Luke's Christmas
 バプテスマのヨハネ

 ルカによる福音書は、イエス・キリストの誕生物語に先行/並行する形で、洗礼者(バプテスマ)ヨハネの誕生物語を記しています。 ヨハネは、ヨルダン川でイエス・キリストに洗礼を授けたことで有名です。旧約聖書で預言者サムエルは英雄ダビデに油を注ぎ、 王位の印としましたが、洗礼者ヨハネは、ナザレのイエスに水と聖霊をもってキリスト(原意は「油注がれた者」)の印としたと 理解されています。

 預言者サムエルは、不妊の母エルカナの、神殿での熱き祈りが神に聞き届けられ、神に仕えるものとして誕生しました。 バプテスマのヨハネの誕生もまた、サムエルと似た経緯を辿っています。

 ザカリヤはアビヤの組(24組ある班の8番目。歴代史上24.10)の祭司でした。ある祭りの時、くじを引いたら、 ザカリヤが当番に当たりました。「くじをひく」というのは、神意を尋ねるときの、当時の方法でした。 そして聖書はそれがまさしく神意であったことを示唆しています。

 聖書には「祭り」と書いてあるだけで、何の祭りかは記されていません。「仮庵の祭り」、「過越の祭り」、 「七週の祭り」がユダヤの三大祭と言われています。他にも祭礼があったようですが、ルカによる福音書の記事によれば、祭りが何日か続いたようですから、「仮庵」か「過越」のどちらかでしょう。

現代イスラエルの主な祭日
Hebrew Name(日本名)Hebrew Date西暦 2009-2010備考
Purimプリムの祭りアダル14-152010/02/28エステル記
Pesah過越の祭りニサン15-2220010/03/30-04/06受難週
Yom ha-Atumaut独立記念日イッヤル052010/04/20(1948/05/14独立宣言)
Lag ba-Omerラグ・バオメルイッヤル182010/05/02---
Shavu'ot七週の祭りシワン06-072010/05/19-20ペンテコステ
Rosh ha-Shanah新年の祭りチスリ01-022010/09/09-10---
Yom Kippur大贖罪日チスリ102010/09/18---
Sukkot仮庵の祭りチスリ15-212010/09/23-29ネヘミヤ記
Simhat Torah律法の喜びの日チスリ222010/10/01---
Hanukah宮潔めの祭りキスレウ25-テベテ022010/12/01-09マカバイオス書

 ザカリヤの役割は、神殿の至聖所に入って香を焚き、それが終わると外へ出て、神殿の中庭で待ち受けている会衆に向かって神託、 つまり五穀豊穣とか無病息災、家内安全、子孫繁栄、商売繁盛?といった祝福の言葉を告げることでした。

 さて、ザカリヤは予定通り神殿に入り、聖所で焚を炊き始めました。(この香はその調合法が決められていて、 神殿でしか使えない特別なものです。)

 聖所は高さ13.5メートル、巾9メートル、奥行き18メートルの箱形で、天井近くに明かり取りの窓があります。 10基の燭台とパンのテーブルが列状に並べられ、七枝の燭台(メノーラー)が香壇の左側にありました。 なお、幕屋の場合は香壇の右に12個のパンを載せたテーブルがありました。  香の煙がもうもうと室内に充満し始めると、ただでさえ暗いのに、煙で視界が遮られてしまいます。 香の香りが強烈に漂います。もちろん、そんなことはいつも通りだったのですが、いつも通りでなかったのは、 天使が現れた事です。聖所のサイズからいって、ザカリヤの位置から2メートルくらいでしょうか。至近距離といっていいでしょう。  ザカリヤは仰天し、恐怖にかられました。


 祭司ザカリヤへの受胎告知 (ルカによる福音書1章13〜17節)

天使は言った。「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。 その子をヨハネと名付けなさい。 その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。 彼は主の御前に偉大な人になり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいるときから聖霊に満たされていて、 イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。 彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、 準備のできた民を主のために用意する。」


 そこで天使が告げられたことは、公的祭儀の場に似つかわしくない、極めて個人的な内容でした。「 ザカリヤは「ええ加減なこと言わんといて。うちのカーチャン、もうババアだがね。産めるわけないがね」と答えました。 天使は「私はガブリエル」と名前を告げ、信じなかった罰として、子供が産まれるまでザカリヤの口を利けなくしてしまいました。  中庭で祈りながら待っていた会衆は、ザカリヤがなかなか出てこないので、じりじりしています。「祈るタネがつきちゃった。 祭司は中で居眠りてもしているんじゃないかしら。」・・・やがて、ザカリヤが現れました。・・・様子が変です。祝福どころか、 口も利きません。手振りで、解散するように意志表示しているのが分かりました。会衆は「ザカリヤが本当に天使に出会った」 という事を悟りました。
 いつもの祝福は形式だけ、という事をユダヤの民は知っていたようです。本当に神様や天使から言葉を与えられたとしたら、 これは他人にペラペラしゃべるモノではないかもしれませんね。

 子供がない、というのは当時のユダヤ人にとってはとても不幸な事でした。胎を閉ざされたというのは妻にとって 非常に不名誉なこととされていました。もちろんザカリヤは子供が授かりたいと願っていたことでしょう。でも更年期をとっくに過ぎ、 子供を産めなくなってからはあきらめていたのではないでしょうか。天使のお告げは、老齢のザカリヤの心には空しく響いたことでしょう。

 でも、「不可能な救いが可能になった」という聖書のテーマがここに示されています。  ザカリヤが勤めの期間を終えて自分の家に帰りました。ということは、祭りの期間中、 神殿の近くの宿舎で寝泊まりしていたことになります。さて、ザカリヤの妻エリサベト (ルカはエリサベトが祭司アロンの末裔であることを強調しています。)は身ごもりました。 どれほどの喜びだったことでしょう。そして5ヶ月間、身を隠します。妊娠5ヶ月というと、 おなかの子供が動くようになる、妊娠が確定的になる時期ということでしょうか。

 マリヤへの受胎告知

 ガリラヤのナザレという町の一少女、乙女マリヤのもとに天使ガブリエルが遣わされました。 マリヤは、ダビデの子孫、ヨセフの許婚者(いいなずけ)でした。その頃の結婚年齢は15歳から18歳くらい。 結婚前なので、それより若いということは、中学生くらいの年代でしょうか。もっとも、 その当時の14歳前後は現代よりずっと大人だったにちがいないと思います。

受胎告知(ルカによる福音書1章28〜38節)

maria.gif  天使は彼女のところに来て言った。「おめでとう。恵まれた方。主があなたと共におられる。」 マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。すると、天使は言った。 「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、 その名をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、 いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」 マリアは天使に言った「どうしてそんなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」

天使は答えた。
「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。 あなたの親類エリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、 もう六ヶ月になっている。神にできないことは何一つない。」

マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように。」そこで、天使は去っていった。


 いくら昔は早く大人になったといっても、14歳前後の少女には理解も納得も出来ないシチュエーションでしょう。 もしあなたがマリアだったらどうするでしょうか。許婚者のヨセフ、父母に「わたし、聖霊によって妊娠したの」と言って、 誰が「ええっ、そうなの、それはおめでたい。よかったね。」と言ってくれるでしょう。 「このあばずれ女が。おとなしい顔して。誰がそんなタワゴト信じると思うね。ウソつかないではっきりおっしゃい。」 ・・・母親の怒声が聞こえるようです。

 マリヤ、エリサベツに会う (ルカによる福音書1.39-41)

   そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。そいて、ザカリヤの家に入ってエリザベトに挨拶した。 マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。


☆逃れの町
 マリアは急いでユダの山地の町へ行っています。この時代にも「かけこみ寺」ならぬ「かけこみ町」というのがあって、 その1つがエルサレムの南方の、ユダの山地にあったようです。 「逃れの町」とそのシステムは聖書の民数記35.6-32、申命記4.41-43、ヨシュア記20.2-9/21.13-38に記載されています。 ヘロデ大王の版図中ではシェケムと、ヘブロンの2つの町が該当しますが、シェケムはユダヤ人と仲の悪いサマリア人の町になっていました。
 もっとも聖書には「ユダの山地の町」と書いてあるだけで、必ずしも「逃れの町」またはヘブロンと同定はできません。 この稿は「逃れの町」だったと想定して書いています。

 マリアが住んでいたのは北のガリラヤですから、その町まで徒歩で五日から一週間くらいの旅行だったと思います。 僕は男なので分かりませんが、 妊娠初期のつわりはきついそうで、その時期に長時間山道を歩いていくのは大変だったと思います。なぜ「逃れの町」へ行ったのか。 それは未婚の母が当時は御法度だったからです。ましてや身ごもったのが婚約者ヨセフの子供ではなかったからだと思います。 (エリサベツの隠遁先だったから、との見方もできます。)。とにかく、周囲に分からないうちにナザレを脱出したのでしょう。 なお、婚約期間は普通1年だったようです。

 誰でもこの町に入ったら許されるかというと、そうではありません。マリアの場合は、「不可抗力」を立証しなければなりません。 その手続きについては旧約聖書に書いてありますが、簡単ではなかったようです。旧約聖書の律法は貞節に厳しかったのです。
 マリアはエリサベトの家に3ヶ月滞在したと聖書に記されています。洗礼者ヨハネの出産に立ち会ったのかもしれませんね。

 ヨハネの誕生 (ルカによる福音書1.57-63)

書き板    さて、月が満ちてエリサベトは男の子を産んだ。近所の人々や親類は、主がエリサベトを大いに慈しまれたと聞いて喜び合った。 八日目に、その子に割礼を施すために来た人々は、父の名を取ってザカリヤと名付けようとした。ところが母は、 「いいえ、名はヨハネにしなければなりません」と言った。しかし人々は「あなたの親類には、そういう名の付いた人はだれもいない」と言い、 父親に、「この子に何と名を付けたいか」と手振りで尋ねた。父親は字を書く板を出させて、「この子の名はヨハネ」と書いたので、 人々は皆驚いた。


 洗礼者ヨハネの生後一週間目の命名式(同時に割礼をほどこします)の時に、父のザカリヤが書き板に「その名はヨハネ」と書いたので、みんなびっくりしました。なぜなら、この日までこの子は皆から多分「ザカリヤ」という、父親と同じ名で呼ばれていたからです。今でもそうですが、ユダヤ人は親族の名前が絶えないように、親、叔父叔母の名前を子供に付けます。ザカリヤには子供が無かったわけですから、当然男の子なら父親の名を嗣ぐことが「自動的に」決まっていたので、皆赤ん坊を「ザカリヤ」と呼んでいたのです。だから、神様からもらった「ヨハネ」という名前にする、という意外性でこの話はいっそう面白くなるわけです。

 イエス・キリストの誕生 (ルカによる福音書2.1-6)

 これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。 ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上っていった。 身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。 ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。 宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。



 キリニウスがシリア州の総督になった紀元6年頃に国勢調査が行われたことは資料で判っているそうですが、 そうするとマタイによる福音書とツジツマがあいません。噛み合わないのはここだけではありません。 全く別の話として捉えた方がよいように思います。強引に整合性をとると却って不自然です。また、ローマ時代の国税調査は、 税金や賦課をするためですから「誕生地」ではなく、「耕作地」が基準になっていましたし、 「帰郷」したにしては泊まったのが実家ではないと不自然です。ヨセフがベツレヘムへ出かけていって宿屋に泊まったという設定は ツジツマが合いません。でも、それに拘泥すると話が滞りますから、次に進みましょう。

馬屋  「口語訳聖書」には「馬屋」と書いてあり、「新共同訳聖書」には「馬小屋」となっています。どこがちがうかというと、 「馬小屋」なら住居と別棟になっていて、「馬屋」なら、住居部分と一体になっている、ということです。 また、「口語訳聖書」には「客間」となっていましたが、「新共同訳聖書」では踏み込んだ解釈をして「宿屋」としています。

 昔小学校で「日本の典型的な農家の作り」ということで、玄関から入ると右側に馬屋、左側に居間という図が載っていました。 それと同じです。個人的な趣味でいうと、左側の明るい居間」又は「客間」に大勢人が居て、暖かくにぎやかにしている。 反対側の、暗くて寒いところに嬰児イエス・キリストとマリア・ヨセフがひつそりと居る、 という構図がクリスマスらしくていいと思います。

kaiba.gif  ちなみに、当時(も今も)パレスチナには材木として使える木があまりありません。育たないのです。 石材は近くの山でふんだんに出ました。ですから、その貴重品の材木を使って馬小屋なり馬屋なりを作る訳がありません。 石か、天日干しのどろ煉瓦だったようです。また、「飼い葉桶」にキリストを寝かせた、と聖書には書いてありますが、 その飼い葉桶も石製だつたようです。(「聖書大辞典」など)ついでに言うと、 十字架刑の「十字架」は白木の立派な?材木で作られていたはずはなく、住宅廃材を、それも何度も繰り返し使っていたようです。


 なお、馬屋だからといつて、必ず馬やロバが居たとは限らないんだそうです。この場所は炊事に使ったり、 作業場として使ったりしていたようです。また、泊まった家がヨセフの実家であったとも考えられます。一族郎党が集まって、 本家筋や年寄りが客間(あるいは居間)を占領していたともとれます。そういえば、クリスマス・ページェント(降誕劇)に付き物の、 宿屋の冷たくて強欲な?主人や、おかみはどうしたのでしょう。聖書には登場していませんね。


馬屋  別の説によれば(現代ではこれが主流になりつつありますが)、ベツレヘムの町は山の斜面にあり、多数の洞穴(メアラ)があり、 中は二層あるいは三層になっていて、下が馬屋、上が客間になっていたのだという説です。現在のエルサレムにはそのような場所は無いそうですが、 ベツレヘム近辺の地形/地層の似通った町(集落)では、今もそのようにして使われているのだそうです。
 下の家畜の体温が上階の客間に昇っていき、冬でも暖まる合理的な配置なのだそうです。 事実、ベツレヘムの降誕教会で「キリスト誕生の場所」というのは地下の岩に囲まれた場所にあり、この説を裏付けています。


 羊飼い達の祝福 (ルカによる福音書2.8-20)

 その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。 すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。 天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。 あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」 すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。 「いと高きところには栄光、神にあれ、/地には平和、御心に適う人にあれ。」 天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」 と話し合った。

kaiba.gif  そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。 その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。 聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。 しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。 羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

 この話はマリヤの回顧談と考えられています。

 聖書には、羊飼いたちがベツレヘムの近辺にいたことが書かれています。このことから、季節は冬であったことが伺えます。 (夏の暑いときは高地に移動していて、冬になると低地に下りてくる) と、昔読んだ注解書に書いてありました。ところが、山本七平さんは「冬の寒い時期にベツレヘム周辺に羊飼いがいた筈がない」 と書かれています。
 悩んでいたところ、ルツ記の聖書研究をしていたら、ベツレヘム近辺の放牧地は、ベツレヘムの町の人たちが自分たちの羊を飼うために 一年中使っていたことが分かりました。少年ダビデのように。
 山本七平さんは多分遊牧民を指していらっしゃると思いますが、言葉から区別することは出来ません。ですから、 羊飼いでは時期の同定は難しいことになります。
 夜通しの見張りが必要なのは、コヨーテや狐などから羊を守るとか、草が少ない時期なので、草を求めて、勝手に動き回り、 はぐれないようにしていたのでしょう。

kaiba.gif  「天の大軍」を指す「ストラティアス ウラヌス」という言葉は、使徒言行録(7章42節)では、 定冠詞(トウ)をくっつけて「天の星々」という、天体崇拝を指す言葉になっています。

 「天の大軍」は、「おびただしい天の星たち」と訳しても良かったのでしょうが、天后崇拝との混乱という誤解を避けるため、 少し強引に解釈した結果の言葉のようです。
 でも、鎧甲に身を固め槍や剣を携えたモノモノしい軍勢より、色とりどりに輝く衣を身にまとった星たちが祝福のコーラスを歌っている方が、 構図としては美しく楽しいと思います。