ベツレヘム
※各画像はサムネイルになっています。
2011年3月29日、僕はベツレヘムにいました。
フランシスコ会の生誕教会の前で、ガイド役のラミ大学院生(Jerusalem University College)はこう言いました。「皆さんが子どもの頃から教わった、
木で出来た宿屋とか馬小屋のクリスマスのイメージは全部払拭してください。これから本来の降誕の場所にご案内します。」
生誕教会はローマ時代の建物を十字軍の時代と近代に増築した、現存する礼拝堂としては最も古い時代の建物です。下層は大きな石、中・上層は小さな石が積み上げられていて、
増築の境界がはっきりしています。建物の入口は人が馬に乗ったまま通れるくらいの高さ・大きさだったのですが、ビザンチン時代にイスラム軍の攻撃に備え、
石の壁で埋められ狭められているので、人がやっと入れるくらいの小ささです。
そこをくぐり抜け、ロビーから中に入っていくと、ひんやりとした広いギリシャ正教会の礼拝堂に出ます。正面は装飾された立派な祭壇があり、
立派な柱列が左右おのおの2列あって、脇の天井を支えています。中央部の天井はカマボコ型で、その下端は窓になっています。そこからうす暗い礼拝堂に光が差し込んでいます。
天上から地上を照らす神様の栄光を表しているのでしょうか。床は石板敷きなのですが、一部が剥がされていて、古代のきれいなモザイク模様の床が見えるようになっています。
その礼拝堂から、イエス・キリストが誕生したと伝えられている、地下の洞窟に入れるようになっています。この洞窟は蟻の巣のように複雑な形をしていて、
階段や通路は狭いのですが、ロバなら通り抜けることが出来る高ささです。牛やサラブレッドは無理でしょう。地下室は意外に広く、そこに生誕の場所があり、
装飾が施され、星形のプレートが嵌められています。
パレスチナの至る所に自然の洞窟がありますが、古代にはそれを利用して人間が居住していました。岩盤に覆われ、表土の薄いユダの山地では大きな木が育ちにくく、
木材は貴重品でした。旧約聖書のハガイ書には、内壁を木で覆った家に住むことが贅沢であるという旨が記されていますが、宿屋(母屋)も石のブロック積み造りだったと思います。
洞窟の中はクリスマス・カードや聖画に描かれた「馬小屋」とは全く違った世界です。天井の高さはそこそこあるのですが、壁はむき出しの岩で、星明かりを通す窓もありません。薄暗く、静謐な世界です。ラテン語の賛美を口ずさんでみました。Ave Maria, gratia plena,??Dominus tecum,?benedictus tu in mulieribus,et benedictus fructus ventris tui Jesus Christus (恵み溢れる聖マリア、主はあなたとともにおられます。?主はあなたを選び、祝福し、あなたの子イエス・キリストも祝福されました。)・・・・・・.風呂場の中で歌っているような美しいエコーがかかりました。
その「馬屋」の続きに、ヒエロニムスが聖書の翻訳に没頭した洞窟がありました。以前から「ユダの洞窟でヒエロニムスがギリシャ語の新約聖書と七十人訳(旧訳)聖書からラテン語に翻訳した。」と言うことは知っていましたが、まさか降誕の洞窟と続いている場所だとは知りませんでした。
ラミ神学生はヒエロニムスのことを「ジェローム」と発音するので違和感がありました。英語ではHieronymus をJeromeと表記することをその時初めて知りました。ヒエロニムスは4世紀中葉に生まれ、5世紀に420年に約80歳で亡くなった神学者で、ギリシャ語に通じ、ヘブライ語も習得し文才に秀でた人でした。降誕の地で聖書がラテン語に翻訳され、カトリックではそれがつい最近までスタンダードな聖書として用いられてきました。
ところでベツレヘムは正確に言うとイスラエルではなく、パレスチナ(ヨルダン川西岸地域)になります。そして町の周囲は7〜8メートルはあろうかという、最近(2005〜)出来た
コンクリート製の塀で覆われ、落書きがいっぱい書いてあります。塀の出入口には自動小銃を持ったイスラエル兵士たちが居て、出入りする人や荷物を監視しています。ユダヤ人はこの中に入れません。きちんとしたガイドがつかなければ旅行者も入れません。町の中はちょっとした建築ブームのようで、あちらこちらで建物の工事が行われていました。国連が難民のための住居を建設しているのだそうです。
2002年にイスラエルとパレスチナの戦闘があって、ここに逃げ込んだパレスチナ人を追ってイスラエル軍が侵攻し、
生誕教会も戦場の一部になりました。覚えていらっしゃる方も多いでしょう。ベツレヘムの人口の30%はキリスト教徒ですが、最近は海外に移住する人が多いそうです。
ヘロデの幼児大虐殺以来、血なまぐさい、悲惨な歴史を負っている街ですが、失業率が50パーセントを超えるというのに、
街の雰囲気が底抜けに明るいのに驚いてしまいました。下校する小学生の子どもたちは大きな声で何か笑いながら話しているし、至って陽気なかけ声が通りのあちこちに跳び交う、
そのような人たちで溢れ活気に満ちていました。
ここでの昼食はルーテル系の「パンの家教会」の牧師館でいただきました。神戸ルーテル神学校の「イスラエル・スタディー・ツアー」なので、
引率者の正木校長先生が手配してくださったのです。外観は普通のビルのように見えますが、下層に礼拝堂、上層が牧師館になっています。牧師の奥さんが「窓からヘロデの砦が見える」
というので見てみると、確かに、「ヘロディオン」が見えました。随分遠くにある筈なのに、見晴らしが良いのではっきり見えました。まさかこんな所から見えるとは思っていませんでした。
皆で楽しくバイキング形式の昼食をいただいたあと、Al-Zoughbi牧師の奥さんとお嬢さんが「震災で元気を失った日本のために」と、
「元気づける歌」を歌って下さいました。思い切りリズミカルなパンチのある歌でした。
牧師からいただいた名詞に詩編65編9節が記されていました。
詩65:9 あなたは、地を訪れ、水を注ぎ、これを大いに豊かにされます。神の川は水で満ちています。(新改訳聖書第3版)
Al-Zoughbi牧師に写真とお礼の手紙を送るときに、この聖句を調べてみようと思いました。「神の川」の「川」はヘブライ語で「ペレグ」という名詞ですが、この単語は他にイザヤ書と哀歌の2箇所しかつ使われていない特異な語であることが判りました。
イザヤ 30:25 大いなる虐殺の日、やぐらの倒れる日に、すべての高い山、すべてのそびえる丘の上にも、水の流れる運河(川)ができる。
哀歌3:48〜50 私の民の娘の破滅のために、私の目から涙が川のように流れ、私の目は絶えず涙を流して、やむことなく、主が天から見おろして、顧みてくださる時まで続く。
ベツレヘムは丘陵地帯にあり、水の少ない場所です。水道はありますが、一日に数時間しか供給されません。ですからどの家の屋上にも水のタンクが備え付けられています。
聖地では水は貴重品なので、「水が与えられる地」とは「神様がそこに臨み、恵みを与えられる地」という思いがあります。3つの聖句は死から生へ、絶望から希望へという大転換を示唆し、
極めて終末的です。
「パンの家の教会」は困難な時代と地域にあって、福音によって人々に希望をもたらすために活動されています。それはイエス・キリストの誕生の出来事とオーバー・ラップするように感じます。
「House of Bread Church」のホームページ: http://hobcm.palvision.net