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ムーミンパパのバイブル研 ぶらぶら見てある記

 バイブル研のコンテンツをいくつかのジャンルに分けてご紹介します。 もともと無節操に作り始めたものですから、特に読む順番などはありません。 説明を読んでみて、面白そうだと感じたページからご覧になって下さい。
 なお、ジャンル分けは便宜的なものです。実際には多岐に渡っているものがありますし、ムリヤリ放り込んだのもあります。

翻訳

クイズ。次の男女カップルの会話を翻訳して下さい。

"I am a boy"
"You are a girl"

「私は少年です」と「あなたは少女です」・・・・これは中学校1年生1学期の答え。
男か、女か。そんなことは前もって分かっています。わざわざそれを口に出す理由があるわけです。
「僕は若者だ」 「君は年頃の女の子」・・・恋の芽生えかもしれません。
「男の僕には無理だな。」「君に任せるよ。」というシチュエーションかもしれません。
「わしゃ、まだ若い。」「お前もね」という老夫婦の会話かも知れません。

 ところで、聖書はできるだけ原典(ヘブライ語、アラム語、ギリシャ語)に忠実に翻訳する努力がなされています。
前記のような場合には「少年、少女」と訳せば「原語に忠実」と言えるでしょうが、読者はニュアンスが汲めるでしょうか。
底本に忠実な翻訳か、ニュアンスを生かすか、翻訳者の腕の見せ所です。
いろいろな聖書を読み比べてみると、解釈の微妙な違いが楽しめます。

 創世記第1章2節の例

 「水の表面で神の息吹が震えていた」

 「息吹(ルーアク)」と「震える(ルーカフ)」は韻をふんでいる、というよりダジャレなのですが、せっかくの愉快な表現も、翻訳するとつまらなくなってしまいますね。
 「水域の上を神の息が活き活きと行き交っていた」なんて訳したら楽しいと思います。

● 天地創造
 教会学校の子供向けの楽しい説教教案です。

● 神の子とネフィリム
 原書には「エロヒィムの子」と確かに書いてあるのですが、「天使」とは受け取れない場合もあるのです。

● 第三の歌

 神様だって、時には弱々しく映ることだってあるのですが、「神様に限ってそんな筈がない」という訳者の思いこみが、かえって原文の意味をねじ曲げてしまうことがあります。

● み手のわざをしめす

 詩19編の内容と詩文体を味わってみようと言う試みです。

● わが神、わが神

 詩22編から、十字架上のイエス・キリストを俯瞰します。

● 箴 言

 「罪人」を普通の「悪人」と捉えるか、「神の律法に反する者」と解釈するか、それによって内容も随分変わってきます。

● 青春の日々にこそ

 「聖書は神の言葉」という思いが強すぎると、通俗的な記事さえ信仰的な有り難い内容に置き換えられてしまうことがあります。

● 楽しい眠り

 写本という作業は、「原本にあくまで忠実」が求められますが、こともあろうに落書きをした写本家がいました。その落書きさえも忠実に書き写されて、聖書の本文になってしまいました。さて、この部分はどのように翻訳されているでしょうか。

● 灯 芯

 当時の習慣を知らない人に「灯芯を捨てない」と言っても分からないので、意味の通る訳になっているのです。

● ホセアの改心

 新共同訳聖書には段落ごとに副題が付けられ、読みやすくなっています。でも時として納得できない場合もあります。


聖書原語構文解析です。・・・上級向き。

● ザカリヤへの受胎告知・・・・ルカによる福音書 1:5−25の原語構文解析
● マリアムへの受胎告知・・・・ルカによる福音書 1:26−38の原語構文解析
● ヨハネの誕生・・・・ルカによる福音書 1:57−66の原語構文解析
● 救い主の誕生・・・・ルカによる福音書 2:1−21の原語構文解析
● ヨハネによる福音書 序文の原語構文解析
● ヨハネの証し・・・・ヨハネによる福音書 1:19−28の原語構文解析
● 挨拶文・・・・ガラテヤの信徒への手紙 挨拶文の原語による構文解析

丁寧語と格調の高さ

 "I am a boy"と"I am a girl"という会話が、イエス様とある女性の場合だったら、聖書はどう訳しているでしょう。
 「私は少年である。」「私は少女でございます。」
 まさか!と思われるかもしれませんが、「まさか」な訳が多いのです。誰かがイエスに質問しているときは、ていねいな表現になっている部分が多いのですが、英語の聖書を見ても”Would you please tell me 〜”というふうに、丁寧表現を使っては訳していません。会話の雰囲気は、英語の聖書の方がずっとよく分かる場合が多いのです。

● ハバククの叫び

 神様を暗にののしるなんて、そんなおそれ多いことを、という配慮からか、丁寧な表現に書き換えられてしまっています。丁寧になんか話していられない、という切迫した状況もこれでは味わえません。

● 北の果てから

 ペトロの言葉が丁寧語にされているので、イエスさまが「サタンよ、引き下がれ」ときびしく反発された状況が不自然に感じられてしまうののです。

● イエスとサマリヤの女(第四福音書)

 イエス様が、サマリヤの田舎のオバサンに話しかけました。オバサンは仇にでも話すような口調で応対し始めます。それが最後になるとどんでん返しになるのです。そういったニュアンスが、丁寧な表現の翻訳では表現されていません。普通の注解書と読み比べてください。笑えてくること請け合い?・・・長編です。

奇跡

 モーセのエジプト脱出の際、「昼は雲の柱、夜は火の柱」が民を導いたという記事があります。これは煙の出るタイマツの信仰的解釈ということができます。聖書にはそのような表現をしているところが多いのです。たとえば戦いの時に神意を尋ね、「行け/行くな」という単純な回答を得ている場合は、クジを引いているのです。「なあんだ」と思われるかもしれませんね。でも、当事者としては真剣です。自分の思いと違った結果が出ても、それに従いました。

● エジプトの十災

 現代では「天災」の多くが自然災害として説明できるようになっていますが、いまだに「天災」と呼んでいます。昔の人にとってはそれこそ「天災(奇跡)」と映っていたことでしょう。

● エリコの戦い

 「聖虐」と、業界用語?で呼ばれる攻城戦ですが、よくよく読んでみると、人為的に「聖戦」が演出された形跡があるようです。なお、申命記には「聖虐」を正当化する律法が収められていますが、これはずっと後代になってから、自己正当化のために書かれたというのが僕の理解です。

● 魚の口から銀貨

 銀貨をくわえた魚が釣れるなんて、おかしいかもしれませんが、生物学的根拠がちゃんとあるのです。
 
● リストラ

 ひとつはリストラのパウロの、もうひとつはギデオンのリストラ。ただのシャレです。ごめんなさい。
 
重複した記事を比較してみる

 律法、歴史書、福音書などにはしばしば平行記事が載っています。比較して読むと、より深い理解ができます。

● 十 戒

 旧約聖書に3回も出てきて、微妙に違ったり、全く異なっていたり、数える人によって13にもなったり。それは、どうしてでしょう。

● 歴代誌

 列王記を読むと「歴代誌に書かれている」と書いてあり、歴代誌には「列王記に書かれている」と書いてあります。 いったいどちらが先に書かれたのでしょう?・・・疑問に思いませんか?
 歴代誌の成りたちを探りながら、謎に満ちたレビ族の秘密に迫ってみたいと思います。

● 荒れ野の誘惑

 元々の資料となったマルコによる福音書には「断食」も誘惑の内容も書いてありませんでした。 マタイあるいはルカが追記したのでしょう。「荒れ野の誘惑」に迫ってみました。

● 初めと終わり

 「共観福音書」と呼ばれるマタイ、マルコ、ルカの3っの福音書の個性を、それぞれが記載しているイエス・キリストの最初と最後の言葉で比較してみました。

旧約を視野に入れた解釈

 新約聖書を読んでいると、しばしば旧訳聖書の引用があります。引用が明示されていない場合でも、旧約聖書を知っているといないとでは、解釈の深さや味わいに歴然とした差が出ます。

● 系 図

 旧約聖書で、系図がどのような目的で、どのような場所に挿入されているか。それさえきっちり理解していれば、新約聖書の冒頭に系図があっても納得できます。

● もう1羽の雀

 イエス様が犠牲となり、お弟子さん達を生かすという肝心なところを見逃している解釈が多いと思います。旧約聖書、それも律法を読んでいないと、トンチンカンな解釈になってしまいます。

● 黄金律

 有名な「よきサマリヤ人の譬え」ですが、根底にある旧約思想を理解していないと、「私たちの隣人に親切にしましょうね」という、通り一遍の道徳律に化けてしまいます。

● ニネベ陥落

 旧約聖書の歴史を調べていくと、日本が見えてくる。そんな気がします。

● 愛の賛歌

 パウロが「信仰、希望、愛」のうちで一番大切なのは「愛」と語っています。ですから「愛」より劣るはずの「信仰」論でもって解釈すると、記事の本質を読み誤ってしまいます。語句に酔いしれてキリスト賛歌にしている注解さえありますが、 パウロが、できもしない「十字架の愛」をコリントの信徒や私たちに求めていることになってしまいます。

● エヴァンゲリオン

 「福音」という業界用語?を明確に説明します。また、旧約の「よきおとずれ」との対比で説明します。

● 黙示録の開示録

 黙示録の3/4くらいは旧約聖書の引用あるいは借用です。これらの参照元を全部網羅した画期的な聖書研究です。旧約を併読しながら読めば、「訳の分からない不可解な文章」ではなくて、「非常に厳しい現実の中で救いを待望する」という本来的なテーマが浮かんで来ます。長編です。

自分をどの立場に置いて読むか

 恋愛小説を読むときは自分が主人公になったつもりで読みますね。正義の味方が悪に対決する小説の場合はどうでしょう。悪の手先をやっつけると、快哉を叫びますね。自分を正義の審判者のように思ってしまいます。
 ところで聖書を読むときに自分をどこに置いて読むかで、聖書解釈は全く違ってしまいます。イエス様が一生懸命に私たちに語っているのに、「だから金持ちはけしからん」「パリサイ人には救いがない」などと、審判席から人を裁くような釈義がまかり通っている気がします。自分は正義の味方でもヒーロー(ヒロイン)でもないと心していないと、聖書を読み誤ってしまいます。

● アダムとエバ

 人類初の罪、「原罪」として深刻に語られることが多く、「アダムやエバはけしからん。蛇は悪魔の前身だ」という釈義が多いいのですが、実はダジャレいっぱいの楽しい読み物なのです。
 平気でウソをつく。失敗を人のせいにする。そういった素直でないところはさすがに人類のご先祖様。あなたもその血を濃く受け継いでいると思いませんか。
 神様は二人の命を助けた(罪を許した)ばかりか、皮の服まで縫製してプレゼントしています。その底抜けな愛こそ語られるべきだと思うのですが、いかがでしょうか。

● ペテン師

 聖書には悪い王様で、預言を聞き入れなかったと書いてありますが、よく読んでみると、聡明で勇敢、知略に満ちた悲劇の英雄像が浮かび上がってきます。

● 針の穴

 「金持ちが天国に入るのは」という、イエス様のアイロニー(皮肉)。これを「裁き」と見るか「救い」とみるか。あなたの視点はどちらでしょうか。

● 神の国

 自分はいい子か悪い子か。それに気付けば天国は近い?

● タラントン

 経営者(神様)があなたに資産運用を任せました。どうしましょう。日頃の神様への信頼が問われます。

● 原 罪

 「アダムには原罪がある」。「ユダヤ人達は律法主義者だ」。読む人(つまり、あなた)がそのような感想だけ述べたとしたら、 パウロはカンカンになって怒るでしょう。「俺はそんなことが言いたかったんじゃない」ってね。
 でも、いろんな説教集を読んでみると、そのような批判型・裁き型の釈義が実に多いのです。自分が正義の審判者になる前に、 まず、イエス・キリストの救いをこそ汲み取るべきではないでしょうか。

歴史的背景や状況

 聖書研究をするときには、一応時代背景やら関連事項を調べるのですが、これがまた楽しいのです。その楽しい部分を紹介します。

● 箱船大作戦

 信仰論で語られることが多い「箱船」ですが、それでは箱船を作ってみたらどうだろうという発想で書いてみました。箱船の構造や建築法、資材の調達、費用の見積もりまで、聖書のデータをもとに計算してみました。状況を再現してみることによって、今まで見えていなかったものが分かってきます。

● バベルの町

 誰でも知っている「バベルの塔」ですが、素材の「焼成煉瓦」に注目し、バベルの町と塔を考えてみました。そうしたら、伝統的な解釈がかならずしも当たっていないことに気付きました。内容はご覧になって下さい。

● 神様の名前

 なぜモーセは仰天したのでしょう。神様からの宗教改革って、聞いたことありますか。

● シケム契約

 一口に「12部族」といっても、最初から最後まで12部族が揃っていたわけではありません。当然各部族の浮き沈みや併合がありました。 数え方も様々です。イスラエル部族連合の象徴たるシケム契約を調べながら、各部族について触れています。

● シロ2題

 シケムとシロ、いずれも12部族の宗教連合の本拠地なのですが、神殿の作りも祀ってある神様さえも違っていました。ヨシュア記やサムエル記は、出エジプト記や申命記の後ろに置かれていますが、実際には祭儀法典はサムエル記から400年も後に書かれているのです。

● クレドー

 申命記26章に納められている「クレドー」と呼ばれる部分は、古代の信仰告白文として知られています。ユダヤ教のモチーフが凝縮されています。これを読めば、なぜファリサイ派の人々があんなにかたくなだったか、分かります。

● 神の人も時には

 「神の人」が騙される、というあり得ないことが起こりました。ちょっとだけ歴史的背景に触れながら、お話ししたいと思います。

● 申命記

 有名なヨシヤ王の宗教改革ですが、どのような歴史的状況で行われたか。結果はどうであったか。ユダヤ教成立に深く関わる出来事を、その背景から見てみました。

● エズラ記

 神殿祭儀から五書を使った礼拝へ。イスラエル/エルサレム再興を図った帰還民たちが直面した諸問題から、旧約聖書/ユダヤ教が成立していった様子を俯瞰してみます。

● ネヘミヤ記

 「バイブル研」の白眉です。ネヘミヤを調べればユダヤ教の成立史が俯瞰できます。また、ネヘミヤの熱情とその驚異的な管理能力や、聖書のテーマの一つ「不可能を可能とする、目に見えない神の、目に見える奇跡のしるし」など、普通の注解書では味わえない深さで迫ります。長編です。

● 死の陰の谷

 「緑の牧場(まきば)」というと、青々として平坦な牧草地を思い浮かべるかもしれませんが、日本の基準で判断したら、イスラエルの牧草地の多くは、多く草がまばらな痩せ地にしか映らないでしょう。 ですから、「死の陰の谷」は人間の生存を拒絶するような荒涼とした所と判断すべきでしょう。

● 新しい契約

 亡国とエジプトへの逃避という状況の中で、民は「ヤハウェの神は救ってくれなかったではないか」とエレミヤをののしります。エレミヤは民の背信を責めますが、同時にエルサレム神殿破壊という状況下での新たな神とのありかたを提案します。「新しい契約」は国家の宗教から個人の信仰へというドラマチックな転回のなかで呈示されます。

● ダニエル

 捕囚となったユダの民が、異国でいかに信仰を守りながら生きていくか。現代世界中で居住するユダヤ人にも共通する重大問題に、ダニエル記は明快な回答を与えています。単なる奇跡物語ではありません。

● 不滅の聖都

 エルサレムの歴史やその栄枯盛衰を知っておくと、新約聖書の味わいも一味違ってきます。

● 取税人ザアカイ

 キリスト教会の伝統として、清貧=善、金持=悪人という定説!?があります。それだけで終わってしまっている解釈が多いと思います。本当に聖書はそのように書いているでしょうか。まず、当時の税金はどのようなものがあったのかから、調べました。

(19)● 天衣無縫

 古代ギリシャの服飾を調べれば、イエス・キリストの服が縫ってなくても不思議でも何でもないのです。
● 聖研のコツ

 「聖研の当番に当たっちゃった!」・・・そんな人のために、ガラテヤの信徒の手紙をコンテキストに、聖書辞典を使ったムーミン流聖研のノウハウをお伝えしましょう。

神様との対話

 ヤコブが神(の使い)と夜通しレスリングしたとか、聖書に出てくる神様には人間くさいところがあります。人間の側も必死で神様にくらいつこうという、したたかな面が見られます。「おそれ多い神」ではあっても、「人の声を聞かれる神」でもあるのです。

● 半値8掛5割引

 厳しい神様の裁きは絶対で、交渉の余地は全くないのかというと、そうでもないという例があるのです。

● お魚に飲まれたヨナ

 ヨナはなんと神様の命令に背いて逃亡を企てます。また、神様が預言をキャンセルしてしまったので、ヨナは神様にクレームを申し立てます。まるでやんちゃ息子と父親のような会話をしているのです。旧約中でも特異な、とても楽しいストーリーをご紹介します。

価値観

 現代日本の感覚や価値観、生活レベルで聖書を読んでも、見当はずれなことがあります。2000前の庶民感覚でかんがえなくっちゃ。

● 塩

 古代、塩は味付けだけに用いられたものではありませんでした。そのあたりを知っておくと、聖書の解釈もより深く味わえるのです。

● 思い悩むな

 現代日本人の価値観をもって新約時代の悩みを理解しようとするなら、聖書の本来的なメッセージがからほど遠い解釈になってしまいます。

預言

 一口に預言といってもさまざまです。

● リベンジ

 新約聖書にもその名前が出てくるエリヤ。彼の厳しい預言は、アハブ王に対しては執行猶予となり、王妃イゼベルに対しては実現しました。なぜでしょう?

● 水の中を通るときも

 苦難に遭遇するあなたを、神様が代価を支払って買い取ったという面白い発想の預言です。読んでいる者に勇気と希望を与える預言です。

● 行動預言

 言葉だけでなく、アクションを通した預言もあるのです。

● それゆけドンドン

 これは限りなくアジテーションかプロパガンダに近いのですが、打ちひしがれる民に希望を与える内容になっています。

シンデレラ/シンダーラッド物語

 不遇から一躍脚光をあびる存在へ。普通のドラマとして読んでも充分面白い、珠玉の小品

● 士師エフタ

 遊女の子。成人したら家を追い出され、アウトローの親分にまで墜ちてしまいます。でも運命、いや神の選び?はわからないもの。逆に懇請されてギレアド軍の指揮官になってしまいます。しかし思いもかけない悲劇が待ち受けていました。・・・・文句なしにドラマチック。映画にしたらヒツト間違いなしと思うけど。

● ルツ記

 ラブ・ロマンスとして読むと、まさにぴったり。ルツとナオミ、ボアズの機知に富んだドラマを楽しんでください。シルバーナ・マンガーノ知ってます?

● エステル

 「信仰物語じゃないか」って、そうなんですが、極論すればこれはユダヤ人がプリムの祭りの時に朗読するための本です。これを読めば、大戦から半世紀も経っているのに、なぜ日本人がアジアで悪者扱いされているか、それどころか、1000年経っても、という明快な解が与えられます。

あとがき

 「どれから読んだらいいか分からない」というメイルをいただいて作成したページです。 もともと順番など考えずに作っているので、結局答えにはなっていないというのが実感です。


♪ BGM by KOKUSUI's Listen to Bach!!