| ジャンヌ・ダルク
ジャンヌ・ダルクを思ひ出した。いはゆる英佛百年戰爭の末期の1429年、ジャンヌ・ダルクは~の啓示を受けてフランスをイングランド軍から守るため立上がつた。オルレアンでは成功し、シャルル七世を即位させるが、戴冠後は王は戰には消極的になつて軍隊を出し渋る樣になり、結局、彼女はイングランドと通じるブルゴーニュ軍に捕へられ、イングランド軍に賣られてしまふ。イングランドによりルーアンで宗教裁判にかけられ、1931年5月30日、異端として火あぶりにされた。
しかし、1456年にはローマ法王により無罪とされ、さらに、1920年には聖人に列せられた(以上、Microsoft(R)
Encarta(R) 97)。
脱線であるが、裁判に關連して極東軍事裁判(International Military Tribunal
for the Far East)を思ひ出した。侵略戦争の計画・開始・遂行など平和に対する罪(A級)、通例の戦争犯罪(B級)、非人道的行為など人道に対する罪(C級)が問題にされ、裁判官は連合国12カ国から任命された11名(裁判長はオーストラリアのウェッブ)、検事団はアメリカのキーナンが首席検事をつとめた(Microsoft(R)
Encarta(R) 97)。
15世紀においては、軍事裁判でもイングランドの裁判でもなく、當時国際的權威を持つてゐたヘ会の裁判であつたが、20世紀においては、表向き何の權威もない軍事法廷に過ぎず、かつ判事は戰勝國の人間のみであつた。
なにも體裁を整へさへすればいいといふのではない。體裁すら整へていない身勝手な行動だといふことである。
ジャンヌ・ダルクは、フランスを救ふべしとの~のお告げがあつたと言ふ。しかし、~はなぜフランス國を救ふのか。
フランス國はフランスの正當な支配團體といふことかもしれぬが、詰るところ、強いものが勝ち支配するといふことでしかない。強ひていへば、先祖以来ずつとフランスに住んでゐるから住む權利があるといふことだらうが、ずつと前に住んでゐた先住民族を蹴散らしたのかもしれない。ユダヤ人は何千年も前に離れた土地を自分たちのものだと主張して無理矢理入り込んでゐる。正統性などといふことは言ひ出したら何とでも言へる。
そこで、正統性の根據に~が持出される譯であるが、結局自分たちが勝手にさう思ひ込んでいるに過ぎない。フランスに~がついてゐる樣に、イングランドにも~がついてゐる。フンの樣な侵略者にもついてゐるかもしれない。詰るところ、やはり、相對論でしかない。相對論でしかないのだが、これにより例へば戰において味方を奮ひ立たせ志気を上げることができるのは間違ひない。たとへ負けても天國に行けると。
問題なのは本人は絶對と思つてゐることだ。アメリカが鯨を捕つてはいけないと言つてきかないのもこの類だ。鯨をなにか~聖なものと思つてゐる樣だが、インド人だつて牛を食つてはいけないと他國にまでは言はないのに、自分たちは絶對だと思ひ込んでゐる。氣違ひとしか言ひ樣がない。
氣違ひを相手に議論しても空しい。アジア諸國などを味方に引込むのも大事だらうが、結局は力が無いからなめられるといふことだ。思ひ込んだ同士で意見が異なれば最後は力で決めるしかない。
かうも言へる。日本人でも何かを言ふときは一應は信じてゐるはずだ。主張する以上信じてゐなければならない。曖昧な言ひ方では議論にならない。人間は~の理性を分有してをり人が考へることには眞實の一部は少くとも反映されてゐてるはずである。議論した結果、或は試してみた結果、間違つてゐたと思へば修正すればよい。キリストヘ徒の態度はかういふ風にも受けとれる。しかし、間違つてゐたからと修正するのはあまり見たことがない樣な氣がするが、とはいへ、個人レベルではそんなことも經驗したことがある。
結局、彼らとつきあふには、こちらもはつきり主張せねばならぬといふことだ。しかしそれ以上に大事なのは、議論して結論がでない樣なことは、最後は力關係で決めるしかないといふことだ。さらに、結論が出てゐるやうなことでも、往々にして人間は力で、或は權謀術数を盡くして、自分に有利な主張を通さうとするといふ千古不易の事實だ。この原理は厳しい歴史にもまれてきた歐米人においては日本人など及びもつかないくらゐ徹底してゐる。彼らにとつては實利あつての友好でしかない。
(平成12.10.15) |