていて、
「部活にも行ってない!何かあったんだろうか!?」と担任の先生が電話をくれたり、
小・中学校のPTAがあったり、車検前点検に行ったり、テレビが壊れた
学童保育の申し込みに行ってすべりこめたり、色んな事がありました。
で、今日は家庭訪問。
娘の小学校の担任の先生は独身の男性です。
何となく安心感を与えてくれるムードをお持ちで、娘がファンなのも納得でした。
先生は、山ほどのキャラクターもののマスコットがぶら下がったカバンを持って来たので、
ちょっとびっくり。(でも親近感)
娘が待ち構えていてまっすぐハムスターのケージに連れて行きました。
たった15分の持ち時間ですから、そんなこんなでたいした事も話さず終わりました。

家庭訪問って、家庭の雰囲気を見る訪問なんだろうな、と思った次第。
友人宅も家庭訪問で、その後遊びに行ったら、超きれい。
「一学期に一回家庭訪問なら、家もいつもきれいかもね〜」と
ちょっと本気で思った私でした。
(もしかして今日の日記の題名はテレビが壊れたにした方が正解かも…)



久しぶりに4人家族
2002年5月7日(水曜日)
GW終わりましたね〜。今年のGWは前半と後半に分かれていて、
我が家も前半と後半それぞれに楽しみました。
前半は、娘と私は町のイチゴ狩りに、息子はボーイスカウトのキャンプに参加しました。
食べ残りのイチゴを、2升のなべに山盛り煮ました。
砂糖の買い置きが1キロしかなかったので、イチゴジャムにはなりませんでした。
冷凍されたイチゴの砂糖煮はヨーグルトに入れると美味でした。
息子は真っ黒に日焼けして、お土産話を沢山持ち帰りました。

でも、我が家のGWは後半が本番。
だって、単身夫が戻ってくるんですもの。

交通費が高いんで、他の楽しみは我慢ですが、
ふれあいパパランド  パパと仲良くなろう
が今年のコンセプトです。

彼が戻ってきてみたら、夫も私も子ども達も、心がのびのび〜っとしました。
(4月中、家族3人の時はこんなに皆いい顔をしてたかな?)
と思ってちょっと反省。
リラックスできる場所であるというのが、家庭の存在意義ですもんね。
ピクニックにも行ったけど、お家でのびのび仲良くしてたら、
すっかりリフレッシュした4人家族。
パパは再び単身夫となり、山陽新幹線に乗って行きました。

今度は、出張のついでに(交通費会社持ちで)お家に来てね〜!!



中学校の役員決め
2002年4月18日(木曜日)
今日は中学校の参観日。そして、2・3年の役員決めがある。
しかし、朝起きたら、節々が痛い。頭が痛い。のどが痛い。微熱があるぅ。
(今日は学校に行かないと、委任状を出してないんだからo(;△;)o )
アレルギーの薬と風邪薬を一緒に飲んで事故になってもしょうがないので、
ひたすら昼まで寝てみる。

少し頭痛が治まったので、用意をして学校に行ってみた。

授業は・・・・・・・信じられないくらい静か・・・・・・o(*^▽^*)o~♪
息子が友人と笑いあっているのを見て、お腹の底から
(戻ってきてえがったぁ〜〜〜)と安堵。
でも、体調不良の身には、50分は長かった・・・・・・・。
何度か貧血を起こしかけ、ようやく役員決めの時間に・・・・・・。

授業参観には5人くらいしか居なかったのに、
役員決めにはほぼ30人ばかりの父母が登場(ノ゜凵K)ノびっくり!!
そして、重苦しい空気のうちに、順番に端から「どうしても今回役員はお受けできません」
の理由を皆様が話しはじめました。

どうする、さっしー
「高校の役員で・・・」「小学校の役員で・・・」「子供会の役員で」「親の介護で・・・」
(そりゃ、出来ないわよねぇ)とうなずき続けるさっしー。

・・・(゜_゜i)タラー・・・(おら・・・何にもねぇだ)
そうして丁度真中の私の番。
「・・・・・お断りする理由が何にもありませんq(T▽Tq)(pT▽T)p」
「でも、出来ればくじ引きをして運を試したいのですが・・・」
却下
。・゜゜・o(iДi)o・゜゜・。「お受けいたします」。・゜゜・o(iДi)o・゜゜・。
そうして盛大な拍手を頂いたのでした。



3人家族
2002年4月14日(日曜日)
夫が広島に戻ったので、再び3人家族に戻りました。
泊りに来るだけの短い時間でしたが、久しぶりに楽しかったです。

ものすごく頑張ってきれいにしていたのに、到着して荷物を置いたと同時に、
やっぱりクイックルワイパーをつかんでごみを集めているのには、ちょっとびっくり。
ものすごく頑張って、塵一つ無くきれいにしているつもりだったから、
ちょっと、相当びっくり。
でも、ちゃんと集まったごみには、もっとびっくり。

癖・・・・・だったのね。クイックルワイパー持ってあっち行ったりこっち行ったりするのって。
┐(~ー~;)┌

3人家族に戻ると、私にお父さんのお仕事も回ってきます。
今日は超暑くて天気が良いらしいので、外遊びする・・・べきかもしれない。
バードウォッチングしたい娘を、遊水地に連れて行く・・・べきかもしれない。

考え中の日曜日早朝のおとおかあさんでございます。




おひさしぶり♪
2002年4月11日(木曜日)
今日は、娘の同級生のお母さん方と、お食事に行きました。
久しぶりの若者(?)との食事にV(○⌒∇⌒○) ルンルン
とても懐かしい顔ぶれだったので、心置きなくおしゃべりしました。

お仕事を始めたお母さんが多くて、時間に追われて毎日・毎月が
あっという間だと嘆いていました。
それぞれの環境で色々心配事や嫌な事があっても、
こうして心のうちを話せる相手がいるうちは大丈夫なんだな、と思いました。

夜、夫が出張でやって来ました。
子ども達は(中2の兄までも)大コーフン。大サービス。
私は、忙しさのあまりアレルギーの薬を飲み忘れ、二目と見られぬ顔に。
( ̄・・ ̄)フガ…( ̄^^ ̄)ズルッ…( ̄ii ̄)ダラァー...。
おがえじなざい。おづがでざば。あいじでるば♪♪



新学期
2002年4月10日(水曜日)
4月8日に新学期が始まりました。
初日から友人から誘われ、がんがん遊んで帰り、
夕方に疲れて爆睡する二人の子ども。

(あぁ。楽しかったんだ・・・)と胸を撫で下ろす母。

私や母や妹を捕まえて、話したがった先月までの息子とは打って変わって、
つっけんどんで無口になった息子。

むっとしつつも(話し相手に苦労してないのね)と思う母。

チャンスがあると私にぐわっと抱っこしてきて「大好き!!」と言う娘。

(ストレス溜まってんな)と愚痴を聞く母。

とりあえず、無事出港出来たんでしょう。
これからも色々あるのは確実!!だけど・・・・えがったぁ。

今週はハニーが2泊するのよ。
いつもみたいに愚痴の聞き役にするのは止めようと決心する、めずらしくえらい妻。



新埼玉生活
2002年4月5日(金曜日)
埼玉生活とはとてもいえない、マンション内片付け生活を満喫中の私。
さすがに2週間たつと、保留ダンボール以外の見えるダンボールは片付きました。

娘はあちらに溶け込んでいただけに「山へ帰りたい」とハイジのような事を言っています。
ハイジが夢遊病になる前に、こちらの生活の張りを持たせてやらなきゃと思う私は、
良心的なロッテンマイヤー女史って感じ。

ワープロ・表計算は両方とも3級に合格できました。

あぁ。えがったぁ。

人生苦あれば楽あり、楽あれば苦あり。

山口生活の苦が今、楽に結晶していると思えるような、
今の楽が将来の苦につながっていると思えるような。

ヒノキの花粉に苛まれ、アレルギーの薬でらりるれろ。
すっかり、楽天主義者らしくも無いテンションの低い私でした。

4月8日より、子ども達の本当の意味の新生活が始まります。
準備おさおさ怠り無く、望みたいと思います。
怠り無くしようとしても、私がぼぉっとしてるので、60点しか取れないでしょうけどね。