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『映画の楽しみ』

竹川茂憲(北測協発第135号より)

 

「ワオーッ」

 と、 思わず声が出て、首をすくめてしまった。
 ある映画ビデオ。主人公は、こちらに背を向けて、立ち去って行く。それを見ているボクの後ろに隠れていた敵は、卑怯にも背後から撃った。パァーン。右後方から大きな銃声。弾は主人公の肩をかすめ、銃声は左前方に消えていく。自宅で見ているのに、スッと頭を低くし、後ろを降り返り、敵を捜す自分がいる。苦笑。少しオーバーに表現すると、こんな感じ。うん、素晴らしい。

 DVDビデオの初体験である。
 DVDは、テープではなく、ディスクによるビデオ再生。
 「あなたの部屋が映画館」こんな陳腐な広告に惹かれ、ふと、手が伸びたDVD。ビデオテープより、格段にいい音声と映像を楽しめるというふれこみ。音声の再生用として、前と後ろに、それぞれ複数のスピーカーが配置され、別途、低音域専用スピーカーも用意される。その性能、自分の好みによって、スピーカーを選べる。映像の再生にも、選択肢がいろいろあり、凝り始めるとキリがない。ついには、家の改築まで行きつく人もいるそうな。
 ボクのDVD装置は、セットもので一番の廉価版である。が、それでも冒頭の迫力。
 凝り始めたらキリがないのは、ハードたるDVDの器械ばかりか、ソフトの映画も同じ。ここのところ、そんなキリのない映画の方に、手も足も顔も突っ込んでしまっている。
 では、ここでしばし、映画初心者の、徒然なるよもやま話に、お付き合いを。
 尚、本文は、基本的には、ハリウッド映画についてである。

 

 『殺してやる』
 驚くくらい、使われる頻度の高い言葉。映画の登場人物たちは、一般的に、日常会話も性格も攻撃的である。老若男女を問わず、すぐキレて、大声で怒鳴る。
 ある作品の中で、アメリカ人がベトナム人の女性に「鎮静剤を飲まずに静かな女性は、君が初めてだ」と言う場面があったが、このセリフを軽いアメリカンジョークではないと思わせるほど、彼らの日常会話は戦闘モードだ。
 心の琴線に響くように云々、なんて悠長で生ぬるい態度はダメ。ただでさえキレやすい彼らが、ひとたびキレたら、まずは口による徹底攻撃である。ブッチンと人の琴線を切り裂く。男も女も、下品これ極れりの単語と火にガソリンを注ぐような言葉を連発。好き勝手に言っておいて最後「言い過ぎた。謝る」か『殺してやる』だ。謝るやつは泣き、殺すやつは銃を持ってくる。激しい人たちである。
 この『殺してやる』は、アチラでは他人間、夫婦、兄弟、親子間はもちろん、ディズニーのアニメでも使われる。
 確かに映画は、非日常を描いているものではある。ではあるが、あんなに毎日キレて、大声でシャベリまくっているやつらを見ると、うるさくて殺したくなる。

 

 『そんなにアタシを抱きたいの?』
 このようなセリフも、実に良く使われる。男の方から云えば「キミはボクにマイッてる」の類。砂浜で夕日を見ながら静かに愛を語らう、なんてのもあるが、スクリーン上の彼ら、彼女らの多くは単純明快な物言いを好む。
 ともかく、男も女も自信満々、尊大そのものという輩が多い。ほとんどの男達はこう確信している「オレがひとこと、声をかければ、世界中の女がたなびく」。女は女で信じて疑わない「世の男は全員、アタシと寝たくてこっちを見る」。
 こんな自信家たちの国もあれば、自虐的とも思えるくらい卑屈な東洋の島国もある。対等に付き合うのは大変だ。
 自信家だから、自分の行動に確信がある。映画の中で自信家たちは、日本ならストーカー行為になりそうなくらい、しつこく、しつこく、自分のお気に入りにつきまとう。でも「相手も自分に首ったけ」と信じているから一直線。そして、もちろんハナシだから、相手はオチル。こんなのばっかり見ていたら、こっちも自信過剰症候群になってしまいそう。

 

 『5の段。1×5は5、2×5は10・・・』
 イタリアの九九である。△の段の九九で、△が先にくるのは、世界共通ではなかった。
 本当か否かは不知だが、伊映画では、学校でこうやっていた。「外国の映画を見ると、その文化に触れることができ、同時に、自国を見つめなおすこともできる」至極もっとも。
 では、こんな視点は如何。
 日本のテレビ番組に出演していた外国人女性が言っていた。
 「日本に来て驚きました。古いビルの中のトイレが男女共用なのです。ワタシはトイレの個室に入るのに、用をたしている男性の後ろを通って、行かなければなりませんでした。こんなトイレ、欧米では(日本のマスコミの好きな言い方である)信じられませ〜ん」
 文化の触れ合いの少ない外国人女性に、是非、すすめたい映画がある。仏映画“TAXI 2”。ご推察通り、フランスのビル内、男女共用トイレシーンがある。時代設定は現代、2000年の作品。しかもそこでは、用をたしている男と個室の女が話をしている。所謂、連れナントカだ。恥の文化を持つ日本人には「信じられませ〜ん」。


 『日本もガンバ中』
 ‘深々お辞儀’に代表される我が国の習慣や日本、日本人、そして日本文化は、香港や台湾の映画はもちろん、欧米の作品にも、映像、セリフを問わず頻繁に出てくる。
 さすがに、近頃のものでは、眼鏡をかけ、出っ歯で、ちょんまげにネクタイ姿の日本人像を見ることはない。まれに、画面上の日本的なるものに違和感を覚え、悪意を感じることもあるが、大体、当たらずとも遠からずのJAPANである。そんななか、我が国に対し好意的、且つ、心象面での正確な描き方が多い国はフランスであろう。彼の国の、他文化許容度は極めて高い。
 シネマ世界における、目に見える、最近の我が国の活躍を二〜三ご紹介。
 邦題で“ミフネ”と“RONIN”という映画がある。“ミフネ”は三船敏郎であり“RONIN”は(武士の)浪人である。
 “ミフネ”はデンマーク映画で原題は“MIFUNES SIDSTE SANG”。子供の頃ミフネごっこをしていた兄弟。トシロー・ミフネ役の弟はサムライの真似をして、障害をもつ兄を喜ばせていた。
 “RONIN”は原題も同じ。元KGBやCIAの一匹狼の工作員が集められ、マル秘が入ったカバンを追う。この一匹狼から、浪人、ろうにん、ローニン、“RONIN”。赤穂浪士の話まで出ちゃうアクションもの。
 はるかヴェガ星へのロケット発射基地が北海道根室近辺にあることになっているSF作品や・・・案の定、挙げ始めるときりがなさそう。
 いずれにしても、日本も日本語も頑張っているのだ。

 

 『英国紳士のブラックユーモアー』
 名前を聞かれたら必ず「ボンド・・・ジェームズ・ボンド」そう答える、英国諜報員007ことジェームズ・ボンド氏。
 映画の“007”なぞを見ていると、休暇はカジノのあるリゾートで過ごすのが、ジェームズ・ボンド氏を含む英国紳士の常。ポーカーでもしながら、チョットだけブラックユーモアの効いた、上品で知的な会話を楽しんでいるかのように思えるが、これが意外に、スクリーンではあまりお目にかかれない。むしろ、たまにそこで見かける英国紳士は、暗く、あまりユーモアを解さず、気位だけが高い人間として登場する。「プライドは傷つくだけの厄介もの」の実践者でもある。
 英国映画は、普通の市民の力強い生きざまを描いたものに佳作が多い。彼らは実にイキイキとしている。アメリカ映画は正義も悪も押し売りっぽいが、イギリスものには、人間の表も裏も、全てを認めた上で、素直に受け入れられる良さがある。
 個人的にイギリスは大好きな国だが、映画に出てくる、良い意味での英国庶民のシタタカさと品のなさは、どんなに王室や貴族やボンド君らが取り繕ってもムダ。いかんともし難いレベルにある。

 

 『意識的名言満載』
 「語録」ができたほど名言満載で、その年のアカデミー賞を総なめにした作品がある。こういう映画を見るときに「台本の段階で各セリフが名言として残ることを意識し見たものを感動させようとしている」なんて、製作者の意図を感じてはいけない。純真無垢な気持ちで画面に入り込む。これが見る方のマナー。
 「オマエはバカじゃない。バカなことをする人がバカなんだよ」
 軽い知的障害のある主人公は、母親にこう言われて育てられた。母親を信じている彼は、そのおかげで、バカにされても、傷つかずに生きてくることができた。足が速く、ピンポンが上手で、誠実さを誰よりも持っている主人公。そして愛情タップリの母親。素敵な、ホントに素敵な母子である。母は彼に言う「過去を捨ててから前へ進みなさい」さらに「死を怖がらないで、死も生の一部なのだから」と。
 映画に入れば、入り込むほど、言葉の奥深さを、改めて実感する。


 『イヨッ、大統領!』
 刑事モノ、スパイモノ、法廷モノetc.etc.○○モノに分類する。案外、大統領モノは多い。
 アメリカ大統領は、世界一の権力者だけに、揶揄したり、スキャンダラスに取り上げているモノもあるが、強い指導者として描かれる作品も数多く、それらは、概ね、ヒーロー願望の具現化。
 このてのモノをたくさん見れば、大統領を真似て映画が製作されているのではなく、大統領が映画を真似ていることに気づく。そして、大統領が世界一の大統領モノのファンである事実を確信するようになる。
 実在の大統領の記者会見やインタビューを見聞きする機会に比べてみる。やっぱり、スクリーンで二枚目の俳優が演じる大統領の方が断然カッコいい。本物の大統領は、映画の大統領を意識し、やがて憧れる。これは、絶対、真実だ。
 政治家は演説が命。忘れられないシーンがある。
 選挙間近、現職の独身大統領がある女性と恋に落ちる。選挙の対立候補は、その女性が環境保護運動でアメリカ国旗を焼いた過去を糾弾し、選挙戦を有利にすすめる。対立候補に向けた、圧巻の大統領演説。
 「・・・大統領であることは、全人格を問われるということである・・・この国では国旗を燃やす自由も守られる・・・君は彼女が何をしたと言っているのか。彼女は勉強して学校を出て、公立学校の教師をし、環境運動に参加しただけだ。中傷合戦をしたいなら、私をターゲットにしろ。何故なら、彼女は君には高尚すぎるからだ。人格とアメリカの価値について話し合いたいなら、いつ、どこへ行けばいいのか知らせてくれ。私はアメリカ合衆国大統領」
 ラブストーリーではあるが、映画のラスト、この大統領演説に、アメリカという国が大統領に求めているすべてが凝縮されている。


 「映画は最も現代的な芸術の形をしている。映画は絵画、音楽、文学、ドラマなどであり、そしてもちろん演劇である。それらが一つにまとまり、同時に違う力をもつ」著名映画監督の言葉である。


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